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Demon's Remnant ― 悪魔の残滓  作者: 虚空小白
第三章:過去と未来の狭間で
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第十九話 似ても似つかない

 守護の鏡ルミナルディアは、浄光教が統治している。

 街の中央には浄光教の本拠地があり、東西南北に四カ所の出入口となる門が存在する。


 使われなくなった見張り台があり、外壁の上は通路になっていた。

 堅牢な要塞のような国には、およそ十万人が生活しており、移動手段には二人乗りの小型馬車が使われていた。


 守護の鏡ルミナルディアでは、青い外套を纏い、腰に剣を下げた男女が警備していた。

 剣の柄には二枚の羽の紋様が刻まれている。女神ルミナの清浄・天上・導きと、秩序を守るために戦う女神ヴェスティアの精神を象徴していた。


 南門に近づくと、松明の灯かりに照らされて警備兵二人が立っていた。

 その瞬間、カイレンの目つきが変わった。


 剣の柄に手をかける。


「カイレン!」


 カイレンは息を吐き、剣から手を離した。


「……ゴメン」


 ロゼンは剣の位置を調整した。


「剣は自分の身を守る時だけ抜け。その時は、俺も手を貸してやる」


 カイレンは頷いた。


 警備兵が二人に気づき、駆け寄ってくる。


「薄暗くてよく見えなかったが、何かあったのか?」


 ロゼンは笑顔を作った。


「足元が見えなかったので、連れが転んだだけです」


 警備兵は裸足のカイレンを一瞥し、それ以上は追及しなかった。


「守護の鏡ルミナルディアを訪れた用件をお聞かせ願いたい」


 ロゼンは咳払いを一つ。


「ハウンド管理局の試験を受けに来た」


 警備兵は頷いた。


「街中では馬車が走っているので、事故には気をつけてほしい。ハウンド管理局は北区画にある。馬車の御者に目的地を伝えれば向かってくれる」


 ロゼンは肩を竦めた。


「金があまりないんだが」


 警備兵が微笑んだ。


「馬車の料金に関しては浄光教が負担している。旅人が心配する必要はない」


 カイレンを一瞥して続けた。


「街の中央には大聖堂がある。時間があれば寄るといい。女神ルミナ様の御加護があらんことを」


 ロゼンはカイレンに耳打ちした。


「カイレン、街の中で剣を抜こうとするな」


 カイレンは頷いた。


 二人は南門を通り抜け、馬車の御者に行き先を伝えてハウンド管理局へと向かった。


 石造りの共同住宅が建ち並んでいた。一階には、さまざまな店があり、酒場からは賑やかな声が聞こえてくる。歩く人々は白い羽を帽子や服の胸元に差していた。


 ロゼンは御者に尋ねた。


「あんたも胸元に差しているが、白い羽を身に着ける風習でもあるのか?」


 御者は笑って答えた。


「ルミナルディアの住民は女神ルミナ様を信仰しています。白い羽は信仰者の証しです」


「それがあると何か変わるのか?」


「住民と区別するためですよ。違いがあるとすれば、刑罰の重さです。旅人が窃盗を行えば、手首を切り落としたことが、過去に何度かありました」


 ロゼンは眉をひそめた。


「そいつらはどうなったんだ?」


「ルミナルディアから追放されるので、その後どうなったかは知りません」


 カイレンは顔を半分伏せながらも、目だけは街並みを追っていた。

 物珍しさと警戒心がせめぎ合っているような、その横顔に、ロゼンは一抹の不安を覚えた。


 守護の鏡ルミナルディアの一角で馬車が止まる。


「ハウンド管理局に着きましたよ」


 二人は馬車を降り、カイレンは口元を手で押さえた。


「……キモチ、ワルイ」


 御者が笑った。


「酔ったのかもしれませんね。宿へお連れしましょうか?」


「宿は、この近くにあるのか?」


 御者は頷き、西を指さした。


「この先の通りを進んだ場所にあります」


「ありがとう。連れは馬車に慣れていない。もし、汚してしまったら、御者のおっちゃんに迷惑をかけてしまう。歩いて向かうよ」


 御者は笑みを浮かべた。


「またのご利用をお待ちしております」


 馬車を走らせ、その場を離れた。


 ロゼンはカイレンに目をやった。

 カイレンの表情が少し青ざめていた。

 次の瞬間、カイレンは吐瀉物を撒き散らした。


 ロゼンは周囲を確認した。

 誰もいなかったので、見て見ぬふりをする。


「カイレン、平気か?」


 カイレンはスッキリした笑顔で頷いた。


 二人は建物を見上げた。

 出入口部分が前に張り出した造りになっており、屋根には、二枚の羽が交差した金属製の装飾品が設置されていた。


 ロゼンは深呼吸を一つ。

 カイレンはロゼンに倣った。


「足元に気をつけろよ」


 ロゼンが段差を上る。

 カイレンは頷き、ロゼンの後に続いた。


 ロゼンはドアに手を伸ばして開け、中に入った。その背にカイレンは続いた。


 ハウンド管理局にはカウンターがあり、担当窓口では三人の受付女性が書類に目を通していた。

 静けさの中でペンを走らせる音だけが聞こえてくる。


 正面にいた受付が二人に気づき、笑顔を作った。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


 ロゼンは咳払いを一つ。


「試験を受けに来た——」


 左右の受付が項垂れているのを見て、ロゼンは言い淀んだ。


「が、まだ間に合うだろうか?」


 受付は語気を強めて言った。


「現在、試験の受付を行っておりません」


 ロゼンは一歩前に出た。


「北部平原の調査は済んだのか?」


 受付は目をきっと吊り上げた。


「組織の体制を見直すため、今は試験どころではないんです。お引き取りください」


 ロゼンは受付の勢いに負け、半歩後ろへ下がる。


「それが終われば、試験を再開するのか?」


 受付は空元気に答えた。


「はい。いつになるかはわかりませんが」


 ロゼンは額の右側を人差し指で掻いた。


「わかった。また来る」


 二人は外へ出た。

 ロゼンは深く息を吐いた。


「くそっ、ようやくここまで来たのに足止めかよっ!」


 カイレンに視線を向けた。


「疲れたな。宿を探すか」


 カイレンは不安そうな表情でロゼンを見つめる。


「ロゼン、ゴメン」


 ロゼンはカイレンの頭に手を置いた。


「悪い。つい感情的になってしまった。カイレンのせいじゃないんだ」


 カイレンは無言でロゼンを見つめる。


 ロゼンは手を離し、にかっと笑った。


「ああ。美味いものでも食って、気持ちを切り替えるか」


 カイレンはよくわからないが、右手を振り上げた。


「オウ!」


「カイレン、行くぞ」


 カイレンはこくんと頷いた。

 ロゼンが歩き出し、カイレンは無言でついていった。


 御者の言う通り、そこには宿があった。

 二人が宿に入ると、カイレンは周囲を見渡し、ロゼンの後に続いた。

 受付の女性が微笑んだ。


「ベッドが二台ある部屋は空いているか?」


「はい。食事つきで一泊銀貨五ルミナです」


「食事は、どの時間帯だ?」


 受付は顔の横で手を合わせた。


「夕食と翌日の朝食になります」


「連れの髪を切る。片付けておくが髪の毛が落ちているかもしれない」


 受付は笑って答えた。


「掃除ならアタシがやっておきますよ」


 ロゼンは代金を支払い、鍵を受け取った。


「一階の突き当りの部屋になります」


 ロゼンが歩き出し、カイレンは慌てて後に続いた。

 カイレンは瞳の奥を輝かせ、周囲を見渡す。

 ロゼンは笑いながら言った。


「カイレンにとっては、いい暇つぶしになるかもな」


 カイレンは二度三度と頷いた。


「シラナイ、オオイ」


 ロゼンは息を吐いた。


 守護の鏡ルミナルディアで足止めを食らった。

 喧嘩別れした父親にマーニの死を手紙で伝えるべきか否か。胸の奥に沈めていた問いが、浮き上がってくる。

 本当は直接会って話がしたい。

 だが、自身の存在に気づいてもらえるのかわからなかった。

 そんな自分がマーニの死を直接伝えても、父親は疑う。絶対に信じようとはしない。

 それがわかっているだけに、考えないようにしていた。


「手紙で伝えるのが無難だな」


 ロゼンは部屋に入ると、イスを動かし、周囲に何もない場所に置いた。

 カイレンが静かに部屋に入る。


「カイレン、ここに座れ。髪を切ってやる」


 カイレンは指示に従った。


 ロゼンはハサミを取り出し、腰まで伸びた長い黒髪を肩の辺りでバッサリ切った。

 マーニの櫛を借り、ボサボサの髪をとかす。

 再びハサミを入れようとして、マーニの髪を切っていたことを思い出す。

 深めにハサミを入れ、全体的に短めに切り揃える。


 カイレンの正面に回り込んだ。


「目を閉じていろ」


 カイレンはぎゅっと目を閉じた。

 前髪を眉の辺りまで切り、左右の耳が出るように切り揃える。


 カイレンの頭に手を置き、切った髪を優しく払い退ける。

 ロゼンは道具をしまい、カイレンに言った。


「もう目を開けていいぞ」


 カイレンは目を見開き、両手で自身の髪に触れながら笑った。


「カミ……ナイ。ロゼン、アリガトウ」


 ロゼンはカイレンの顔を見つめ、視線を逸らした。


「あんたは、文句を言わないんだな」


 床に散らばった髪で無邪気に遊ぶカイレンを見て、やはりあいつとは似ても似つかないな——ロゼンは再認識した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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