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タタカイ ノ アトニ

今日も今日とて、人生に疲れた社畜がため息から始まる朝。29歳、童貞、彼女なし。


そんな俺のささやかな楽しみは、通勤中にソシャゲのログインボーナスを掻き集めることだ。

実家の心配性な母からの連絡に頭を悩ませつつ、いつも通り満員電車に揺られるはずだった。


だが、その日を境に、俺の日常はカオスへと変貌する。


突如背中を押され、線路へと突き落とされた俺を待っていたのは、まさかの異世界転生と、自らを『神』と名乗るご都合主義な存在だった。しかも与えられた能力は、世界そのものを書き換える『因果律の操作』というチート級。『世界を楽しめ』と一方的に言い放つ神。

静かに暮らしたいという俺の願いは叶うのか? それとも、チート能力を押し付けられ、怪異が跋扈する和風異世界で奔走する運命なのか?


これは、元陰キャ童貞が、不本意ながらも異世界で因果を紡ぎ、

怪異を解決しながら、新たな人生と居場所を見つけていく物語――。


ただし、童貞は継続中かもしれない。

 石凝の冷徹な宣告が終わり、紡は深い諦めと共に覚悟を決めた。

その時、烏賀陽が朗らかな声で紡に話しかけた。


「さて、杜野さん。お疲れのところ悪いんだけど、そろそろ管理局に戻ろうか」

烏賀陽は懐から、手のひらサイズの小さな結晶を取り出した。その表面には複雑な文様が刻まれており、淡く光を放っていた。


「これは転送術式って言ってね。あらかじめ登録しておいた場所に、僕たちを瞬間的に転送する装置なんだ」

烏賀陽はそう言いながら、結晶を地面にそっと置いた。結晶はフワリと浮き上がり、淡い光を放ち始める。


「へぇ、そんな便利なものがあるんですね」

紡が感心したように言うと、烏賀陽はにこやかに頷いた。


「うん。これは一種のマーキング機能も兼ねていてね。一度登録しておけば、術師がいなくても帰還は可能だよ」

「ただし、安定性には欠けるから、本当は術師が使うのが望ましいけどね」

烏賀陽は得意げに胸を張る。その言葉に、紡は少しだけ希望を見出した。


 怪異の蔓延る異世界で、いつでも帰れる場所があるというのは、彼にとって何よりの安心材料だった。


「よし、じゃあ帰りましょうか」

 烏賀陽の合図とともに、足元からフワリと浮き上がるような感覚がした。

視界が白い光に包まれ、次の瞬間には、硬質な床の感触と、消毒液のような清潔な匂いが鼻腔をくすぐった


 彼らは、先ほどまでいた森から、管理局の最上階に戻ってきた。


「ツムくん! 無事だったんだね! よかったぁ……!」

朔月は紡に駆け寄った。その場にいた石凝と烏賀陽も存在を忘れるかのように、安堵した表情で紡の腕をそっと掴んだ。

その瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうに潤んでいる。


「朔月さん……」

紡の胸に、温かいものが込み上げた。彼女の純粋な安堵の表情が、彼の心の奥底に染み渡る。

怪異と戦い、心身ともに疲弊していた紡にとって、その言葉は何よりも優しかった。


 カイも朔月と共に紡の足元へ駆け寄り、尻尾をブンブンと振って紡の足にじゃれついた。

紡はカイを抱きかかえ、頭を優しく撫でる。


「カイも、ありがとうな。心配かけてごめんよ」

その優しい声と仕草は、まるで父親のようだと紡は思った。


 ふと、顔を上げると、月明かりに包まれた朔月の横顔が目に映った

窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の横顔は、いつも以上に美しく見えた。


 紡の心臓が、ドキンと跳ねる。


(やべぇ……可愛い……。マジで可愛い……。ていうか、朔月さんがこんなに心配してくれてたなんて……。この世界に来てよかった……のか……?)

紡は内心で呟き、顔が熱くなるのを感じた。朔月の細い指がカイの毛並みを梳くたびに、彼の童貞心は揺さぶられる。


 その時だった。

「杜野紡」

氷のように冷たい石凝の声が、優しい雰囲気を一瞬にして凍りつかせた。


「っ!?」

紡はビクリと肩を震わせた。朔月もハッとして立ち上がると、石凝に向かって敬礼をした。

石凝は一切の感情を排した目で紡を見つめている。


「貴様の能力について、この後正式な登録手続きを行う。烏賀陽、連れて行け」

有無を言わさぬ命令だった。紡は、まだ朔月との穏やかな余韻に浸っていたかったが、石凝の表情から逃れる術はないと悟った。


「え、あ、はい……」

紡はしぶしぶ頷いた。朔月は心配そうな目で紡を見上げている。


「ツムくん……」

紡は朔月に、大丈夫だというように小さく頷いて見せた。



 石凝と烏賀陽に連れられ、紡は管理局の地下へと案内された。通路は冷たい金属で覆われ、無機質な空気が漂っている。


 カイは引き続き、朔月に預けていた。明日また食堂で会うことを約束し、今日は彼女にカイを託した。

主人と離れることを察したカイの寂しそうな瞳が、紡の胸に申し訳なさと情けなさを痛感させた。


 案内された部屋は、白を基調としたシンプルな空間で、中央には巨大なモニターと、数台の分析装置が設置されていた。


「ここに座れ」

石凝は、中央の椅子を指差した。紡は言われるがままに椅子に腰掛ける。烏賀陽はモニターを操作し始めた。


「さて、杜野紡。貴様の能力についていくつか質問がある。正直に答えろ」

石凝の声は低く、威圧的だった。紡は唾を飲み込む。


「まず、その能力はいつ発現した?」

石凝の質問に、紡は一瞬戸惑った。彼が神から与えられた能力であることは、この世界の人間には説明できない。

どう答えるべきか、瞬時に頭を回転させる。


(やべぇ、正直に話したら怪しまれるし……どうやって誤魔化す? えーっと、急に使えるようになりました、とか?)

(いや、それも怪しいだろ……。なんか、こう、体質的なものみたいな感じで……)


 紡は焦った。彼の額に冷や汗が滲む。その時、彼の脳裏に、神から告げられた言葉が蘇った。


《君にはこの因果の文様を操作する力があるの!》

《筆を使えば因果を『修正』して、歪んだものを直したり途切れたものを繋げたり出来る!》

《こっちの扇子を使えば因果を『断絶』して、いらないものとかヤバいものを切り離せる!》


 だが、実際のところ、神が言っていた使い方とは大きく異なっていた。

(転生してから今まで必死だったから気づかなかったけど、使用用途が全っ然違うじゃねーか!)

(クッソ!やっぱり適当じゃねーか!……もう神に「様」をつけるのはやめよう……)


 しかし、この力は神に転生時に与えられたものであることは事実だ。ならば、この体で初めて使った時が「発現」と捉えることもできるはずだ。


「……えっと、あの、……そうですね、咄嗟にカイを助けようとしたら、初めて能力が出ました」

「筆と扇子は、その……俺、暑がりで扇子が手放せなくて……、筆は普段は物書きをしているので、咄嗟にメモを取れるように常に持っていて……」

紡は咄嗟にそう答えた。言葉を選ぶのに苦労したため、やや不自然な言い回しになってしまった。


 石凝の目が、ほんのわずかだが細められただけで、特に追及はなかった。烏賀陽はモニターを操作する手を止め、興味深げに紡を見つめている。

「貴様、嘘は言ってないだろうな? 若干不自然に感じるが……まあ、良いだろう。では、次に、具体的な能力について、改めて説明しろ」


 紡は、先ほどの戦闘で自身が理解したことを整理し、説明した。


「力を使う意識をすると、あらゆるものに文様が浮かび上がって見えます。なんか、こう……言葉にすると難しいんですけど……」

そういうと空に絵を描くように、今まで見えてきた文様を描く素振りを見せた。


 紡は筆と扇子を取り出し、実演するように説明を続けた。

「それで見えた文様はこの筆で、対象の因果の文様を『修正』できます。例えば、動きを鈍らせたり、攻撃を無効化したり、性質を変化させたり……」

「それでこっちの扇子で、その文様を『断絶』させれます。さっき見てもらったように、怪異を完全に消すことが出来る……っぽいです……」


 紡は言葉を選びながら、転生時に神から教えられた内容を、そのまま伝えるよう記憶を辿りながら、慎重に説明した。


 石凝は腕を組み、難しい顔で紡の話を聞いている。烏賀陽は興奮したように、紡の説明に合わせてモニターにデータを打ち込んでいく。


「なるほど……『修正』と『断絶』か。非常に興味深い。では、その能力に名前を付けるとすれば?」


「は? 名前……ですか?」

紡は想定していた問いではなかったことに、拍子抜けしてしまった。


「そうだ、登録・管理するにあたり分かりやすいように呼称を付けている。自分で名前を付けるか、それともこちらで決めていいか、選べ」


 紡は考えた。自分で決めるか、向こうに決められるか。向こうに任せて変な名前を付けられるのは嫌だ。

それに、神がせっかく名前を付けてくれたのだから、それを採用したい。


「……はい、自分で決めます」

紡は静かに答えた。


「俺の能力は……『因果律の操作者(えにしつむぎ)』でお願いします」

紡の言葉に、烏賀陽が「おおっ!」と声を上げた。石凝も、その無表情の奥で、わずかに驚きを滲ませたように見えた。


「『因果律の操作者(えにしつむぎ)』……か。分かった。それで登録しておく」

石凝は短くそう告げた。烏賀陽は早速モニターにその名を打ち込んでいく。


「これで君の基本情報と能力の登録は完了したよ、杜野さん!」

烏賀陽がにこやかに告げた時、石凝が突然、冷たい視線を紡の右腕に向けた。


「登録は以上だが、杜野、貴様のその右腕の文様について……だが」

紡はハッとして自分の腕を見た。先ほどの激戦で色濃く、かつ複雑な文様がタトゥーのように刻まれていた。


「その文様は、人前では決して見せるな。常に隠しておけ。これは命令だ」

石凝の声は、普段よりもさらに冷たく、有無を言わせぬ圧があった。


「え、あ、はい、分かりました。でもなんで隠さないと……?」

紡は不思議に思い、尋ねた。しかし、石凝は紡の問いには答えなかった。


「理由を問うな。とにかく隠せ。口答えはするな。いいな?」

理由を聞けば、どうなるか……、その冷徹な表情が物語っており、紡は黙って頷くしかなかった。


 石凝は紡の顔から視線を外し、唐突に口調を変えた。


「さて、杜野。ここからは、異事管理局の規則について説明する。貴様は今日から管理局の寮に入ってもらう。寮の部屋には烏賀陽が案内する」

石凝の唐突な規則の説明に、紡は戸惑いを隠せない。だが、石凝の表情は真剣そのものだった。


「この管理局にはいくつかの大原則がある。特に、貴様のような調査員に課せられる使命は重い」

「中でも最も重要なのは、『何があっても確実に怪異を払う』ということだ」

石凝は紡の目を真っ直ぐに見据え、その言葉をゆっくりと、しかし確実に紡の脳裏に刻み込むように言った。


「どんな状況であろうと、怪異を目の前にしたら躊躇なく排除しろ。それが我々廻環術師に課せられた、絶対の使命だ」

「そのために我々は存在し、この力を行使する。いかなる犠牲を払ってでも、怪異は払わなければならない」


 石凝の言葉には、冷徹なまでの覚悟と、途方もない重みが込められていた。

紡は、その言葉の裏に隠された真の意味を、直感的に悟った。


(これ……「たとえ仲間が死んでも、怪異は絶対に優先して払え」って意味が含まれてるんだ……)


 紡の背筋が張り詰められた。平穏な世界から来た彼にとって、この世界の「大原則」は、あまりにも過酷な現実を突きつけていた。


「俺からは以上だ。細かい規則や怪異に対する知識と言ったことは、明日以降、烏賀陽の講義で覚えろ」

「頼んだぞ、烏賀陽」

石凝は烏賀陽の肩を叩き、何も言わずに部屋を後にした。

てとまるです。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


前回はシリアス展開をお送りしましたので、今回は少し閑話休題となっています。

紡の能力、そう言えば言われていたのと全然違いましたね。

神様って気まぐれで適当だな、という私の考えが反映されていると思ってください。


さあ、調査員として活動する事になった紡は無事に生きていけるのでしょうか。

次回をおまちください。


それでは、よろしくお願いいたします。

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