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狐のお店  作者: 105 秋
9/12

09:『散歩』


チュンチュン。

 鳥の声がする。

 

 目を開けると目の前に顔があって驚いた。

 月子さんか。

 どうやら二人に一枚の毛布がかかっていたらしい。

 そのまま彼女に毛布をかけておく。


 今日は早めに起きた様だが、もう台所で音がする。


 「俺より遅くまで飲んでいたと思ったが、二人とも寝たのか。」

 「うむ。儂は酒を飲むとかえって寝起きが良いくらいじゃ。酒は儂の力の源なんじゃろうて。」


 あの飲みっぷりを見ていると、あながち嘘には聞こえない。

 なんとも羨ましい体質だ。


 「私も寝起きが良くて、いつもより体が回復したぐらいに感じます。」

 「菜衣も儂と同じなのかもしれぬな。」


 末恐ろしや・・・。


 「大介も起きたしちと早いが飯にするか。」

 「月子さんはまだ寝ていたぞ。」

 「あれは放っておくと夕方までもゴロゴロしておるから、叩き起こせ。」

 「まだ朝早いですし、もう少し寝かせてあげませんか。」

 「菜衣がそう言うのなら今少し寝かせておくか。」


 それでも魚を焼き始める。


 「昨日のワラサを照り焼きにしようと思ってな。順々に運んでくれ。」


 菜衣と二人で運ぶと、すぐに終わる。


 「あとはあるもので良いじゃろ。」


 最後に米を持って来てくれる。

 そうすると、月子さんががばっと起きた。


 「美味しい匂いがします姉様。」


 いいタイミングだ。


 「月子の分も有るから、顔洗って来い。」

 「はい。」


 怠そうに歩いて行く。

 さすがに二日酔いかな。

 それでもすぐに月子さんは戻って来た。


 「それでは、頂きます。」


 瑞千穂の声にワンテンポ遅れて他の皆で合掌。


 「「「頂きます。」」」

 「おいしいです姉様。」

 「折角じゃから大介が持って来てくれた米を炊いてみた。」


 今日のおかずは照り焼きに、卵焼き、油揚げとナメコの味噌汁、納豆、漬け物、海苔。


 「大介、エライ!」

 「卵焼きは菜衣作じゃ。」


  瑞千穂にしては焦げ気味だと思ったえわ。


 「菜衣ちゃんもエライ。」

 「焦げちゃったのですけど。」

 「巻けるだけ凄いわよ。私はできないもの。」


 俺もできない。

 この調子じゃあっという間に菜衣に置いていかれそうだ。


 「あれ?紳次は帰ったの?」

 「うむ。お主達が寝た後でな。菜衣も先に寝たから覚えておらぬであろう。最後は風呂に入って帰ったわ。」


 なんでも片付けて毛布もかけていってくれたらしい。


 「わざわざここで風呂に?」


 家のは小さめだからかな。


 「あの離れ、実は温泉なのじゃ。大介も入ってよいぞ。」

 「温泉まであるのか!?」

 「うむ。アパートの近くにある銭湯にも流しておる。」


 良いことを聞いた。後で早速入ろうかな。


 「飯食ったら朝風呂とシャレ込もうかな。」

 「おぉ、良いぞ。鍵は付いておらんでの。」

 「誰でも入れてしまうな。」

 「まぁここには入れないから、儂ら以外入る人はおらんじゃろう。」

 「建物で囲みながら、うまく作ってあるのですよ。」


 何故か月子さんが得意げに教えてくれた。

 今度探索してみるか。


 「ごちそうさまでした。さて風呂にでも入って来ようかな。」

 「あの。」


 菜衣が申し訳なさそうに話しかけてくる。


 「その後で良いので少しお付合いくださいませんか。」

 「そうじゃった、その後でよいから菜衣の買い物に付合ってやれ。先程、歯ブラシなんかの小物が必要じゃろと話しておったのじゃ。」

 「すいません。ここら辺のことまだわからなくて。」

 「買い物のしかたもよくわからんじゃろうしな。」


 いいけど。


 「俺で良いのか?」

 「はい。大介さんお願いできますか。」

 「わかった。ついでに篠さんのお店にも行ってみようか。」

 「そうですね。折角ですから。」


 それでもお店が空くまで時間があるので風呂に入ることにする。


 「背中でも流してあげようか。」


 と、月子さん。


 「えっ」

 「嘘よ嘘。私は部屋帰って稼がなきゃ。菜衣ちゃん。」

 「はい?」

 「これお小遣い。好きな物を買って見なさい。」

 「でも。」

 「良いのよ。人間社会の見学よ。」


 菜衣の襟元にねじ込む。

 なんかエロい。


 「ありがとうございます。」

 「じゃ、大介ちゃんも仲良くね。姉様ごちそうさまでした。」


 見送る間もなくさっさと行ってしまう。

 菜衣は残されたぽち袋を眺めている。


 「貰っておけ。気にするな。他の物にも同じことをして来たし、お姉さんぶりたいのじゃろ。」


 昨日のメンバーの中で月子さんは瑞千穂と紳次さんに次いでの古株らしい。


 「大介。タオルは家の使ってよいぞ。」

 「でも着替えが。」

 「昨日お主が着て来た着物があるぞ。」


 そういや、料理するのに汚れるとここで着替えたんだった。


 「でもパンツがない。」

 「そうじゃったか。」


 温泉があるのだからいっそここに一組置いておくのも手だな。

 家に着替えを取りに行き、温泉から出てくると瑞千穂だけが待っていた。


 「菜衣は表を掃いてくれとる。いっそ緋袴でも着させるか。」


 なかなか似合いそうだ。


 「待たせちゃったみたいだし、行ってくるよ。」

 「気を付けてな。篠にもよろしく。」

 「ん。」


 外に出ると菜衣が誰かに話しかけられている。

 若い男だ。

 しかし、俺を見るとそくささと帰ってしまった。


 なんだったんだ?


 「おまたせ。どうしたんだ?」

 「よくわからないのですけど、不意に話しかけられまして。始めは髪の色が綺麗だねとか。」


 ナンパだろうか。菜衣は綺麗だし。


 「そのうち昨日車で出かけてなかったか?とか。一緒にご飯でも行かないとか。なかなか帰ってもらえなかったので、大介さんが着てくれて助かりました。酔っていたみたいですし。」


 朝まで飲んで、帰り際にからんできたのかもしれない。


 「ちょっと待って下さい。箒を置いてきますから。」


 箒を置いてすぐ戻って来た。


 「じゃ、行こうか。」

 「はい。おねがいします。」


 二人で商店街の方へ向かうと、着物だからか菜衣が綺麗だからか見てくる人が意外と多い。


 「買い物は荷物になるし帰りで良いかな?」

 「おまかせします。」

 「あと、篠さんに何かお土産買って行こう。」

 「そうですね。昨日はお土産頂いちゃいましたし。」

 「菜衣が選んでくれ。」

 「え、大介さんが決めて下さい。」

 「色々見て、良いと思うの決めれば良いからさ。」


 そうした方が、じっくりと色々見ることができるだろう。

 ぷらぷらと土産を選びながら歩いていて気がついた。


 「その鈴。俺のと同じだよな。」

 「はい。瑞千穂さんが帰った時いないと困るからと鍵を貸してくれました。」


 帯から出すと、鍵がその先に付いていた。


 「この鈴暖かい感じがします。」

 「会ったときも懐かしいって言っていたもんな。」

 「えぇ、今でも・・・。不思議ですね。」


 お土産はシュークリームにした。

 菜衣曰く、


 「ふわふわで美味しそうです。」


 とのこと。


 篠さんのお店は閑静な住宅地の隅にひっそりと在った。

 大きさは隣の家の半分くらいだ。


 「すいませーん。」

 「はーい。」


 すぐに出て来てくれた。


 「あら早速来てくれたのね。」

 「昨日の今日で早すぎましたか?」

 「いえいえ、そんなことはないわよ。嬉しいわ。」

 「これお土産です。」


 菜衣がおずおずとお土産を渡す。


 「なにかしら。まぁ、シュークリーム。美味しそうだわ。」


 篠さんに進められるままお店の奥に入って行く。

 店内は漫画・小説・エッセイ・美術書となんでもありだ。

 奥行きは想像以上に広い。


 「わぁ、素敵です。」


 一番奥は庭に繋がっていて縁台やテーブルがぽつぽつと置いてある。


 「ずいぶん大きいのですね。」

 「元々は両隣も家だったのよ。表だけ狭くして奥は残したの。」

 「折角来てくれたし、お昼食べて行きなさいな。もう十一時だし。」


 ありがたくお言葉に甘えることにする。


 「菜衣ちゃんお料理教えてあげるから一緒に作りましょう。悪いけど大介さんは本でも読んでらして。」


 男子禁制よ。だってさ。


 しょうがないので手前にあった雑誌を手に取る。

 どうやらスペインの町並みとかが書いてある様だが、スペイン語なのでさっぱし分らない。だが、写真を見ているだけでなかなか楽しい。いつか行ってみたいなとか思う。


 「できたわよ。お天気もいいしそこで食べましょう。」


 お店で良いのだろうか?。

 まぁ篠さんは全然気にする感じがしないから大丈夫なのだろう。

 まるでお客さんが来ることを考えていないみたいにも思える。


 運んで来てくれたのは、山盛りのサンドウィッチとポタージュ。

 飲み物は牛乳と紅茶とオレンジジュース。

 俺は牛乳。菜衣はオレンジジュースを選ぶ。篠さんは紅茶だ。


 「頂きます。」

 「召し上がれ。」


 まず一口ポタージュをすすると、カブだった。


 「体が温まりますね。」


 天気がいいとはいえ十一月。ポタージュの温かさが嬉しい。

 サンドウィッチは色々種類があって目が楽しい。

 卵サンドから頂く。


 「沢山食べてちょうだいね。」


 その後はもっぱら篠さんが昔話を話してくれた。

 なんでも篠さんの飼い主だった人は、元々商売で儲けた人だったそうだが、妻に先立たれた後、本好きが講じて古本屋を始めたとのこと。

 その後、篠さんが継いでからは、飼い主の本を売ってしまうのも嫌だったのでここで本を読むお店にして、さらに奥でお茶なんかを出すようになったそうだ。

 客が来ないのもかまわないらしい。

 両隣の家賃収入もあるし、どこかで噂を聞いて古い本を見に来る人がいたり、お菓子を食べながらお茶をしに来る人もたまにはいるとのこと。


 「あの人の大切にしていた本を手放したくもないけれど、お店も残したかったからこんな形になってしまったけど、これも良かったと思っているの。それに『篠』って奥様の名前だったそうよ。それを私にも付けてくれたなんて嬉しいわね。」


 それだけ大切にしてもらったのだろう。

 懐かしむように話してくれた。


 途中、おやつにお持たせのシュークリームを食べながらお茶を飲んでいたら、いつの間にか暗くなってしまっていた。

 そろそろ帰らないと。


 「あら、長々とお引き止めしちゃって悪かったわね。でも楽しかったわ。」

 「こちらこそ。ごちそうさまでした。それにお土産まで。」

 「また来てね。」


 菜衣と二人でお礼を言って店を後にする。


 「瑞千穂さんおはぎ喜んでくれますかね。」

 「酒に合わないって文句言うかもしれないな。」

 「そんなこと言って、後で怒られますよ。」

 「菜衣が言わなければ大丈夫だ。」


 今日一日話したからか、菜衣との会話も少しなじんで来た気がする。

 話しながら歩いているといつの間にか住宅は減り、人気の少ない公園にさしかかる。

 横切った方が少し近い。


 「横切って行くか。」

 「はい。」

 

 二人で公園を歩くのも悪くないな。



 まだこの後に起こることを知らずにそんなことを思っていた。


 

 



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