ローラの謎。
「……夜分に失礼する」
オルミラージュ本邸へウェルミィ達を送り届けて、深夜。
〝風渡り〟で蜻蛉返りして王城近くへと赴いたエイデスは、アダムスの護送についていくよう命じていたヌーアが待っている場所へ赴いた。
魔力封じの牢に入るのを見届けた後、アダムスと別れた彼女が待機していたのは……結婚と同時に爵位を与えられた第三王弟、ティグ・ライオネル公爵のタウンハウスである。
彼の熱烈なアプローチで公爵夫人の座に収まっているエサノヴァは、ヌーアの妹であるアロンナの娘なのだ。
「とんでもございません、御当主様」
オルミラージュの〝影〟、デスターム伯爵家の一員であり、かつて『ウェルミィ・リロウド』に仕えていたエサノヴァは、出迎えたエイデスに対して優雅に頭を下げた。
「公爵夫人。今の地位で、その物言いは少々問題があるのでは?」
「夫の許可は出ておりますので、問題はございません。わたくしは、生涯御当主様を主人、ウェルミィ様を女主人と仰ぐことを許していただく代わりに、婚姻を受け入れましたので」
あくまでも生真面目なエサノヴァは、軽口にきちんとした返答を口にした。
ーーーそれはそれで、よく許可が出たものだと思うが。
公爵の地位を得る際に王位継承権を破棄しているのは、それが理由なのかもしれない。
考えることそのものが不謹慎ではあるものの、レオやライガの身に何かあった時、本来最も玉座に近いのが王弟妹である。
第一王女のヒャオンはあの性格で、支えるのがアダムスでは執務に難がある。
第二王子のタイグリムは、王位継承権を昔破棄して聖教会に渡り、現在はそこのトップ。
彼の双子の妹、第二王女のナニャオは才覚こそずば抜けており、マレフィデントを伴侶としているので最有力だが、本人は治世に興味がない。
こういう状況で、第三王子まで王位継承権を放棄して、公爵位に降ったのは、エサノヴァの『条件』が理由だったのだろう。
万一エサノヴァが王妃になると、臣下であるオルミラージュ侯爵家とライオネル王家の力関係が捩れてしまうからだ。
ーーー状況的には、難しい判断だっただろう。
エサノヴァを取り込むこと自体には、ティグ本人の意思は置いておいても、王家の利益がある。
彼女自身、ライオネル王国屈指の〝影〟の一族の血を引くだけでなく、大公国〝土〟の血統も引いており、父親が〝土〟の公爵領を実質運営していた人物だからだ。
血統の優秀さに加え、そんな父親と『ウェルミィ・リロウド』から直接指導を受けている上に子爵家の出身、かつ役割の為に与えられた立場が侍女。
一つを極めた者には多少劣るだろうが、様々な視点から物事を見ることが出来、あらゆる局面での立ち居振る舞いに関して標準以上の動きが常に出来る、貴重な才人だ。
彼女の事情を知る為政者にとっては、取り込んでおいて損のない人材なのである。
万一の時に玉座を継げる者がナニャオのみになることと、エサノヴァを取り込む利益を秤にかけた結果、認められたのかもしれない。
誰が許可したのか知らないが、おそらくは先王コビャク陛下の判断はそうした部分だろう。
レオとイオーラに関しては、そもそも身内に甘いので、利益があるなら人の気持ちの方を尊重する面もある。
「わざわざヌーアに寄らせたのは、グリンデル伯爵家と〝希望の朱魔珠〟について、何か知らないかをお前に尋ねたかったからだ」
ウェルミィにも話したが、捕らえた誘拐犯が内海に繋がる港に向かい、それが朱色の瞳の男だったことで、帝国のそれを思い出した。
さらに、彼女の父イズィースがライオネル王国の子爵として振る舞っていた時に、寄親としていたのがグリンデル伯爵家。
今回の件に関わりがありそうな二つの一族について、エサノヴァは昔、非常に近しい立場にいたのだ。
彼女が、ヘーゼルに冤罪を掛けたローレラルの『共犯』として振る舞っていた時には、ヘーゼルを虐める理由として『グリンデル伯爵家のせいで、実家の子爵家も潰れた恨み』という名目を使っていた。
「グリンデル伯爵家の血統は、想像以上に古いものだった。十二氏族ではない『宿命』の一族だという推測に至っている。〝希望の朱魔珠〟の採掘も、あれ自体が『向こう』の世界から齎されたものであり、『語り部』の計画の一環……そして採掘したのが、朱の瞳の血統だ」
『語り部』と『ウェルミィ・リロウド』がそれらについて知っていたのなら、エサノヴァも何か見聞きしていておかしくないだろう、と考えたのである。
エイデスの問いかけに、エサノヴァは少し考えるそぶりを見せた後、ポツリと呟いた。
「グリンデル伯爵家については、申し訳ありませんが分かりません。父がかの家に仕える立場を選んだ時には私は生まれておりませんし、ヌーア伯母様が母を嫁がせた理由については、御当主様方のほうがお詳しいかと」
「……父上とお前が決めたことだな、ヌーア」
エイデスが問いかけると、ヌーアがいつも通りににこやかに頷く。
「えぇ、えぇ。ですがこちらに関しては、先代様との話し合いでは、オルミラージュ派閥とは別の派閥に『目』を置く、という意味合い以外はございませんでしたねぇ。重要度が低かったのでアロンナを使いましたしねぇ」
「相手がイズィースだったから、というわけではないのだな」
「私が繋がりを持っておりましたのは、あくまでも〝水〟のブラードにございますのでねぇ。曲者とは思っておりましたが、正体まではこちらで把握しておりませんでしたねぇ」
家族のことであっても、子を成した夫のことであっても、仕事においてはまるで他人事のように話すヌーアは、淡々とそう口にする。
エイデスはエサノヴァに目を戻して、もう一つについて問いかけた。
「〝希望の朱魔珠〟については?」
「そちらは、もう一人のウェルミィ様より聞き及んだことがございます。どちらかというと、帝国側の朱の瞳の一族についての話の切れ端程度にはなりますが、宜しいでしょうか?」
「構わない。むしろ、その話が聞きたい」
「『帝国側の朱の瞳の一族は、〝精霊の愛し子〟の傍系なのだけれど、どうやら繋がりがあったみたい』だと仰っておられました」
エサノヴァの知る範囲だと、帝国側の一族に朱の瞳の者が生まれるのは稀なことで、それが『〝精霊の愛し子〟と離れて暮らしているから』だということ。
リロウドの者が皆朱の瞳を備えているのは、大陸南部のライオネル王都近くで暮らしており、常にこの辺りで暮らし続けている〝精霊の愛し子〟の影響を強く受けているからだということ。
「ですが、〝精霊の愛し子〟が二度、ライオネル王都を離れたことがあるのだそうです」
「いつの時期だ?」
「最初は、ライオネル王家が、まだ辺境伯家であった頃。疫病が流行ったのは、末期のアバッカム王室の振る舞いによって多数が王都を離れた時期に、〝精霊の愛し子〟がそちらに含まれてしまい、聖域の加護が薄れたと」
オルミラージュとライオネル辺境伯家に協力関係が生まれ、紫髪がオルミラージュからライオネルに受け継がれた時期だ。
あの頃の記録によれば、ライオネルが玉座を得て疫病がおさまるまで、王室の横暴で疎開を余儀なくされた者、追放を受けた者、領地に籠った者が多かった。
その領地に籠った貴族の中に、〝精霊の愛し子〟がいたのだろう。
「もう一つは?」
「『バルザム覇権戦争』の時期です。あの時期は当主含む武門貴族の戦死や、混乱期に入って領地運営がままならない中での没落が多く、そうした窮地で王都を長く離れられたと」
「領地を守るのに手一杯な貴族の中に、〝精霊の愛し子〟がいた、と?」
「ご懐妊により、加護の力が弱まる時期であったのかもしれませんし、没落の危機にあったかどうかは存じ上げません。ですが覇権戦争によって併呑された中央大陸内海沿岸の国から、こちらに亡命してきた者らの中に、帝国の朱の瞳の一族がいたそうです」
「……どうやって交わった?」
「あくまでももう一人のウェルミィ様が『語り部』の御当主様から聞いた話の、又聞きなので……」
エサノヴァには、その理由までは分からないのだろう。
「そうして情勢が落ち着いた頃、向こうに戻った者達もいたそうです。そこで朱の瞳の『子』が生まれる比率が高くなり、その中の一人に『語り部』の御当主様が接触なさったと」
ーーーそれがあの犯人、か?
奴が実際に〝希望の朱魔珠〟の採掘に関わっているかどうか、で、〝精霊の愛し子〟との繋がりがあるのかどうかが分かるだろう。
『語り部』の協力者として、何か情報を握っているのか、あるいは掘れと命じられただけなのかは不明だが。
「その人物の名は分かるか?」
「いえ、名前までは……ただ、どういう繋がりでその方に目をつけたのか、は、聞き及んでおります」
「教えてほしい」
エイデスが頼むと、エサノヴァはその答えを口にした。
「先代〝精霊の愛し子〟であるローラ・エルネスト伯爵夫人の、甥に当たる人物である、と」
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