第16話 宿敵
長い回想をしてみて、僕は改めて1人になってしまったという事実を突きつけられる。
ここまで来た仲間は行方不明、山頂で出会った新しいグループのリーダーも負傷してそのまま霧に呑まれた。
あの後クローと別れてから必死に山の尾根を走った。
山頂では濃かった霧も離れるにつれて薄くなっていった。
しかし霧の中走っていたせいか、尾根伝いに奥二子山へ向かっていたつもりが気が付くと山の中腹にいた。
地図は持っていなかったし場所が分かるような目印も無かった。
もう1度山を登ろうとしたが、その先に泥人形が居て断念。
仕方が無く山を一度下って迂回しようとしたところであのウサギに見つかって今に至る。
あの送電所に入らなければアストレアのメンバーとはぐれることは無かったかもしれない。
でも、あそこに閉じ込められたことでよりタイタンのことを知ることが出来た。
「さて」
僕は窪地を後にすることにした。
僕のやるべき事は決まっている。それを長引かせれば戦況は悪くなる。
「まずはタイタンのいる奥二子山に行かないと。そもそも僕は今どの辺りに、、、、?!」
近くで草の掠れる音がしたので僕は口を閉じた。
その音はだんだん近付いてくる。何かが歩いてこちらに来ている。
山頂で仲間とはぐれて閉じ込められて襲われて、逃げた先でも敵がいて、その上また出くわすとは本当についてない。
思わず溜め息も出そうになる。
しかし、この状況をどうする?
このままここに隠れてやり過ごすか、全速力でこの場から逃げるか。
隠れていれば見つからない可能性もあるが、見つかったときには逃げ場が無い。
ならばいっそここから逃げた方が生き延びる可能性は高い。
そう思うのに体はその1歩を踏み出そうとしない。
僕はこの数日で既に2度死にかけている。
そのときの死ぬという恐怖の感覚がトラウマのように脳裏に貼り付けられている。
僕はその恐怖心に打ち勝つことは出来るようになるのだろうか。
また刃物を振り上げられたら今みたいに動けなくなるのではないだろうか。
そう考えている間にも草を掻き分ける足音は徐々に大きくなる。
僕はきつく握りしめた拳を太ももにぶつけた。
鈍い音と痛覚が走る。筋肉は、緊張を解いていた。
それから上を向くと、前に振り出された足が頭上にあった。
僕は慌ててその場から木々の深い方へ走り出した。
後ろからはドサドサという音と僕を呼び止める音が聞こえてきた。
「待て!俺だ、止まれ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、窪地に逆さまに落ちている親友と目が合った。
「、、、、何してんの、コウスケ?」
「頭から落ちた」
「だろうね」
コウスケの所まで戻り、起き上がるために手を差し出してあげる。
僕は、さっきまでの時間は何だったんだと叫びたくなった。
さっきまで死に対して葛藤していた自分が恥ずかしくなる。
「それで、今ここがどこだか分かる?」
「いや、分からん。山頂で白い霧に飲まれて気付いたらこの近くにいた」
「!?コウスケもか」
「あぁ。霧に飲まれたときに1歩も動いてなかったんだが霧が収まったときには俺は違う場所にいた。他の皆もきっとバラバラだ」
「、、、、そう」
やはり、あの突発的な白い霧はほぼネクスト側の前世の能力とみて間違いないだろう。
自然現象ならばあの短時間に発生したり消えたりはしないはずだ。
「まぁ他の皆なら大丈夫だろう?俺らと違って来世の能力を使えるわけだし」
「それは、、、、」
そんなことは無い。能力を持っていたとしてもそれを使えたとしても生き延びられるとは限らない。
「能力の抑制効果か、、。それは確かに厳しいかもな。それに、アマセもスミハも戦闘には向いてなさそうな能力だしな」
「だから、早く合流しないと。僕らに何が出来る訳でもないけど、それでも単独よりはまだマシでしょ」
「そうだな。じゃあ行くか」
そう言ってコウスケは歩き出した。
「行くって、皆もバラバラなんでしょ?」
「霧に飲まれるときにスミハがはぐれたら奥二子に行けって。西に向かえば辿り着けると言っていた」
スミハにもタイタンのメンバーの居場所は分かっていたのか。
「本人曰く、『情報が3つあれば能力で謎を解くことが出来る』らしいぜ」
1つはあの地図だと思うが残りの2つは検討もつかなかった。
それに、今はそこはさほど重要なことではない。
「じゃあ西に向かえば皆とタイタンに会える訳か。で、西の方向は、えっと、、」
方角を求める方法はどうだったかな、と記憶を探っていると、コウスケはある方向を指さした。
それは、さっきコウスケが歩きだそうとしていた方向だった。
「今が10時で太陽があそこにあるんだから、西は大体あっちの方だろ」
「流石コウスケ。僕よりも早いなんて」
「お前はただ忘れていただけだろ」
「そ、そんなことないし!」
やっぱり、コウスケと話していると落ち着く。
気を許すとくつろいでしまいそうなゆっくりとした時間が流れていく。
心が落ち着いているんだ。
しばらく西に向かって走ると、見覚えのある風景の場所に出た。
「さっき登ってきた登山道だね」
「だな。思ってたよりも奥二子は遠そうだな」
「そうだね。急ごう」
登山道を横切ってさらに奥地へと向かうと、木製の標識を見つけた。
そこには、「奥二子山まで 1KM」と書かれていた。
「もうすぐだ」
「そうだな」
「君達も奥二子山へ行くのかい?」
「!?」
「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったかな」
驚くとか、そういう以前の問題だった。
僕らが最後のダッシュをしようとしたまさにその時、いきなり声をかけられたのだ。
もちろんそれまでは僕ら以外に人はいなかったし、足音も聞こえなかった。
それなのに、今その人はコウスケの横に僕らと横1列の場所に立っている。
僕らは数歩後ろに下がり、すぐに動き出せるように構えた。
「いつから、、、、?あなたは誰だ?」
「そんな構えたりしないでさ。おじさんの名前はオノっていって、この近くに住んでるんだ。今日は久しぶりに山に登ってみようかなって思ってきたんだけどね、まさか若い子に会うとは思わなかったよ」
「、、、、僕も驚いてますよ。まさかこの世界で一般人に会うとは思ってませんから」
「あら、バレたかー。うん、確かにおじさんはネクストのメンバーだ。ネクストだから話をしようじゃないか。君達も知りたいことがあるんじゃないかい?」
「、、、、、、」
このオノと名乗る男の性格が僕にはどうも苦手だった。
常に飄々としていて何を考えているのか分からない。
それでいて僕らの考えていることを射当ててくる。
「お前達はなぜ来世持ちを襲う?」
「それがセイメイの命令でありセンセイの希望するところだからさ」
「センセイ?」
「センセイ。君達アストレアの間では『黒の女王』と呼ばれているのかな」
「その黒の女王って何なんだ?」
「そこら辺はおじさんもよく分からないんだよね。センセイには1回も会ったことないし。でも、来世持ちを斬ることがセンセイの望むことだとセイメイが言った。だから斬る。それだけだよ」
「お前は、それでいいのか?」
「さぁね。それでも命令には従わないといけないから。人形を操るのもまた操り人形、さ」
それはどういう意味だ。僕らにそれを教えて何がしたい。
「セイメイは何故、、、、」
「さて、そろそろ始めようか?」
僕の言葉はオノの言葉とそれに続く抜刀の音で遮られた。
オノはいつの間にか日本刀を手に、その反対には鞘が握られていた。
「これも仕事なんでね。剣士・小野忠明、御神の命にて推して参る!」
オノがそう叫んで一歩踏み込んだ時、新たな影が僕らとオノの間に割り込んだ。
水色の羽根が舞う。
「ソラ!」
「2人とも、遅くなってごめんね!」
こちらに向かって両手を合わせてすまなそうにそう告げる。
それから敵に向き直って声を張り上げた。
「そこのネクスト!刀を仕舞いなさい!どうしても出来ないのなら私と戦いなさい、命までは取らないわ!」
「そうかいそうかい、優しいねぇ。でもおじさんは、俺は殺しにかからせてもらうよ」
刃物と空気の塊がぶつかり合う。
ソラは空気を纏めた刀を振り払って敵を跳ね返す。
「2人とも、この場は私に預けて先に行って!」
「必ずタイタンを保護してきます!」
「任せたよ!」
僕らはソラとオノが戦う横を駆け抜けた。
後ろで再び双方のぶつかり合う音が響いた。
あと少し、あと1kmで僕らの任務は終わる。
絶対に失敗させない。
ミノさんの後は追わせない。
僕の意志は心に強く刻み込まれた。