第十話 野盗
サイゼンの街から、獣人の村ドベイルまでは通常、馬車で一日の距離。
そしてドベイルの村から王都アルステムまでは四日の距離だ。
王都に向けての旅路で必要なものを買い揃え、翌日村を出発することにした。と言っても、この村での買い物はソマリの方が手慣れていて言われるまま買い揃えた感じだ。
――――そして翌朝
「ハル様、準備ができましたよ」
「なにからなにまでありがとうございます」
ギルドマスターから、訓練用の刃の潰した武器なら好きに持っていってもいいと言われたので、僕は大剣を選んだ。僕の背丈ほどある大剣は両刃になっていて厚みがあり重さもある。いくら刃が潰してあると言っても、この重さで斬りつけられたらひとたまりもないだろう。
そんな大剣を片手で軽々と持って、素振りをした時の周りの反応は唖然としたものだった。
ギルドマスターとソマリにはお世話になりすぎたので、また村に戻って来た時にしっかりお返しがしたい。
僕は二人分の食料、簡易テント、寝袋が入ったリュックを背負った。
自分の分は自分で持つのだが、僕にしてみれば軽いものなので、僕の大きな背負い鞄にソマリさんの分も入れておいた。
「おお―! ハル様すごいです!」
「ほんと……あのクソガキなんなんだよ……」
「ソマリちゃん早く帰って来てねー!」
「小僧は二度と帰って来なくていいぞー!」
「クソガキが死んだらすぐ戻ってきてくれよ!」
ソマリのお見送りをするため集まった獣人達は、僕に対しては、かなり辛口な言葉を飛ばしてきていた
――――ソマリさん! 僕は気にしてないから! その人の首絞めないで! 泡吹いてるからぁ!
ソマリは見送りのみんなに一時の別れを告げて、僕とソマリは王都アルステムへ向けて歩き出した。
朝に木々の間を歩くのはとても気持ちがいい。
しばらく林を進むと狼が四匹襲ってきた。ぼくはリュックを下ろし大剣で応戦する、僕とソマリで二匹ずつを相手にした。
僕は刃の潰れた大剣で二匹を即死させた。さすがに熊の時みたいに吐いたり気絶したりはしなかった。熊の時はあえて武器を使わないで、素手で爆死させた。
それに比べれば武器を使うとそれほど気持ち悪くないが、それでも狼のような犬っぽい生き物を殺すというのは気分がいいものではない。
ソマリはさすが小さい頃からギルマスに鍛えられていただけはある。
狼を切り刻んであっという間に倒してしまった。まるで踊っているような動きは少しみとれてしまうほどだった。
そして一日目の夜営、少し早めの就寝にして交代で寝る事にした。
僕は焚き火の前で座り見張り番をしていると、ソマリがテントの中から話しかけてきた。
「ハル様は、なぜドベイルの村にいらっしゃったんですか?」
「……少し辛いことがありまして、適当に走っていたらドベイルの村に着いたんです」
「辛いこと……ですか。話しにくいことでしたら、答えてもらわなくても結構です。
その……辛かったこととは、熊を倒しに行ったことは関係があるんですか?」
「……そうですね。僕のせいで大切な人が傷つくことになってしまって、それで気まずくなってしまいました」
「そうだったのですね……」
そこで会話は途切れた。
熊を殺しにいくときに、初めて獣を殺すと言ったこと、自分で殺すと主張したこと、それらを聞いていたソマリは、なんとなく察してくれたのだろう。
「その大切な人は……」
――――ん?
「女性ですか?」
「…………男性ですけど」
「そでしたか! うふふっ……」
ホッとした顔をしたあと、少し足取りが軽くなったソマリだった。
日が登り、僕らは再び王都へ向けて歩き出した。二日目は何事もなく進み、三日目の夕方、日が落ち始めそろそろ夜営の準備をしようかと思った頃――――
「ソマリさん、前方の林を抜けた所で複数の馬と人がいます」
「み……みえませんがぁ……。熊の時もそうでしたが、ハル様はすごく遠くまで見えますよね……」
もう少し近づいてみたところ、どうやら貴族らしき豪華な馬車が野盗っぽい人達に襲われているようだ。
「ハル様! 助けにいきましょう!」
ソマリは走り出した。
僕もソマリを追って走り出す、ソマリより走り出すのが遅れたのは、少しびびってしまっていたのだ。
野盗は勿論怖いとは思うが、それよりも人を殺してしまうかもしれないということが恐いのだ……獣を殺すのとは訳が違う。
しかしこの考えは捨てるべきだと今改めて気がついた。
もし、その襲われている者が知り合いだったら、いや……知り合いでなくてもだ、僕が少し動き出すのが遅れたせいで、誰か罪もない人が死んでしまったら、僕はずっと後悔してしまうだろう。悪いことをする人に情をかけていてはこの世界ではだめなんだ。
林から抜けた所でソマリが短剣を二本鞘から出す。僕も林から出て状況を把握する。
貴族らしき豪華な馬車が二台。馬に乗り鎧を着た騎士が二名、馬から降りていて馬車を守るように剣を構えている者が六名、これだけの護衛を引き連れているのだから相当偉い貴族かもしれない。
それに対して野盗は数が多い、馬に乗った者が十名くらい、馬に乗っていない者も十名くらいはいそうだ。
いくら騎士でも三人がかりで攻撃されては苦しいだろう。野盗達は馬車が逃げられないように囲んでいた。
騎士の中で一際目立つ鎧を着た人物が、僕らに剣を向け声を張り上げた。
「何者だ! 新手か!?」
「こいつらどこから出て来やがった!?」
野盗達も一瞬警戒を強めたが、すぐに安心したような声に変わった。
「なんだ女二人かよ、しかもどっちも上玉じゃねーか。お前らあの二人は生かして捕まえな! 後で楽しもおぜええ!」
「「「「うおおおおお!」」」」
後の楽しみができたことで野盗達の士気が上がったようだ。待って僕、男です。いや、もしかしたらショタ好きもいるかも……さ、寒気が!
僕らを捕まえに四人がこちらに向かってきた。僕はリュックを下ろし大剣を片手で持ち、野盗四人向かって飛び出した。
四人の野盗達は、まさか自分達に向かってありえないほどのすごいスピードで向かってくるとは思っていなかったようで、慌てて立ち止まった。しかし本当に驚くのはこれからだった。大剣で両足を凪ぎ払い砕ける足。
凪いだ遠心力を使いすぐ側にいたもう一人を蹴り飛ばした。蹴られた野盗は猛スピードのトラックにでも、はねられたかのように飛んでいった。
それを見た残り二人は剣で斬りかかってきたが、僕の眼にはその動きは遅く感じた。
剣を振りかぶった腕を大剣で砕き、残りの一人も細剣で防ごうとしたが、細剣ごと腕とあばら骨を砕いてやった。二人とも
地面に転がり、叫び苦しんでいる。ほんの六秒ほどで四名を倒したことで場が一瞬静まり返った。
「ハル様、一人で行かれては危険です――――と、言いたいところですが、さすがハル様!」
ソマリは僕の横で殺気を放ちながら、でもどこか嬉しそうだった。
野盗の気がこちらに向いたことで騎士の数人が野盗に斬りかかり、野盗の数を減らしていった。
馬に乗った野盗が僕とソマリに向かって矢を放ってきた。
――――以前僕は、コングが獣に向けて射た矢が見えていた。勿論今回も例外ではない。
僕に迫り来る矢を避け、もう一本のソマリに向けられた矢を掴んだ。
「「「掴んだ!?」」」
「ばかな!」
「ば……化け物か!」
一部始終を見ていた者は、騎士達も野盗達も驚いて動きが止まっていた。
僕は先程から命令しているリーダーらしき野盗に向かって矢を投げた。
――――鋭い矢が命中した!
乗っていた馬に……。
矢が刺さった馬は暴れ、乗っていた野盗のリーダーは馬から落ちたが負傷はしなかったようだ。
それを見た野盗達は浮き足だち、ついには逃げ出し始めた。当然野盗のリーダーも他の馬に乗り逃げていったのだった。