第二十一話 再会
最近の僕は、ずっとヨハンの道場に通いつめていた。
前世では学校が終わると家に帰って家事をして、時間があるときは図書館で本を読んだりと、運動とは無縁だったけど、こうして身体を動かして汗をかくのは、とても気持ちがいいものだと思うようになった。
今日は道場が休みのため王都を歩いている。まだまだ行ったことのないところが多いので、ゆっくり観て歩きたいのだが……。
僕の足どりは重かった。そう、モモに会いに行くのだ。
絶対旅についていきたいとか、言われるのは明白であり、それを断るものかわいそうだ。でも連れていけない。
うーん、何て言えば納得してもらえるだろうか……。
悩んでいる僕を見てソマリが心配そうに話しかけてきた。
「ハル様、私から断ってきましょうか?」
「……どのように言うつもりですか?」
「あなたみたいなチンチクリンな身体ではハル様を満足させられません! って言おうと思ってます」
「だからそう言うことは言わないでくださいっ!」
ソマリは口を尖らせて不満そうだ。
「ハル君ならきちんと言えるから大丈夫だよ」
そう言ってソマリの肩を叩くのはオリバー騎士団長だ。
今日の監視はオリバー騎士団長と、リアムだ。
監視が二人とはめずらしいと思ったら、オリバー騎士団長はお仕事がお休みらしく、暇だからついてきたということだ。
オリバー騎士団長は結婚していないがモテないわけがない。なにせアルステムの三剣と言われる英雄なのだから。
女性に興味がないのかな? まさか……ボーイズラブというやつか!?
オリバー騎士団長に目を向けると目が合ってしまい、ニコリと優しく微笑んできた。
変なことを想像していたせいか、その優しい笑顔に僕は身震いを起こした。
モモがお世話になっている孤児院はここか……。
王都の孤児院はサイゼンの街の孤児院よりだいぶ大きいようだ。
親がいない子供がみんな孤児院にいくわけではない。
奴隷にさせられる子もいるし、奴隷を免れても、孤児院に入れなくて浮浪者になる子もいる。浮浪者になったらなかなか食にありつけず盗みや犯罪を犯し、結局奴隷になってしまうというのがほとんどらしい。
孤児院の周りには、外壁はなく木製の柵で囲ってあり、バスケットコートくらいの広さの庭がある。そこではモモが一人で素振りをしていた。
うわぁ……。言い出しにくいっ!
「こ、こんにちは」
僕はモモの背後から声をかけた。
後ろを振り返り、僕と顔を合わすとモモは満面の笑顔になり、僕に向かって飛び付いてきた。
「ハル!」
僕にしがみつくモモを、ソマリが猫を掴むように持ち上げ、僕から引き剥がした。
「あれから孤児院の食事の方はどうですか?」
「三食出た……ありがと」
「僕じゃなく、オリバー騎士団長が全部やってくれたんですよ」
「騎士団長様……ありがとございます」
モモの頭をポンポンと撫でながら「どういたしまして」とオリバー騎士団長は微笑んだ。
モモの持っている木の棒をよく見ると、沢山振って付いたであろう血豆の跡が残っていた。
こういうのを見ると、頑張っている子の夢を壊しちゃうみたいで断りにくい!
「そうだ!」
ソマリがなにか閃いたみたいだが、何を言い出すのか不安である。
「あなたはまだ王都の外には出たことがないですよね?」
黙って頷くモモ。
「外には獣や魔物や野盗で溢れています! 実際、私達は王都に来る途中で野盗に襲われました! そしてこれは魔物化した虎との戦いでやられた傷です!」
溢れるほどはいないと思うけど、などとは勿論つっこみたいけどつっこまない。
「そこで! 実際外に行ってみましょう! 外がどんなに危険か、そして危険以外にも、旅とは大変なことを実感してもらうのです!」
モモをわざわざ危険にさらすのは、と、思ったけど、今のままじゃ僕には説得する自信がない。僕、ソマリ、オリバー騎士団長、リアムがいるのだからよほどの事がない限り平気だろう。
「ん……いく」
モモは勿論行く気満々のようだ。
ただ一つ心配なことが、
「ソマリさん、腕の具合はどうですか?」
「腕ならそれほど痛くありませんし、片手でも戦えますよ」
「ダメですよ。安静にしててください」
「ハル様! そんなに! 私を! 心配してくれているんですね!」
心配は勿論しますけど、なにをそんな大袈裟に……と思ったらそういうことか……。
頬を染めたソマリは僕の手をギュッと握り、しかし目は僕を見ていなかった。
勝ち誇ったように僕の横にいるモモに向いていた。
「む……」
なにも言えないモモはソマリを睨むだけだった。ソマリ……十歳の子供相手に、こんなにむきになるソマリはまだまだ子供のようだ。
リアムは治療魔法が使えるので、いざというときすぐに止血してくれるので頼りになります。
そうだ! この機会に治療魔法を教えてもらおう!
シルビアは水や火の魔法は得意だけど、治療魔法は使えなかったので教えてもらえてない。この身体なら使えるようになるかもしれない。
「リアムさん、時間があるときでいいので、治療魔法の魔力の練り方を教えてもらえませんか?」
「うーん、魔力操作を教えるのはいいんだが、治療魔法は身体の仕組みを理解していないと効果がほとんどないんだよ」
「へえ、そうなんですか」
人間の身体はある程度わかるけど、やはり細かくはわからないし……どの辺りまで理解していないと効果がないのか……。
「一応魔力の練り方は今度教えてあげるよ」
「ありがとうございます!」
「それと出発はもう少しあとでいいかい? 一泊するなら報告しておかないとついていけないから……」
「あ……すみません……って、一泊?」
リアムと話しているうちに、ソマリとオリバー騎士団長が話を進めていて、一泊で少し遠出して、より大変さを実感してもらおうということになってた。
リアムは一旦報告をするために戻っていき、僕らは冒険者ギルドに向かった。泊まりで外に行くなら、なにか依頼を受けようということになったのだ。
そして僕らは冒険者ギルドの前までやって来た。王都の冒険者ギルドは六つもあるとのことだ。
そりゃそうか、徒歩が基本で定期馬車などしかないこの世界で、王都の人口と広さから考えれば六つでも少ないかもしれない。
一般市民街にギルドが四つあり、城下町に二つあるとのことだ。
ちなみにサイゼンの街は二つである。
外から王都に入るには、東西南北に門があり、そこで簡単な検問をしてから入門する。
そして門の近くには冒険者ギルドが配置されてあり、宿屋や旅に必要な道具屋などもその辺りに集まっている。
そのまま王都中央に向けて進むと一般平民の家や様々なお店があり、さらに中央に行くと二つ目の門がある。
ここから先は城下街になっていて貴族の家や、質のいいお店が並ぶ。
そしてさらに中央に進むと最後の門があり、門を潜るとお城があるのだ。
広いため一般民の移動手段は定期馬車が基本となり、前世でいうバス停、ではなく馬車停ということだ。
扉を開けて中に入るとギルドと酒場は別々になっているようだ。
別々といっても部屋が別れているわけではなく、広いフロアに簡易的な区切りがあり、ギルドと酒場が別れているだけだ。
だいたいどこのギルドも似たような感じである。
僕達は依頼ボードを眺めた。
ランク別に銅、鉄、銀、金の四つのボードが並んでいる。
僕は銅だからたいした依頼はない。
建築や城壁などの工事の荷物運びや手伝いなどがある……。これじゃあ前世でいう、日雇いバイトみたいだ……というか冒険者って感じじゃないな。
鉄ランクは警備の仕事や討伐の仕事か。銀ランクは討伐系が多いな。
ボードをみている僕達のすぐ横で、冒険者がソマリさんの事を話をしている。
「王都には獣人もいるんですね」
「へぇ、獣人の子もスゲー可愛い子いるんだな」
「ふんっ」
「いだだだだだ!」
どうやら痴話喧嘩をしているようだ。僕はチラリとその冒険者に目を向けた。
――――っあ。
目が合った相手は、サイゼンの街でお世話になったコングだった。そしてラルクとシルビアまでいるではないか。
「「「ハル!」」」
僕はとっさにオリバー騎士団長の後ろに隠れた。