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3/26

 太陽が頭上に位置を取る。後部座席の窓越しに、下を向く多くの人々とすれ違った。

 運転手の白い手袋が静かに動いていた。

 ハイヤーは重厚な門を抜け、揺れることなく停車した。足元には濃い影があった。

 バラの香りが漂う方へ進み石の門をくぐった先で、鳩が何かを啄んでいる。

 石畳を進むと、装飾の施された扉が見えてきた。ドアノブに手を伸ばすと先にドアが動いた。

「お帰りなさいませ、詩織お嬢様」

 執事が頭を下げた。

「ごきげんよう」

 歩幅を小さく動かすと、ヒールの音が冷たい玄関に響き渡った。広大なダイニングルームにはすでに、二人が座っていた。特に会話している様子はなく、新たに入室した者に顔を向けることもない。

 腰掛けるタイミングでイスが戻される。執事は背筋を伸ばしたまま離れた。鳥の囀りが、ほこりひとつない窓の外からうっすら聞こえた。

 重い足音が近づく。結んでいた手をテーブルの下に移動させた。

「揃っているな」

 その男は薄いブルーのシャツにアイボリーのパンツを履いている。ブラウンの靴には傷ひとつなく、細かいところまで磨き上げられていた。

「誠一郎様」

 誠一郎が席に着くと、執事が誠一郎の耳に近づき口元を手で隠した。誠一郎の相槌が数回聞こえた。

 料理を乗せたカートが動き出した。カトラリーと食器の当たる音のみが繰り返され、四人とも慣れた手つきで料理を口に運んでいた。

 食器が片付けられると、給仕がコーヒーを入れて回る。

 向かいに座る男はテーブルの上に組んだ手を置いていた。着ているパールグレイのジャケットの袖からシルバーの時計がのぞいている。

 日差しが、窓の外からカーテンを赤く染めた。

 右に座る年配の女性がコーヒーに砂糖を二杯入れた。音は何ひとつしない。

 テーブルがニ回、指で叩かれた。

「何か報告することはあるか?」

 誠一郎のシャツは一番上のボタンまでしっかりと留められていた。

「はい」

 向かいの男が手を挙げた。

「哲」

「我が社の伸び率が若干低下しています。後ほどご相談を」

「うむ」

 指を揃えて手を挙げた。

「はい」

「詩織」

「今度、『VOGUE JAPAN』の表紙を飾ることに――」

 誠一郎は大きく息を吐いた。

 コーヒーカップの湯気は、現れてはすぐに消えていった。

 哲が組んだ手を解いた。

「詩織。いつまでもモデル一本というわけにはいかないぞ」

 哲の声が空気を震わした。

「はい、お兄様」

「詩織さん、少しお肌が荒れているのではないかしら?」

 コーヒーカップには模様が施されていて、薄いブルーのラインは蔦を描いている。

「はい、お母様」

 給仕の手が動き、白いミルクがカップに注がれた。

「おっとそうだ」

 誠一郎が振り向いた。

「次回に限り、金曜ではなく土曜の昼に集まるように。金曜日に外せない会合が入ってな。忘れるなよ」

 

 邸宅を出て手をゆっくり開くと、爪の跡がくっきり残っていた。ハイヤーの窓に映る哲の部屋のカーテンが、わずかに揺れた。

 後部座席のシートが音もなく沈む。聞こえたのは長く息を吐く音だった。

 ハイヤーから邸宅が遠ざかった。

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