4-3:廃 墟《絵本と震災の爪痕》
「これじゃ、探せなさそうですね」
物思いに沈んで、光の差さない海底をひとりでさまようような気持ちに染まりかけていた彼に彼女が話しかけた。
「そうですね。見つけてもすごく読みにくいと思います」
「あ、はは。・・・・・・ですよね~」
たぶん、そこまで本気で『結晶世界』を探していたわけでもないのだろう。彼女はすんなり気持ちを切り替えて自由に書店内を探索し始めた。
「わ、この絵本懐かしい」
書棚に隠れて姿は見えないが、店の奥から彼女の声が聞こえてくる。
あんまり長居すると花見をするころには夜桜になってしまんじゃないかと彼はいくらか消極的な気持ちになりつつあったが、つい図鑑への好奇心に誘われて、店内をふらついていた。
「ほう、『世界の名菓』か・・・・・・。そういえば植物と鉱物系は結構集めたけど食べ物系はまだあんまり持ってなかったような」
(レシピとかも載ってるのかな)
見た目にも美味しい写真が映っている表紙を見て、手に取ってしまいたい誘惑に駆られるが、彼はぐっと我慢した。
そこへ――
「ねえねえ、見てください。『はらぺこ青虫』ありましたよ」
がっつり、絵本を抱きかかえてきた彼女がやってきた。
「・・・・・・」
「ほかにも、たくさん懐かしい本があって――」
服に埃がつくことはあんまり気にしないらしい。
抱えた本の名前を読み上げながら彼に見せてくれる。彼は貴重な骨董品に素手で触る素人を目にしたような気持ちになったが、彼が勝手に決めていることを人に押しつけるのもよくないだろう。彼は割り切ることにした。
「・・・俺も昔よく読んでもらいました。落書きですっかり汚しちゃったんですけど」
「わかります。小さい頃ってペンで物を描くのが楽しくて、
なんにでも名前とか絵を描いちゃうんですよね」
話に付き合いながら、昔話をするごとに妙に落ち着かない気持ちになった。
彼女が表紙の埃を払いのけて絵本を開くのを見ていると、自分の中の奥底で埃をかぶって眠りこけていた幸せな記憶が揺り起こされてしまいそうで、一刻も早くその場から離れたいくらいだった。
「ここが気に入ったなら、また今度遊びに来ましょう。せっかく今日は花見に来たので」
「あ、そうでした。すみません」
実家の押し入れから引っ張り出してきたみたいな古ぼけた、けれどなんの落書きもない新品のはずの絵本を彼女は慌てて戻しに行った。
自分にもう少し余裕があって彼女の昔語りにつきあえていたならよかっただろうか、と思わないでもなかったが、この距離を保つ上ではああ言うのが正解だという気もどこかでしていた。
* * *
それからまた2人は歩き始めた。
その途中でも、いろいろな震災の名残を目にした。
市街地へ続く方角を向いて、美しく整列した車の行列を目にすることもあった。それは、なにか適当なもので境界をこしらえて「こっから先は俺の陣地な」と子どもがよくやるあの遊びを思わせた。
どうやってこんなにたくさん動かしたんだろう、と近づいてみると、それは避難途中で棄てることを余儀なくされた車たちだとようやくわかった。すっかり錆びついた車たちを覆いつくし、飲みこもうとする植物の足元に、うっすらとコンクリートが見えたからだ。
このあたりはところどころ道路が見えない場所もある。
なかには、あたかも植物がハンドルを握りしめて遊んでいるかのように、ハンドルのところだけびっしりと蔓に巻きつかれているバイクもあった。それが偶然とわかっていても、何か意志のようなものをその光景に認めてしまい――ちょっと馬鹿げた話を許してほしいのだけれど――無邪気な植物の精のような人格をもったものが、人のいなくなったおかげで自由に戯れているようなところを思い浮かべて、目を細めてしまった。茂みや低木がこんもりしている場所もあった。
廃品回収所、とでもいうのか。
うずたかくブラウン管のテレビが置いてある一角も通り過ぎた。電気という命の源を絶たれ、すっかり深い眠りについた彼らの画面は、しかし何も映していないわけではなかった。かれらはそれぞれが目にした世界を映していた。あるものは遠くに見えるビルを。あるものはすぐそこにせまっている植物を。あるものは、目の前に立っている彼の姿を。そしてあるものは、果てのない空の色を。誰かから受信した信号のとおりに画面に何かを映すことをやめて、
彼らはその画面にはじめてほんものの空の色を映すことができたのだろう。
そんな感慨を言葉に出さずに、あたりさわりのない話を交わしながら歩いていると、ようやくお目当ての桜並木にたどり着いた。




