第二十九話 走れ
「ハッハッハッー! ハル君は魔法も使えるのか! しかも水魔法をそんな風に使う奴は初めてみたぞ!」
僕の水魔法の使い方に、オリバー騎士団長はご機嫌のようだ。
ソマリとモモの待っている野営地までもうすぐという辺りで、シルビアを背負っているラルクに追い付いた。
僕は疑問に思っていた事を聞いてみる。
「あの、リアムさんの毒の治療魔法ではダメだったんですか?」
ラルクは、もう歩くことすらできなくなり、その場にシルビアを下ろした。
「はぁはぁはぁ……シル……はぁ……ビっごほ! ビアは……はぁはぁはぁ」
シルビアを背負いながら、全力疾走だったので相当疲れたようだ。話すことができなかったので、代わりに隣にいたリアムが答えてくれた。
「シルビアさんのお腹の中には赤ちゃんがいるんだよ。赤ちゃんがお腹の中にいる時は、一人がお腹の子の小さな魔力を押さえておいて、もう一人が毒治療をしないといけないんだ」
「赤ちゃん!? おめでとうございます!」
僕はシルビアに祝福の言葉をかけると、シルビアは苦しそうにしながらも、ニコリと優しく微笑み返してくれた。一方ラルクは笑顔をみせることはなかった。
――――っあ。そ、そうか……。治療魔法が使える人がリアムしかいないこの場では、シルビアの毒を治せないんだ……。
「す、すみません。こんなときにおめでとうなんて……」
ラルクは肩で息をしながら、首を横に振った。
「いや……めでたいよな……ハァハァ……ふぅ……」
ラルクは、リアムとオリバー騎士団長の方を見ることなく、シルビアの手を握りながらリアムに問いかけた。
「リアムさん。シルビアはあとどれくらいもちそうですか?」
言いにくそうなリアムに代わり、オリバー騎士団長が口を開いた。
「体内に入ってから三時間程度だ。しかし、二時間以内に治療を始めないと、体内に毒がまわりすぎてしまい治療が間に合わなくなる」
まさかそんなに深刻な状態だったとは……。僕の鼓動は速くなっていた。
オリバー騎士団長は、腰のポーチから手の平サイズの時計を取り出した。勿論電気がないこの世界では手巻き式時計でとても高価なのだ。それを無造作にポーチにいれている辺り、王宮騎士団のトップだけあり、お金には困ってないのだろう。
「私達が王都から野営地まで休憩しながら歩いて五時間。走って三時間というところか……」
「休んでられないな……」
もう、時間がないことを知るとラルクはシルビアを背負い始めた。
しかし、ここまで必死に走ってきたため、すでに足が震えていて立ち上がることができなかった。
「私達も手伝わせてくれ。順番に背負っていこうじゃないか。ラルク君は疲れているからまずは私が背負っていこう」
「あの、僕が王都までつれていきます!」
大事な人がいなくなるのは嫌だ。僕ならきっと間に合わせてみせる。
「たしかに君の戦闘能力はすごいが……」
ガメットが言い終わる前に、オリバー騎士団長が声を被せてきた。
「まかせていいんだな?」
「はい! 絶対に間に合わせます!」
「わかった。ここから近い門は私達の出てきたところだ。そして門近くのギルド横に診療所がある、わかるな?」
「はい!」
背負おうとしたが少し考えた。僕のスピードで走ったらシルビアは後ろに落ちてしまいそうだ……。ここはお姫様だっこの方がよさそうだ……。
「この抱え方で失礼します」
そう言ってシルビアをお姫様抱っこした。いつもなら冗談の一つでも言うシルビアは大量の汗をかき苦しそうだ。
「ハル……頼む……お前の力でシルビアを助けてくれ……」
震える足で僕の足を掴むラルクの声は震えていた。こんなラルクは初めてだ。
「はい! 必ず!」
僕はハッキリと答えた。
「では、我々も走ってついていくからがんばってくれ! 疲れたら交代するからな!」
ガメットはそう言ってくれたが、僕は交代する気はなかった。
僕は王都に向けて走り出した。勿論全力で走った。シルビアの命がかかっているのだから。
「はっ!? 速い!」
ガメットの驚いた声は僕には届かなかった。
「さすがハル君だ。たしかにあの速度ならを一時間で着くかもしれない。しかしそのままの速度をずっと保てるのか……。
我々も走っていくぞ! コングとリアムは野営地にいる二人と王都に戻ってくれ。私と、ガメット、ラルクは彼を追って走るぞ! ラルクは走れるようになったら追いかけてこい!」
「おう! すぐいく!」
ソマリとモモのいる野営地が見えてきた。二人はこちらに気づいたようだ。
速度を落として、ソマリに話しかけた。
「すぐに出発できるように片付けておいてください!」
そう言って僕はまた全力で走り出した。
走り去る僕に、ソマリは「また私以外をお姫様抱っこしてるうぅぅ」などと言ったのだが、僕には聞き取れなかった。
今は一刻も早くシルビアを診療所に連れていくことだ。
しばらく走ると馬車が見えてきた。どうやら王都の方向に向かっているようだ。
普通なら御者に事情を話して乗せてもらい、急いでもらうところだが、馬車は荷物を積んでいたり人を乗せているので、このまま走った方が早いだろうと僕は馬車を追い抜かした。
馬車には割れ物はなく、それなりに速度を出している。人がジョギングしているくらいの速度は出ていた。
しかし、それをはるかに越す速度で抜かしていく子供がいた。しかも人を抱き抱えて。
「「「!?」」」
御者と護衛二人が腰をあげ、なにかとんでもないものを見たという感じで固まっている。
「あ、あの遥か遠くに行ってしまったのは、人だったよな?」
「たぶん……子供がなにか抱えていたような……」
「それにしては速すぎないか? 手ぶらでもあんなに速く走る人は見たことないぞ?」
「「「…………」」」
たぶん、人であろうとは思うが、人ではありえないので、どうにも説明できないというか納得できない三人だった。
馬車を追い越ししばらくすると、今度は川が見えてきた。行きに通った所だ。あのときは少し迂回したが今は時間が惜しい。
「シルビアさん、少し歯を食い縛ってください」
「えっ?」
川幅約十五メートルから二十メートルといったところだ。これだけスピードにのっていれば……。
「ちょっ! えっ!?」
シルビアを抱えたまま僕は精一杯ジャンプした。僕にしがみついている手に力が入るのがわかった。
川の上を跳んでいる僕の視界には、近くで二人の人が釣りをしている姿が目に映った。
ダダンッ! ダダッ!
シルビアを抱えていたため着地が少しふらついたが余裕で飛び越えた。
間違いなく見られた……。だって目が合ってしまったし……。いや、今はどうでもいいことだ。先を急ごう!
ハルと目が合った中年の男性はしばらく言葉がでなかった。今の出来事を頭のなかで整理しているようだ。
「えっとお…………今のなに?」
「え? なにってなに?」
どうやらもう一人は見ていなかったらしい。
「お前みてなかったのかよ!?」
「だからなにを!?」
「人だよ! この川を飛び越えたぞ!」
「は? お前……、鳥と見間違えたんじゃないのか? それとも女神様が飛んでたか?」
「ああっ! 女神様みたいに可愛かったよ!」
ハルと目が合った中年の男性は、残念な人を見る眼で仲間から見られていた。
「ハ、ハルちゃん……あなた……うっ! 本当に何者よ……神様?」
「僕が神様なら、シルビアをすぐ治していますよ。もう少し辛抱してくださいね」
「お願いがあるの……もし、私が死んだら――」
死ぬと言う言葉に僕は激しく反応した。
「やめてください!」
シルビアに対して初めて強い口調になった。まるでシルビアと母がダブってしまったかのようだった。
「僕の母も同じような言い方をしていました。『私が死んだら……』と、シルビアさんは死にません! だから、死んだらとか言わないで下さい!」
「ハァハァ……じゃあ……これだけ……一、八、八、……ラルクに……」
ギルド貯金の暗証番号だ……。
もし死んでしまった場合に本人のタグプレート、死亡証明書、そして暗証番号三桁を言えば貯金していた硬貨をおろせるのだ。
暗証番号がわからない場合、半分はギルドへ、残りの半分は国へ持っていかれるのだ。
ただし暗証番号がわかっていてもギルドの依頼を一緒にこなした経歴が一年以上経っていないと受け取れないようになっている。
これは安易な強盗防止だそうだ。適当なソロ冒険者を誘って、その人を痛めつけて番号を聞き出した上で殺してしまい、タグプレートを奪って殺した冒険者の財産を奪う、ということを防止するためだ。
そして遂に王都が見えた!
「シルビアさん! 王都が見えました! もうすぐですよ! シルビアさん?」
「うぅ……ハァ……ハァ、うっ!」
シルビアの返事はなく、もの凄い汗と痛みや苦しみから歪んだ顔になっていた。顔色も悪くなってきた気がする。
門の前では、王都への入門の際のタグプレートの認証や確認、そして荷物チェックが行われており、数組が並んでいた。その内の一人が、遠くから走ってくるハルの存在に気がついた。
「お、おい向こうからすごい勢いで何か来るぞ?」
それを聞いた門番は剣を抜いて構える。それはどんどん近づいてきた。そして大量の砂煙を巻き上げながら門番の前で急停止した。
「この人が毒で危険な状態なんです! すぐに通してください!」
僕は必死で訴えかけた。
「残念だが、君とその女性の身分確認が出来てからじゃないと通すことはできない」
まさかの返答に僕は舌打ちをする。待っていられない! 今は一秒すら惜しいのだ!
門は開いているが門番兵が三人いる。さすがに殴り倒す訳にはいかないか……なら――――
僕は順番を並ぶと見せかけ門番兵から離れると、シルビアを抱えたまま助走をつけて門番兵を飛び越えた。
「「「はぁ!?」」」
入門待ちをしていた冒険者と商人は間抜けな声を漏らした。
「お!? おおお、おい! 不法侵入したぞ! 応援を呼べ!」
僕は全力で診療所へ向かった。




