12:『狐の縁』
痛い。
くそ痛い。
痛みで目が覚めた。
最悪だ。
痛みの元は右手。
腫れている。これは酒のむくみなんかじゃ絶対ないと言える。
「おはよう。」
今日も先に瑞千穂が起きている。
「おはよう。」
右手を見て一言。
「病院へ行け。」
「なんか良い術とかないのか。痛いんだけど。」
「無いこともないが、保険証あるのじゃろう。さっさと病院行け。」
「まだ開いてないし開く時間に行くよ。」
術というより薬草なんかを貼るだけらしい。
一応、普通に貼るよりは効くらしいけど・・・。
「人に全く効かないこともなかろうが、狐用の術になるし、人間の医療の方が優れておる。」
とのことだ。
大人しく瑞千穂の言ううことを聞くことにする。
開く時間を待って早速近くの病院へ。
「本日はどうされました。」
一番乗りだ。
というか右手を見て病院が開くのを待っていたお婆ちゃん達が譲ってくれた。
常連さんでお話ししているから構わないらしい。
ありがたい。
「これなんですけど、痛くて。」
右腕を見せる。
「わかりました。初診の方ですよね。」
「はい。」
「保健証をお願いします。」
どんなときも病院の窓口の対応って一緒だね。
それでも一番だったので直ぐに呼ばれた。
「お願いします。」
先生に見せると、言下。
「多分折れているね。痛いでしょ。」
「はい。」
どんどん痛くなってきている。
診察の結果、手の甲と指の骨がヒビと折れていたらしい。
「どうしたの。喧嘩?」
まさか人を思いっきり殴りましたなんて正直に言える訳もない。
「転びました。」
「転んだねぇ。それで痛かったでしょ。なんで来なかったの?」
これは怪しんでいるな。
「酒飲んでいてあんまり感じなかったんです。」
「ふーん。」
まぁ、いいか。
といった感じでカルテを書いている。
喧嘩しましたで警察沙汰は面倒なので助かるけど、良いのだろうか?
結局手を固定し、痛み止めを出してくれた。
帰ると菜衣が心配そうな顔で出迎えてくれる。
「どうでした。」
「大したことないってさ。」
「でも。」
手をみる。固定されているもんな。
大したことあるよな。
「大介隠すな。」
瑞千穂がそういうけど、菜衣がまた気にするじゃんか。
「隠されても結局気になるぞ。」
それもそうか。
「ヒビと折れているってさ。」
「私の所為で・・・」
「いや、そう言う訳じゃ。」
「そうじゃ気にするな。普段鍛えておらぬから大介の骨が柔かっただけじゃ。」
骨鍛えるってなんだよ。カルシウム不足だってか?
まぁそういうことにしておこう。
「そんな訳で治るまでオープンは延期でいいか。」
「儂は全然かまわんぞ。どのくらいじゃ?」
「医者曰く全治3〜4週間だと。」
宣伝もしていなかったのでズレたとしても問題ないだろう。
「でも、利き手が使えないのは不便ですよね。」
「まぁなんとかなるよ。」
「私がお食事とかお世話します!」
「いや、大丈夫だって。コンビニもあるしさ。」
「だけど。お掃除とかもありますし。」
なかなか引き下がらないな。
「大介もそう無下に断るな。菜衣もやることなくては暇じゃろうしできることはやらせてやれ。」
瑞千穂もにもそう言われ、
「じゃあ程々に頼むよ。よろしくな。」
「任せて下さい頑張ります。」
その言葉通り菜衣は頑張った。
食事だけのつもりだったが、掃除、洗濯、買い物も手伝ってくれ、さらには、風呂にまで突撃してきそうな勢いであった。
さすがに風呂は一人で入りましたよ?。もちろんトイレも。
途中見舞いにきた紳次さんと篠さんに「あら、お嫁さんに来たみたいね。」とからかわれる程に頑張ってくれた。
そうして二週間後。
トントントントン
「大介、菜衣に料理の腕だいぶ差つけられたのう。」
この二週間、毎日三食きっちり作り瑞千穂の晩酌用にツマミも作っていた菜衣の包丁さばきはだいぶ上手くなっている。
包丁の音が軽やかだ。
「うん。もう追いつけない気がしてきたよ。」
「慣れじゃよ。まぁ菜衣は世話かけたと思っているせいか、頑張っておるのもあるとは思うがのう。」
さらに二週間後。
お医者さんの診察では完治しただろうとのこと。
それでもたまには痛むかもしれないらしいけど。
そんなわけで、俺の完治祝いの会を開いてくれることになった。
ただ理由をつけて呑みたいだけともいうけど。
会場は瑞千穂宅にて。
「大介さん邪魔です。」
せっかくなのでと久々に台所に立とうとしたらこれだ。
「なんか力関係ができたようじゃのう。」
「毎日世話になっていたせいかな。」
「菜衣は自分の料理のリズムや順番ができてきておるようじゃのう。」
「瑞千穂の時は邪魔じゃなかったのに。」
「あれは教える為に儂がなるべく手を出さぬようにしておっただけじゃからな。」
つまり、邪魔ではあった訳か・・・。
「それに菜衣は料理というものを知って楽しくなっているのじゃろう。」
「暖かいご飯を食べるのを幸せだと言っていたもんな。」
「ども。」
庭先から紳次さんが顔を出す。
「良く来た。上がれ。」
「大介さん完治おめでとうございます。」
包みを渡してくれる。
「このシルエットは酒だな。」
今日から酒も解禁だ。
「正解です。」
「紳次。褒めて使わす。」
俺にくれたんだが。
「こんにちは。間に合いましたか。」
篠さんと月子さんも来てくれた。
「はい。お祝い。」
月子さんが渡してくれたのは酒とライム。
それもむき出しのまま。この綺麗なブルーはボンベイだな。
「月子も褒めて使わす。」
もしや篠さんもかと思ったが、
「私はお酒ではないのですけど。」
と、目の前に包みを置いてくれる。
「チーズをお味噌で漬けてみたの。」
早速開けてみると美味そうだが、酒のツマミだ。
瑞千穂の所に集まると酒関係になるのはヌシのキャラクターに寄る所が多いのか、皆が酒好きなダケか・・・
多分、両方なんだろうけど。
「篠さん味を見てもらっても良いですか?」
菜衣が声をかけてきた。
「いいわよ。ついでにチーズも切ってきましょうね。」
「もうできますから瑞千穂さんも我慢していて下さいね。」
「うむ。」
「今日はみぃ姐さんではなく菜衣さんが台所に立っているのですか。」
「そうじゃ。皆に料理を振る舞いたいのじゃろう。」
それに、この四週間の間に菜衣は篠さんに料理を習いに行っていたのでその成果のお披露目もあるのかもしれない。
「俺も立とうと思ったら邪魔だってさ。
「すまん。遅れたか。」
勝手口から顔を出したのは繁治さん。
「いえ、丁度始まるところです。」
台所からそんな声が聞こえる。
「では、酒も持って来るかのう。」
手伝おうかと思ったが、
「今日は主賓ですから座っていて下さい。」
と、紳次さん。
「おう。これをやる。」
ドン
と繁治さんが置いてくれたのは、金柑漬け?
「酒に漬かっているからちょこちょこ飲め。風邪予防にも良いぞ.」
結局またお酒ですか。
「ありがとうございます。」
「私のは〜?」
台所には行かず炬燵に潜り込んでいた月子さんもせがんでくる。
「今年はそれしか無いから分けてもらえ。」
それしか無いってずいぶんあります。
「ここに置いておくので皆で飲みましょう。」
「姉様に飲み過ぎないように言っておかないとね。」
「そりゃ間違いねぇ。」
繁治さんも慣れてきたのか前よりは言葉が多い。
菜衣とオニギリとか持って畑にも顔を出していたもんな。
「よし、そろったな。」
皆が席に着いたのを見計らって瑞千穂が声をかけた。
「それでは大介の完治祝い兼忘年会を始める。大介。」
「えっと、おかげさまで無事治りました。皆さん色々とありがとう。」
皆が思い思いに酒を持つ。
「乾杯。」
「おめでとう。乾杯。」
「よかったね。」
「菜衣ちゃんお疲れ様。乾杯。」
久々の酒だ。
「美味い!」
「一ヶ月程飲めなかっただけじゃのにのう。」
「そう言うのならみぃ姐さん我慢してみたらいかがですか。」
「無理じゃな。」
俺もそう思う。
それにそう言う紳次さんも無理だろう。
「菜衣も一ヶ月色々とありがとうな。」
「いえ、私の所為でしたし。」
まだ言う。
「それに、お料理したりするのも楽しかったです。」
楽しさが見いだせたならなによりだ。
「ならば、人として暮らしてゆくか。」
瑞千穂の一言で皆黙った。
「この一ヶ月程、色々と見たり聞いたりしてみたり、考える時間はあったじゃろ。」
「・・・」
菜衣は黙っている。
「瑞千穂さんそんないきなりここで決めなくても。」
コトン
「いえ。」
グラスを置き、篠さんの言葉を菜衣が遮る。
「このままではいけないと考えてきました。」
俺はどうするか決めずにこのまま過ごしていても良いと思うけど。
「そうだね。どうするにしろ、そろそろ決めないといざという時決めきれないだろうから。」
覚悟と言うことだろうか。
今回ばかりはわからない話になる。流石に狐の気持ちはわからないからね。
「正直言えば、まだ怖いです。」
攫われた怖さ、それに潜在的に持っている人間への怖さ。それに世間への怖さもあるだろう。
「それでも。」
菜衣が俺を見てくる。
「大介さんみたいに優しい人間も、皆さんみたいに暖かい仲間も居ることも知りました。」
暖かさ。
それは家族の温もりの様に皆が出会ってから菜衣を包んでいたように思う。
「皆さんを信じて私、人と暮らして生きたいと思います。心も温かくなるご飯を作りながら。」
やりたいこともできた。
「そう。決めたのね。うれしいわ。」
篠さんが菜衣の手を握る。
「人間の世界へ改めてようこそ。」
「改めてよろしくな。」
と紳次と繁治さん。
月子さんは涙ぐんで何も話さない。
「こちらこそよろしくお願いします。」
泣きそうな顔をして菜衣は頭を下げる。
「いつ狐の姿に戻るとか、ご迷惑をおかけするかもしれませんが。」
「おそらく名前を持ってしばらくたったから大丈夫じゃよ。名を持つこととは認識されること。それだけで力が強くなるのじゃ。その分名をつけた人との絆も強くなるがのう。」
とにやにやしながら瑞千穂が話す。
「本当に菜衣でよいのか。」
「はい。」
「じゃとよ。大介は責任を取らねばのう。」
いきなり何だ。
「責任って?」
「お主が名付けたではないか。」
「でも、それは菜衣が選んだのだぞ。」
「それでも名付けたのはお主じゃ。それにお天気雨の時に招き入れたそうじゃな。」
まぁ声かけたのはそうだけど。
「なんの関係があるんだ?」
「お天気雨、つまり狐の嫁入りですか。」
紳次さん変なことを言わないで欲しい。
思わず酒を吹きかけた。
「嫁に取れと言っているのではない。」
「え〜。つまんない〜。」
月子さんちゃかさないでくれ。
「菜衣ちゃんのドレス綺麗だと思うわ。」
篠さんまで。
言われた菜衣は真っ赤だ。
「まあ嫁に取っても別にかまわんのじゃが。」
あの〜。
「人間社会に招き入れたのが大介さんということですよ。」
そういうことか。
紳次さんの言葉でようやく分った。
「まぁ、嫁云々は本人同士に任せておいてじゃな、大介は多少也とも責任を感じておろう。」
「だけど、俺は自分のことすら満足に面倒を見ることできていないぞ。」
責任は確かにあると思わないでもないが、実際店も始まっていない今、無職継続中。
「それと人として生きていく為には生活の糧が必要じゃ。」
そんな俺が生活の面倒をみてやれるとは思えない。
「そして菜衣は料理を作りたいのじゃな。」
なんとなく流れが見えた気がする。
「はい。心も温まるようなお料理を作れるようになりたいと思っています。」
これを受けて社長兼オーナーの一言。
「喜べ大介。お主の下に従業員を付けてやろう。お主より料理がうまいぞ。」
これで決まった。
「それでは、店の繁盛と菜衣の門出を祝って、再び乾杯じゃ。」
「乾杯!社長さん職場恋愛は有りですか?」
月子さんはもう酔い始めているんじゃないだろうか?。
「俺の野菜も菜衣なら上手に使ってくれるだろう。」
繁治さん。
俺では不安要素がありましたか?。
「菜衣ちゃんもっとお料理教えてあげるからね。」
篠さんも以前より酒が進んでいる気がする。
「菜衣さんが入ることでやれることも増えそうですね。頑張りましょう。」
ほぼスタッフ状態の紳次さんも異論はないようだ。
皆、菜衣に話しかけ盛り上がっていく。
こりゃ主賓は交代だな。
途中。菜衣が席を離れ寄って来た。
「大介さん改めてよろしくお願いします。」
グラスを出してくる菜衣。
チンッ
「これからは同僚だな。こちらこそよろしく。」
こうしてこの日の宴も遅くまで続くいていった。
大晦日、それに新年も飲んだのは言うまでもない。
一つ違ったのは、その場には俺の料理も並んだことだ。
評判は、紳次さん曰く、
「月子さんよりはましですが菜衣さんや姐さん、篠さんには敵いませんね。」
とのこと。
その月子さんも紳次さんを叩きながら、
「確かに私よりはましだけどねぇ。」
と。つまり。
「まだまだじゃな。」
ってことだ。
もういっそ料理は菜衣と瑞千穂に任せた方が良いのかもしれない・・・・
そんなこんなで俺は優しい狐達に囲まれながら新しい年を迎え、そのまま店の準備へと忙殺されていく。
ようやく店を開店できたのは、初雪が降った日のことだった。
「初雪の日に開店か。客は入りそうもなく前途多難じゃな。」
宣伝もしていないし、口コミで少しずつお客さんを増やせればいいと思っているのであまり気にしない。
だから看板すらまだ出せていない。外には電灯一つ。
「店を早々に閉めて雪見酒にでもするか。」
「駄目ですよ。」
そんなことを言っているうちに、月子さん達が来てくれた。
他には誰も来ない。
十一時を過ぎても雪は止まず、外行く人達は足早に帰路につく。
「今日は貸し切りですね。」
そう言いつつ電灯を消してしまおうと外に出る。
「うぅ寒い。」
真っ暗の空から降る雪もなかなか幻想的だ。
「すいません。」
声のした方を見ると、このクソ寒い雪の夜に裸足に赤いマフラーを巻いた男の子が居た。
着ているのはいずれもぼろい。
「よければ何か食べ物を分けてはくれませんか。」
後ろには小さな娘が居る。
この娘は靴を履いているが、やはりぼろい。
それでも男の子よりは厚着だ。
おそらく男の子が女の子に優先的に服を着せてあげているのだろう。
二人とも帽子をかぶってはいるが、どう見ても寒そう。
これも何かの縁かね。
「中の方が暖かい中に入りな。中は知り合いだけだから気にする必要はないよ。」
それでも中々入ろうとしない。
「それに食べ物も余っているから食べてもらえると助かるな。」
帽子を取って、二人してお辞儀をする。
なんとなく既視感を覚える。
「ありがとうございます。」
女の子も男の子も涙を溜めている。
あぁ涙は勘弁してくれ。
「いいから早く入りな。」
「はい。」
二人手を繋ぎ店に入って行く。
「記念すべき初のお客さんだ。」
声をかけると、皆こちらを見て動きを止めた。
子供も止まっている。
「どうした?」
「本当に大介は狐に縁があるのじゃのう。」
どうやらこの店、人間の客は来なさそうだ。
終
今後、気が向いたら名前しか出てこなかったキャラや、最後の兄妹の話などをかけたらとか思っていますが、一応完結になります。
最後までお読みくださってありがとうございました。
誘拐辺りから駆け足で終わったのは文字数が決まっていた為ですが、そこをもっと上手くかけたらよかったです。
評価としてはまとまりに欠けるとか物語が平坦だったとかだったと。うろ覚えですが。
そんなわけで話を書き換えることも考えましたが、記念ってことで大筋は変わっていません。こんな作品が応募されているんだーとか軽く考えてやってください。
それではまた。お会いできます様に。 105秋




