六十二
男の名はゴートというらしい。
この街スイストンで漁師をしている内の一人で、後から現れた他の男たちはゴートの持つ船の共同所有者なのだとか。船はとても高価な物で維持費も馬鹿にならない為、こうして集った複数人で金を出し合い今まで維持し続けてきたのだそう。
「お嬢。それで、ダクトルのところにはどうやって乗り込む気なんだ?」
「……いや、忍び込もうと思うけど」
そんなことよりなんだお嬢って。
ぞろぞろと体格の良い海の男たちを引き連れて船着場までやってきたわけだが、置かれた樽の上に座る私の前にはなぜか更に増えた男たちが並んで座っている。
なんだか変な組織の集会のようで、正直言って落ち着かない。どうしてこうなった。
「領主邸でそれができたら本当にすげぇや!」
「あのゴートさんを倒しただけのことはある!」
「お嬢がいりゃあ百人力だぜ!」
「一応話し合いに行こうと思ってるだけなんだが……」
騒ぐ男たちを見ながら考えるのは、こんなところを仲間たちに見られたらなんて言われるかということだ。ルトやシンディは面白がりそうだが、ネルイルは怒るんじゃないだろうか。アスハイルには呆れられそうだな。
よし、なるべくみんなに見つからないうちにこの件は片付けてしまおう。そう決めて、私は座っていた樽の上に立った。
「私はこれからダイアード子爵邸に行ってくる。ここにいるゴートは連れて行くが、目立つのは避けたいから他の奴は待っていてくれ」
「うおおーーー!!」
返ってきた野太い歓声を聞きながら、もうどうにでもなれと私はしばらく広い海を眺めていた。
そうして安物のローブを着させたゴートと共にやってきた子爵邸。
街の西に位置するその屋敷は石の塀に囲まれており、正面の門には見張りの兵士が立っていた。領主であるダクトルとは面識も無い私と、いち漁師でしかないゴートがそのまま行っても通してもらえるわけがない。
仕方がないので屋敷の裏に周り、男一人を掴んで石の塀を軽々と飛び越えた私にゴートは面白いくらいに驚いていた。驚いた、というよりは、恐怖で言葉を失っただけかもしれないけれど。
「お嬢、あんた何者なんだ?どう考えても普通のお貴族様じゃねぇだろ……」
「そんなことより開いてる窓でも無いか探してよ。入れないだろ」
「お、おう……」
流石に人の目がある屋敷の正面には出られない。なのでそれ以外を慎重に探っていくと、ちょうど屋根裏部屋に当たりそうな場所の小さな窓が開いているのが目に入る。おそらく風を通す為に開けてあるのだろう。
見上げた感じ子供一人くらいならなんとか通れそうなので、私はゴートをその場に残して両手足を軽く強化しながら屋敷の壁をよじ登った。
窓に辿り着いてもすぐには入らずそっと中を覗き込むと、大きな荷物が所狭しと詰め込まれた部屋であることがわかる。人の気配はなさそうなので、私はなるべく音を立てないようにスルリと体を滑り込ませた。
「埃っぽい……」
荷物の周りや床や壁にも広がる白い埃。部屋の隅には塊になって溜まっているので、長い間掃除もされていないことは一目瞭然だった。
こんな状態では窓を開けていてもあまり意味はないんじゃないだろうか。一応貴族の屋敷なのだから使用人だっているはずなのに、いったい何をしているんだか。
歩いただけでも埃が舞いそうな状況に、私はせめてもとローブの端を掴み魔力の壁を足場に部屋を進む。
流石に下に繋がる梯子の周辺に埃は無かったのですぐにわかった。誰かが窓を開けた時に付いたと見られる足跡も残っているので間違いはない。
はめ込まれた板の隙間に指を掛け引っ張るとギギと軋みながら開いていく。私はその隙間から下を覗き込んで、人の姿が無いことを確認してからさっさとその屋根裏を出た。
おそらくここも倉庫か何かだ。上よりは整理されているようで、部屋の奥にある棚には本や小物が綺麗に並べられている。埃も無いので掃除も行き届いているらしい。
私は棚の間を進み壁際まで行くと、鍵のかかっていた窓を静かに開けていった。
「さて。あとはダクトルを探すだけだな」
開けた窓から一旦外に降り、ゴートを連れてまた部屋に戻ってきた。
なんだか疲れきった様子の男を横目に私は廊下に続くとみられる扉の前までやってくると、とりあえず耳を当てて外の音を探ってみる。
何やら遠くから微かに人の声のようなものが聞こえるがそれ以外に物音はしない。大丈夫だろうと判断し、私はほんの少し扉を開けて外の様子を盗み見た。
「この辺りに人はいないみたいだな」
「何か聞こえねぇか?」
「うん。何か言い争っているような……」
扉を開けたことで微かに聞こえていた声のようなものが聞き取りやすくなった。人差し指を口の前に立てることでゴートを黙らせ、私は聞こえてくるそれに耳を澄ませる。
――お前がッ!
――ダメだってお兄ちゃん!
知った人間の声である。
というか、アスハイルとネルイルの声である。
領主のところに行くと言っていたが、話はまだ終わっていなかったか。しかも何やら口論しているようである。
「まずいな」
「なんだ?お嬢でも敵わない相手がいるとか?」
「いや、面倒な奴らなことには変わりないんだが……」
街を見てこいと言われて別れたのに、まさかその相手が領主の屋敷に不法侵入してくるなんて流石に思わないだろう。それどころか今の私の行為は明らかに処罰の対象なので、万が一そんな奴と知り合いだと領主に知れればあの兄妹の立場も悪くしかねない。最悪教会の仕事に支障が出る可能性もある。
しかし、ここまで来てしまった以上簡単に引き下がりたくはない。一応私も金がかかっているので。
少しの間考えた後、私はフードを深く被り直した。
「行こう」
もう一度外の様子を見てみてもそこに人影は無かったので、私たちは素早く部屋を出て声のする方へと走り出した。
もしかしたら客が来ているから人払いでもしているのだろうか。それくらいに人気がない。こちらとしてはやりやすくて助かるのだが。
「……ここだ」
私はその部屋の前で足を止めた。中からは聞き覚えのある声が聞こえてくるので間違いはない。
もう一つ聞こえてくる、私の知らない男の声はダクトルのものだろうか。ふとゴートに目を向けると、小さな頷きが返ってきた。どうやらこちらも間違いない。
私たちは互いに扉の両端に立ち、顔を見合わせて頷き合う。
ここからは時間との勝負だ。
そう自分に言い聞かせて、私は部屋の扉を勢いよく開け放った。
バンッ!と派手な音を立てて扉が開くと、その瞬間向けられた殺気は三つ。おそらく人払いしたにも関わらず開いた扉に反射的に反応したのだろう。
アスハイルとネルイルは流石教会の魔術師と言ったところか。瞬時に杖を取ったところまでは良かったが、入ってきた顔を隠した子供の姿に一気に気が緩んだらしい。というか、多分気付かれたな。
「なっ、お前……おわッ!」
「きゃあっ!」
先手必勝。何かを言われる前に生成した針で二人を床に縫い付けた。体に直接刺したわけではなく、交差させた針で動けないように押さえつけている感じなので怪我もないだろう。
「な、なんだお前は……!」
声を上げたのは、入って正面にある執務卓の向こう側にいる男だ。身なりからしてこいつがダクトル・ダイアード子爵で間違いない。背が低く、横に太い男だった。
こいつの口を割ればいいんだな。と、そう思った瞬間に真横から伸びてきた剣をしゃがんで避ける。
「貴様、何者だ。ただの子供ではないな」
それは、氷のように冷たい男の声。
フードの下から少し見えたのは、晴れた日の青空のような透き通った青い長髪と、それから。
「ああ、答えなくてもいい。侵入者の言葉に興味は無いからな」
その男の胸に輝く、騎士団の紋章――




