第九十話 出発
「では、行ってくる」
アルステムの紋章の入った青いマントをひるがえし、妃のカレンと息子のハルヴァートに挨拶をする。
「お父様。たった三人で行かれるのですか?」
ハルヴァートの心配はわかる。一国の王様がお供二人だけで片道二日ほどかかる村まで行くのだから。
「心配するな、御者としてリアムを連れていく」
ハルヴァートが御者に目を向けると、オリバーが忙しいときに、剣の指導をしてくれるリアム騎士団長の姿があった。
オリバーがカレンの婿になりアルステム王になった際、騎士団長をリアムに託したのだ。
リアムは頭もよく、実力もトップ三以内であることはまちがいなく、治癒魔法も使えて、人望もある。人に指示したりまとめることもできるため、もっとも適任であった。
それは周りからも不満はでなかった事からもわかることだった。
実力としてはオリバーの次に強いのはジャックだったが、ジャックはリアムと比べれば騎士団長としての素質では負けていることを自覚していた。またジャックには劣るというだけで騎士団としては屈指の強さである。そんなリアムの右腕としてジャックは副団長やっている。
ただ、今回の旅に同行できなかったことを、とても残念にしていた。
「いくら騎士団長様を連れていくといっても、四人じゃないですか! いくらそれほど遠くないといっても、一国の王が旅をするには少なすぎます!」
ハルヴァートの心配はもっともなのだが、その場にいる全員が目を合わせると「くくっ」と笑いだした。
リアム騎士団長はハルヴァートの前に立ち「もし野盗が襲ってきたら、私はその野盗に同情しますよ……」とオリバー、ヨハン、ラグドールを見るリアム騎士団長だった。
カレン王妃はオリバーの前に立つとオリバーと目を合わせた。
「オリバー様も今までずっとお国のために頑張ってくださって、沢山我慢したこともあるでしょう。たまには親友と、はめをはずすといいでしょう」
心を見透かされたオリバーはカレンの手を取り「そんなことはない。我慢などしていないさ」と優しく微笑むが、カレンにはオリバーの内心がわかっているため、クスクスと笑っていた。
出発をして二日が過ぎた。道中何事もなく、天気も快晴で、思ったより早く着きそうだ。
「結局おまえは誰とも結婚しなかったんだな」
バンバン背中を叩くラグドールに「いちいち叩くな……」と嫌そうな顔を向けるヨハン。
「俺とぉ打ち合えるくらいの女だったら考えたがなぁ……」
そんなことを言うヨハンに、
((そりゃ結婚相手が見つかるはずがない))と二人は同情の目を向けていた。
「そうだな……お前の娘が相手だったら考えたかもなぁ」
ヨハンはイタズラっぽく顔でラグドールを見た。
「バカ野郎! お前みたいな刀にしか興味のないやつに大事な娘をやれるか!」
大声を出しながら、馬車の中で立ち上がり天井に頭をぶつけるラグドールは頭を押さえた。
オリバーは二人のやりとりを楽しそうに見つめたあと「ソマリ君の様子はどうだ? ハル君のことを忘れられたか?」と少し悲しげな表情に変わる。
「元気……にしてる。ただ……小僧の刀を毎日抱いて寝てるよ……まだ忘れられねえんだろうな」
「刀をソマリに渡したのは失敗だったか?」
ハルが亡くなった時のソマリの喪失感はひどく、周りもどうしていいのかわからないほどだった。ハルと一番長く過ごし、一番好いていたであろうソマリに、ハルの形見である刀を、ヨハンからソマリに渡していた。
「そんなことはない。あの刀にどれだけ救われているか……」
「そうか……」
ラグドールは娘の力になってやれないことを悔やんでいた。
移動に使う馬車は、目立たないように、外装は一見普通の馬車だが馬二頭で引く大きめサイズで、中は広くクッションなども備え付けられていて馬車としては快適な仕様だ。
村に着いた一行は、果実園の経営者の家に向かった。
まさかこの村にアルステム国の国王が来ているとは誰も思っていないだろう。
通常なら事前に知らせを出し、在宅させるように言伝るのだが、そんなことはお構いなしに出発してきた一行だ。
国王の突然の訪問、訪問先の人がかわいそうである。
この村の特産であるブドウの実は、王都へ出荷されていて、王都にて料理につかわれたり、お酒として加工されたり様々だ。
そのため村としてはそれなりに大きい方であるが街と呼べるほど発展していなかった。
村の周りには大人の背ほどの外壁があり。対人ではなく獣や避け程度の作りであった。
門も大人一人で動かせるくらいの簡易的な作りであったが一応門番が人の出入りの際の記帳をしていた。
門の前に馬車を止めた一行。門番が近寄ってきて積み荷や名前の確認のためのリアム、ラグドール、ヨハン、の三人が身分タグプレートを提示する。
「きっ! 金のタグプレートが三人! 失礼しました! さぞ有名なパーティーなのでしょうが、なにぶん田舎育ちなのでそういうことには疎くて……」
「パーティーじゃないから気にしないでくれ。ほれ、私のプレートだ」
そう言って首もとから取り出したのはただの金ではなく装飾の入ったプレートだった。これは王族のみが持つ特別なプレートなのである。勿論プレートには名前も記入してあり……。
「おおおおお王族! アルステム・オリバー・グレーム様……えっ? 国王様!? それでは、先程のヨハン様とラグドール様というのは――――」
ちらりとラグドールに目を向ける門番。
「オレが三剣のラグドールだ。と、こいつは三剣のヨハンな。といっても昔の話だが」
門番はズザザザザと後退りして平伏した。
「三剣の方々とは……! 国王様とは知らずに大変失礼しました! すぐに村長に伝え、村人一同で出迎えに参ります!」
「まぁ、そうなるよな……おい、騒ぎにする気はない。出迎えも不要だ。通してくれるか?」
オリバーは面倒な出迎えとか抜きにしたい様子だ。一刻も早くハルか確認したいのだ。
「は、はい! どうぞお通りください!」
通りすぎようとしたところで、オリバーが聞き忘れていたことを門番に聞いた。
「そうだ。ここにすごく強い子供がいると聞いたのだが、家はわかるか?」
「はい! ここをまっすぐ向かうと左手に大きな家がある、あります。他の家と比べると少し大きいのでわかると思います。その家が村長の家となっております!」
アルステムの国王との会話ということで、ガチガチに緊張しながら必死に丁寧に話そうとする門番が泣きそうなので、これ以上質問しないで向かうことにした。
馬車が通りすぎた後。緊張の糸が切れた門番は、力が抜けて崩れ落ちたのだった。




