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「次は北鎌倉、北鎌倉です」

 車内のアナウンスが次の停車駅を告げた。

「鎌倉か」

 カーディガンからはTシャツのクラゲが覗いている。

 数人の観光客が電車を降りていった。ドアが閉まり電車が走り出した。海外からの観光客が降りる準備をしている。

「次は鎌倉、鎌倉です」

 アナウンスが同じトーンで繰り返す。バッグの取手を持つと革の擦れる音がした。

 ドアの車窓越しに駅のホームが現れ、ドアが開いた。

 黄色いタイルの横に沿って進むと、階段に吸い込まれていく。進んだ先の改札口の上に「由比ヶ浜海岸・材木座海岸方面」とあった。

 改札が赤いライトと共に警告音を鳴らす。窓口の駅員が手招きしていた。案内されて精算をする。

 賑やかな駅前でタクシー乗り場に立つと、タクシーのドアがすぐに開いた。シートがわずかに沈む。

「海岸までお願いします」

「由比ヶ浜と材木座が近いですがどちらですか?」

 丸みのある女性の声がした。

「人の少ないほうで」

「では材木座ですね。よろしいですか?」

「お願いします」

 ウィンカーの音が鳴り、タクシーが動き出した。

 車窓からは流れる景色が見えた。

「そこの小さいトンネルを通ると材木座ですよ」

 住宅街に停まったタクシーを降りた。トンネルの足元は細かい砂だった。

「うわぁ」

 トンネルの先の景色は上には空だけが青く、下には海だけが青い。手前には黄土色の砂浜が奥の方まで続いている。海の中では黒いウェットスーツを着た人たちが波に合わせて動いていた。

 海に流れる川と砂浜の仕切りにコンクリートがあった。バッグを置いて座ると砂の擦れる音がした。太陽の光が水面に反射し白く瞬いていた。波の音が繰り返されていた。

 

 水平線がオレンジ色にうっすら染まり、そこにいる人たちは荷物を抱えて砂浜からいなくなった。上弦の月が出ていた。波の音に息を吐く音が重なる。

 男性が一人、近くで腰を折り曲げて、何かを見つけては拾いあげ、観察してそれを地面に戻す。それを繰り返していた。

 色は褪せ、裾がほつれ始めたジーパンのポケットからはスマートフォンが覗いていた。片手には何かが入ったポリ袋が握られ、体の動きに合わせて揺れていた。

 その他に人はいない。水平線はまっすぐだった。

「あった」

 その男性のつぶやく声が、波の手前で聞こえた。何かを拾い上げ、砂を払っていた。

 開いたパーカーの隙間からTシャツが顔を出した。クラゲのイラストに「気楽に生きようぜ」の文字。

 息を飲む音、波の音が強く聞こえる。傾きかけた太陽の光が、彼のTシャツを照らした。

 彼の目がメガネの上から見えた。彼はメガネを上げ周りを見渡し、正面を見据えて自分の手に持った物を掲げた。

「いや、違います。シーグラスです」

 彼の声が響いた。

 Tシャツの裾を下に引っ張った。再び彼に顔を向けると、彼は目を大きく開けて動かなくなった。

「へっ?」

 首を縦に振る。コンクリートから腰を上げ彼に近寄った。

「びっくりした」

「私も驚きました。よく着られるんですか? そのTシャツ」

「いや、買ったばっかりです」

「私もです。今日初めて袖を通しました」

 彼の眉が上がった。

「偶然ですね。それにしてもこのTシャツが被るとは」

 彼は肩を揺らして笑うと、手に下げているポリ袋も揺れた。

「そういえば、熱心に、シーグラスでしたっけ。探しているんですか?」

「ああ、これ? 授業で使うんです。ほら、こういうの」

 彼は砂まみれの手にある角が取れて丸くなった緑のガラスを見せた。さらにポリ袋の口を開けた。透明、茶色、そして水色。色とりどりの輝くガラスの欠片がいくつもあった。

「聞いたことはありますが、実際に見るのは初めてです」

「それはよかった。どうぞ、手にとってみてください。痛くないですよ」

 シーグラスを受け取り、角度を変えてみる。

「きれい」

「でしょう?」

「授業というと、先生でいらっしゃるんですか?」

 彼の口の端が少し下がった。

「ええ。小学校で主に図工を教えています」

「図工」

 シーグラスの表面に鋭く深い白い線が引かれていた。

「そう、図工で使う材料としてシーグラス使おうかなって。粘土にくっつけて作品にするんです。つい夢中になっちゃうんですよね。宝探しみたいで」

 彼はそう言って、足元の砂に目を向けた。磯の匂いがまた顔の近くを漂った。

「あの、私も、手伝わせていただいてもよろしいですか? 宝探し、楽しそう」

「え? いえいえ」

 彼の目が下を向く。

「服が砂まみれになりますし」

「いいえ、大丈夫です。やってみたいんです」

「じゃあ、ぜひ。助かります。ありがとうございます」

 彼の顔の力が緩んだ。太陽の光を通した目は透明感のある明るいブラウンだった。

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