見合い結婚とはかくありき(4)『再会』
ある休日のこと、父の提案で外食することになった。
当日、朝から母は撫子を伴って自身の実家に出かけていたが、あやめはとくに疑問を抱くこともなく快諾する。
洋装で品よくまとめると用意された車に親子で乗り込み、帝都の象徴・帝国ホテルへと。
宮殿様式のホテルは社交の場。国際色豊かで、様々な世代の男女がロビーを往来する。
物珍しい気持ちでそれらの人々を眺めながら父の後に続き、レストランへ向かうはずが、二人を待ち構えていたのはスーツ姿の紳士。
彼の導きで貴賓室に通される。ここは高貴な身分……とくに公爵以上の家格を持つものでなければ立ち入れない領域だ。
「御白子爵はこちらでお待ちください」
スーツ姿の紳士はそのように告げ、父は了解するように頷いた。
「お嬢様はこちらへ」
躊躇いがちに父を見やると、安心させるように彼は微笑み「行きなさい」と促した。
贅を凝らした応接間に足を踏み入れると、白皙の青年が立ち上がる。
仕立ての良いツイード生地のスーツに身を包んだ青年は微笑み、彼女を迎える。
「ようこそ、アイリスの君」
あやめは足を止め、息を詰まらせる。
その青年は夜会の夜に現れた、未詳の彼だったからだ。
夜会の時とは異なり前髪を横に流しているが、香りもそのままに彼女の前に立っている。
「あ……あなたは……あの夜の……」
こんな再会を予想していなかったあやめは立ちすくんでしまう。
青年は彼女ら親子を連れてきた紳士に目配せして退室させると、自ら近づいてそっとあやめの手を取り、エスコートして優しくソファーに座らせる。
彼は上座の一人がけのソファーに腰掛けると、彼女に向かう。
「もう初めましてではないが……改めて、ごきげんよう御白あやめ嬢。私は今上陛下と皇后陛下の第五皇子、暁宮恒一です。……まあ、あなたの中でも、大方予想はついていたと思うけれど」
意外性はなかったかな、と彼は笑いかける。
高貴さを鼻にかけず、丁寧で柔らかい口調は、手紙の主と一致している。
一致していないのは、肖像画だけだ。
はっとして、あやめは立ち上がりお辞儀をする。
「……し、失礼いたしました殿下。私は御白家の長女、あやめでございます。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
惚けてたいたことに恥ずかしくなるが、皇子……恒一はさして気にしている様子はなかった。
「ふふ……こちらこそ、アイリスの君。これは非公式で、私は帝都にはいないことになっているから、あなたもそれほど気負わないでほしい。正式な場なら、私も堅苦しい礼装で気取った言葉が必要になるところだった」
おどけた風に笑い、荘園育ちゆえの自由闊達さが垣間見れた。
「あの夜会、はじめからあなたに会いに行く目的で、伯父上に頼んで開いてもらった。帝都の廷臣たちは私の顔を知らない者が多いから、都合もよかった」
「……私は、その……大いに戸惑いました。でも、どうして……」
「手紙では、物足りなくなってしまったから」
婉曲した物言いはせず、恒一はあやめをまっすぐ見つめる。
その眼差しに、彼女は居心地を悪くしながら頬を染めた。
「……さ、さようでございますか」
「それに、あなたにこれを戴いたからね。時が満ちたのだと判断した」
と、彼は懐からあやめが贈ったハンカチを取り出す。
「そ、それは……わ、我ながら大胆なことをしてしまったと、後からひどく狼狽えてしまいました」
「とても嬉しかった。母上……皇后陛下が、気持ちは距離と時間とが育てるものだと昔教えてくださったが、これがそうなのだと身をもって知ることができた。ありがとう」
「もったいないお言葉でございます。私も殿下がくださった手袋、とても嬉しゅうございました」
「何を贈ろうか随分と悩んだ。いざ選んだら、あなたが身につけているところを見たくなって、夜会に忍び込んだわけだよ」
甘く微笑まれてあやめはどきりとした。
「実はあの夜、あなたに声をかけるか迷った。帝都に忍んでやってきた手前、名乗ることはできない。迂闊な接触は、あなたの評判を落としかねないからね。遠巻きにあなたを眺めるだけでよいと思っていたのだけれど、窓辺に佇むあなたが寂しげで、放っておけなくなってしまった」
軽率なのは承知の上で、あやめに声をかけ、ダンスに誘った。
「あなたと手紙をやり取りするうちに、現実のあなたを知りたいと思うようになった。そしてあの夜、あなたと踊って確信した。私の妃は、やはりあなたがいいと」
一拍置いて彼は続ける。
「ダンスは気持ちを詳らかにしてしまうのだね。声をかけないつもりでいたのに、踊ってしまえば、後ろ髪を引かれる思いだった」
感慨深く告げられて、あやめは唇を震わせた。
「……私もあの晩、殿下にお会いしてみたいと思っておりました。そうしたら、お手紙の香りのするあなた様が現れて……。あれから、ひどく胸が騒いで困り果てました。私はとても不実な気持ちを抱いているのではないかと……」
「惑わせてしまって、すまない」
「いいえ。殿下が、お手紙と同じ方で……今は安堵しております」
正直に告げる間、あやめの顔はどんどん赤面していく。彼女の様子に、恒一は愛おしげに瞳を細めた。
「どうやら私たちは、両思いらしい。……けれど、あなたが手紙の主と私との間で、悩んでくれたことには感謝しなければならないな」
「……殿下?」
「私は、立場上どうあっても政略結婚が付きまとう。だが、上から一方的に選ぶのではなく、私自身も選ばれたいと思った。けれどそれはとても難しいことだ。皇子の名と器が、令嬢たちの目を曇らせる。……だからあの肖像画を送り出して、試した」
あやめははっと顔をあげる。
肖像画の彼と、目の前の青年は似ても似つかない。あの肖像画は真実を歪め、偽りを描いていたことになるのだ。
「案の定、上辺だけを見た令嬢たちの品評は散々だった。あなたのところへ届くまでは」
「……我が家は子爵家。本来であれば、殿下と釣り合いが取れません。殿下はそれでもよろしいのでしょうか」
「いいんだ。私は五男だからね。いずれは皇子から臣籍降下し、公爵家を賜ることが決まっている。だから私にとって、妻の家格はそれほど重要ではないのだよ。許されるのであれば、野心を持たず、私個人と向かい合ってくれる女性と出会いたいと思った。そしてあなたと出会った。私の望みは果たされたことになるね」
恒一は微笑み続ける。
「……それであなたは、なぜこの縁談を受けた?」
彼女が単なる変わり者ではないことは、手紙でのやりとりで彼も理解している。
思慮深く、しとやかな女性であることも。
「正直に申し上げますと、一つ下の妹が、この縁談を忌避したからでございます。私は、妹が望まぬ方と結婚すると決めておりました。その妹が私に千載一遇の機会だと揶揄したのです。私と殿下では身分が大いに違えども……ええ、まさに妹の言う通りだと思いましたわ」
「なるほど」
恒一は軽く破顔した。
「ですが、殿下とお手紙のやり取りをしてお人柄に触れ、お受けしてよかったと思ったのです。……とはいえ、不純な動機。不敬でございますね」
「いいや、素直でよろしい。こちらの調べでは、妹君は我欲の強い令嬢なようだね。……なるほど、妹君が忌避したからか。あなたにとっては、欠かせぬ条件だったのだろうね」
理解を示すように恒一は頷いた。
「見慣れれば、肖像画の殿下も独特な魅力があるように感じました。味があると申しますか……」
「褒めてくれていると思うことにするよ」
「ですが、」
恒一の真意を知り、あやめは納得をしながらそれでもあえて物申す。
「うん?」
「……殿下のお立場上、猜疑心を養うこともお役目だとは存じますが……、このようなやり方で他者をお試しになるのは好ましいとは言えません。どうか、このような戯れはお控えくださいませ。混乱を招き兼ねません」
じっと見つめ、そして深く頭を下げる。
「ご無礼を承知で申し上げました。お許しください」
恒一は一時黙り、そしてソファーに肘をかけながら、嬉しそうに笑う。
「……ふふ、控えめで可憐かと思えば、臆さず意見する聡明さ。……ますます惹かれる」
恒一はひとつ頷き続ける。
「諫言ごもっとも。私にとっては賭けのようなものだった。けれど……これからも、臆さず語ってほしい。近く正式に使者を立て、あなたの婚約者を名乗らせてもらうとしよう。構わないだろうか?」
「はい、殿下。もちろんでございます」
小さく頷くと、恒一はあやめの手を取り、そっと指先に唇を寄せる。
「ありがとう。私だけのアイリスの君」
「……っ……」
形の良い唇が触れた瞬間、凛とした面差しが崩れてあたふたと動揺するあやめの様子を恒一は楽しげに眺めていた。
1年後、大学編入に合わせて恒一は帝都へと住まいを移し、正式にあやめとの婚約を披露する。
社交会で広く知られていた肖像画とは全く異なる美貌の皇子の登場に、彼との縁談を避けた令嬢たちは愕然とし、心中穏やかではなかった。
もちろん悪意で姉にこの縁談をすすめた撫子は結果的に橋渡し役となってしまい、「あの肖像画は何だったの!」と地団駄を踏む勢いで憤慨したのであるが、全ては後の祭り。
偽りの肖像画からはじまったこの縁は、幸福な恋愛結婚へとふたりを導いたのだから。
了
最終話の第4話でございました。最後までご覧いただき、ありがとうございます。
短編なので、一気に読んでもさほど時間がかからないかなと思います。
後日談や、皇子様側のサブストーリーなど……書きたいところなのですが、需要があるのかしら。
このお話がお気に召したら、ブクマや評価等くださると嬉しいです。よろしくお願いいたします(ぺこり)。




