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蒸気の充満するサウナ室。じりじりと肌を焼く90度の熱気の中で、サウナをこよなく愛する女子高生・沙弓は、静かに目を閉じていた。
額から落ちる汗の粒を心地よく感じながら、心の中でタイマーを刻む。
(……よし、8分。いい熱が通った)
普段は男性専用のサウナだが、本日は特別、レディースデー。
沙弓は汗を流し、大好きな水風呂へと向かった。水温15度。深呼吸をして一気に肩まで浸かる。全身の毛穴がキュッと引き締まる、あの至福の瞬間だ。
(ん……? 誰かいる?)
水風呂の端に、先客の気配があった。
ふと視線を向けると、そこにいたのは少女だった。しかし、どこか様子がおかしい。
首から下が、水風呂の中で透けているのだ。いや、透けているというより、影のように揺らめいてはっきりと見えない。そして、その首筋には、不自然なくっきりと赤い「縫い目」のような跡が一周入っていた。
沙弓は驚いて目を見張った。
(え……なにあの子? 首、浮いてない……!?)
少女はこちらの視線に気づいたのか、ぬっと顔を向けた。水風呂の冷気とは明らかに違う、ゾクッとするような妖気が周囲に漂う。
「……何か御用かしら? 人間」
鈴を転がすような透き通った声だが、どこかこの世のものとは思えない響きだった。少女は首を少し傾げたが、その拍子に首が胴体から1センチほどズレた。
「ひっ……!」
沙弓は思わず声を漏らした。妖怪だ。怪談好きの友人が話していた「ろくろ首」の類だろうか。
しかし、サウナを愛する沙弓の観察眼は、恐怖よりも先に別の「違和感」をとらえた。
妖怪少女の肌は、青白くカサカサに乾いている。そして、首の境目からゆらゆらと冷気が漏れ出しており、どこか苦しそうだ。
沙弓はゴクリと唾を飲み込むと、恐怖を抑えて声をかけた。
「あの……あなた、もしかして『ととのって』ないでしょう?」
「……は?」
妖怪少女は拍子抜けしたように目を丸くした。人を驚かそうと思っていたのに、返ってきたのが予想外の言葉だったからだ。
「首のあたり、すごく冷えて血行が悪そう。サウナ、ちゃんと入った? 水風呂だけ入ってもダメだよ。温冷交互浴をして、最後に『外気浴』をしないと、自律神経が乱れちゃうんだから!」
「じ、自律神経……? 私は妖怪よ? 人間の体を脅かす、恐ろしい……」
「そんなことより!」
沙弓は水風呂から上がると、バスタオルを羽織り、妖怪少女の手(正確には揺らめく影のような部分)を引いた。
「ついてきて!」
沙弓が案内したのは、露天スペースに置かれた、ととのい椅子だった。
夕暮れ時の心地よい風が吹いている。沙弓は少女を椅子に座らせ、温かいタオルを首元に優しく添えてあげた。
「首が外れかかってるから、そこに冷気が溜まって血流が滞ってたのね。首元を保温して、ゆっくり深呼吸してみて。ほら、息を吸って……吐いて……」
妖怪少女は戸惑いながらも、沙弓に言われるがままに深呼吸をした。
サウナで温まった熱と、水風呂で引き締まった感覚、そして秋風の心地よさが、今になってじわじわと全身(と首)を巡り始める。
「あ……なにこれ……」
妖怪少女の頬が、ぽっと桜色に染まった。カサカサだった肌にツヤが戻り、首の縫い目の部分から漏れていた冷気がピタリと止まる。グラグラしていた首が、しっかりと胴体に収まった。
「頭が……すっきりする……視界が、広い……」
「ふふ、それが『ととのう』ってことだよ」
沙弓は隣の椅子に深々と腰掛け、空を見上げながら満足そうに微笑んだ。
「妖怪だって、日々の人間脅かしで疲れるでしょ? たまにはサウナでメンテナンスしないとね」
「……あ、ありがとう。私、おさきって言うの」
妖怪少女・おさきは、少し照れくさそうに首をすくめた。
「私は沙弓。ねえ、おさきちゃん。上がったらサウナ飯食べに行かない? ここのオロポ(オロナミンC+ポカリスエット)とラーメン、最高なんだから!」
「オロポ……? ラーメン……? 食べる!」
妖怪と女子高生。
異色のコンビは、すっかり「ととのった」爽やかな笑顔で、サウナの暖簾をくぐっていくのだった。




