158 原因
ラーツェがやってきた。
そうだろうとは思っていたけれど、やはり隣室に収監されていたようですぐだった。
「こちらにお願いします」
部屋に一つしかない椅子に王様が座っているので、私達はその周りに立ったままでいる。ラーツェを連行してきたスフィラは、王様から一番遠い場所にラーツェを立たせた。
あら? スフィラってラーツェ様に対しては普通の態度なのね。
ラーツェは、何か物言いたげな視線を私に投げかけたが、無言で指示に従う。
「ふむ。それでユリア嬢。ラーツェに確認したい事とは何事かの?」
「はい……」
あ。どうしよう。ラーツェ様に確認したいことはいっぱいあるけれど、王様が同席するなんて思っていもいなかったから、どこから確認したらいいか分からない。う~ん。
「スフィラの調査通り、問題の薬をお作りになったのはラーツェ様ですか」
「……申し訳ないである」
ラーツェは俯いたまま答える。
「なぜ私に罪をなすりつけようとしたのですか?」
「大事にするつもりはなかったのである。紫の塔の取調室で脅しをかければ、すぐにレシピを渡すと思ったのである。まさか薬組合に登録しているような本物の薬師だとは思わなかったのである」
「私がレシピを渡さないから長引いたと?」
「……」
そこへ呆れた口調の王様が割って入った。
「ユリア嬢……。そちが確認したい事というのはそんなことか?」
「いいえ。私がラーツェ様に同席を求めたのは、ラーツェ様に知っておいてもらいたいことがあるからです。確認したいのは別の方です」
「ほう……。してその相手とは?」
私は王様に向き直った。
「陛下は正しく用法を守ってご内服されていたでしょうか?」
「ユリア嬢!」
アイゼル様の叱責が飛んだ。しかし王様はのほほんとした顔のまま、そしてラーツェは表情を変えずに俯いたままだ。
「よいよい。ふむ……。余が正しく用法を守って内服したかどうかであるな。新しい薬の場合、ラーツェ自身が必ず付き添う。いくら効果が早く出て欲しいからといって、たくさん飲んだりはせぬよ」
「毛生え薬ではございません」
「なぬ?」
「普段からお召しのお薬の話しでございます」
「「ユリア嬢!!」」
今度はアイゼル様とラーツェ様の両方から叱責の声が飛んだ。
「よいよい。ユリア嬢はどうしてそう思う? 余は体調が悪くなれば、このアイゼルからいつでも治癒魔法を受けられる。薬など必要ないのではないか?」
「ならばなぜ御典薬などというものがあるのですか? 治癒魔法でも治せない病気があるからではございませんか?」
高位貴族でも薬師なんて雇っていない。なのに王族には専用薬師がいるのだ。だとしたら、治癒魔法が通じない病気を持っているからに違いない。
「ほう……。知っておるのか?」
緊張で手が汗でぬるぬるする。でもグッと握りしめた。
「魔力が体にたまり過ぎて、流れが悪くなる病気でございます。悪化すれば心臓病のような症状が出ます」
「魔力栓塞……か。よく知っておるのう」
やっぱりそうだった。王族は他の貴族とは比べようがないくらい膨大な魔力を持っているそうだ。しかしその魔力を使う機会はなく、魔力は体内で淀み、魔力栓塞のような症状が出ていてもおかしくはない。
それにラーツェが薬を研究して素材を当てたように、私も素材リストを見てできあがる薬に見当がついていた。その薬は『前の人生』で魔力栓塞の研究をし始めた時に作った薬によく似ている。
でもこれから先、どう伝えたらいいか迷う。下手な言い方をしたら不敬罪に当たる。オルシーニ伯爵家はとり潰されるかもしれない。
「心配ない。この場は余たちしかおらぬ。思うまま話すがよい」
私の心配を見越した王様がそういってくれた。不安は残るけれど、信じるしかない。
「薬は総じて毒です。薬師は毒を弱めたり、成分の一部を打ち消したりしながら人の体に有益に働くように調整をしています。もちろんあの毛生え薬もです」
私が作った毛生え薬には、領地の屋敷の温室で採取した素材が使われている。あの温室の植物は、どれもこれもかなり強い毒を持った植物だ。私の場合は調合で完全に毒抜きをしているのだが、ラーツェはどうだろう? 別の方法をとったのかもしれない。
「一方、陛下の魔力栓塞の薬にはワイルドバイソンの胆石が含まれています。ワイルドバイソンの胆石は強力な毒消しの効果があり、効果は数日は残ります」
「それで?」
「もし毛生え薬と魔力栓塞の薬が一緒に服用されていれば、毒と毒消しが打ち消しあって問題は起こらなかった可能性が高いと思われます」
「ほう。では勝手に魔力栓塞の薬を飲むのを止めていた余のせいであるか……?」
ぞわりと背筋に鳥肌が立った。今までの穏やかな雰囲気が一転した。
でも認めた! 勝手に薬を飲むのを止めていたって!
キュッと唇を噛んでから、勇気を振り絞って正面を見る。
「患者が薬師を信頼して薬を求めるように、薬師は患者を信頼しているんです。必ず患者は用法を守ってくれると。それができなかったなら、相談してくれると。もし陛下が勝手に魔力栓塞の薬を飲むのを止めていたのならば……そうです。陛下のせいです。ラーツェ様のせいではありません」
「「ユリア嬢!!」」
アイゼル様とラーツェ様が声を荒げる。でも王様はしばしの沈黙の後、表情をなごませて「よいよい」と言った。
「ふむ……。毛生え薬に問題があったわけではなく、余が魔力栓塞の薬を飲んでいなかったせいか。あの薬は、苦くてのお……。毎日飲むのが苦痛じゃったのじゃよ。すまぬ、ラーツェ」
「陛下!」
アイゼル様が王様をたしなめる。
「よいよい」
王様は軽く手を振ってアイゼル様を遮った。
「ラーツェは解放じゃ。悪かったのは余だからのお。そしてもちろん、ユリア嬢も解放じゃ。スフィラ、二人とも、しっかりと自宅まで送り届けるように」
「ヒャ、ヒャイ!」
必死に存在感を消していたのに、忘れられていなかったスフィラであった。
王様が紫の塔を出て行く間際、アイゼル様だけが私に近づいて耳元でささやいた。
「ユリア嬢……。陛下が知らなかったというのは嘘だ。さっき君が言ったことは陛下は最初からご存じだったのだよ。困ったことになるかも知れぬぞ。気を付けた方がよい」
「え? それはどういう?」
王様が振り返ってアイゼル様を呼んだ。
「お父君に『よいよいお化け』の事を聞いてみるがよい」
その説明をなしに、アイゼル様は踵を返して王様の元へ走っていった。
「『よいよいお化け』?」
-魔力栓塞
-ユリアの独壇場
-よいよいお化け