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蒸気の充満するサウナ室の隅で、おさきは青白い膝を抱えて小さくなっていた。
「ねえ、沙弓……本当に大丈夫なの? 人間の社会って、なんだか怖そうだよ……」
ここは、とある街の総合スパ施設。しかし、その男女暖簾の奥では、今まさに静かなる革命(あるいは全面戦争)の火蓋が切られようとしていた。
原因は、施設の公式サイトに掲載されていた「設備一覧」のページだった。
男性サウナ: 高温サウナ、メディテーションサウナの計2個。水風呂も冷水・極冷の計2個。
女性サウナ: スチームサウナが1個のみ。水風呂も1個のみ。
「許せないっ……!」
脱衣所で、沙弓はバスタオルをきりっと巻き直し、拳を握りしめていた。
「男側は『ととのい』の選択肢が選び放題だっていうのに、なんで女側はスチームだけなのよ! 湿度が高いのは嫌いじゃないけど、あのガツンと焼き尽くされるようなドライの熱気も、15度のキリッとした水風呂をハシゴする快感も、女だって味わいたいはずよ!」
沙弓の瞳には、サウナストーンさながらの熱い闘志がメラメラと燃え盛っていた。
「これは明らかな『サウナ不平等の壁』だわ! 私、支配人に直談判してくる!」
「し、支配人って……人間の一番偉い人でしょう? そんなことして、お化けの私まで一緒に出禁になったりしない……?」
おさきは首の縫い目をプルプルと震わせながら、沙弓の裾を引っ張った。妖怪として人間の社会に溶け込もう(というかサウナに通おう)としているおさきにとって、施設とのトラブルは死活問題なのだ。
「大丈夫! 正しい主張には、ちゃんとサウナの神様も味方してくれるわ!」
沙弓はひるむおさきの手をギュッと握ると、怒りの足取りでロビーへと飛び出した。
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フロント前。平日の昼下がりということもあり、ロビーは比較的穏やかだった。
しかし、そこに突如として現れた「サウナの女神(自称・女子高生)」と「首の座りがイマイチな妖怪」のコンビは、すでにただならぬオーラを放っていた。
「あの! お話ししたいことがあります!」
沙弓がフロントのカウンターをドンと叩くと、支配人らしきスーツ姿の男性が「は、はいっ!?」と飛び上がった。
「うちの施設の設備についてです! なぜ男性サウナには2種類もあるのに、女性サウナはスチームひとつなんですか! これでは女性客の『ととのい権』が著しく侵害されています! 男女共同参画社会と言われるこのご時世に、このサウナ格差、見過ごすわけにはいきません!」
沙弓のよどみない演説に、ロビーにいた他の客たちも「おや……?」という顔で注目し始めた。
後ろに隠れていたおさきは、冷や汗ならぬ冷気をダラダラと流しながら、(沙弓ちゃん、人間の社会でガチの社会運動を始めている……!)と圧倒されていた。
支配人は額の汗を拭いながら、タジタジと弁解した。
「あ、いや……それは、その、スペースの構造上の問題や、利用者の統計データに基づいて……」
「統計データなんて、まだ女性側の真のポテンシャルを引き出せていないだけです!」
沙弓は一歩も引かない。
「ドライサウナで限界まで体を追い込み、シングル(水温10度台前半)の水風呂で脳を焼き、外気浴で宇宙へトリップする――あの快感を、女性にも、そして……!」
沙弓はふっと振り返り、おさきの肩をガシッと掴んだ。
「妖怪のおさきちゃんだって、もっとバリエーション豊かな熱を求めているはずです!」
「えっ、私!?」
急に振られたおさきは、びくりと肩を跳ねさせた。
しかし、周囲の視線が一斉に自分に集まったため、おさきは観念したように、恐る恐る一歩前に出た。
「そ、その……人間の言葉で言うなら……」
おさきは霊気を漂わせながら、しかししっかりと鈴を転がすような声で言った。
「スチームだけでは、私の冷え切った首の血行が……なかなか完璧には整わないのです。ときにはガツンとした90度の熱で、こう……全身の邪気を吹き飛ばしたいのです……!」
そのあまりに真剣な(そしてホラーなんだかサウナガチ勢なんだか分からない)主張に、ロビーが一瞬静まり返った。
支配人は、沙弓の熱弁と、謎の美少女(首がたまに危うい)の真剣な訴えを見比べ、やがて観念したようにふっと苦笑を漏らした。
「……分かりました」
「えっ?」
「実は、来期の改装計画で、レディース側のスペースを拡張してドライサウナを新設する案は出ていたんです。ただ、予算や需要の兼ね合いで後回しになっていて……。ここまで熱く(文字通り熱く)訴えていただいたのは初めてですし、前向きに、いや、早急に検討させていただきます!」
やったぁ! と沙弓はその場で小さくガッツポーズをした。
おさきも「よかったぁ……」と、首をポキリと元の位置に戻しながら、ホッと胸をなで下ろした。
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騒動のあと。
無事に(?)施設側から「改装前のお詫び」としてドリンク券をもらった二人は、再びサウナ室の前にいた。
「沙弓、すごいよ……人間を脅かすどころか、人間の施設を動かしてしまった……」
おさきは感心したように目を丸くしている。
「ふふっ、サウナを愛する気持ちがあれば、人間も妖怪も関係ないのよ。さあ、今日はとことんスチームで温まって、最高の水風呂へ行くわよ!」
「うん!」
湯気が立ち込める暖簾の向こうへ、二人はすっかり「ととのった」足取りで消えていく。
サウナの熱気は、今日も人間と妖怪の境界線を、心地よく溶かしていくのだった。




