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第五章・3

―3―


 霧藤は真っ白な下ろしたてのタオルを手に、カウンセリングルームへと入った。


「君の行動力には、本当に感心させられる」


 そう言いながら、部屋の中、立ったままでいる灯にタオルを渡す。

 外の雨は一層ひどくなり、傘はあまり意味をなさなくなっていた。

 灯は受け取ったタオルで、まず長い黒髪から落ちる雨の雫をぬぐった。


「僕の患者は君だけじゃないんだけどね」


 霧藤は白衣の袖を少し上げ、腕時計を見る。


「次の患者の予約も入ってるし。用件があるなら早めにお願いできるかな」


 デスクに寄りかかり腕を組んだ霧藤に、灯は鞄から小さく折り畳んだ紙を取り出すと、広げて霧藤に突きつけた。


「これはどういうこと」


 霧藤はその、雨のせいでよれよれになった新聞のコピーを、手に取る事もせず、ちらりと見ただけで灯に視線を移した。


「これが何か?」

「何かって……」

「僕は君が調べて手に入れた以上の情報を、話すつもりはないんだけど」

「……あの子の名前、朝日奈 鈴っていうんでしょ」


 霧藤の返事はない。


「頷くくらいしたらどうなのよ」

「確かに。彼の名前は朝日奈 鈴だ。それがどうかしたかな」

「これは、十三年も前のことなのよ?」

「君がどんな想像をしているのか知らないけど、おかしなことなんて、何もない」


 想像なんて、できていない。


「だって、それじゃあ、あの子は」

「僕は何歳に見える」

「違うはずだけど、二十四くらい」

「そう。そして僕は実際には二十七だ」

「それが何」

「つまり、そういうことだよ」


 つまり、見た目と実際の年齢は関係ないということなのか。


「……あの子が私よりも年上だっていいたいの?」


 それも、この新聞の記事を見る限り、十三年前に十五歳ということは、昨日会ったあの少年は二十八歳ということになる。


「もういいだろ。彼の状況は、君よりも数倍深刻で残酷で複雑なんだ。それは君にも分かっただろう?」


 それでもまだ納得のいかないというような顔の灯に、霧藤は大きく息をつくと、もう一度腕の時計を見た。


「それなら、そこまで調べた君の努力に敬意を示して、彼のことをまとめてあげよう。十三年前、彼は家族を殺された。自分も殺人犯に襲われ、マンション六階から転落した後、意識不明の重体で病院に運ばれ、今年目覚めるまで、十三年もの間眠り続けた」


 少々早口で、一気に霧藤は話し出す。


「彼の成長は十五歳だった当時で止まってしまい、目覚めて約一年経つ今も、新たな成長の兆しは見えない。現在は眠り病で不自由な生活を強いられている」


 まくしたてるように次から次へと与えられる情報に、灯は戸惑う。 


「そして、彼の家族を殺した犯人は今も捕まっていない」


 呆気に取られている灯に、霧藤は一呼吸おくと、最後にゆっくりと言った。


「どうだい、自分は幸せだと思わないか」



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