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第十三話 魔物化した獣

 

 ソマリの剣舞を見てラグドールの娘、もしくは教え子であろうと思ったオリバー騎士団長。


「ラグドールは私の父です」


「やはりそうか……その持ち方といい、右の剣撃から左の剣擊への移り変わり方」


 オリバー騎士団長はウンウンと頷き、一人納得しているようだ。


 ソマリの母はソマリを産んだときに亡くなってしまった。それからはラグドールが、ソマリの面倒を見ながら、ギルドマスターとしていままで頑張ってきたこと。



「――――と、いうわけで、王都に向かっているということです」


 大まかないきさつを、ソマリから聞いたオリバー騎士団長は、信じられないといったような顔で僕を見ている。


「その年齢でラグドールに一撃を……」


「いえいえ、武器が壊れてくれたおかげと、余り攻撃してこなかったからですけどね……」


「いいねぇ。私もやりたいねぇ。いやまてよ? ヨハンに仕込まれた後の方が面白いか……」


 ニタニタしながらなにか構想を練っているオリバー騎士団長は、どうやらソマリとも僕とも手合わせをしてみたいらしい。


 三剣ってみんなこんな人ばかりなのだろうか?

 もしかしてヨハンに刀造りをお願いしに行ったらバトルにならないよね?


 …………心配だ。



 上を見上げれば綺麗な夜空が見える。焚き火が弾ける音が響く静かな夜。


 焚き火を囲んだまま僕達は、話を続けている。護衛の方達は順番に睡眠をとっているようだ。


 オリバー騎士団長と国税管理職の人が、定期的にサイゼンの街に行き、ギルドや役所で様々な会議を行うらしい。直接行くのは街や人の様子を見るためもあるとのことだ。

 書類や報告だけで済まさない辺り、オリバー騎士団長の生真面目さがわかるというものだ。


 そして、それに便乗して遊び目的でついてきたのが、クロエ姫ということか……。


「わ、わたくしだってずっと遊んでたわけじゃないのですわ! そ……そりゃあ、たまに……すこ~しは遊んでましたけど……」


 すこーし……ね。

 別に姫様なんだから遊んでてもいいと思いますよ?


「ハル! ソマリ! わたくしも小さい頃からオリバーに剣を教えてもらっていたから、多少自信はありますわ! 城に戻ったら勝負ですわ!」


 さすがオリバー騎士団長の教え子、みごとにバトルジャンキーに育ってるじゃないですか。僕とソマリは頬をひきつらせ苦笑いするしかなかった……。



 次の日、クロエ姫の決定により馬車に同乗していくことになった。


 僕とソマリはクロエ姫の馬車に乗り込み、護衛の皆さんは馬に乗っているので、なかなかのペースで進んでいる。

 ちなみに捕まえた野盗はもう一台の馬車に縄でぐるぐる巻きにして転がしている。




 そして僕達は――――


「こう……こう、で、こうすると橋の出来上がりです」


「「おおおおおお!」」


「ハル様すごいです!」


 僕は紐を使い、一人あや取りでほうきや橋をつくりクロエ姫の暇潰しに付き合っていた。


「そのような遊びは王都では聞いていないですわ、ハルの育った所で流行っていたのですか? 生まれはどこかしら?」


「それが、記憶喪失なのでおぼえてないのです」


「あっ……、それは失礼しましたわ……」


「そんな、謝らないでください。別にそれが辛いとかありませんし」



 夜になり、今日も焚き火を囲んでみんなで談笑している。

 少し肌寒いくらいの気候だが、温かいスープを飲んで身体はポカポカだ。

 ソマリがラグドールの、笑い話をしてくれていて、みんなで大笑いしている。


 そんな、なんでもない夜にとんでもない獣が忍び寄っていた。





 夜営周りを警戒していた護衛騎士達はなにかの存在に気付き声をあげた。


「なにかいるぞ!」


 その護衛騎士の声がする方を一斉に向き、クロエ姫を貴族馬車へ避難させた。

 周りを警戒していた護衛騎士達が一斉に野営地へ飛び込んでくる。


『なにか』をみつけ叫んだ護衛騎士は、背の高い草を掻き分けて僕らのいる野営地に飛び込んできた。

 しかし、その後ろから追いかけてきていた大きな獣に背中から押し倒され、倒れこんだところを噛みつかれてしまった。


 次の瞬間、尋常ではない叫び声が聞こえた。


「ぐぅわわああぁぁあああ!!」


 噛みつかれたのは剣を持つ右腕の肘部分だ。右腕の半分くらいを食べられた護衛騎士は大きな獣に押さえつけられたまま叫び続けている。


 その巨体に大盾で体当たりをする人物がいた。

 ドンッ! と大きな音をたて、わずかだが巨体を突き飛ばすことに成功する。その人物はオリバー騎士団長だった。


「リアム!」


 オリバー騎士団長は、目の前の大きな獣と対峙したまま、傷付いた護衛騎士の救護を要請する。


 その巨体はグチャグチャと護衛騎士の腕を肉片を口に入れ音をたてながら赤紫色の眼を輝かせた。


「魔物化した虎……」


 僕の近くにいた護衛騎士がそう呟いた。



 通常よりもかなり大きい巨体に、うっすらと紫色のオーラみたいなものを纏まとい、眼は赤紫色に光っている。



 初めてみる魔物化した獣。その圧倒的な存在は臆病な僕に恐怖心を植え付けるには十分だった。


 足が震える……。


 野盗や熊にだって向かっていけたのに、どうして……まだこわいんだ。克服できたんじゃなかったのか?

 そんな僕を横目で見ていたソマリは力強く語りかけてきた。


「大丈夫です。ハル様は私が守ります」


 少し震える声でそう言い残し、ソマリは殺気を撒き散らす虎に向かっていった。


 僕も行かなきゃ、という気持ちはあるのに足が動かない! ソマリだって怖いはずなのに向かっていったんだ! 足の震えを止めるように膝を掴む。


「くそおっ!」


 こうしてる間にもソマリとオリバー騎士団長は戦っている。


 他の護衛騎士達も参戦している者と、クロエ姫の馬車の周りを守る者と別れている。


 唯一、僕だけがその場から動けないでいた。



 ソマリは木をごっそり削り飛ばすほどの虎の攻撃を避け、腕などを斬りつけるがたいしたダメージになっていない。

 一撃でもまともに当たってしまえば即死だろう。


 オリバー騎士団長は、魔物化して虎の重い一撃も盾で上手く流しながら剣で斬りつけ確実にダメージ与えていくが、魔物化した虎には普通の剣では物足りないのようだ。


 オリバー騎士団長が普段使いの剣では埒があかないと舌打ちをする。


「魔物用武器を持ってこい!」


 皮膚や毛が固くなる魔物に対し、効果的な武器があるようだ。


 そんな時、遂に恐れていたことが起きてしまった。

 虎の鋭い爪がソマリを襲った。


 ソマリは避けきれないと判断し、短剣で防ぎにかかるが短剣ごと吹き飛ばされてしまった。


 夜空に舞う血しぶきが僕を覚醒させる。


 僕の中の何かが吹っ切れた。


 虎は倒れたソマリに覆い被さろうと飛んだ。

 ――――が、虎はソマリの上に着地することはなかった。


 ドンッ!! 鈍い音が響いた。


 僕は刃引きした大剣で虎を吹き飛ばし、吹き飛ばされた虎はダメージが大きかったのか、綺麗とはいえない着地をして鋭い眼でこちらを睨んだ。

 しかし、その時にはもう距離を詰めていて、虎の頭上で大剣を振りかぶっていた。


「やああああああああ!!」


 ドガッッ!!!


 そして力の限り大剣を振り下ろし、虎の頭と身体を爆散させ大きな轟音(ごうおん)と共に地面に大剣をめり込ませた。



 夜空からは、地面や虎から飛び散ったモノがパラパラと落ちた後、静寂に包まれた。



「ソマリさん!」


 僕はソマリに駆け寄った。呆然としていた皆は、僕の声にハッと我を戻した。


 オリバー騎士団長は最初に襲われた護衛に駆け寄った。すでにジャックとリアムが居て、リアムが治療魔法をしているようだ。


 僕はソマリの傷を見る、腕には爪の跡が二本あり少し深そうだ。


「だれか! 他に治療魔法が出来る方いませんか!?」


 僕は大声で騎士達に問いかけた。


 護衛の一人がソマリに駆け寄り、浄化、止血をして、薬草を染み込ませた包帯を巻いてくれた。



 夜営を中止し睡眠を我慢して王都に向かうことになった。

 王都まで一日の距離なのに魔物化した虎が出るなんて異常事態だということだ。

 すぐに王都に戻り、負傷した護衛の人とソマリさんを治療し、王都付近に魔物化した虎が出たという報告、及び対策をしなければならない。


 クロエ姫の馬車の中、ソマリは横になって僕の手を握っている。

 馬車が激しく揺れる度に痛そうに顔を歪める、その顔を見ると僕の胸は締め付けられた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 僕は涙を流していた。


「ハル様はなにも悪くないですよ? 私が未熟だっただけです」


 痛みのせいで冷や汗を流している、それでも微笑んでくれるソマリに、僕はただ謝ることしかできなかった。


「ハル様は変です。怪我をした私が泣いていないのに、怪我もしていなくて魔物を倒したハル様が泣くなんて」



 ソマリの手を握る僕の手を、やさしく撫でてくれた。


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