出会い ト 鍛冶
大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。
しかしそこで途絶えることはなかった。
神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。
後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。
神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。
これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。
神楽郷の街は、活気に満ち溢れていた。澄み渡る青空の下、人々の賑やかな声が、どこからともなく聞こえてくる。
紡は、新しい真っ白な隊服に身を包み、濃紺のアームカバーが腕に映える。足元では、カイが楽しそうにしっぽを振っている。
そして、隣には、同じく管理局の制服姿で、溌剌とした笑顔の朔月がいた。
「ツムくん、隊服だと、気分もシャキッとするし、気持ちも入るでしょ?」
朔月は、笑顔で紡に語りかける。紡の心臓は、ドクンと跳ねた。いきなり朔月との二人きりの巡回。
しかも、彼女は普段の私服とは違う、ビシッとした制服姿だ。その凛とした佇まいに、紡の童貞心は早くも警鐘を鳴らしていた。
(や、やばい……! 朔月さんの制服姿、何度見ても魅力的だ……! 意識しないわけにはいかないだろう……!)
「そ、そ、そうだね、朔月さん! なんか、こう、気持ちが引き締まるっていうか……」
紡は、しどろもどろになりながら答えた。視線をどこにやればいいのか分からず、カイの頭を撫でてごまかす。
そんな紡の様子を見て、カイはまたしても「やれやれ」とでも言いたげな表情で、小さくため息をついたように見えた。
「もー、ツムくんったら、またそんな反応して! カイちゃんも呆れてるよ?」
朔月は、クスクスと笑いながら紡の肩を軽く叩いた。その温かい手の感触に、紡の顔はさらに熱くなる。
「え、あ、いや……そんなことないよ……! カイも、そう思うだろ?」
紡は、必死にカイに同意を求めるが、カイはぷいっと顔をそむけ、そのままスタスタと前を歩き出してしまった。
(うわあああ! カイ、裏切ったな!?)
紡は内心で叫んだが、朔月はそんな紡の内心の葛藤などつゆ知らず、楽しそうに笑いながらカイの後を追っていく。
「じゃあ、まずはこの辺りの住宅街から見ていこっか! 街の様子も教えてあげるね」
朔月の元気な声に、紡はなんとか平静を装って頷いた。
「うん、助かるよ。先輩として、色々教えてほしいな」
「えへへ、任せて! 私、この街のことならなんでも知ってるから!」
朔月は胸を張って答えた。その言葉通り、彼女は街の歴史から、人気のパン屋さん、そして猫がたくさん集まる路地裏まで、ありとあらゆる情報を紡に教えてくれた。
紡は、朔月の解説を聞きながら、頭の中で情報の整理をする。怪異の意図的な生成に関する手がかりを探すためだ。
「この辺りは、最近は特に大きな怪異の発生はなかったはずだよ。でも、たまに弱い怪異が迷い込んだりするから、油断はできないんだ」
朔月は、真剣な表情で語った。その表情は、普段の朗らかさとは違い、管理局の調査員としての責任感が滲み出ていた。紡は、そんな朔月の横顔をそっと見つめた。
(朔月さんも、この街を守るために、こんなにも真剣なんだな……。俺が、絶対にこの街と、朔月さんを守るんだ)
紡の胸に、新たな決意が湧き上がる。
巡回中、紡は周囲の「因果」に意識を集中させていた。もし、怪異の意図的な生成に関わる因果の歪みがあれば、それを見つけ出すつもりだった。
しかし、今のところ、特に異常は見られない。街の因果は穏やかに流れているように感じられた。
「あ、そうだ、ツムくん! 今日ね、夕方からこの街でお祭りがあるんだよ! 花火も上がるんだ!」
朔月が、ふと立ち止まって提案した。その顔は、期待に満ちている。
「え、お祭り!?」
紡は、目を丸くした。そんな情報、まったく知らなかった。管理局では、特に何も共有されていなかったはずだ。
「うん! 神楽郷の夏祭りは、毎年すっごく盛り上がるんだよ! 屋台もいっぱい出るし、花火も綺麗だし、私もすっごく楽しみにしてたんだ!」
朔月が目を輝かせながら説明する。その表情は、まさに祭りを心待ちにする少女そのものだった。
「お祭りかぁ……知らなかったよ」
「えー!ツムくん知らなかったの!? もしかして、まだお祭り行ったことない?じゃあ、絶対行かなきゃだね!」
朔月は、紡の手を掴んで引っ張ろうとした。その途端、紡の童貞心が再度警鐘を鳴らし、彼の体が硬直する。
しかし、朔月はすぐに手を離し、先を歩き出してしまった。
(危ねえ……! マジで心臓が止まるかと思った……!)
紡は、内心で冷や汗をかいた。
和菓子屋の店内は、甘く香ばしい匂いで満たされていた。ショーケースには、色とりどりの美しい和菓子が並んでいる。
朔月は、迷うことなく『満月大福』を二つと、カイ用に小さなきな粉団子を選んだ。
「おじさん、いつもの満月大福二つと、きな粉団子一つくださーい!」
店主は、朔月の顔を見るとにこやかに対応した。
「朔月ちゃん、いらっしゃい! 今日は彼氏と一緒かい? 仲良しだねぇ」
店主の言葉に、朔月は「えへへ」と照れくさそうに笑い、紡の顔をちらりと見た。紡の顔は、さらに赤くなる。
(なんでこんなタイミングでそんなこと言うんだよぉおおおお!)
紡は内心で叫んだが、店主はそんな紡の内心など知る由もなく、笑顔で和菓子を包んでくれた。
店を出て、近くの公園のベンチに座り、二人と一匹で和菓子を食べ始めた。
朔月は、一口食べた瞬間に「おいしーい!」と声を弾ませる。カイも、きな粉団子を美味しそうに食べている。
「うん、本当に美味しいね、これ!」
紡も、満月大福の優しい甘さに癒やされた。祭りの話を聞き、街の人々の笑顔を見ていると、怪異の恐怖から解放されたような束の間の平和な時間が、紡の心に温かく広がった。
こんな時間が、ずっと続いてほしいと、紡は心から願った。
「ねぇツムくん、管理局の仕事って、大変だけどやりがいがあるよね」
朔月が、ふと真剣な表情で紡に問いかけた。
「うん、そうだね。この街を守るために、俺にできることを全部やりたいと思ってる」
紡は、まっすぐ朔月を見つめて答えた。朔月は、紡の言葉に、少しだけ寂しそうな顔をした。
「そっか……。私も、この街を、みんなを守りたいって思ってるんだ」
その言葉には、どこか深い悲しみが込められているように感じられた。紡は、1周目で聞いた朔月の過去を思い出し、胸を痛める。
しかし、それに続く言葉を、紡は持ち合わせていなかった。
和菓子を食べ終え、巡回を再開した紡と朔月は、人通りの多い商店街へと差し掛かっていた。
午後の日差しが明るく降り注ぎ、賑やかな声が心地よい喧騒を作り出している。紡は、再び周囲の「因果」に意識を集中させた。
石凝と秘密裏に調査をしている「怪異を意図的に生み出している犯人」の手がかりを見つけ出すためだ。
(この人混みの中に、怪異を生み出す因果の歪みがあるかもしれない……)
そう考えながら歩いていると、朔月がふと足を止めた。
「あ、ツムくん! ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
朔月は、商店街の一角に立つ、一際目を引く古びた店構えを指差した。木製の看板には、錆びた刀と十手の紋章が掲げられている。
「え、ここ?」
紡は首を傾げた。その店の因果には、特に変わった様子は見られない。しかし、朔月は嬉しそうに頷く。
「うん! ここ、管理局の装備を作ってくれてる武具装備屋さんなんだ! 私の武器もここで作ってもらってるの! この前、ちょっと手直しをお願いしてたから、寄ってみたくって!」
朔月は、まるで宝物でも見つけに行くかのように、目を輝かせている。紡は、朔月に促されるまま、店の扉をくぐった。
店の中は、金属を叩く音や、火花の散る音が響く、まさに工房といった雰囲気だった。壁には、様々な形状の刀剣や盾、防具が所狭しと並べられている。
そのどれもが、ただの武器ではなく、廻環術師が扱うための特殊な加工が施されているのが、紡の因果を見る能力でも分かった。
そして、店の中に入った瞬間、紡の脳裏に、強烈なノイズが走った。
それは、先ほど石凝の資料を見た時と同じ、砂嵐のような、しかしそれよりもはるかに強い、因果の乱れだ。
そのノイズは、特定の場所から、まるで発生源があるかのように紡に押し寄せた。
(な、なんだ!? このノイズは……! まさか、この店の中に……!?)
紡が警戒心を高めた、その時だった。
ドンッ!
紡の体が、突然、目の前に現れた「何か」に真正面からぶつかり、よろめいた。
その衝撃で、手に持っていた飲み物が宙を舞い、彼の新しい隊服にべったりとこぼれる。
「ああっ! ツムくん、大丈夫!?」
朔月が慌てて駆け寄ってくる。カイも、驚いて「クゥン」と小さく鳴いた。
紡がぶつかった相手は、一人の少女だった。年齢は12、3歳だろうか。身長は紡の胸元くらいで、少し幼さを残しながらも整った顔立ちをしている。
特徴的なのは、陽の光を浴びて淡く輝く水色の外はねショートカットだ。風に揺れるたび、やわらかな毛先が軽やかに弾む。
大きな瞳は、まるで磨き上げられたビー玉のように澄んだエメラルドグリーンで、好奇心と純粋な輝きを宿している。その瞳に縁取られた長いまつげは、人形のようにくるんとカールしていた。
小ぶりな鼻と、桜貝のような薄桃色の唇は、彼女のあどけない表情を一層引き立てる。
薄手の作業着を着ているにもかかわらず、その下には華奢で、守ってあげたくなるような体つきが垣間見えた。
彼女は、ぶつかった勢いで地面に尻もちをつき、目をぱちくりさせて紡を見上げている。
その手には、打ち直されたばかりであろう、真新しい刀が抱えられていた。刀は、衝撃でカランと音を立てて床に落ちる。
そして、その少女の周囲からは、紡がこれまでに感じたことのない、しかし石凝の資料から感じたノイズと酷似した、強烈な因果のノイズが感じられた。
それは、まるで少女の存在そのものが因果の乱れを伴っているかのようだった。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
少女は、すぐに立ち上がろうとするが、よろめいてしまう。紡は、彼女がどこから現れたのか分からず、困惑していた。
まさか、因果の歪みと関係があるのだろうか。
「いや、俺の方こそごめん! 大丈夫?」
紡は、少女の手を取り、ゆっくりと立たせた。少女の顔には、ぶつかったことへの焦りと、申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。
「はい……。あの、本当にごめんなさい! 急に試作中の武器の調整をしてたら、勢い余って……!」
少女は、ぺこりと頭を下げた。
「試作中の武器の調整……?」
紡は、その言葉に引っかかった。彼女が武具装備屋の人間であることは理解できるが、それにしても、店の中でこんなにも因果が乱れるような事態とは一体……。
「あ、結ちゃん!?」
朔月が、少女の顔を見て嬉しそうに声を上げた。少女は、朔月の声に顔を上げ、にこやかに微笑んだ。
「あ、朔月さん! こんにちは! いらっしゃいませ!」
少女は、元気いっぱいに自己紹介をした。
「あ、そちらの方は初めましてでしたね! 私は武具装備屋「鍛守」の、鍛守 結です! おじいちゃんと一緒に、管理局の皆さん用の武具を作ってるんです!」
結は、瞳を輝かせながら語る。その目は、純粋な希望に満ち溢れていた。
「あ、俺は杜野紡です。最近調査員として管理局に入りました」
「杜野さんですね!よろしくお願いします!」
彼女はキラキラと眩しいばかりの笑顔で、紡にお辞儀をした。あまりの輝きに陰キャの紡は、目を瞑ってしまいそうになる。
「ツムくん知らなかったでしょ? 結ちゃんはね、私や石凝室長、烏賀陽室長とか、管理局の調査員が使う特別な武器とか防具とかを作ってくれてるんだよ!」
朔月は、紡に得意げに説明した。紡は驚きを隠せない。
「武具装備屋……! 俺の隊服も、ここで作られたのか?」
紡が尋ねると、結は元気よく頷いた。
「はい! 朔月さんや杜野さんの隊服も、私が加工したんですよ! 着てくれて嬉しいです!」
結は、誇らしげに胸を張った。紡は、自分の新しい隊服を見下ろし、改めて感心する。
そして、紡の因果を見る能力は、彼女の廻環術が因果を操り、思い通りの形に変成できる能力であると見抜いた。
彼女の周囲から感じるノイズは、その能力が、常に因果を変成させ続けている証拠なのだ。
「おじいちゃんが、代々この仕事をしてて。私はまだ見習いだけど、将来はおじいちゃんみたいに、管理局の皆さんが安心して戦える、最高の武具を作りたいんです!」
結は、瞳を輝かせながら語る。その目は、純粋な希望に満ち溢れていた。しかし、その輝きの奥には、何か深い悲しみを秘めているようにも感じられた。
「あ、すみません! 試作中の武器を調整していて……。それに、人が入ってくるなんて思わなくって……!」
結は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「いや、大丈夫だよ。気にしないで」
紡は、慌てて否定した。確かに新しい隊服が汚れてしまったのは残念だが、それよりも、この少女の能力と、彼女の常に発している因果のノイズの方が気になった。
このノイズは、怪異の意図的な生成に関わる、あのノイズと酷似している。
(この子……もしかしたら、怪異を意図的に生み出してる奴の因果を見つける手がかりになるかもしれない!)
紡は、直感した。この因果のノイズの正体を解明すれば、石凝と共に追っている犯人の手掛かりが見つかるかもしれない。
「あの、もしよかったら、その、これから関わることも多くなると思うし、少しだけ君のお話を聞かせてもらってもいいかな?」
紡は、優しく結に語りかけた。結は、きょとんとした表情で紡を見上げた。
「え、私ですか? はい、もちろんです!」
結は、元気よく答えた。その純粋な瞳を見ていると、紡の心に、この少女が、未来を変えるための重要なピースになるかもしれないという予感が生まれた。
紡と朔月は、結に詳しい話を聞くために、店内の休憩スペースへと向かった。カイも、おとなしく二人の後についてくる。
テーブル席に着くと、結は緊張した面持ちで、自分のことを話し始めた。
「私は、おじいちゃんと二人暮らしなんです。両親は、私が小さい頃に、怪異に襲われて……」
結の言葉に、休憩スペースの空気が一瞬で凍り付いた。紡と朔月は、言葉を失う。結の瞳には、ほんの一瞬だけ、深い悲しみの影が宿った。
(そうか……。だから、少し悲しげなものを感じたんだ……)
紡は、結の言葉に胸を締め付けられた。彼女もまた、怪異によって大切なものを失った一人なのだ。
「でも、おじいちゃんがね、私を元気づけてくれて。ずっと、武具装備屋の仕事は、調査員の皆さんを支える素晴らしい仕事だって教えてくれたんです」
結は、すぐに笑顔を取り戻し、元気な声で続けた。
「おじいちゃんは、とっても優しいんです。本当は、私にこの家業を継いでほしくないって思ってるみたいで……。もっと自由に、好きなことをしてほしいって。でも、私はおじいちゃんの仕事が大好きだから、絶対に継ぐんだって決めてるんです!」
結は、祖父への深い愛情と尊敬の念を語った。その言葉の節々から、彼女と祖父の絆の強さが伝わってくる。そして、彼女の廻環術の才能についても話してくれた。
「私の能力はね、『変成錬成』って言うんです! どんな物質でも、その因果を操って、思い通りの形に変えられちゃうの!」
「小さい頃からおじいちゃんに教えてもらってて。私、どんな素材の因果も、全部頭に入ってるんだ! だから、ほとんど準備しなくても武具とか装備が作れるの!」
結は、嬉しそうに語る。その表情は、自分の能力に誇りを持っているようだった。
紡は、結の言葉を聞きながら、その能力の異常なまでの高精度に改めて驚愕する。それは、まさに天賦の才だ。
「結ちゃんの能力、本当にすごいね! 私の武器も、いつも助けられてるんだよ!」
朔月も、結の能力に感心しきりだ。
「それで、杜野さんは、どうして私の話を聞きたかったんですか?」
結が、紡に真っ直ぐな瞳で問いかけた。紡は、一瞬ためらったが、石凝との秘密の調査を思い出し、言葉を選ぶ。朔月にはこの秘密を共有できない。
「実は最近、ちょっと気になる現象があってね。特定の怪異の発生に、不自然な因果の乱れを感じることがあるんだ」
「まるで、どこからか突発的に因果が押し寄せているかのような……」
紡は、慎重に、しかし具体的に現象を説明した。
「その因果の乱れが、君の『変成錬成』を使っている時、君の周りから常に感じられるものと似ているんだ」
「だから、もしよかったら、もう少し詳しく教えてほしいんだ。何か、共通点が見つかるかもしれない」
紡の言葉に、結は真剣な表情になった。
「因果の乱れ……。私にも何かお手伝いできることがあれば、何でも言ってください!」
結は、力強く頷いた。その純粋な眼差しに、紡は胸が熱くなった。
(この子も、怪異によって悲しい思いをしている……。だからこそ、この因果のノイズの正体を突き止めて、二度と同じ悲劇を繰り返させないようにしないと……!)
紡の心に、新たな使命感が宿る。この出会いは、単なる偶然ではない。因果が紡ぎ出した、未来への導きなのだと、紡は確信していた。
てとまるです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回は新キャラの登場回となりました。
引き続きの女の子キャラです。可愛く書きたい一心で表現してみました。
さて、次回も新キャラ出ます。
ちょい役かもですが、次回をお待ちいただけると幸いです。
それでは、よろしくお願いいたします。




