ほら、昨日言ってたじゃん。甘い系の香りが好きって
ミノタウロスの首が、青い閃光と共に跳ね飛ばされた。
8メートルはある巨体が地響きを立てて崩れ落ちた瞬間、近くで死にかけていた四人の冒険者が固まる。
「……助かった、のか……?」
「幻覚じゃねぇよな……4日連続の鬼残業で、ついに脳が壊れたわけじゃ……」
死んだ魚のような目をした彼らが、ゆっくりと振り返る。
そこには、青い炎をまとった巨大な斧を肩に担ぐ青年――青宮 翼が立っていた。
「大丈夫ですか」
その一言で、冒険者たちは震えた。
「青い炎……大斧……間違いねぇ、青宮さんだ……!」
「ブラックな冒険者業界を救った、最強の冒険者……!」
「ありがとうございます! あなたは俺たちの希望です!」
「英雄だあああああ!」
称賛の嵐に、青宮は困ったように眉をひそめる。
「……いや、なんでそんな持ち上げられてるんだ、俺」
だが彼らの反応は当然だった。
ユニークスキル《∞ウェポン》を覚醒させ、業界を変えた英雄――それが青宮 翼なのだから。
☆
時はさかのぼる。
鑑定スキルを受けた21歳の青宮 翼のステータスを見た瞬間、冒険者協会の職員は目を見開いた。
「……おお。あなた、ユニークスキル持ちですね」
「本当ですか」
50年前のダンジョン出現以降、18歳から冒険者になれる制度が整った現代。
青宮はいま、冒険者認定のための検査を受けていた。
広い多目的室で、若い男性職員がタブレットを操作しながら続ける。
「ただ……残念ながら、封印されているタイプですね」
「封印?」
「はい。現在の表示がこちらです」
タブレットには《斧術LV1》と、もう一つ――“《????》” と文字化けしたスキルがあった。
「封印されていると……どうなるんですか」
「効果は一切発揮されず、使用もできません」
「……えー」
「ですが、封印には必ず解除条件があります。冒険の中で明らかになるでしょう」
「なるほど……でも、ユニークスキルなんですよね?」
「はい。しかも――これは初めて見ました。詳細を開こうとすると、アイテム欄に飛ぶんです」
「アイテム欄に?」
「固有の装備か、アイテム生成系かもしれませんね。どちらにせよ、世界に一つだけのスキルです」
世界に1人しか持たない才能。
その言葉に、青宮の胸が久しぶりに熱くなる。
(俺……才能あるのか?)
21歳。社会人3年目。
勤め先はブラック企業。12連勤の末にようやく取れた休みだった。
自由な生活がほしい。
でも将来を考えると辞める勇気もなかった。
もし本当に才能があるなら――青宮の胸の奥で、小さく希望が灯った。
☆
結論から言うと、そのワクワクはすぐに砕け散る。
思い切って脱サラした後、青宮は高校時代の元クラスメイトで今の彼女――泉 怜奈、そして彼女の“友達”だという男、有島 史郎の3人でダンジョンに挑むことになった。
そして判明する。
青宮のステータスは――伸びが悪い。
レベルが上がっても数値は平凡。
MP・魔力・攻撃力だけ高いが、魔法スキルがないため宝の持ち腐れ。
希望のユニークスキルは封印されたまま。
3日経ち、3人はレベル3になった。
「彼氏さんさぁ。前衛も後衛も微妙って……ぶっちゃけ弱くね?」
草原の広がる第一階層で、有島が鼻で笑う。
「あはは、もう〜、そんなこと言っちゃダメだよぉ」
泉は笑いながら、有島の腰に手を回す。
青宮の目の前で。
そのまま、有島の胸元に顔を寄せ――深く香りを吸い込んだ。
「今日、良い匂いするね〜」
「新しい香水。怜奈が好きそうなやつ。ほら、昨日言ってたじゃん。甘い系の香りが好きって」
「うん……好き。これ」
青宮の知らない会話だった。
(……俺は何を見せられてるんだ)
初日からずっとこの調子だ。
泉が「友達なんだけど、パーティーに入れていい?」と言ってきた時点で嫌な予感はしていた。
有島は日焼けした肌に金髪、アクセサリーをじゃらつかせた典型的なチャラ男。
予感は当たり、2人はどんどん距離を縮めていく。
青宮を見下すことで優越感に浸っているのか、有島は何かにつけて馬鹿にしてくる。
(なんか近くねって言えば、笑われるんだろうな)
嫉妬よりも嫌悪が勝つ。
だが胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
「――なぁ、明日の夜さ。ダンジョンに泊まらないか?」
「え?」
有島の提案に青宮は顔を上げる。
「最近、夜の第一層でレアなゴーストが出やすいらしい。魔石が30万。狙わねーか?」
「賛成! 行こ、行こっ」
泉が即答する。
「ああ。彼氏さんも絶対来いよ。野営で泊まり、だからな」
嫌な予感しかしない。
だがゴーストの魔石は確かに高い。
(……これで少しでも稼げるなら)
青宮は参加を決めた。
そしてこれが――3人にとって“運命の夜”となる。
ステータス表記は後の話で描写します。




