第1話 ゲームは、想定外が一番面白い
「……あった」
午前二時十三分。
誰もいなくなったオフィスで、俺――時岡凛久、二十一歳は、思わず小さく呟いた。
黒いモニターに並んでいるのは、何百行ものログ。
今日――いや、日付が変わったから昨日か。
夕方から追い続けていたシステム障害の原因を、ようやく見つけた。
「こんなの分かるかよ……」
特定の処理が、特定の順番で実行された時だけ発生する。
一つ一つの動作は正常。
でも二つが重なった瞬間、想定されていない挙動になる。
原因を知らなければ再現すら難しい類いの不具合だった。
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
疲れている。
目も痛い。
頭も重い。
それでも原因を見つけた瞬間だけは、妙に気分がいい。
「こういうのなんだよなあ……」
正常に動くものより、変な動きをするものの方が気になる。
それは仕事だけじゃない。
子供の頃からそうだった。
俺はゲームが好きだ。
普通にクリアするのも好きだったが、それ以上に好きだったのが――ゲームを壊すことだった。
机の端に置いた私物のノートPCでは、休憩中に途中まで見ていた動画が停止している。
タイトルは、
『セルダの伝承 時刻のオカリナ Any%RTA』
その下には、
『ダスクソウルⅡ ボスを戦わず倒してみた』
『スーパー・マリオン64 謎の速度で城内を突破』
俺のおすすめ欄は、だいたいこんなのばかりだった。
壁を抜ける。
順番を飛ばす。
本来行けない場所へ行く。
敵のAIを狂わせる。
想定外の方法でボスを倒す。
初めて見た人はたいてい言う。
『なんでそんなこと思いつくんだ』
俺もそう思う。
だから面白い。
「ゲームって、攻略法を知ったら終わりじゃないんだよな」
クリアできるようになってからが始まりだ。
別のやり方はないか。
こんなことをしたらどうなるか。
開発者が想定していない動かし方はないか。
試して、失敗して、また試す。
分からないなら、試せばいい。
それが俺の遊び方だった。
そして気づけば、その興味はプログラムそのものへ向かっていた。
なぜ動くのか。
なぜ壊れるのか。
その裏側には何があるのか。
それを知りたくてIT業界に入り――。
「……仕事でも同じことやってるな、俺」
思わず苦笑する。
もっとも、ゲームと違って仕事には面白くない部分も山ほどある。
特に、この労働時間とか。
机の上には空になった栄養ドリンクが三本。
「修正入れて……確認して……帰るか」
キーボードへ手を伸ばす。
その時だった。
胸の奥が、強く締め付けられた。
「……え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
呼吸ができない。
指から力が抜ける。
視界が揺れる。
「ちょ……」
立とうとして――。
そこで俺の意識は途切れた。
◇
「…………」
最初に感じたのは、頬に触れる冷たい土だった。
「……ん?」
目を開ける。
木。
草。
青い空。
「…………は?」
俺はゆっくりと身体を起こした。
周囲には、見たこともないほど大きな木々が並んでいる。
風が吹くたび、葉がざわざわと揺れた。
鳥のような鳴き声も聞こえる。
少なくとも、会社ではない。
「どこだ、ここ」
身体を見る。
服はそのままだ。
黒いパンツ。
スニーカー。
シャツ。
ただしポケットは空。
「スマホ……ない」
財布もない。
社員証もない。
何もない。
最後の記憶は――。
「……俺、倒れたよな?」
嫌な予感しかしない。
でも、考えても答えは出ない。
俺は立ち上がった。
「夢……ではないよな」
頬をつねる。
「痛い」
試しに口にしてみる。
「ステータス」
何も起きない。
「メニュー」
何も起きない。
「……だよな」
少し恥ずかしい。
でも、こういう状況なら一回くらいやるだろ。
地面に目を向ける。
足元に拳ほどの石が転がっていた。
なんとなく拾い上げる。
その瞬間。
視界の端に、文字が浮かんだ。
《インベントリに収納しますか?》
「…………」
俺は石を見る。
文字を見る。
もう一度石を見る。
「……は?」




