第七十八話 殺す殺す殺す
「ソマリさん!」
「ソマリ!」
僕とラグドールはほぼ同時に声を上げた。
「ラグドール、お前が禁忌魔兵になるというなら、お前の娘を逃がしてやるぞ? オリバーとラグドールが禁忌魔兵になれば、まだ若く未来のある可愛い娘が三人と国王は助かるのじゃぞ? ワシの気のきいた提案を受け入れるしかないじゃろ?」
「ぐっ…………!」
ラグドールは強く拳を握りしめすぎて手のひらから血が滴り落ちていた。デモンに飛び付きたい勢いだろう。だが、デモンは到底届かないような所に浮いている。
禁忌魔兵三人に掴まれ、引きずるように連れてこられたソマリの服はビリビリに破れているため肌は露見し、下着も見えているような格好だ。普段の僕なら今のソマリを直視できないはずだ。
しかし今はそんな考えも沸き起こらないほどデモンへの怒りで一杯だった。
ソマリの身体は、数多く青紫色に腫れ上がり、所々血が流れていた。ぐったりしていたソマリは、意識はあるようで、ハルとラグドールの呼び掛けに力なく顔を上げ僕と目があった、そしてソマリの口が僅かに動いた。
声は聞こえないが小さな口の動きで「ハルさま……」と僕の名前を口にした事を確信した。
僕はデモンへの怒りで爆発寸前だ。
「殺してやる! 降りてこい!」
デモンを睨みつける僕に対し、三階ほどの高さに浮いたままのデモンは、髭を触りながらにやけ顔でこう答えた。
「殺す? ワシを? ふはははっ、ほれ殺してみろ」
デモンは両手を広げて挑発をしてくる。宙に浮いていて直接攻撃はできないし、魔法を使っても魔法障壁で防がれてしまう。
「お主は禁忌魔兵にならぬようだし、ここで死んでワシの研究材料となるがいい」
「フリーズアロー」
静かに口を開いたデモンは、僕に向けて氷の矢を五本同時に飛ばしてきた。
しかし、弓矢を掴むことのできる僕には、これを紙一重で避ける事は難しくはない。
無駄のない動きで矢を避けきった。
だが、次々と降り注ぐ氷の矢にデモンの魔力量の多さに驚かされる。
宙に浮く魔法を使い続けていて、それでいてこれ程の魔法を放ってくるなんて……。
もしかしたら、宙に浮く魔法は発動してしまえば魔力の消費がないのかもしれない。
例えば見えない床を作りそれに立っているとか。それならば宙に浮きながら他の魔法を使うことも問題ないだろう。
それとも本当に二つの魔法を同時に使っているのか……デモンの魔法を分析してみようと試みるが、答えのでないままデモンの魔法が止まった。
「ふむ……つまらん……」
そう言い放ったデモンの杖は別の方に向いた。
その先を見て僕はデモンを止めるべく大声で叫んだ。
「やめろ!」
氷の矢がソマリに向かって放たれ、ソマリの腕を貫いた。
「あァッ!」
ソマリのかすれた悲鳴が僕を狂わせた。ぼろぼろのソマリは禁忌魔兵に掴まれていて避けることもできない、いや掴まれていなくても避ける気力はなかっただろう。
いまソマリを傷つける理由は、ただただ僕を怒らせたい、何かしらの反応をみて楽しみたいというだけだろう。
たったそれだけのために身動きができないソマリを傷つけるなんて……許せない!
憎悪にまみれた僕の心はデモンを殺してやりたいと思う気持ちだけで支配された。
「殺す!!」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
デモンは宙に浮いているため攻撃されないと油断している。遠距離攻撃では障壁を破壊できない。
直接僕の全力の拳か蹴りを打ち込めば障壁を壊せることは実証済みだ。
ならば直接打ち込んでやる!
デモンは三階か四階ほどの高さのところにいる。
建物の二階へ飛び乗ってから、デモンへ向けてジャンプすれば届くかもしれない。
ただそのあとの着地がどうなるかわからない。今世でも四階の高さから降りたことなどなく、どうなるか……だがデモンに攻撃を当てられるならそれでもいい。
障壁を破壊して、この刀で真っ二つにしてやる!
デモンの近くに建つ建物に向かって走り出した。
しかし、突然予想もしない異変が起きた。
身体が重くなり、走るスピードが明らかに落ちている。なんだ!? デモンがなにかしたのか?
「怒ったか? ほれ怒れ怒れ、お主にはワシを倒せんがな」
怒った僕を見て喜ぶデモンは、再び僕に向けて氷の矢を飛ばした。
――――速い!?
氷の矢のスピードが上がった! だが避けられる!
―――――っ!?
いくら速くても僕の眼と身体能力なら、刀でさばきつつ避けられると確信していた。だが現実は違う結果をもたらした。身体が重く、刀も思うように振れなかった。
それに僕の眼であっても矢のスピードが速すぎて反応が追い付かない。
腹部と太ももに突き刺さる鋭い氷の矢に僕は悲鳴をあげた。
「ああああっ!」
前世でも今世でもこんな痛みは経験したことはなかった。
前世ではいじめられていたため、殴られたり蹴られたりはしたが身体に穴が空くようなことなどない。
今世では身体能力が高かったし、打撃による痛みもそれほどなかった。しかし、身体に穴が空くほどの痛みは想像を絶する痛みであった。
なぜ……身体が急に重く……?
痛みに耐えきれず地に手を着く。
「ぐ、うっ……かはっ!」
逆流してくる何かを吐き出すと、地面を赤く染め上げた。
激しく襲う痛みと吐き気に意識がもうろうとする。
身体を支えていた腕も、力が入らなくなってしまい床にふせってしまった。
「ハル君!」
「ハル!」
オリバー騎士団長やクロエ姫の声が聞こえるが、それもすごく遠くから聞こえてくるかのような小ささだ。
視界もボヤけてきてついに周りの音が聞こえなくなってしまった。
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