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放浪のエル  作者: ゆう
第一章
7/25



 それから私の地味な特訓の日々は続いた。


 最初の三日間は酷いもので、初日と同じようにすぐにオーバーヒートを起こしてはシロに助けてもらう日々。


 四日目に入ると少しは慣れたのか体を巡る魔力がなんとなく感知できるようになった。だがそれも一瞬のことでその状態が続かない。悶々としながら何度も試しているといつの間にか倒れていてシロに怒られた。それが五日程続いたと思う。


 倒れることもなく長時間体の中の魔力を感じられるようになったのは、それからまた十日程経った頃だ。

 そしてそこからが長かった。



「これをいったいどう使えと……?」



 人間と魔物の魔力は別物だ。最初にシロが言っていたことがこの時には私にも理解できるようになっていた。


 といっても感覚の話ではあるのだが、言うなれば人間の魔力は体内で生成される内の力、魔物の魔力は自然界から自動的に取り込まれる外の力だ。

 だから人間は魔力が枯渇するという現象が起きる。


 今の私は常に自分の魔力が枯渇した状態だ。その代わり全く別の異物が存在する。それを変換し自分が扱えるようにしたい…のだが、そんな機能が人間に備わっているわけがない。



(よし、一旦最初に立ち戻ろう……)



 そもそもの話、私が立てないまでも意識を保てているのは流れ込んできているシロの魔力が多少なりとも使えている証なのだ。

 だがそれをやっているのはおそらく私じゃない。だとするとシロの力としか思えないが、特訓を初めてすぐにその可能性に言及すると返ってきた答えはこれだ。



「俺の力はやろうと思ったことが勝手に形になるものだ。どうやったらできるかと聞かれてもそんなのはわからん」



使えねー!とは思ったが私は口に出さなかった。


 要するに、この微量の変換には確実にシロの力が関係している。それが未知の古代魔術だろうと、わたしが使っていたものと多少変化していようとも、魔術であることに変わりはない、と思う。



「魔術で変換は可能なはずなんだ。だか私が魔術を使う為には使える魔力が必要で、今はそれが無いから困っているわけで……その前にそんな変換魔術は知らん!」


「だいぶ行き詰まっているな」


「他人事!」



 外出していたシロが帰ったきた。


 シロは私が倒れなくなってから、たまにこうしてどこかへ出かけるようになっていた。

 毎度大量の果物を持ち帰ってくるので、私の食糧を調達しに行っているんだと思っている。できた飼い主でありがたい。全ての原因はこいつにあるとしても。



「魔力は認識できるようになったのにな……」



 異空間からドバドバと果物を出したシロが定位置に落ち着いたのを見て思わずその羽に埋まる。相変わらず温かくて気持ちがいい。


 そもそも人間と魔獣の魔術はどう違うというのだろうか。本には魔術という括りで一緒くたにされていた。だがシロの言葉からして発動の仕方が明らかに異なっているし、完全に同じものでないのはわかる。

 やりたいことが勝手に形になる。なんだそれ。うらやましい。人間は頭の中でこれから起こす現象に関しての術式を組み立ててようやく発動ができるんだぞ。魔力だけでなく魔術だって全くの別物じゃないか。


 目を閉じて今度はシロの体へと意識を集中させる。わかるようになった今だから言えることだが、この体はまるで魔力の塊だ。



「シロ、何か魔術使ってみてくれる?」



 言うとすぐに意図を汲んでくれたらしく、次の瞬間にはシロの中の魔力の流れがはっきりと変化したのがわかった。

 規則正しく一定で、どこか美しい流れだ。

流れ着く先はどこなんだろう。



(魔法陣、か……)



 魔法陣というものについて、本には魔物が魔術を使う際に現れることがあると書いてあった。

 私はシロ以外の魔物をまだ見たことがないので実際のところはわからないが、人間でいう術式が可視化されたものなんだろうと思っていた。だが、おそらく違う。


 私が思うに、魔法陣とは術者の性質そのものを現す記号のようなもの。


 シロが力を使う際に現れる魔法陣は、白く光っていて炎のような揺らぎがある。つまり、自分はこういう者だ、という定義が形になったものなのではないだろうか。


 だとするとそれは術式ではなく紋章に等しい。


 魔物は魔力を自然界から取り込んでいる。それは体の中で最適な形に自動的に変換されている。そういう機能が魔物にはあるのだろう。これは明らかな人間との違いだ。

 そして魔物はおそらく力を行使するのに術式を必要としない。どの個体でも持って産まれるもの、あって当然のものだからだ。


 ならば逆に魔法陣が現れるのはなぜなのだろう。何か条件のようなものがあるはずだ。


 そういえばシロの使う力にも魔法陣が現れるものと現れないものがある。その違いはなんだ?



「何かわかったか?」


「うーん……わからないことが増えた……」



 先程見た異空間からの物の出し入れに魔法陣は現れない。物を浮かせたり、私の髪を切った時もそうだった。

 けれど今みたいに再生の力を行使する時や契約した時も魔法陣は現れていた。



(これは本当に魔術なのか……?)



 例えば魔物が数種類の魔術を使い分けているとしたらどうだ。そしてそれはどれも人間のものとは異なる。

 こうなってくると魔術と呼ぶのかすら怪しいところだ。


 私の知っている魔術とは、魔物の使う不思議な能力を解析した人間や亜人たちが発展させてきたものである。後からそれに魔術と名を付けただけで、魔物の使う力まで魔術だと本当に言えるのだろうか。

 生み出した段階で別のものであった可能性は?同じ超常現象であることに変わりはないが、全く違う方向に発展していたとしたら?


 まだ魔術が生まれるきっかけさえ無い時代、人々はそれをなんと呼んでいたのだろう。



(魔法陣……魔法……)


「懐かしい響きだな」


「じゃあ、やっぱり?」


「そうだな。確かに魔法と呼んでいたことはあった。そんな昔のことは忘れていたぞ」


「シロは長生きなんだな」


「エルは知りたがりだな。よくもまあ飽きずに細かいことを考える」


「褒め言葉として受け取っておくよ」



 そこで私はようやく顔を上げた。少しニヤけている自覚はあったが見られて困るものでもない。



「それじゃあ教えてくれないかな。魔法にはなぜ種類があるの?」


「種類……ふむ。大まかに分けると三種類ということになるのか」



 シロ曰く、魔物は生まれつき魔法が使えるものであり、その成長過程で特別な魔法を習得することがあるのだそう。それは鍛錬を積み重ねて得るものと、生まれ持った性質が魔法として行使できるようになるものがある、と。



「シロの再生は生まれ持った性質、だね」


「ああ。だがこれは生まれつき扱えたものではなかったはずだ。もう覚えてはいないがな」



 なるほど。だからその魔法を使うときは魔法陣が現れるのだ。

 この魔法はシロにしか使えない。いや、シロと同じ性質を持っていないと使えない。



「……うん、少しわかった気がする」



 それから私は長い長い瞑想に耽った。

 一応食事として果物を食べる時間と睡眠は取りながら、それ以外の時間はほぼ全て瞑想に費やしていたと思う。



 そして、ついにその日はやってきたのだ。


 体内に魔力を循環させる。規則正しく一定に。やり方はシロに何度も魔法を使ってもらって学んだから問題ない。


 循環させた魔力は契約の証である魔法陣にまた戻す。これは擬似的にシロの性質を私に付与させる為に必要な手順。

 すると人間でありながら魔物の性質を併せ持つという奇妙な状態が出来上がるのだ。


 だがこれではまだ不十分。


 流れ込む魔力の量を一段階上げる。すると私の座っている場所に魔法陣が浮かび上がってくる。側で見守ってくれているシロは何もしていないがこれは間違いなくシロの魔法陣だ。


 そう、これは魔法。

 借り物の力ではあるけれど、その性質を持っている今の私にも多少は扱えるはずなんだ。



(この性質付与は一時的……だから半永続的な魔法を自分にかける……シロの魔力がある限り発動し続ける魔法を……)



 きっとシロにお願いすればこんな魔法簡単に出来てしまうのだろう。魔物にとってはあって当然の力なのだから当たり前だ。


 でもそれでは意味がない。


 なにより私がこの力を自分のものにしたいのだ。

 せっかく魔力を自由に使っていいと言ってくれたんだ。どうせなら誰にも負けない力が欲しい。これはそのための第一歩。


 落ち着いて、ゆっくりと。体内を巡る魔力を感じながら私は魔法を維持し続けた。



(両手足と頭にそれぞれ起点を作って常に魔力が流れ続けるような回路を作成……定着……元の流れから切り離して……回路を独立させて……それでも供給はされるように……)



 そうして全てが終わった頃、私はついに自分の足で立つことができるようになったのである。



「で、できたぁ……!」



 座りっぱなしだったのが立てるようになっただけの進歩だ。それでもかかった時間はかなりのものである。

 後から知ることだが、実に三ヶ月の時が流れていた。



「ほう、最初はどうなるかと思ったがまさかやり遂げるとはな。さすがは俺のエルだ」


 羽を器用に使って頭をわしゃわしゃ撫でられるとなんだかすごく家畜っぽい。でも喜んでくれているのがわかるから嫌ではなかった。

 自分の成果をこうして一緒に喜んでくれる存在というのはこんなに嬉しいものなんだな。



「それにしても、人間は小難しいこと考えないと魔法も使えないとは不便だな」


「こればかりは種族の違いだな。根本的に作りが違うんだ。やってみてわかったが、同じ魔法でも結局私は起こす事象を順序立てて思い浮かべないと発動しない」



 私がやったのは、シロの魔力を使った魔法を体内で発動し続けるよう独立した魔力回路を作り出すという荒技だ。

 常に魔力を使い続けている状態になるので体が枯渇感を覚えないというわけだ。供給元であるシロは自然界から魔力を取り込めるので、私に流れ込む魔力も実質無限である。


 体に錯覚させているだけなので上手くいくかはやってみなければわからなかったが、とりあえず今の所問題なく作動しているようだ。


 シロが再生の特性を持っているだけあって、その魔力は体の組織を弄るのに適している。違う魔物だったらこんなことは出来なかったかもしれない。

 そう思うと契約したのがシロで良かったと心底思った。



「それで?次は何をしたいんだ?」


「あ、やっぱわかっちゃうか」



 出会った時からそうだったので特に気にしていなかったがシロは人間の心が読める。テレパシーじみたやり取りも可能なようだ。私が屋敷にいた時の事も知っていたし、ある程度は遡った過去も見えるのかもしれない。


 まあ、そんな力が無くても今の私はわかりやすい自覚があるので隠す必要はないのだが。


 せっかく動けるようになったんだ。やりたいことなんて一つだろう。



「魔物と戦いたい!」



 これが私たちの旅の始まりだった。



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