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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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五十九


 

「シファン辺境伯!ギルバー様のお屋敷でも聞いた事がある方です!エルは本当にお嬢様だったですね……!」


「たまに凄く礼儀正しい振る舞いをするからそうなんだろうとは思っていたけど、辺境伯家のご令嬢だったんだね……」


「ご令嬢って柄じゃないだろどう見ても」



 お嬢様とかご令嬢とか仲間の口から発せられるとどうにも変な寒気がする。もともと男として生きてきた身だ。呼ばれ慣れていないというのもあるができればやめてもらいたい。

 ぞわぞわと粟立つ肌を摩る私の心情はなんとなく伝わったらしい。二人はそれ以上は何も言わなかった。



「とは言え私は前妻の子だ。おそらく死んだ事になっているだろうし、話を聞いてもらえるかはわからないぞ」



 ミリアは私が生きていたことを知らなかった。だとすると父にもそう伝わっている可能性が高い。


 しかし例えそんな娘が生きていたとしてもあの人が私に興味を示すかと言われたら迷わず首を横に振る。会いに行ったとしてまともな話ができるかどうかは疑わしいところだった。

 

 それに、私を売り飛ばしたのがミリアの独断なのかそれとも誰かの差し金なのかがわからない。怪しい人物はもちろんいるが、実際どうなのかはここで考えても仕方のないものである。

 


「……なにそれ」



 ぽつり、と。父の名を出してから黙っていたネルイルが地を這うような声を発したので、私たちは一斉に肩を揺らした。

 何故だかとてつもなく怒っている。彼女の体から漏れ出した魔力が部屋の中に流れるのを感じて思わずごくりと唾を飲んでしまうほど。

 

 せっかく情報が得られそうなところだったのに、それがこんな頼りないもので呆れたか?

 私がそう思っていると、俯いていた顔を上げてネルイルは突然声を張り上げた。



「自分の子供にそんなこと言わせるなんて信じらんないっ!!」



 今度は私が黙る番だった。


 睨むようにこちらを見る彼女の目には、薄らと涙が浮かんでいる。



「あたしの父様や母様は、あたしが生まれてすぐに死んじゃったけど!でもちゃんと愛してくれていたって知ってるわ!だから今でも大好きよ!」



 きっと兄であるアスハイルにそう伝えられてネルイルは今まで生きてきたのだろう。

 

 貴族としての地位は低くとも、そこには幸せな家庭が築かれていたのだ。共に時間を過ごし、些細なことで笑い合い、悲しみすらも分かち合って。そういう時間を彼女はずっと家族と共に過ごしてきたから。


 だからこそ、許せないのだな、と思う。



「エル!詳しいことはわからないけど、あなたが生きていてよかったって言わせてやりなさい!!」


「……はは、難易度高いなぁ」



 あの父が、私が生きていてよかった、なんて。そんなこと言うはずがない。

 まともかどうかも怪しいが会話をしたのだって、屋敷を出たあの日が最初で最後なんだ。父に興味すら持たれていないことを悲観する気すら起きないくらいに私たち親娘の関係性は薄い。


 今の会話でうちの家族仲が良くない事は全員察しがついたはずだ。

 二人の役に立てるかはわからないがそれでもいいかと問えば、アスハイルは涙を流す妹の頭に手を置きながらこくりと頷いた。



「嫌な事を思い出させたみたいで悪いな」


「別にいいよ。もうあの場所には興味も関心もない。それに、私にはシロがいるからね」


「ディもいますよ!」


「僕も!」



 座っていたシロの背中をそっと撫でると、側にシンディとルトがやってきた。今の私は仲間に恵まれている。何を悲観することがあるだろうか。


 そんな私たち様子に、ピリピリしていた空気もいつの間にか穏やかなものに戻っていた。



「一応話は聞いたがよ、幻獣を連れている時点でお前は貴重な人間だ。本来なら教会で保護を申し出るところだが」


「断る」


「だよなぁ。既に王族の監視付きってのも厄介だし」


「監視?なにそれ聞いてないんだけど……エル?」



 せっかく和らいだ空気にまた亀裂が入った気がして私は思わずアスハイルを恨みたくなった。



 


 ルトとシンディに王族の紋を模ったペンダントの裏話を簡単に説明してから、私たちは借家の一階に降りた。

 

 テーブルにはアスハイルが用意してくれた豪華な料理がずらりと並んでいる。外はもう日が落ちて暗くなっているものの、部屋の四方に設置されたランプが全て灯っていて中は結構明るかった。



「エルも起きた事だし、明日には出発だ!今日は腹一杯食えよ!」


「おおー!」



 明日にはリガンタの街を立つ。滞在時間は短かったが、街のシンボルでもある闘技場に入れないのだから他に思い残すこともない。

 

 それよりも、あの襲撃を共に乗り越えたからなのか兄妹が私を名前で呼ぶようになっていることの方が驚きだった。まぁ、これから辺境伯領へ着くまでは一緒に旅をする事になるのだし、距離が縮まったのだと思えば特に悪い気はしない。



「そういえば十日も経っててその間襲撃は一度も無かったのか?」


「うん、特に無かったよ。一応シンディにはここの守りをお願いしていたけどね」


「ディが見ていた限りでは怪しい人は来ませんでした」


「そっか……確かにこの中であの術に対抗できるのはシンディだけか」



 シンディは魔力を持っていない。魔力を逆流させ異常を引き起こさせたと見られるあの術も、彼女には全く影響が無いのである。


 武器でもあるあのベールで使う魔術がどうかは今のところわかっていないのだが、形を変形させてローブとして身に纏っていたにも関わらず術の影響は受けなかったらしい。ならばもしかしたらルトの魔道具はあの術に対抗する為の一つの切り札になり得るかもしれないなと私は思っていた。



「向こうもエルと戦って相当深手を負っていたし、余裕は無かったのかもしれないね」


「うん。でも一応道中は警戒はしておいた方がいいだろうな」



 あのミリアの事だ。また不意打ちを仕掛けてくる可能性は大いにある。流石に前回のような失態は繰り返さないつもりだが、何をしてくるかわからない奴というのはそれだけで厄介だ。

 そんな事を考えながら、私はロックバードの唐揚げに齧り付いた。じゅわりと溢れ出す肉汁と香辛料の香りが口の中に広がってくる。なんだこれ美味すぎる。



「うん、つくづく生きててよかったなって思うよ……」


「お兄ちゃんが、でしょ。あなたの胃袋底無しなんだから食べ過ぎないでよね」


「腹一杯食えって言ってた」


「エルは別に決まってるでしょうが!」



 なんだかネルイルがいるだけで食卓は賑やかになる気がするな。私もルトもシンディもそこまで騒ぐタイプではないので、こういうのも新鮮で面白い。

 目的地はあれだが楽しい旅になりそうだ。明日からの日々を私は結構待ち遠しく思っているのだった。




 そして、翌日。


 馬を一頭買い足して、私たちは王都の南東方面に位置する辺境伯領を目指してリガンタの街を出た。

 途中幾つか村や街を経由する予定である。これだけ人数がいると物資の調達は必要不可欠だからな。今回はせっかく料理の出来る奴がいるので、また肉が続く生活は流石に勘弁願いたい。


 

 それにしても、辺境伯領へ到着すれば私は王都の周りを一周した事になる。屋敷に篭っていた頃からは考えられないような距離だった。


 こうなればいつか王都に顔を出してみるのもいいかもしれない。シロが寝床にしていた聖樹にもあれ以来行っていないので、どうなっているのかも気になるところである。


 そのためにも、早く家の問題には決着をつけるとしよう。



「うわぁあ!」



 リガンタの街を出てすぐのところで、馬から滑り落ちたルトの叫び声が辺りに響き渡っていた。


 人数が多いので馬を買い足したはいいものの、まさかあいつが馬に乗れないとは誰も思っていなかったのである。

 体が小さく馬を操れない為アスハイルと相乗りしている私が言うことではないのだが、もう少しなんとかならないものだろうか。

 

 この旅の中でルトがどれだけ馬を乗りこなせるようになるのかも見ものだな、と何度落ちても果敢に挑むその姿を見て私たちは思っていた。



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アスハイルの圧倒的パパ感……!
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