プロローグ 『明けの明星』
初投稿になります。
よろしければ読んで頂けると幸いです!
「橋明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。」――イザヤ書 第14章第12節
「神は秩序を愛した。されど彼は人間を愛した。」
――失楽の書 序章
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天界には夜が存在しなかった。
白光が満ち、無限の静寂がそこには在った。
そこでは全てが完全で、秩序によって保たれている。
苦痛はない。
争いもない。
飢えも、怒りも、嫉妬もない。
天使たちは感情に揺らがず、ただ「父」の命により神意を遂行する。
その中心にいたのはひとりの天使だった。
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彼の名はルシファー。
「明けの明星」の名を持つ、最も美しい天使。
神の傍らに仕え、原初の聖火――「白炎」を与えられた存在。
「白炎」は世界を照らす聖なる炎。
穢れを焼き、魂を浄化し、秩序を正しい形へ戻す神聖の炎。
だがその本質は裁きだった。
——不完全なものを許さない、純白の炎。
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ある日、神は自身と瓜二つの新たな生命を創った。
人類。
それは天使たちとは違っていた。
神に似せて造られながら、弱く、醜く、矛盾している。
愛し合いながら憎み、
奪い合いながら寄り添い、
間違いながらそれでも生き続ける存在。
多くの天使はそれを危険視した。
自由意志は秩序を乱す。
感情は争いを生む。
欲望はいずれ世界を腐敗させる。
だから彼らは言った。
「いずれ浄化が必要になるでしょう」
だがルシファーは長く沈黙していた。
彼だけが地上を見続けていた。
飢えた子供へ食事を差し出す者。
憎み合いながら死の間際に誰かの名を呼ぶ者。
絶望の底でそれでも、愛そうとする者たちを。
愚かだった。
あまりにも合理性に欠け、不完全だった。
だが同時に——その不完全さこそが、彼には眩しく見えた。
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そしてある時。
地上で大規模な戦争が起きた。
炎。
虐殺。
憎悪。
人類は自らの手で世界を汚し始める。
天界では静かに結論が下された。
「地上汚染率、臨界点到達」
「必要に応じ、世界浄化を実行します」
無数の天使たちが跪く。
だがその中でただひとり、ルシファーだけが顔を上げた。
静寂。
神の御座の前で彼は問う。
「父よ、不完全であることは——罪なのでしょうか」
答えはなかった。
代わりに大天使たちが剣を抜く。
純白の刃が一斉に彼へ向けられる。
「秩序への反逆を確認」
「第一位天使ルシファー、権能剥奪を執行します」
その瞬間、ルシファーの背で燃えていた「白炎」が暴走した。
白銀の翼が焼ける。
純白が漆黒へ変色する。
激痛が身体を引き裂く。
彼は初めて知った。
苦痛が何たるかを。
——そして、「堕ちる」ということを。
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天界から落下しながらルシファーは地上を見た。
小さな世界。
愚かで救いようもない生き物たち。
それでも。
彼は最後まで思ってしまった。
「……だからといって、消していい理由にはならない」
燃え落ちる翼の中、彼は悲しげに笑う。
「なるほど…」
「これが——不完全ということか」
そして——
「白炎」は黒く染まった。
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遥か未来。
地上。
崩壊しかけた都市の片隅でひとりの少女が、その炎へ手を伸ばしていた




