第五十一話 決意
すでに道場では午後の指導が始まっている。こっそり更衣室に行き、予備の道着に着替え、道場に戻った僕にソマリが泣きながら飛び付いてきた。
「ハルざまあああ! どこ行ってたんですかあ! お腹空いて死んじゃいますぅううう」
大袈裟にお腹すいたアピールをしてくる。いつも僕と食べているから、食べないで僕を探していたみたいだ。
ソマリが顔を近づけてくる。顔と顔が近くてドキドキする……。
「……ハル様」
「は、はい?」
「食べ物の匂いがします……昼食を食べてきたんですか?」
「えっと、食べました……」
……毒入りでしたけど。
「ええっ! 私を置いてどこかに食べに行ったんですか!? いつも一緒なのになぜ!?」
オーバーリアクションな驚きを見せるソマリ。
「たまには一人でぶらっと……と、思いまして~、あはは……」
「一人ですか? ふ~ん……気のせいか……女性の香水の匂いもするような……」
ソマリ鋭いっ! たしかにあの女性は香水をつけていたようだけど、そんなに匂いが移っているのかな、それにソマリが獣人だから鼻が利くのだろうか?
ジト目を向けてくるソマリに対し、言い訳を考えていると救いの手が差し伸べられた。
「ハルくーん! ハルくーん!」
門下生が大きい声で僕の名前を呼び、探している。
「あ、いた! ハル君、ドレイクって人が正門で待っているそうですよ」
助かった! この場を離れられる!
「ソマリさん、ご飯食べてきてくださいね」
「あっ、ハルさまあああ」
ソマリから逃げるように正門に走り出した。
しかしドレイクか、何の用だろうか? 研究の事はお断りしたはずだけど……。
正門から少し中に入った所で、物珍しそうにキョロキョロ周りを見渡していた。ドレイクはヨハン刀術道場に来たことない様子だ。
「ドレイクさん、先日はお世話になりました」
「やぁ、君の刀術訓練を見学しに来たっス。いいっスかね?」
「えっ……面白いものじゃないと思いますけど、一応ヨハンさんに確認取ってきますね」
片手を挙げて『よろしくっス』と調子よくいうドレイク。すごい馴れ馴れしいというか、砕けてる感じだが、ドレイク・マティアと名前と貴族名があるのだから、あれでも貴族なんだなと思うとなんか調子が狂ってしまう。
でも、この世界の貴族ってそれほど権力を振りかざしていないみたいでとても助かる。
貴族からみたら平民なんて人間と思っていないとか、そういうひどい差別はないみたいだが、奴隷というものは存在するのだから前世ほど、身分差がない訳ではない。
『邪魔をしなければいい、好きにしろ』と、なんともいい加減な対応のヨハンさん。
見学の許可をもらい、ドレイクは午後からの訓練を楽しそうに見続けていた。ずっと見られている僕は、すごい気になりながらも訓練に励んだ。
夕方になり、帰りはドレイクの馬車で城まで送ってもらうことになった。
「いやー、ハル君はすごいっスね。道場では三人を相手に戦ったりとかもするんスね」
「そうですね。実戦では必ず一対一の戦いとは限らないですからね」
「そうっスね。それにハル君の刀さばきとスピードはすごいっス」
ニパッ、と笑うドレイクはなにがそんなに楽しいのかわからないが、ご機嫌のようだった。
魔法研究施設の建物、騎士団の建物、そして僕とソマリが寝泊まりさせてもらっている城内客室の建物は別々のため、先に僕とソマリが馬車から降りた。
敷地が広いので、ドレイクさんはこのあと魔法研究施設まで馬車で移動するため、乗ったままだ。
僕とソマリはお礼を言い、見送るつもりで立っていると、窓から顔を覗かせたドレイクが、去り際に一言残していった。
「ハル君、昼間のゴミの始末はしといたっスよ」
暗くてドレイクの顔がハッキリ見えなかったが、口元だけニタァと口の端を吊り上げていたのが不気味に見えた。僕の心臓の鼓動が速まる。
ソマリはなんのことかサッパリという顔をしているが、僕の頭の中に色々な事がよぎった。
別に隠すつもりもないし、道場から城へ戻ったらオリバー騎士団長に昼間のことを報告しておこうとも思っていた。
ただ『始末』と言っていた。
どういうことだろう。『昼間』と言っていたから、間違いなくキールに襲われた件だろう。
捕まえておいた? 話し合いをしておいた? それとも…………殺しておいた? そして何をどこまで知っているのだろう。
その夜、頭がうまく働かず、オリバー騎士団長への報告も忘れてすぐに眠ってしまった。
――――次の日。
朝食を済ませて、昨日のキールの一件を報告するために、騎士団施設へ向った。
ソマリは『どうしたんですか? あまり顔色よくないですよ?』と心配してくれている。オリバー騎士団長に報告をするときに、ソマリにも一緒に聞いてもらおう。
騎士団施設を訪ねた僕たちは、オリバー騎士団長の執務室に案内された。
オリバー騎士団長は前日に起きた事件や報告書を翌日に目を通してから職務にあたるようだ。
そしてオリバー騎士団長に挨拶をして、僕が言葉を発するよりも先にオリバー騎士団長が口を開いた。
「診療所の息子のキール君だが、昨日何者かに殺されたようだ」
――――!? ドレイクの『始末』というのはやはり……僕は複雑な気分だった。
最初は、パンを盗み泥棒をしてしまったモモを捕まえたキールから、僕がモモを連れ去った。
それを怒っていたキールとばったり再会し、キールが仕返しを試みるが僕が返り討ちにした。
その後シルビアの受けた毒の治療費がない僕に、診療所の息子のキールは無償で『貸し』として、助けてもらった。
ソマリの早とちりでキールを殴ったときも『貸し』にしてくれたみたいだ。
しかし、本当は僕をずっと恨んでいて、復讐の機会を探していたんだ。僕の側にはソマリや、騎士団の人が常にいたので復讐の機会がなかなかなかったのだろう。
そして昨日、キールが犯人と周りに気付かれずに僕を殺すため、『貸し』を利用し僕を一人にして復讐を実行した、ということだ。
僕はオリバー騎士団長に今までのキールとの出来事と、昨日の事を打ち明けた。しかし毒入りの食事は黙っておいた……。
「なるほど……君に大きな仕返しをするために、シルビア君の毒の件や、ソマリ君の暴力の件を貸しとしておいて、その貸しを使い、君を誘いだしたということか」
「それでハル様は昨日、黙ってお昼にいなくなったんですね」
ドレイクの昨日の行動は、オリバー騎士団長は知らなかったようだ。
僕はオリバー騎士団長を信用できる人だと思っている。……問題はどこまで話すか。
転生のことを知っているのはラルク、シルビア、コングの三人だけ。
麻痺や毒に耐性があることは誰も知らない。
野盗に痺れ薬のついた鉄針を刺されたときは、周りに人は居たが、みんなそれぞれの敵に夢中だったし、それほど気にも止めてなかったようだった。
いっそオリバー騎士団長だけに全て話してしまおうか……。
オリバー騎士団長はとてもいい人だし、今まで僕を守ってくれている。
元々僕に監視を付けていたのは、僕の異常な身体能力があり、王都アルステムに入るにあたって、害のある人物か見極めるためだろう。
僕を捕まえて研究材料にするならとっくにやっているはずだ。
もしかしたら、騎士団の監視がいなくなったのは、騎士団の代わりに王宮魔法が監視につくことになったからかも?
それならドレイクが僕の昨日の動向を把握していたことも納得できる。
騎士団の監視がなくなったあとに、僕が変な行動をしないか観るために、こっそり監視を付けたとも考えれる……。
だめだ考えれば考えるほど答えがでない。
「ど、どうしたハル君?」
一人で唸っている僕に心配そうな目を向けるオリバー騎士団長とソマリ。
「……オリバー騎士団長は、騎士団の監視を解いてくれましたけど、それは騎士団の代わりに王宮魔法使いや魔法研究の方が監視に付いたからですか?」
僕はオリバー騎士団長の表情を探るように見つめる。
「いや、私はそのような指示をしてもないし、そんな話は聞いてない。私は君という人を見て、共に行動し、どんな人物か見極めて信頼できると判断したため監視を解いたのだ。それに……友となった君をいつまでも疑ってるのはおかしいだろ?」
オリバー騎士団長の表情がやわらかくなる。そういえば蜘蛛の群れから逃げるときにそんな事を言っていたな。
「オリバー騎士団長は本当に僕を『友』と思えますか?」
「あぁ」
僕に強い眼で答え話を続けた。
「君のことを見てきて、一緒に戦いを重ね、語り合ってきた。君とは友として、これからも付き合っていきたいと思うよ」
僕は深く深呼吸をして決心をする。
「では、友として話しておきたいことがあります」
僕の真剣な表情をみて、オリバー騎士団長も顔を引き締め頷いた。




