悪意 ト 協力
大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。
しかしそこで途絶えることはなかった。
神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。
後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。
神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。
これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。
赤黒い一つ目の怪異が消滅し、静寂が訪れた現場で、紡はすぐさま地面に倒れ伏している負傷者の元へと駆け寄った。
血を流し、呻き声を上げる調査員たち。彼らの命の灯火が、今にも消え入りそうに揺れている。
「皆さん大丈夫ですか! 今、何とかします!」
紡はそう叫ぶと、倒れ伏す調査員の一人、最も傷が深いであろう瀕死の男性の傍らに膝をついた。
彼の能力『掌理万象』は、因果を操り、事象そのものを改変する。傷ついた肉体の因果を「健康な状態」へと書き換えることも可能である。
紡は右手を男性の体にかざし、能力を発動させた。
一瞬の光が紡の指先から放たれ、男性の体から溢れ出ていた血が、まるで巻き戻されるかのように吸い込まれていく。
裂けた皮膚は瞬時に繋がり、骨折していたであろう手足も、音もなく元の形へと戻っていく。見る間に、男性の顔色に血の気が戻り、彼の呼吸も穏やかになった。
数秒前まで瀕死の状態だった男性が、まるで何もなかったかのように、かすかな寝息を立て始めたのだ。
次に紡は、他の負傷者たちにも次々と能力を発動させた。誰もが驚くほどの速さで、彼らの傷は癒えていく。
みるみるうちに、血だらけだった服は乾き、意識を失っていた者も目を開いた。幸いなことに、対処が速かったため、死者は一人も出なかった。
(よかった……! 間に合った……!)
紡は、心底安堵のため息をついた。1周目では防げなかった死の連鎖を、今回は止めることができた。その事実に、彼の心は温かくなった。
負傷者たちの応急処置が終わり、彼らを安全な場所へと運び終えた、落ち着いたその時だった。紡の右腕に、ピリッとした痛みが走った。
見ると、彼の腕には、怪異を祓った時に現れる、禍々しい文様が刻まれていた。これは能力使用の代償だ。
まだ石凝の前でそれを晒すわけにはいかない。紡はとっさに腕を隠そうと、袖で覆い隠した。
しかし、そのわずかな動きを、石凝は見逃さなかった。石凝の視線が、紡の腕を隠した場所に向けられ、彼の顔に訝しげな色が浮かんだ。
(あの強大な怪異を払ったはいいけど、いよいよ1周目では経験できなかった、未知の領域に突入することになるんだ……)
紡の心臓が、不安にざわめいた。1周目では、彼は最後までこの能力の全貌を理解できず、状況を打開する術も持たなかった。全てが手探りの状態だった。
(大丈夫だ。俺はこの能力をちゃんと理解できてる。自分の能力を信じれば、必ずうまくいく……!)
紡は、固く拳を握りしめ、自分に言い聞かせた。
怪異討伐後の事後処理が終わり、管理局に戻った紡たちは、午後も引き続き石凝の事務補佐を任されることになった。
石凝は淡々と書類を捌き、紡もそれに従って事務作業をこなしていく。
やがて、男性局員が室長室を後にし、石凝と紡の二人きりになったタイミングで、石凝の鋭い視線が紡に向けられた。
「杜野。先ほどの現場で、貴様が右腕を隠したのを見たぞ。あれは何だ。何か隠しているようだが」
石凝の問いかけに、紡は観念した。いつかは話さなければならないことだった。
「はい……。実は、俺の廻環術は、能力を使うとこの文様が右腕に現れるんです。これは、能力使用の代償です」
紡は隠さずに、まくった袖の下から、禍々しい文様が刻まれた右腕を露わにした。その文様を見た石凝の顔に、怒りの色が浮かんだ。
「何故だ、杜野。何故、登録の時に黙っていた。この文様がこの世界でどういう意味を持つか、貴様は知っているはずだ」
石凝の声には、明らかに怒気が含まれていた。紡は、この文様が忌み嫌われているものであることを自覚していた。ゆえに、厄介事を避けるために、登録の際には黙っていたのだ。
「申し訳ありません……。厄介事を避けるために、黙っていました。本当に申し訳ございません」
紡は、深々と頭を下げて謝罪した。彼の言葉を聞きながら、石凝の表情はわずかに和らいだ。
そして、石凝は一つの書類を机の上に出した。それは、紡が午前中に石凝が怒りながら片付けるように言った、あの忌まわしい文様が記された書類だった。
「俺は、ここ最近その文様について、別件で調査をしていた。そこで分かったことだが……怪異を産み出すために、意図的にこの文様を悪用している者がいる」
石凝の言葉に、紡はハッとした。1周目で烏賀陽から聞かされた、「意図的な生成」という言葉が脳裏をよぎる。
「誰かが意図的にこの文様を悪用し、怪異を産みだしている……!? 趣味の悪い奴がいるもんだな……」
紡は、その行為に対する嫌悪感を隠さなかった。石凝は、紡の反応を見て、静かに話を続けた。
「俺は以前、ある強力な怪異を祓った際に、その場に自然発生ではありえないものを発見した……。それは、人間の指の形をしていた」
石凝は、執務机の引き出しから、小さな証拠品が収められた袋を取り出した。中には、不自然な形で切断された人間の指らしきものが収められていた。
「それから、独自に調査を進めていた。そして、唯一分かったことがある」
石凝の表情は、いつになく真剣だった。
「『生きた人間の身体の一部を怪異の触媒にしている』……それが、怪異を意図的に生み出している者たちのやっていることだ」
石凝の言葉を聞いた紡は、より一層の嫌悪感と、そして激しい怒りをあらわにした。生きた人間の心臓を取り出すなど、想像を絶する残虐行為だ。
(そんな奴らが、この世界にいるのか……! 絶対に許さない……!)
紡は、怒りに震える拳を固く握りしめた。
「あの、石凝室長……それほどの情報があるなら、管理局内で共有して、全員で捜査すれば良いのでは……?」
紡は疑問を投げかけた。しかし、石凝は首を横に振る。
「そんな芸当ができるのは、廻環術師くらいだ。そして、術師である以上、この局の調査員の中にも、その犯人である疑いがある、ということだ」
石凝の言葉を聞いて、紡はゾッとした。人を守るはずの調査員の中に、悪意を持って人を殺そうとしている人物がいるかもしれない。
その事実に、紡は大きなショックを受けた。
(まさか……そんなことが……!)
しかし、紡はすぐに一つの疑問に突き当たり、石凝へ投げかけた。
「でも、どうして室長は、俺にも容疑があるはずなのに、こんな調査をしていると教えてくれたんですか」
石凝は真剣な眼差しのまま、寄せられた疑問に答えた。
「そんなことをしなくても、一瞬で怪異を消せる力を持っている人間が、そんな回りくどい方法で怪異を生み出して人を襲わせるはずがない」
石凝は、紡の能力を間近で見て、そう判断したのだ。
謎の信頼感を寄せられていることに、紡は喜んでいいのか、困惑していいのか分からなかった。
「杜野。貴様の能力は、因果の歪みを見通せる。今回の怪異も、貴様の予知通りに現れた。ならば、その力を使い、この調査に協力しろ」
石凝は、紡に協力を打診した。神が、自身が想定していなかった「バグ」が発生していると言った言葉を思い出し、紡は協力を了承した。
「分かりました。俺にできることなら、何でも協力させていただきます」
「早速調査を……」と意気込んだ紡だったが、石凝は悔しそうに顔を歪めた。
「だが、情報が少なすぎる。残穢の因果を辿ろうにも、断片的な情報しか得られず、調べるにはもう少し情報を集める必要がある。現状では難しい」
石凝は、手元にある資料を悔しそうに見つめた。
紡は、その言葉を聞き、自身の能力を試してみることにした。石凝が見ていた資料の「因果」を読み取ろうと意識を集中させた。
置かれていた資料の「因果」を読み取ろうと、意識を集中させる。しかし、彼の視界に広がったのは、砂嵐のようなノイズだった。
(な、なんだこれ……!? 全く見えない……!?)
初めて見る現象に、紡は困惑した。これまでの因果は、どんなに複雑なものでも鮮明に見えていたはずだ。
それが、この件に関しては、まるで存在しないかのようにノイズに覆われている。
「どうした、杜野。何か分かったか?」
石凝の問いかけに、紡は正直に首を横に振った。
「いえ……すみません、ノイズがひどくて、何も見えませんでした」
紡の言葉に、石凝の表情はさらに険しくなった。やはり、今はもう少し調査する必要がある。二人は、同じ結論に至った。
その日の終業のタイミングで、烏賀陽が室長室にやってきた。彼は石凝ではなく、紡に用があると言い、紡はやや驚いた。
「杜野さん、先日ご依頼いただいていた隊服と装備が完成したので、お届けに参りましたよ」
烏賀陽は、そう言って、丁寧に包まれた荷物を紡に手渡した。
渡された隊服は、白を基調とした作務衣調のデザインで、機能性と動きやすさを両立させたものだった。
希望していたアームカバーも、濃紺の麻生地で出来ており、白の隊服に鮮やかに映える。紡の希望通りの仕上がりに、彼はとても喜んだ。
「ありがとうございます、烏賀陽さん! 嬉しいです!」
紡は、隊服を手に取り、嬉しそうに目を輝かせた。
その後、寮の自室へと帰った紡は、改めて今日あった出来事を振り返った。
あの忌まわしかった怪異を祓えたこと、石凝に怪異を意図的に生み出している人物の調査協力を依頼されたこと、そして隊服がもらえたこと。
(ようやく、俺も調査員として、みんなの仲間入りができたような気がする……!)
紡の心は、温かい喜びに満たされていた。彼の足元では、カイが紡の様子をじっと見上げている。嬉しそうな紡を見て、カイも満足げな表情を浮かべた。
そのカイに気づいた紡は、小さく笑みをこぼし、カイの頭を撫でながら、しばらく戯れた。
「カイ、見ててくれよ。明日から、俺はもっともっと頑張るからな!」
カイは、紡の言葉に応えるように、嬉しそうに尻尾を振った。
翌朝、紡は渡されたばかりの新しい隊服に袖を通した。白の作務衣調の服に、濃紺のアームカバーが鮮やかに映える。
鏡に映る自分を見て、紡は思わず「カッコいい」と独り言が出た。
(うん、これなら完璧だ。今日からは、とりあえずカイを連れて行っても大丈夫だろう)
昨日のように危険な怪異との戦闘は、そう頻繁にはないだろう。紡はそう判断し、カイと共に管理局へ行くため部屋を出た。
紡が部屋を出たのと同じ時、向かいの部屋のドアが開いた。中から、朔月が顔を出す。彼女もまた、管理局の制服に身を包んでいた。
「あ、ツムくん!カイちゃんも!おはよ! 隊服貰えたんだね!とってもカッコいいね!」
朔月は、紡の隊服を見て、目を輝かせながら褒めてくれた。その言葉に、紡の童貞心が発動する。
「あ、あ、ありがとう! そ、そうかな……!?」
しどろもどろな返事をする紡の足元で、カイは呆れた表情で主人を見つめていた。まるで「またやってるよ」と言わんばかりだ。
その日の午前は、昨日延期になった烏賀陽の講義があった。1周目で既に聞いた内容だったため、紡にとっては復習のようなものだ。
講義はスムーズに進み、あっという間に終わった。烏賀陽は、紡の理解の早さに感心しているようだった。
(1周目の知識があったおかげで、無駄な時間を過ごさずに済んだな。これで、もっと早く行動できる)
昼食を取るため、食堂に向かうと、石凝が向かいの席に座るよう指示した。
「杜野、午後からは街の巡回に行け」
石凝の言葉に、紡は頷いた。
「早く神楽郷に慣れることと、例の調査を兼ねて行ってこい」
石凝の言葉に、紡は意図を理解した。街の巡回と称して、怪異を意図的に生み出している人物の手がかりを探せ、ということだろう。
紡はカイと共に巡回に出向こうと席を立つ。
すると、そこに朔月が、不思議そうな顔で近づいてきた。
「ツムくん、どこ行くの?」
朔月の問いに、紡は巡回に行くことを告げた。
「え、私も巡回に行く予定だったんだ! じゃあ、一緒にいこっか! 街の案内もできるし!」
朔月は、目を輝かせながらそう言った。そのやり取りを聞いていた石凝も、
「その方が効率的だろう。二人で巡回するように」
と告げた。石凝の言葉に、朔月は嬉しそうに頷いた。
突然、朔月と行動することになり、紡は相変わらずの童貞心で焦りを感じていた。
(ま、また朔月と二人きりかよ!? デートじゃんこれ……! 俺の童貞心が、も、持たないかもしれない……!)
だがこの時、この巡回が紡にもたらす新たな出会いの因果に、まだ気づいていなかった。
てとまるです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
紡のトラウマだった怪異を倒して、ようやく新たなお話へと進みましたね。
しかし、どうやら悪意を持った誰かが、怪異を生み出しているようですね。
よくある展開ですが、物語に大きく関わってくると思います。
さて、次回は少し物語が動くかと思います。お待ちください。
それでは、よろしくお願いいたします。




