六
それから私の地味な特訓の日々は続いた。
最初の三日間は酷いもので、初日と同じようにすぐに魔力過多を起こしてはシロに助けてもらう日々。
四日目に入ると少しは慣れたのか体を巡る魔力がなんとなく感知できるようになった。だがそれも一瞬のことでその状態が続かない。悶々としながら何度も試しているといつの間にか倒れていてシロに怒られた。それが五日程続いたと思う。
倒れることもなく長時間体の中の魔力を感じられるようになったのは、それからまた十日程経った頃だ。そしてそこからが長かった。
「これをいったいどう使えと……?」
人間と魔物の魔力は別物だ。最初にシロが言っていたことがこの時には私にも理解できるようになっていた。
とはいっても感覚の話ではあるのだが。言うなれば人間の魔力は体内で生成される内の力、魔物の魔力は自然界から取り込まれる外の力だ。だから人間は魔力が枯渇するという現象が起きる。
魔物は人間と違って生命活動と魔術に使われる魔力とで分かれていると本で読んだことがあるけれど、今回問題なのは後者の方である。
今の私は常に自分の魔力が枯渇した状態だ。その代わり全く別の魔物の魔力が存在する。これは外から魔力を取り込む魔物の特性と同じ現象が私の体内で起こっているということなのだが、それを自分の体に適した状態に変換する機能が人間には備わっていない。ではどうすれば使えるのか。
(よし、一旦最初に立ち戻ろう)
そもそもの話、私が立てないまでも意識を保てているのは流れ込んできているシロの魔力が多少なりとも使えている証なのだ。
だがそれをやっているのはおそらく私じゃない。だとするとシロの仕業としか思えないが、特訓を初めてすぐにその可能性に言及すると返ってきた答えはこれだ。
「俺の力はやろうと思ったことが勝手に形になるものだ。どうやったらできるかと聞かれてもそんなのはわからん」
使えねぇ、とは思ったが私はそれを口に出さなかった。
要するに、この微量の変換には確実にシロが関わっている。それが未知の古代魔術だろうが、使っている魔力が別物だろうが、魔術であることに変わりはないと思っているのだが。
「魔術で魔力の変換は可能なはずなんだ。だが私が魔術を使う為には自分が使える魔力が必要で、今はそれが無いから困っているわけで……その前にそんな変換魔術は知らん!」
「だいぶ行き詰まっているな」
「他人事!」
外出していたシロが帰ったきた。
シロは私が倒れなくなってから、たまにこうしてどこかへ出かけるようになっていた。毎度大量の果物を持ち帰ってくるので、私の食糧を調達しに行っているんだと思っている。できた飼い主で有り難いね。全ての原因はこいつにあるとしても。
「魔力は認識できるようになったのにな……」
異空間からドバドバと果物を出したシロが定位置に落ち着いたのを見て思わずその羽に埋まる。相変わらず温かくて気持ちがいい。
そもそも魔物の力はどの辺を魔術と定義しているのだろう。本では人の力も魔物の力も魔術という括りで一緒くたにされていた。だがシロの言葉からして発動の仕方が明らかに異なっているし、知れば知るほど同じ魔術だとは思えなくなってきているのだけど。
やりたいことが勝手に形になる。なんだそれ、うらやましい。人は頭の中でこれから起こす現象に関しての術式を巡らせてようやく発動ができるんだぞ。魔力だけでなく魔術だって全くの別物じゃないか。
目を閉じて今度はシロの体へと意識を集中させる。わかるようになった今だから言えることだが、この体はまるで魔力の塊だ。
「シロ、何か魔術使ってみてくれる?」
言うとすぐに意図を汲んでくれたらしく、次の瞬間にはシロの中の魔力の流れがはっきりと変化したのがわかった。規則正しく一定で、どこか美しい流れだ。流れ着く先はどこなんだろう。
(魔法陣、か……)
魔法陣というものについて、屋敷にあった本には魔物が魔術を使う際に稀に現れることがあるものと書いてあった。
私はシロ以外の魔物をまだ見たことがないので実際のところはわからないが、人で言う術式が可視化されたものなんだろうと思っていた。だが、それはおそらく違う。
私が思うに、魔法陣とは術者の性質そのものを現す記号のようなもの。
シロが力を使う際に現れる魔法陣は、白く光っていて炎のような揺らぎがある。つまり、自分はこういう者だ、という定義が形になったものなのではないだろうか。
だとするとそれは術式ではなく紋章に等しい。
魔物は魔力を自然界から取り込んでいる。それは体の中で最適な形に自動的に変換されている。そういう機能が魔物にはあるのだ。
そして魔物はおそらく力を行使するのに術式を必要としない。どの種族個体であっても、人間が声を発するのと同じように生まれつき機能として備わっているからだ。
ならば逆に魔法陣が現れるのはなぜなのだろう。何か条件のようなものがあるはずだ。そういえばシロの使う力にも魔法陣が現れるものと現れないものがある。その違いはなんだ?
「何かわかったか?」
「うーん……わからないことが増えた……」
先程見た異空間からの物の出し入れに魔法陣は現れない。物を浮かせたり、私の髪を切った時もそうだった。けれど再生の力を行使する時や契約した時も魔法陣は現れていた。
(これは本当に魔術なのか……?)
例えば魔物が数種類の魔術を使い分けているとしたらどうだ。そしてそれはどれも人間のものとは異なる。しかしこうなってくると魔術と呼ぶのかすら怪しいところだ。
私の知っている魔術とは、魔物の使う不思議な能力を解析した人間や亜人たちが発展させてきたものである。後からそれに魔術と名を付けただけで、魔物の使う力まで魔術だと本当に言えるのだろうか。
生み出した段階で別のものであった可能性は? 同じ超常現象であることに変わりはないが、全く違う方向に発展していたとしたら?
まだ人が魔術を生み出す前の時代、人々はそれをなんと呼んでいたのだろう。
「魔法陣……魔法……」
「懐かしい響きだな」
「じゃあ、やっぱり?」
「そうだな。確かに魔法と呼んでいたことはあった。そんな昔のことは忘れていたぞ」
「シロは長生きなんだな」
「エルは知りたがりだな。よくもまあ飽きずに細かいことを考える」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
そこで私はようやく顔を上げた。少しニヤけている自覚はあったが見られて困るものでもない。
「それじゃあ教えてくれないかな。魔法にはなぜ種類があるの?」
「種類……ふむ。細かく分けると三種類ということになるのか」
シロ曰く、魔物は生まれつき魔法が使えるものであり、その成長過程で特別な魔法を習得することがあるのだそう。それは鍛錬を積み重ねて得るものと、生まれ持った性質が魔法として行使できるようになるものがある、と。
「シロの再生は生まれ持った性質、だね」
「ああ。だがこれは生まれつき扱えたものではなかったはずだ。もう覚えてはいないがな」
なるほど。だからその魔法を使うときは魔法陣が現れるのだ。つまり、この魔法はシロにしか使えない。いや、シロと同じ性質を持っていないと使えない。
「……うん、少しわかった気がする」
それから私は長い長い瞑想に耽った。一応食事として果物を食べる時間と睡眠は取りながら、それ以外の時間はほぼ全て瞑想に費やしていたと思う。
そして、ついにその日はやってきたのだ。
体内に魔力を循環させる。規則正しく一定に。やり方はシロに何度も魔法を使ってもらって学んだから問題ない。
循環させた魔力は契約の証である魔法陣にまた戻す。これは擬似的にシロの性質を私に付与させる為に必要な手順。すると人間でありながら魔物の性質を併せ持つという奇妙な状態が出来上がるのだ。だがこれではまだ不十分。
流れ込む魔力の量を一段階上げる。すると私の座っている場所に魔法陣が浮かび上がってくる。側で見守ってくれているシロは何もしていないがこれは間違いなくシロの魔法陣だ。
そう、これは魔法。借り物の力ではあるけれど、その性質を持っている今の私にも多少は扱えるはずなんだ。
(この性質付与は一時的……だから半永続的に付与し続ける状態を構築する……シロの魔力がある限り発動し続けられるような……)
きっとシロにお願いすればこんなの簡単に出来てしまうのだろう。こんな細かく考えずとも、そうなれと願っただけでできてしまう。魔物にとってはそれが当たり前なのだから。
でもそれでは意味がない。
なにより私がこの力を自分のものにしたかった。
せっかく魔力を自由に使っていいと言ってくれたんだ。どうせなら全部自力で解明して先に進みたい。その方が絶対に面白いし楽しいから。これはそのための第一歩。
落ち着いて、ゆっくりと。体内を巡る魔力を感じながら私はその状態を維持し続けた。
(後は両手足と頭にそれぞれ起点を作って常に魔力が流れ続けるような回路を作成……定着……元の流れから切り離して……回路を独立させて……それでも供給はされるように……)
そうして全てが終わった頃、私はついに自分の足で立つことができるようになったのである。
「で、できたぁ……!」
座りっぱなしだったのが立てるようになっただけの進歩だ。それでもかかった時間はかなりのものである。後から知ることだが、ここへ来てから実に三ヶ月の時が流れていた。
「ほう、最初はどうなるかと思ったがまさかやり遂げるとはな。さすがは俺のエルだ」
羽を器用に使って頭をわしゃわしゃ撫でられるとなんだかすごく家畜っぽい。でも喜んでくれているのがわかるから嫌ではなかった。
自分の成果をこうして一緒に喜んでくれる存在というのはこんなに嬉しいものなのだな。
「それにしても、人間は小難しいこと考えないと魔法も使えないとは不便だな」
「こればかりは種族の違いだな。根本的に作りが違うんだ。やってみてわかったが、同じ魔法でも結局私は起こす事象を順序立てて思い浮かべないと発動しない」
私がやったのは、シロの魔法を発動した状態で維持し続けるよう独立した魔力回路を作り出すという荒技だ。常に魔力が流れ続けている状態になるので体が枯渇感を覚えないというわけだ。体に錯覚させているだけなので上手くいくかはやってみなければわからなかったが、とりあえず今の所問題なく作動しているようで安心した。
シロが再生の特性を持っているだけあって、その魔力は体の組織を弄るのに適している。違う魔物だったらこんなことは出来なかったかもしれない。そう思うと契約したのがシロで良かったと心底思うのだった。
「それで? 次は何をしたいんだ?」
「あ、やっぱわかっちゃうか」
出会った時からそうだったので特に気にしていなかったがシロは人間の心が読める。声を出さない会話すら可能なようだ。私が屋敷にいた時の事も知っていたし、ある程度は遡った過去も見えるのかもしれない。
まあ、そんな力が無くても今の私はわかりやすい自覚があるので隠す必要はないのだが。
せっかく動けるようになったんだ。やりたいことなんて一つだろう。
「魔物と戦ってみたい!」
これが私たちの旅の始まりだった。




