第二十二話 非常事態4
あけましておめでとうございます。
そして、何やらお気に入り登録がすごい事態に……ありがとうございます。
遅筆な上に難産で一か月空いた上に、今回短めですが、今年もよろしくお願いいたします。
―――フィラディア王国のとあるお役所。
「エーラの砦が落ちた!?」
報告を聞いた長官は、悲鳴にも似た叫び声を上げた。
無理もない。ノースラインには国が全力を挙げて防御している。いくら最西端とはいえ、エーラの砦とてその例外ではない。
報告を上げた担当官は、長官の声に身を震わせたが、背筋を正して報告を続けた。
「襲撃したのは、蜘蛛の魔物タラントです。砦は半壊、生存者は―――おりません」
長官は糸が切れたように、首を落とした。
このところ連絡がとれていないということから使者を送った。指折り数えれば、もう既に三か月―――いや、実際はもっと前からだろう。荒野にぽつんと立つ場所だけに、頻繁な連絡の行き来はできず、きっと襲われた時も応援を求めることすらできない孤立無援の状態だったに違いない。
長官は何を悔やめばいいのかわからなかった。
自分の連絡確認の甘さか? 砦の警備状態を徹底しなかった役所の不手際か? それとも国か? 剣士や魔術師を派遣しておけばよかったのかもしれない。勇者に助けを求めることだってできたはずなのに―――
そんなことがぐるぐると頭を巡る。頭痛で吐いてしまいそうだった。
「長官、報告はまだあります」
担当官の強い声に、長官は力ない目を上げた。
「……どう、いうことだ……?」
「襲ったタラントは住人達が倒したようですが、そのタラントは子を産んでいたようでして―――」
担当官の言わんとすることに気づき、長官は真っ白になっていた顔を青くした。
魔物の生態は詳しくは知られていない。生け取りが難しく、捕まえたからと言って調べられる程の学者がいないのだ。今知られているのはもうずっと昔に魔術師が調べ上げた知識で、そこからの進歩はほとんどない。
わかっているのは、人も食らう悪食のタラントが大の大食漢であり、成体は基本一体で行動する。例外は子連れであり、母親は百の子を産み、子の腹を膨れさせるために時に集落を全滅させることもあるということ。そして、最悪なのは、タラントは毒を持ち、その解毒ができるものがめったにいないと言う事。
長官はがたんと大きな音を立てて立ち上がった。間髪入れず、担当官に命じる。
「即刻、王都に報告しろ! 特例事項だ、魔法具を使え! 勇者の派遣を要求する!」
※※※※
「ここ、どこ……?」
まさかそんなことになっているとは知らないイリスは、迷子になっていた。
目を凝らせば周囲は石の壁で覆われているので、まだ砦の中にいるのはわかる。だが、何の覚えもないまま、気づけば見覚えのないところにいた。
「あたしって夢遊病だったの?」
寝た憶えもないのに、夢遊病。言ってて馬鹿みたいだが、そう言えばイリスの母は『あんた小さい頃落ち着きのない子で大変だったのよ。実家にいたころは、お義父さんたちが見てくれていたからよかったものの、目を離すとさーっとどっかに行っちゃって信じられない場所で見つかるのよ。心臓発作ものよ~?』と笑っていた。笑いごとではない。イリスだって聞いた時は、何その危ない子!と肝を冷やした。
三つ子の魂は百までと言うが、やはり簡単になおらないものらしい。
「うっわぁ、みんな知ってたのかな? きっとやってたんだよね? はずかしー。マイラとかカーダだったら何やってんの!って注意してくれるけど、ルークやロージじゃ変に遠慮して黙ってるから……」
ぶつぶつとひとしきりつぶやくと、キャーと一人で叫ぶ。その方が恥ずかしいのだが、今は周りに誰もいないからいいとしよう。
「って、誰もいない!?」
今更だが、エリトとトワがいないことに気づいた。
いつはぐれたのか思い出そうとするが、そもそもここへ来た辺り憶えていないので思い出せるわけがない。
(広場で蜘蛛の死体を見ていたのまでは憶えているんだけど……)
その光景を思い出して、網膜がちりちりと痛んだ。
嫌な状況だった。あんなのは二度と見たくないと思う。思い出すのも嫌になって、イリスは両の掌で目を覆った。深呼吸をする要領で息を整えれば、変に冴えていた目も落ち着いてくる。
力の抜けた両手をだらんと下して、一緒に体の力も抜く。座り込んだ石床は冷たかったが、今は逆に気持ちよかった。ぼんやりと空を見る。
寂しい夜空だった。空気は澄んでいるが、曇っているのか星は見えない。月は痩せ細り、白っぽい鈍い光を放っているだけだ。何の感動もなく、何の感慨もない。
トワの森で見た空の方が、まだよかった。この空には、ただ寂寥感しかおぼえない。
「早く二人を探しに行こ」
空元気だけど勢いよく立ちあがって、イリスは逃げるように当てもなく歩き出した。