②
太陽が頭上に位置を取る。後部座席の窓越しに、下を向く多くの人々とすれ違った。
運転手の白い手袋が静かに動いていた。
ハイヤーは重厚な門を抜け、揺れることなく停車した。足元には濃い影があった。
バラの香りが漂う方へ進み石の門をくぐった先で、鳩が何かを啄んでいる。
石畳を進むと、装飾の施された扉が見えてきた。ドアノブに手を伸ばすと先にドアが動いた。
「お帰りなさいませ、詩織お嬢様」
執事が頭を下げた。
「ごきげんよう」
歩幅を小さく動かすと、ヒールの音が冷たい玄関に響き渡った。広大なダイニングルームにはすでに、二人が座っていた。特に会話している様子はなく、新たに入室した者に顔を向けることもない。
腰掛けるタイミングでイスが戻される。執事は背筋を伸ばしたまま離れた。鳥の囀りが、ほこりひとつない窓の外からうっすら聞こえた。
重い足音が近づく。結んでいた手をテーブルの下に移動させた。
「揃っているな」
その男は薄いブルーのシャツにアイボリーのパンツを履いている。ブラウンの靴には傷ひとつなく、細かいところまで磨き上げられていた。
「誠一郎様」
誠一郎が席に着くと、執事が誠一郎の耳に近づき口元を手で隠した。誠一郎の相槌が数回聞こえた。
料理を乗せたカートが動き出した。カトラリーと食器の当たる音のみが繰り返され、四人とも慣れた手つきで料理を口に運んでいた。
食器が片付けられると、給仕がコーヒーを入れて回る。
向かいに座る男はテーブルの上に組んだ手を置いていた。着ているパールグレイのジャケットの袖からシルバーの時計がのぞいている。
日差しが、窓の外からカーテンを赤く染めた。
右に座る年配の女性がコーヒーに砂糖を二杯入れた。音は何ひとつしない。
テーブルがニ回、指で叩かれた。
「何か報告することはあるか?」
誠一郎のシャツは一番上のボタンまでしっかりと留められていた。
「はい」
向かいの男が手を挙げた。
「哲」
「我が社の伸び率が若干低下しています。後ほどご相談を」
「うむ」
指を揃えて手を挙げた。
「はい」
「詩織」
「今度、『VOGUE JAPAN』の表紙を飾ることに――」
誠一郎は大きく息を吐いた。
コーヒーカップの湯気は、現れてはすぐに消えていった。
哲が組んだ手を解いた。
「詩織。いつまでもモデル一本というわけにはいかないぞ」
哲の声が空気を震わした。
「はい、お兄様」
「詩織さん、少しお肌が荒れているのではないかしら?」
コーヒーカップには模様が施されていて、薄いブルーのラインは蔦を描いている。
「はい、お母様」
給仕の手が動き、白いミルクがカップに注がれた。
「おっとそうだ」
誠一郎が振り向いた。
「次回に限り、金曜ではなく土曜の昼に集まるように。金曜日に外せない会合が入ってな。忘れるなよ」
邸宅を出て手をゆっくり開くと、爪の跡がくっきり残っていた。ハイヤーの窓に映る哲の部屋のカーテンが、わずかに揺れた。
後部座席のシートが音もなく沈む。聞こえたのは長く息を吐く音だった。
ハイヤーから邸宅が遠ざかった。




