第二十七話 克服
ソマリは蜘蛛が嫌いなのに、食べるのは平気なようだ。死んでいても動かなくても気持ち悪い……。
ましてや、それを食べるなんて……、想像しただけで吐き気が……。
食事で気を失うとか漫画だけと思っていたが、まさか自分がその体験をすることになるとは……、これぞ異世界マジックっ。
きっと母親が小さい頃に亡くなってしまったため、料理を教わる人がいなかったのだろう。ラグドールは剣術ばかり教えていたであろうことがよくわかる……。
そういえば、獣人の村ドベイルから王都までの道のりでも、ソマリの料理は食べていなかった。
初日は保存食を食べたし、その後は道中の獲物を焼いただけのシンプルなものだった。
僕が途中採取したと茸と粉末のダシを入れただけのスープは僕が作ったし……。
それに引き換え、今飲んでいるシルビアのスープはというと……。
はぁ~、美味しい……。
格別に美味しいとかではないのだが、普通に美味しい。うん、普通でいいのだ。薄味だが茸ダシと玉ねぎの甘さが出ている。
あぁ……なんだか豆腐やワカメの入った味噌汁が恋しくなってきた……あと白米。
この世界……というかこのアルステムではパン、肉料理、果物が一般的だ。野菜はあまりないみたいだ。うーん、野菜不足で病気にならないか心配……。
もし、また旅をすることになったら白米、味噌、麺類なども探してみたい。もしかしたら他の国にはあるかもしれない。
なんだか食べ歩きツアーみたいで楽しみになってきた。
食事も終わり、火を囲みながら蜘蛛を倒す構成を練り直していた。
オリバー騎士団長はシルビアの魔法に期待をして、作戦を立てているようだ。
たしかにあれだけの数を剣だけで戦うのはきつそうだった。それに木の上からも降りてくるのだから剣だけでは大変だ。
「火系はフレイムバースト以外は危なくて使えないわよ。殺傷能力があるのはフリーズアローくらいかしら」
「同時に何本まで出せる?」
「三本までなら出せるわ」
「「ほう」」
フリーズアローを三本同時に出すことは難しいようで、シルビアが三本出せると言うと、オリバー騎士団長とガメットは感心したようだ。
「でも同時に三本出すよりも、一本を的確に当てて連続で出したほうがよさそうだな」
「そうね。私もそう思うわ」
作戦が決まったようだ。いや、作戦というか、それぞれの持ち場を決めたというべきか。
時計で表すなら、最前の十二時の方向にオリバー騎士団長、二時にはラルク、十時にガメット、四時にコング、八時にリアム、中央にシルビアさんである。
シルビアには頭上からの敵をフリーズアローで撃退してもらい、コングのサポートをするようだ。
コングのサポートをしながら、上からの敵に対処しなければならないのだから大変そうだ。しかし、シルビアならきっとやれるだろう。
そして、囲まれそうになる前にフレイムバーストで前衛と蜘蛛の間に炎の壁を作り、少し下がるということだ。
魔物化した蜘蛛が複数いたことは予想外だが、これだけのメンバーが集まり作戦を練れば、多少数少なくがいても余裕だろう。
しかし作戦の中には僕の名前はなかった。
僕は怪我をしているソマリと、子供のモモと留守番である。二人を守るために残るのではない、戦力外だから残ることになったのだ。
戦場で動けない者は足手まといでしかない。このままではいけないと僕は思った。
話も終わり、順番に睡眠をとり蜘蛛討伐に備える。
日が昇り、蜘蛛討伐の出発前の準備運動をしているみんなの姿を見て、僕は落ち込んでいた。コングは落ち込んでいる僕の肩に手を置いた。
「あんまり落ち込むなよ。誰にだって苦手はあるよ」
コングは少し見ない間にたくましくなったように思えた。
それに比べて僕はどうだろう?
コングから逃げて、貧血で気を失って、虎相手に動けなくなって、蜘蛛を前にまた動けなくなってしまった。
強くなると決めたのに。刀術も習い、神様からもらった力を備えていても、それを発揮できなければ持ち腐れである。
「僕もいきます!」
みんなは目をパチクリさせて僕を見ている。
そんな中、ガメットがもっともな意見をのべた。
「ハル少年は蜘蛛が平気になったのかい? 平気なら一人でも戦力が欲しいから来てほしいのだが……しかし、もし昨日みたいに動けなくなるなら、足手まといにしかならないから来ないでほしいんだが?」
強くなりたいという気持ちが先走ってしまい、勢いで僕もいくと言ってしまったが、たしかにガメットの言うことは正しかった。
ガメットはテントの横に行き、昨晩の食事で手をつけなかった蜘蛛の死骸を、僕に向かって放り投げてきた。
「うわっ」
僕は小さく叫び、受けとめることなく大きく避け、蜘蛛は地面に転がった。そんな僕にため息をついたガメット。
「そいつにキスでも出来るようになったら来い」
ガメットはそう言い残し、一人先に歩きだした。僕の肩をポンと叩き、ガメットの後を追うオリバー騎士団長とリアム。
「今回は留守番しときな、そのうち蜘蛛くらい平気になるさ」
そう言って優しく肩を叩き、オリバー騎士団長達を追いかけるラルク達。
その後ろを僕はついていくことが出来なかった。
「ハル様……」
「もし……ソマリさんと二人で旅をしていて蜘蛛に囲まれたら、その時僕は怖がらないでソマリさんを守れるでしょうか……」
「ハル様は勘違いしています。私は守ってもらおうと思っていませんよ?」
「でも、ソマリさんも蜘蛛は苦手ですよね? 守ってもらわなくて自分でどうにかできるんですか?」
「どうもしませんよ。誰にだって欠点の一つや二つあります。だったら一緒に走って逃げましょう!」
…………なんというか、ソマリらしくて笑ってしまう。
僕は神様に力をもらい、この力があれば大切な人を守れる。母との約束を守れるような強い男になってみせる。
そう意気込んでいた。
だが、ソマリは弱い部分もあってもいい、そう言ってくれている。そりゃ、誰だって完璧ではない。しかし、その言葉は今の僕の気持ちを少し楽にしてくれた。
……しかし、このままではいけない。
オリバー騎士団長も僕に期待をしてこの討伐依頼を受けているのだ。
武器まで買ってもらって苦手なので戦いに参加しませんなどというのは相手がソマリだから通る話だ。
どこまで克服できるかわからないけどやるしかない。
先ほどガメットが投げた蜘蛛の前にしゃがみこんだ。う、ん……気持ち悪い……。
モサモサの毛、気味の悪い顔立ち。
「ハル様!?」
僕は震える身体を押さえつけ、蜘蛛を抱き締めた。ぶわっと鳥肌が立ち血の気が引いていく。
背の高い木々の間から朝日が射し込む。前日の蜘蛛と戦闘した場所に近づいてきた。
「ハル少年の筋力は凄まじいが、あれでは冒険者も兵士も務まらないだろう」
ガメットはハルのことを買い被りすぎていたと言わんばかりだ。オリバー騎士団長は肩をすくめるだけでなにも言わなかった。
ガメット、オリバー騎士団長、リアムの三人の少し後ろを歩いているコング達は機嫌を悪くしていた。
「おいら、ギルドマスターのおっさん嫌いだ」
コングの言葉は前を歩く三人には聞こえないような小さな声だ。
「コング、俺もあの野郎は好きじゃねぇ。ハルの事を誤解しているぜ」
「私もです、好きにはなれないけど、それでもハルちゃんに非があるのはたしかだから、なに言われてもしかたない……わね」
軽い頭痛がしたため額を押さえるシルビア。
「お……おい、大丈夫か?」
少し体調が悪いそうなシルビアに、心配そうに声をかけるラルク。
「――――いたぞ!」
オリバー騎士団長の言葉を聞き、武器を構える。コングは弓を構えて合図を待つ。
こちらの存在に気づいた魔物化した蜘蛛が、こちらに向かってきた。
「ちっ! 気づかれた! コング君!」
こちらに向かってきた先頭の蜘蛛を見事に射ぬいた。それが戦闘の合図となり、蜘蛛の群れが一斉に襲いかかってくる。
蜘蛛の群れが近づくまでに、シルビアがフリーズアローを数回唱え、接近するまでに数を減らすことに成功する。
「ざっと残りニ十くらいか……ちっ!」
うんざりするガメットは、何で俺がこんなことを……と思い、それもこれもハルのせいだと思っていた。
ギルドマスターがギルド依頼の手伝いなどをすることは禁止されている。
しかし、魔物化した蜘蛛が混じっている群れが、王都付近にいるということはとても危険であり、見捨てていける問題ではない。
それに、王都の騎士団長であるオリバーからの頼みということもあり、力を貸さざるをえなかった。
オリバー騎士団長とギルドマスターのガメットはさすがの強さで、蜘蛛の群れを次々に倒していった。ラルクも負けじと蜘蛛を倒していく。
しかし、いくらオリバー騎士団長とガメットが強くてもさすがに疲労がみえてきていた。
増えていく蜘蛛の死体の山。しかし余り数が減ったように見えない。
それもそのはず、木の上や森の奥から次々と増えていっているのだ。
「シルビア! 魔法の準備をしてくれ!」
囲まれてはいないが、そろそろ一旦下がって敵を正面にもっていきたい。
しかし、思いがけない言葉がシルビアから飛び出した。
「それが……うまく魔力が練れないの!」
「はあっ!?」
「しらない! わからないわよ!」
混乱するシルビアの頭上からは蜘蛛が迫ってきていた。
「上っ!」
ラルクの声にハッと上を見るシルビア、すぐに回避行動に移ったが、背中を噛まれ前のめりに倒れこんだ。
シルビアの背中に飛び乗った毒蜘蛛をリアムが蹴り飛ばし、コングが剣で突き刺した。
「シルビアアっ!」
今すぐにでも駆け寄りたいラルクだが、自分の持ち場を離れるわけにはいかなかった。
噛まれて毒を受けてしまったかもしれないが、幸いにもリアムが側にいたため大事には至らないだろう。
誰に言われるまでもなくリアムはすぐに毒治療魔法を開始する。
「団長しばらく治療に専念します」
「おう! みんなリアムに蜘蛛を近づかせるな!」
背後にも蜘蛛が降りてきて囲まれる形になってしまった。
「シルビアの魔力が底をつくことになるまで長引くようなら、撤退するつもりだったが……それにしても数が多すぎる!」
オリバー騎士団長は今の状況を、打開する方法を考えていた。自分だけなら倒しながら突き進めただろうが、これだけの人数で無傷で突き進むのは難しい。
なにより今は治療中の仲間がいる。このまま飛びかかってくる蜘蛛を、撃退し続ける以外手はないのだった。




