一
私の名前はリリアナ・フォン・クラリネス。
この国のしがない男爵令嬢であり、地味で目立たないモブキャラクター……というのは表向きの顔だ。
私の前世は、二次元のイケメンに全財産と情熱を注ぎ込む限界オタク女だった。残業続きのブラック企業で働きながら、唯一の生きがいは乙女ゲームの推したちのグッズを集め、画面越しの彼らに黄色い声を上げること。しかし、過労で倒れて目が覚めたら、なぜかこの中世ヨーロッパ風の異世界に転生していたのだ。
普通なら「チート能力で無双!」とか「悪役令嬢として破滅フラグを回避!」とかなるのだろう。
だが、私に与えられたのは、ただの「地味な顔立ち」と「控えめな性格(という設定)」だけだった。
しかし、神や仏は私を見捨ててはいなかった。
なんとこの世界、さながら推しがそのまま受肉して顕現したかのような最高ランクのイケメンたちが実在する世界だったのだ! 同じ世界で呼吸をしているだけで寿命が延びる思いです。本当にありがとうございます。
「ああっ、リリアナ。今日も君は可憐だな。まるで野に咲く一輪の花のようだ。君を見ていると、執務の疲れなど吹き飛んでしまうよ」
王宮の庭園。咲き誇る薔薇にも負けない、キラキラとしたエフェクト(私にだけ見える幻覚)を背負った金髪碧眼の皇太子・アレクシス殿下が、甘い声で私に微笑みかける。
「もったいないお言葉です、殿下。私など、殿下の足元にも及びませんわ……」
私は頬を赤らめ、控えめにうつむく。可憐で従順なモブ令嬢の完璧な演技だ。
だが、心の中は全く違った。
(ハァ……ハァッ……! なにこの最高すぎる空間!? 殿下の吐息が! 爽やかなシトラスと高級な紅茶の香りが混ざった高貴なフェロモンが、私の鼓膜を震わせて肺に直接流れ込んでくるゥゥゥッ!! これぞ3Dハイレゾ音声付きの生推し!! 肺が! 私の汚れたブラック企業の肺が浄化されていくゥゥゥッ!!)
私は必死に鼻孔を広げ、バレないようにスゥゥゥゥと殿下の匂いを吸引していた。これだけで三日絶食しても光りと塩だけで生きられる。本当ありがとうございます。前世の薄っぺらいモニター越しではなく、本物の体温と匂いを感じられるこの距離感。あれ、私って死んだのかな。
「ふん、殿下は相変わらず女の扱いが軽いな。そんな甘ったるい言葉でリリアナが喜ぶと思っているのか」
不機嫌そうな低い声と共に現れたのは、黒髪に鋭い眼光、そして軍服越しにもわかる分厚い胸板がたまらない、野性味あふれる辺境伯・レオンハルト様だった。
「リリアナ、俺の領地から取り寄せた珍しい茶葉だ。お前にやる。お前みたいな地味な女には、こういう素朴なものが似合うだろう」
そう言って無骨な手で、飾り気のない茶葉の包みを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……レオンハルト様。大切にいただきますわ」
私はおずおずと包みを受け取る。指先がほんの少しだけ触れ合った。
(キタコレエエエ!! 辺境伯様のツンデレ物理供給!! 汗と獣と鉄の混じった、むせ返るようなオスみ溢れるフェロモン! この無骨な手が、いつか私を押し倒す妄想だけでひと月ははシコれる!! むしろこの茶葉、お湯で淹れるなんてもったいない! そのままバリバリ食って体内から直接辺境伯様の成分を吸収したい!!)
心の中ではガンギマリの笑顔で狂喜乱舞し、股間が熱くなるのを感じているが、表面上はあくまで「少し怯えながらも感謝する健気な令嬢」を貫く。前世で培った「職場で推しの尊い画像を見た時の虚無顔スキル」が、ここ異世界でこれほど役に立つとは。
「おい、レオンハルト。リリアナが困っているだろう。君のその野蛮な態度は、彼女のような繊細な花には毒だ」
「なんだと? 殿下のその薄っぺらい口説き文句よりは、俺の茶葉の方がよほど実用的だろうが」
私の頭上で、国を代表するトップオブトップのイケメン二人が火花を散らしている。
きっと乙女ゲームなら、ここでヒロインが「私のために争わないで!」と仲裁に入る場面だろう。
しかし、私はただの限界変態モブオタク。仲裁などするわけがない。
(争え……もっと争え……! イケメン同士のバチバチのライバル関係、最高すぎる!! 殿下の冷ややかな蔑みの目と、辺境伯様の闘争心剥き出しの牙! どっちも良すぎて選べない!! 右の耳から殿下の美声、左の耳から辺境伯様の低音ボイス! これはもはや合法的な鼓膜のレイプ!! ありがとうございます!!)
私は二人の争いをBGMに、ただひたすらに彼らの美顔と美声を堪能し、脳内で彼らの薄い本を何十冊も書き上げていた。
イケメンたちが吐き出した二酸化炭素を吸い込むことで私の頭は温暖化。南極の氷が溶けて汁がドバドバである。ああもっと私を求めて争って!それだけで、私の異世界ライフはすでにカンスト状態だったのだ。
しかし、二人の視線がふいに私へと向けられる。
「リリアナ、君はどう思う? 私と彼、どちらの心遣いが嬉しいかな?」
「フン、決まっているだろう。俺の茶葉の方がいいに決まっている」
(選べるわけないだろうがああああ!! どっちも私のオカズですぅぅぅ!!)
私は顔を真っ赤にして、「ど、どちらも……私にはもったいないほど、嬉しゅうございます……」と蚊の鳴くような声で答えるしかなかった。
それを聞いた二人は、「なんて欲がなく、控えめで愛らしいのだ」とでも言いたげな熱っぽい視線を私に向けてくる。
その視線だけで私は(以下略)本当にありがとうございます。




