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シュウセイ ト ダンゼツ

今日も今日とて、人生に疲れた社畜がため息から始まる朝。29歳、童貞、彼女なし。


そんな俺のささやかな楽しみは、通勤中にソシャゲのログインボーナスを掻き集めることだ。

実家の心配性な母からの連絡に頭を悩ませつつ、いつも通り満員電車に揺られるはずだった。


だが、その日を境に、俺の日常はカオスへと変貌する。


突如背中を押され、線路へと突き落とされた俺を待っていたのは、まさかの異世界転生と、自らを『神』と名乗るご都合主義な存在だった。しかも与えられた能力は、世界そのものを書き換える『因果律の操作』というチート級。『世界を楽しめ』と一方的に言い放つ神。

静かに暮らしたいという俺の願いは叶うのか? それとも、チート能力を押し付けられ、怪異が跋扈する和風異世界で奔走する運命なのか?


これは、元陰キャ童貞が、不本意ながらも異世界で因果を紡ぎ、

怪異を解決しながら、新たな人生と居場所を見つけていく物語――。


ただし、童貞は継続中かもしれない。

 紡は咄嗟に駆けだし、子供に迫る変異体の前に立ちはだかった。

変異体は、獲物を見つけたかのように、醜悪な口を開けて紡に飛びかかってくる。腐臭が鼻腔を突き刺す。


 紡の視界いっぱいに、変異体を取り巻く因果の文様が鮮明に浮かび上がった。

それは、赤黒く濁り、複雑に絡み合った、おぞましい形をしていた。


 紡は、手ぶらよりはマシと思い、以前神から与えられたあの筆と扇子を懐から取り出す。

反射的に、右手に筆を、左手に扇子を握っていた。


(俺が何とかしないと……あの時と同じ要領でやれば……)

紡は筆を構え、カイを助けた時のように、震える手で変異体の文様をなぞろうとした。


(……っ!あの時とはレベルが違って難しすぎる!)

 目の前に対峙した変異体の文様は、あまりにも複雑で、どこをどうすればいいのか分からない。

その時、変異体がこちらに向かって走ってきた。


(だめだ……今からじゃ何やっても間に合わない……死ぬ!)


 とっさに紡は、左手の扇子を大きく振り払った。扇子の先端が、変異体の全身を覆う濁った文様を、まさに「切り裂く」ように通り過ぎる。

まるで、紙に描かれた線が、白い刃でスパッと断ち切られる感覚だった。

 切り裂いた因果の文様は、瞬く間に崩壊し、変異体の全身に広がっていた文様が、まるで墨が水に溶けるかのように薄れていく。


 変異体は、甲高い断末魔を上げることなく、音もなく、光もなく、その場から完全に消失した。まるで最初から存在しなかったかのように。


 紡はハッと目を開けた。そこには、何も残っていなかった。恐怖で震えていた子供は、呆然とした表情で紡を見上げている。


「あ、おい……大丈夫か?」

紡は震える声で問いかけた。子供は小さく何度も頷き、紡の服の裾をぎゅっと掴んだ。

子供が無事であることが分かり、紡は安堵した。


「ここは危ないからあそこに隠れてて」

紡は近くの岩の方を指差し、子供を向かわせた。


 しかし、安堵したのも束の間。

パニック映画のゾンビさながらに、次から次へと変異体が紡に向かってきた。


 紡は、右手の筆を強く握りしめた。迫りくる別の変異体たちの動きを、視界に浮かぶ文様で捉える。

彼らの因果の文様は、まるで絡み合った糸のように複雑で、個別に対処していては間に合わない。


(さっきは出来なかったけど……、こいつらの文様をいじれば……!)


 紡は、無我夢中で筆を構え、目の前に広がる空間、そこに蠢く怪異たちの文様全体を、さながら巨大なキャンバスに描くように、大きく円形に筆を走らせた。

筆が通り過ぎた場所から、濁った因果の文様が、僅かに鮮やかな色を帯び始める。


 刹那、周囲の変異体たちの動きが、まるで止まるかのように鈍くなった。

彼らの全身に浮かぶ歪んだ文様が、僅かに揺らぎ、乱れる。その瞬間を逃さず、紡は左手に構えた扇子を大きく横に薙ぎ払った。


「いけっ……!」


 扇子が描き出す見えない刃が、文様の揺らぎを捉え、空間そのものを切り裂くように奔る。

バチィ!という空気が弾けるような音と共に、扇子が通り過ぎた軌跡の怪異たちが、一瞬にして粒子のように霧散した。

一撃で複数の怪異を消し去ったことに、紡自身が最も驚いていた。


(い、いけた……!? マジかよ! こんなに一気に消すこともできるんか……!)


 しかし、驚きにとどまる暇もなく、さらなる怪異がすぐさま紡に襲いかかってくる。

今度は、腐敗した巨体を持ち、吐き出す粘液が木々を溶かす個体もいるようだ。


 紡はすぐさま臨戦態勢を取り、因果の文様を見た。

その全身に浮かび上がる文様は、先ほどまでとは違い、禍々しい緑色に濁り、「毒」と「腐敗」の因果が強く絡み合っている。


 すぐに攻撃してくることもなく、こちらの出方を伺う素振りもある。

明らかに雰囲気も違う。これまでとは一線を画しているやつもいる……!


 直感的に悟った紡は筆を構え、その粘液の因果をほどくように直感的に、筆をすばやく払った。

文様が僅かに青みがかった色に変化すると、粘液は空中で結晶化し、地面に落ちる前に粉々に砕け散った。


(こういう事か!……あとは咄嗟にやってた事をキチンと理解してやれば……!)


 紡は徐々に、自身の能力の特性を理解(わか)り始めていた。彼の体には、戦闘の興奮とは異なる、不思議な熱が宿っていた。

紡は筆と扇子を構え直し、迫りくる変異体たちと対峙した。


 そこからの紡は、まるで、かつて夢中になったアクションゲームのコンボを繋ぐように、流れるような動作で怪異を捌いていく。


 怪異からの攻撃は、全力で躱すか、筆を使い因果を修正し動きを封じ、動きが止まったタイミングで、扇子を振り文様を断絶し、怪異を消失させる。


 恐怖はまだ消えていない。しかし、それ以上に、自身の能力を使いこなすという、これまで知らなかった感覚が彼を支配し始めていた。


 その間にも、石凝と烏賀陽は、まさにプロの廻環術士としての力量を遺憾なく発揮していた。


「烏賀陽、右を頼む!」

石凝の低い号令と共に、彼の肉体がさらに黒曜石のような光沢を帯び、質量が増幅される。


 彼は地を割り、巨木を薙ぎ倒しながら、変異体の群れへと突進した。重力を操作されたかのように地面に叩きつけられ、質量を極限まで高められた拳の一撃で粉砕される変異体。

石凝の一挙手一投足が、その場にいる雑多な怪異たちを文字通り「質量」でねじ伏せていく。


 一方、烏賀陽は音叉を打ち鳴らし、空間に響き渡る音の波紋を自在に操っていた。

彼の周囲には、透明な防御壁が瞬時に形成され、変異体の突進を完全に阻む。

そして、その壁が弾けるように拡散すると、収束された音の衝撃波が一直線に怪異の群れを貫き、内側から破壊する。

特定の周波数で怪異の動きを麻痺させ、石凝の攻撃をアシストする場面も見られた。


 二人の息の合った連携により、雑多な変異体はみるみる数を減らし、跡形もなく殲滅された。


 その時、森の最も奥まった場所から、禍々しい瘴気が立ち上り始めた。

瘴気の中心には、これまで見てきたどの怪異とも比較にならないほど巨大で、全身が黒い煙のような不定形な塊と化した異形が、おぞましい粘液を滴らせながら、ゆっくりとその姿を現す。

その咆哮は、大地を揺るがし、紡の脳裏に直接響き渡るかのようだった。


「来るぞ、杜野! あれが今回の元凶だ!」

石凝の警告が飛ぶ。


 紡の視界いっぱいに、元凶の怪異を取り巻く文様が浮かび上がった。

それは、村全体を覆うかのような巨大な規模で、無数の因果の糸が黒く濁り、複雑怪奇な形をなしている。

その文様は、まるで村の全ての「負」の因果を吸い上げて、歪に膨張したかのようだった。


(う、嘘だろ……こんなの、どうやって……!)


 恐怖が再び紡の全身を支配する。足が鉛のように重くなり、体が硬直する。

しかし、紡の裾を握っていた子供から、怯えた声が岩の方から聞こえた。


「そこにいるのも危なくなってきたから、あのおじさん達の方に行っててくれないか?」

子供は頷くと、石凝たちの方へ駆けていく。


 無事に彼らのもとにたどり着いたことを見届けた紡は筆を強く握りしめた。

こいつは、これまでの雑魚どもとはわけが違う。


 筆先が震えながら、巨大な文様の中心に触れようとする。

だが、怪異はそれを許さない。黒い粘液の触手が、地を這うように紡めがけて襲いかかる。


 紡は間一髪で躱したが、触手の衝撃を完全に捌ききれず、ドォン!と鈍い音と共に吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられる。激痛が走る。


「くそっ……!」


 痛みで視界が揺れる中、紡は再び立ち上がった。

怪異の文様をよく見ると、黒い濁流のように渦巻く因果の中に、微かに光を放つ点がいくつもあることに気づいた。

それは、怪異の存在そのものを支える、因果の結び目、あるいは力の源といった類のものだろうか。


(でかい奴には、核がいくつかあるっぽいな……)

(あの光を……全部切り裂けばっ……!)


 紡は地面を蹴り、怪異へと向かって駆けた。同時に、右手の筆を素早く動かし、怪異から伸びる触手群の文様をなぞる。

濁りきった「攻撃」の因果が、筆の軌跡に沿って僅かに白く輝き始める。その瞬間、触手たちの動きがわずかに鈍った。


「そこだ!」


 紡は、その一瞬の隙を逃さなかった。左手の扇子を大きく振りかぶり、狙いを定めて因果の核の一つを切り裂くように薙ぎ払う。

空間に亀裂が走るような音と共に、怪異の巨体から光の粒子が弾け飛んだ。


ギャアアァアァァアア!!


 怪異は、これまでとは比べ物にならない咆哮を上げた。その声は、苦痛に満ちており、全身の黒い煙が激しく波打つ。

怪異の攻撃がさらに激しくなる。無数の粘液の弾丸が降り注ぎ、森の木々を溶解させていく。


「杜野さん、油断しちゃダメだ!」

烏賀陽が叫んだ。彼の音波が粘液を相殺する。


 紡は、降り注ぐ粘液の雨を避けながら、次々と因果の核を狙い続けた。

筆で文様を「修正」し、怪異の動きを阻害する。そして、扇子で「断絶」の因果を放ち、核を切り離していく。

一撃、また一撃と、光の粒子が怪異から飛び散るたびに、怪異の咆哮は苦痛を増し、その巨体は少しずつ縮んでいく。


(もう少しだ……! もう少しで……!)


 紡の集中力は、極限まで高まっていた。彼の視界には、怪異の文様が鮮明に映し出され、まるで世界が因果の線で構成されているかのように見えた。

彼は、迷うことなく最後の因果の核へと扇子を向けた。


「終わりだぁああああああ!!」


 紡は、地面を深く踏み込み、全身の力を込めて扇子を振り抜いた。扇子の先端が、残された最後の核を寸分違わず切り裂いた。


 瞬間、怪異の全身から、眩いばかりの光が迸った。

黒い煙は浄化されるように白く輝き、やがて、風に揺れる花びらのように、はかなく消え去った。

辺りに充満していた腐臭も、まるで幻であったかのように消え失せ、森には澄んだ空気が満ちていた。


「終わった……。」

紡は放心状態になっていた。何とか死なずに終えた喜びを噛みしめていた。


 その時、右腕にピリッとした痛みが走った。

見ると、肘のあたりから手首にかけて、まるで和彫りのような複雑な文様が、赤黒い痣となって浮かび上がっていた。


 それは、以前見た、怪異が消滅する際に現れたものと酷似していた。

その文様は、まるで血管が浮き出たかのように皮膚の下でうごめき、紡の心臓の鼓動に合わせて鈍く脈打っている。


(これ……まさか、制約と代償ってやつか!? 能力使ったから、その反動で体に何か刻まれたのか!?)

紡は混乱しながらも、腕に刻まれた痣を見つめた。痛みはわずかだが、不気味な存在感を放っている。


 そこに、石凝と烏賀陽が紡の元へやってきた。


「よくやった、杜野」

石凝はいつも通りの冷静な物言いで、紡を労った。


「流石です杜野さん。やはり、その能力は素晴らしい!」

烏賀陽は半ばスキップするかのような仕草で、紡に近寄った。


 近寄った二人は、紡が痛みを覚え右腕を気にしていたため負傷したのかと思い、目をやった。

しかし、紡の右腕に浮かんだ文様を見るなり、冷静さをかなぐり捨てたかのように目を見開いた。


「これは……」

石凝が、普段の冷徹な声からは想像もできないほど、動揺した声で呟いた。彼の表情に、かすかな驚愕の色が浮かぶ。


「まさか……」

烏賀陽もまた、にこやかな笑顔を完全に消し去り、その瞳は驚きに満ちていた。

彼の顔には、この未知の現象を前にした、研究者のような興奮と、同時に底知れない畏怖が浮かび上がっていた。


 二人の反応に、紡は自分の能力の異常さを改めて突きつけられた気がした。


「あの……、この文様って、何かヤバいんですか……?」

紡は恐る恐る聞いてみた。


「杜野紡」

石凝が紡に向かって冷たく重い口調で話しかけた。彼の表情は再び冷徹なものに戻っていた。


「貴様の能力は、すでに我々の想定を遥かに超えている。そしてその文様。やはり野放しにはしておけん」

「俺の全権にて、正式に異事管理局の調査員として、配属を命じる。同時に危険分子に該当するとして、管理局直下の監視対象にもさせてもらう」

石凝のその発言を聞いた烏賀陽は、ニヤリと笑った。


 紡は、思わず声を上げた。

「え? ちょ、ちょっと待ってください! 俺、昨日までごく普通の一般人ですよ!?」

「いきなり調査員とか言われても、無理ですよ! いや、あの、研修とか、慣らし運転とか、そういうのなしですか!? まず座学からじゃないですか、普通!」


 紡は必死に抗議したが、石凝は冷たい眼差しで紡を射抜いた。

「断れば、どうなるか、覚えているな?」


 その言葉に、紡の体は硬直した。「監視対象」から「排除対象」へ。それが何を意味するのか、昨日の今日で嫌というほど理解していた。

この男は、本気でそれを実行するだろう。


(う、うわあああああああ! マジかよ! やっぱりこれ、強制イベントだったのかよ! 選択肢なしってやつか!)

(全くもって優しくねーな、この異世界! っていうか、こんなヤバい仕事、誰がやりたがるんだよ!? )

(神様、俺を異世界転生させるなら、せめてもう少し温い環境にしてくれよぉ!)


 紡は内心で号泣した。だが、ここで抵抗しても無駄なことは痛いほど分かっていた。

諦めと、わずかな諦念が彼を支配する。


「……分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」

紡は肩を落とし、ぶっきらぼうに答えた。


「よろしい。明日から、本格的な座学と任務に就いてもらう」

石凝は部下への命令として、紡に告げた。


 紡が肩を落とし泣きそうになった時、先ほどの子供が声を掛けてきた。


「あの…、助けてくれて、どうもありがとう…!」

子供が紡を見上げ、震える声で言った。その瞳には、恐怖だけでなく、紡への感謝の光が宿っていた。


 紡は、子供の頭をそっと撫でた。恐怖はまだ残っている。だが、あの子供の目を見て、自分がやるべきことが、今、はっきりと見えた気がした。


 紡は改めて周囲を見渡した。禍々しい怪異が消え去り、森の空気はわずかに澄んだように感じられた。

しかし、地面に残された怪異の痕跡が、先ほどの激戦を物語っていた。右腕には、新たな文様の痣が不気味に浮かび上がっている。


 これが、この世界の「バグ修正」の代償なのだと、紡は改めて認識した。


 石凝と烏賀陽はすでに、次の指示を出すべくどこかと連絡を取り合っている。

彼らは、怪異と戦うことを当然の職務として受け入れている。自分も、これから彼らと同じ道を歩むのだ。


(ああ、そうか……。俺は、もう元の世界には戻れないんだ)


 ずっしりとした重圧が、紡の肩にのしかかった。恐怖がないわけじゃない。

むしろ、これから遭遇するであろう怪異に対する不安は尽きない。平穏な日常が失われた無念さも、消えたわけではない。


(でも……俺には、この力がある。そして、この力でしか、誰かを救えない。この世界で、俺にしかできないことがあるんだ……)


子供の温かい言葉重みが胸の中にあった。朔月の「死なないで」という言葉が、遠くで響く。


 紡は、深く息を吸い込んだ。恐怖も、無念さも、全てを胸に抱きしめる。


「……異事管理局、調査員……杜野紡か」


 どこか他人事のように呟いた声は、しかし、確かな覚悟を宿していた。彼の瞳の奥には、新たな使命に挑む、静かな炎が灯り始めていた。

てとまるです。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

今回は書きたかったバトルシーンを書いてみました。


拙い文章で表現するのは難しかったのですが、ある程度の形にまとめられました。

紡の能力、やはり凄いチートでしたね。使い方ひとつで世界を滅ぼせますね。


さて、次回は一難去った後の閑話休題になると思います。

いつもの日常に紡くんを戻してあげたいですね。


それでは、よろしくお願いします。

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