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第5章ピクニック大作戦

同日、緑川が椅子の手がかりを見つけてから2時間経過していた。


平山はテレビ収録でテレビ局のスタジオにいた。

このテレビ局は白石のテレビ局である。

木下は気づいない。

先崎と白石と私が繋がっていることを。

平山は確信している。

今日の収録もあと10分で終わる。

きらびやかに装飾されて椅子座っている。

私以外に10人ほどいる。

各界の有名なコメンテーターと今後の日本についての討論番組に平山出演していた。

一着数十万するオーダーメイドの青と黒のストライブスーツを身にまとい、右腕には数十万の時計、靴もオーダーメイドの茶色の革靴で他の出演者を圧倒していた。


アナウンサーの立花ゆかりが平山に質問する。


「平山さん。これが最後の質問です。年金制度や生活保護を廃止することを提案してます。セーフティネットがなくなりますがどのような老後を送る人を標準モデルにしてるのですか?」


平山はニヤリと軽く笑みをこぼしながら答える。

「年金制度と生活保護を廃止してベーシックインカム制度に移行します。月に10万が入ります。今は65歳でも元気な方がたくさんいますのでその方たちは働いてもらいます。私の標準モデルは元気な65歳以上の人達に社会に留まって欲しいと願っています」


立花ゆかりはうなづく。


紺のスーツに身を包み、髪は肩まであり、キリッとした目が印象的な美人だ。


24歳のわりに大人びている。

スタジオのライトに照らされた薄く化粧した顔から、汗がにじんでいた。



平山は立花ゆかりが緊張しているのがわかっていた。

立花ゆかりはさらに質問する。



「65歳で身体が動かなくなってしまった方や、資産がないけど働きたくない人達はどうすればいいのでしょうか?」



平山は少し間を置いて答える。


「ここが重要な点です。このことに関しては各界の著名な方々と十分な議論をして結論を出したいと考えています。年金制度・生活保護廃止は、よりよい老後を提供するためのものです。そこを誤解されないような対応策を導き出したいと考えています」


「わかりました。それでは次のテーマに移ります」


平山はほっとして、今日の自分の役割を終えたと思った。ADがカンペを見せる。OKですと書いてあった。

プロデューサーが満足しているということだ。


あとは出番はない。

ほどよく相槌を打っていればいいだけだ。

収録はあと30分で終わる予定だ。


このあとは、最近私の講義を熱心に聞いてくれる鳩山みのりとの食事会だ。

彼女から2人で会いたいと連絡があった。店は彼女が行きつけの場所で、このテレビ局から歩いて10分ほどで行ける。

平山はしたり顔になりそうになるのに気づいて、表情をととのえた。


平山がしたり顔をこらえているその同時刻。


平山がいるテレビ局の近くを、ゆっくりと移動している2台の車があった。


1台は白い普通車だ。

運転手は羽鳥、助手席には堀北がいる。


羽鳥裕二はとりゆうじ51歳。身長170センチ、65キロの標準体型。堀北とは対照的に、髪は十分にある。目元が少し上がっているため、第一印象では怖いと思われるような顔立ちだ。


高校1年の時に観たハッカー映画をきっかけに、コンピューターの世界にのめり込んだ。自国の大手銀行のシステムを攻略して大金を盗むという内容で、画面に釘付けになったのを今でも覚えている。


家は普通だったが、親は大学進学を勧めてくれた。

コンピューター系の学科に進み、大学では基礎を学びながら、バイトもコンピューター系を手当たり次第にこなした。空いた時間はひたすらパソコンと向き合ってきた。


スキルは一級品だが、対人関係のスキルを磨かなかったため就職活動はうまくいかなかった。

リーマンショックと重なり採用数を絞られた状態で、羽鳥は内定を取ることができないまま卒業した。


システム関係の仕事にこだわり、派遣でいろんな会社を回った。

この頃の派遣は今とは違う。

正社員との強烈な格差があった。

名前すらない。

仕事上で呼ばれる名前は派遣さん。

派遣さんでもまだましなほうで、ひどい会社ではお前やそこのやつという感じだった。


29歳の時に、派遣契約が更新され続けた会社から正社員にならないかという話が出た。

羽鳥は頑張った。


しかし羽鳥を正社員に推してくれていた上司が突然部署異動となり、正社員の話は白紙になった。


そして契約が更新されないと知る。

その引き継ぎで、初めて名取と出会った。


堀北誠二ほりきたせいじ51歳。

身長175センチ、75キロ。

鍛え抜かれた体だとスーツを着ていてもわかる体格だ。

頭頂部からきれいに禿げ上がり、両脇は生えているがきれいに剃られている。

眉毛が太く、目が細い。

見た目とのギャップで、名前の通り誠実な性格だ。


高校卒業と同時に地元の工業団地にある食品工場に就職した。マシンオペレーターとして勤め始めたが、誠実なゆえに型にはまってしまい、臨機応変な対応ができずに上司に嫌われた。

休みも少なく、人手不足のため急な出勤にも対応して真面目に働いていた。


しかし26歳の時、同僚が配合ミスに気づかずそのまま生産された事案が発生した。

そのミスを誠二になすりつけられ、心が折れて退職した。


しばらく自宅で引きこもっていたが、都内でもう一度頑張ろうと就職活動するもうまくいかず、アルバイトと派遣を転々としていた。

やけになり、都内で一人で酒を飲んだ帰りに公園で休んでいたところ、数人の若い男たちに絡まれた。

金を要求され、ボコボコにされているところを名取に助けられた。


その出会いをきっかけに体を鍛えることに目覚め、今の体型になっている。


車の中はラジオの音だけが流れていた。

DJが「9月なのにまだまだ暑いですね」と季節の話をしている。


二人は耳に無線をつけていた。後ろの車にいる名取たちと連絡を取るためだ。


スーツの袖には、通常二つあるはずのボタンが——卍の形をしていた。


趙欣の使いとしての証だ。菅原が作ってくてたものだ。


羽鳥と堀北の乗る白い車のすぐ後ろには、名取たちが乗る黒い車が5メートルほどの車間距離を保ったまま動いていた。


名取翔平なとりしょうへい35歳。

身長170センチ、55キロ、標準体型より少し痩せ型の体型。

髪は真ん中で分けている。

細い眉毛と細い目が特徴で、笑っていなくても目がないという印象だ。


視力は悪くないが、ファッションとしてメガネをかけていることが多い。

今もメガネをかけていた。

性格は優しく人当たりがよいが、ある事件を境に表面上だけの優しさで心を隠している。

時折見せる無表情な顔に、羽鳥と堀北がギョッとすることもある。


ジーパンに黒いパーカーを着ていた。


名取は前の車を見ながらイヤホンで羽鳥と堀北に話しかける。

「聞こえますか?羽鳥さん、堀北さん?」

「聞こえます」

2人が答える。

「こっちも聞こえます。この無線すごくいいですね!」


名取が笑いながら、隣にいる加藤聡かとうさとし56歳に話しかける。


探偵事務所を経営している加藤は身長165センチ、60キロの標準体型だ。

髪はあるが、30歳の頃からすべて白髪になってしまった。

髪は黒く染めているので年相応の顔つきだ。


目は垂れ目で人当たりが良さそうな印象だが、一般の人とは少し異なる雰囲気をまとっている。


探偵業を生業としてきた者特有の、静かな観察眼がそうさせているのかもしれない。


リーマンショックで就職できなかった加藤がたどり着いた職業が探偵だった。

名取とはよく通うバーで知り合い、今は行動をともにしている。今日は黒のスーツを着ていた。


後ろには3人乗っていた。

少し窮屈そうだが、3人とも気にしていない。


真ん中に座っているのは白石幸子しらいしさちこ68歳。

身長156センチ、52キロ、標準体型だが少し痩せている。

68歳相応の見た目だが、体は健康を維持できている。

昭和の美人顔だ。


42歳の時に准看護師の試験を受け、人を救う仕事に関わるようになった。

その5年後には看護師の資格も取った。


白石の右側に座るのは

久保田俊一くぼたしゅんいち28歳。

身長160センチ、60キロの標準体型。


中学から陸上を続けてきたため、顔は日焼けしている。

目は大きく、髪は長く後ろで束ねていた。

奨学金を借りて大学を卒業し、住宅営業会社に就職した。


厳しい住宅業界の中で一定の成果を出してきたが、名取と出会い会社を辞めて名取たちと行動をともにしている。性格は体育会系で情に厚い。


左側には五十嵐耕太いがらしこうた30歳。

身長162センチ、64キロの標準体型。坊主頭で日焼けしている。

鼻筋がきれいで冷たい印象を持たれるが、実際は優しい。

中学から野球を始め高校まで続けた。高校卒業後は地元の会社に就職したが給料が少なく、28歳の時に都内へ上京した。

現在はフリーランスで仕事をしており、名取とはフリーランスの仕事で知り合い、今は行動をともにしている。


久保田と五十嵐は黒いスーツを着ていた。


名取はバックミラーで白石を見ながら話しかける。


「今回は白石さんは出番はないので見守っていてください。畑の時は電車で鬼怒川に向かう家族旅行の妻役で活躍してもらいました」


久保田と五十嵐が白石の方を見て微笑んだ。

白石もバックミラー越しに名取に話しかける。

「名取さんもなかなか良い息子役を演じてましたよ。それに羽鳥さんと堀北さんは趙欣の護衛役を見事に演じてました」


五十嵐がすかさず言う。

「ただ近づいて右腕を上げただけです」


4人が一斉に笑う。


畑を鬼怒川まで移動させた手段は電車だった。


加藤には拉致1か月前から自由が丘に入ってもらい、畑の監視をしてもらっていた。


畑が外出する時の服装をすべてチェックして購入しておいた。

拉致当日に闇バイトへ服をスムーズに渡せたのは、加藤のおかげだ。


畑が自由が丘駅に入る前、防犯カメラの死角で名取と羽鳥と堀北が畑に近づいた。


名取が畑に「趙欣の使いの者です」と言う。


羽鳥と堀北がすぐに右腕を上げ、卍のボタンを見せた。


畑は卍のボタンを見て、驚いてすぐに笑みを浮かべた。


名取は合言葉を言おうとしたが、必要なかった。

「趙欣さんの使いの方と護衛がくるなんて、久しぶりです。太陽光パネルの件以来です。趙欣さんは最初に「日本人選別計画」のことを私に教えてくれた時だけで、それ以降はほとんど護衛の方もコンタクトをとりにこなかった」


畑は遠くを見ながら独り言のように話した。

すぐに名取が言う。

「趙欣さんからの伝言があります。ここでは話せません。鬼怒川まで新幹線で向かいます。護衛の二人は一旦離れます。新幹線の改札前でもう一人女性と合流します。家族旅行という形になります」


畑は戸惑う。名取は右手で畑の手を引いた。

「まずはトイレに行きます。これに着替えてください」

名取は左手に手提げ袋を持っていた。さらに名取は続ける。

「趙欣さんがあなたの力をもう一度貸して欲しいと強く願っています」

畑はこの言葉で納得した。


趙欣の名前の効果を、名取は知った。

あの人がこの名前を聞き出すのに、どれだけ苦労したのかがわかった。


改札口前で白石さんと合流して新幹線の指定席で3人で鬼怒川まで行く。


新幹線の中では畑の隣に名取が座った。


畑は完全に名取を信用していて、「日本人選別計画」の事を名取の質問に対して悠長に答えた。

白石は後ろに座り、たまに前の2人を気にかけた気遣いをする。


家族旅行の妻役をそつなくこなしていた。


鬼怒川温泉駅のホームに降り立つと、そこには湿り気を帯びた山の空気が停滞していた。


改札を抜ける「家族」の姿は、周囲の観光客の目には、どこにでもある一行に映っただろう。


駅舎を出ると、白石がさりげなく畑の右側に並び、名取が左斜め後ろからその歩調を支配する。


「ここからは歩きます。趙欣さんの指定した場所は、この先です」

名取の声に、畑は疑いもせず頷いた。


加藤が事前に用意した服は、この寂れた温泉街の風景に驚くほど馴染んでいる。


自由が丘での監視、そして周到な準備が、この一瞬の「違和感のなさ」を作り出していた。


一行は駅前のロータリーを抜け、北へと延びる大通りを進む。

土産物屋の呼び込みの声が遠ざかるにつれ、建物の密度が希薄になり、代わりに川のせせらぎが重く響き始める。


10分ほど歩いたところで、視界の先に巨大な赤鬼の像が鎮座する「ふれあい橋」が見えてくる。橋の入り口で、名取は一度足を止めた。


「畑さん、あの橋を渡ります。あそこから見えるのが、今回の目的地です」


橋の中央まで進むと、吹き抜ける谷風が畑の薄い髪を揺らした。畑が顔を上げると、対岸の断崖には、かつての宴の残骸が牙を剥くようにそびえ立っていた。



名取は前方の車をあらためて見る。

無線も入れて、前の車の羽鳥と堀北にも伝える。

「今回の平山は、合言葉が変更されている可能性があります。畑の死が警察にわかってから、加藤さんに平山の監視をしてもらっています。趙欣の護衛らしき人物との接触は確認できていませんが、定かではありません。そこで平山には趙欣の護衛を装って平山を混乱させたあと、スタンガンで気絶させて廃工場へ運びます」


羽鳥と堀北が無線越しに「わかりました」と伝えた。


名取の電話が鳴る。鳩山みのりからだった。

「平山は収録終わったそうです。お店には歩いてきてくれるように頼んだ。たまには夜に町を歩くのもいいですから、私とのこれからを想像するのもいいでしょうって甘い声で言ったら素直に、はいって言ってたから大丈夫だよ」

一呼吸おいて、みのりは言う。

「失敗はないから」

その声には怒りがこもっていた。


別の声が名取を呼ぶ。菅原だ。

「こっちは心配ないので、後は任せました」

名取は電話を切り、前方の車を見据えた。


平山の拉致が始まる。


平山はテレビ局を出た。

9月になった夜でもまだ暑い。


歩いてすぐに額に汗がにじむが、足取りは軽やかだ。

テレビ局からみのりと待ち合わせの店までは10分。


みのりに言われた通りに歩いて、平山は店に向かう。


このテレビ局からみのりの店までの道は、夜8時を過ぎると急に人通りが少なくなり、車の行き来もほとんどない。東京という町は不思議な町である。


どこにいても人がいると田舎の人は思うかもしれないが、メイン通りから少しでも外れると人の気配がまったくなくなる場所がある。

この道がまさにそうだ。


平山は後ろに気配を感じて振り向いた。

そこには大きな禿げた男がいた。その横に、目元が少し上がった痩せ型の男も立っていた。


男は平山にさらに近づいて言う。

「趙欣の護衛です。平山さん、急いで我々についてきてください」

平山は一瞬混乱する。堀北は右腕を上げて、卍のボタンを平山に見せた。

平山が言う。

「合言・・・」

堀北が割り込む。

「後ろを見てください。男が2人近づいてきています」


堀北は平山の隣に移動して、平山の視界を確保させる。


若そうな2人が走り出したのを確認した瞬間、首筋に激しい痛みが走り、平山は意識を失った。


平山はゆっくりと意識を取り戻した。

頭が重い。

体が動かない。

椅子に縛り付けられていることに気づくまで、数秒かかった。


椅子の前に2本のレールのようなものがある。

息を吸うと埃がまじったような感じがする。

その右隣に男が倒れている。

平山は目を細めた。紺色のスーツに黒い革靴。間違いない。趙欣の護衛の一人だ。

強烈なライトがあてられていて、ここがどこなのかわからない。


「ようやく起きたか」

声のするほうに目を動かすが光でよくみえない。

「・・・」

平山は理解できずにいる。

「この男を知っているか?」

平山は腕を使ってライトの光を避けようとしたが両腕が開いて固定されている事に気づく。


「おまえは誰だ」

平山は質問に答えず男に質問する。


次の瞬間左頬に強烈な痛みを感じて、「ヒッィ」と声が出る

さらに右頬にさっきより強烈な痛みが入り、「うあっ」とのけぞる。

「この男を知っているか?」

平山は痛みを堪えながら答える。

「さっき会ったばかりの男だ。よくは・・・知らない」


平山は頭部に痛みを感じた。振り上げたこぶしが落とされたのだ。

平山は混乱の中で悟った。


椅子に縛られて、両腕が開いたまま固定されている。


痛みに耐えながら答える。

「さっき会ったばかりの男だ。趙欣の護衛と言っていた」

声が聞こえる。

私の左側から話しかけてるようだ。

「おまえは趙欣の仲間だな」

「仲間と違う・・・思想を教えてもらっただけだ」

腹部に痛みが走り、気持ち悪さで嗚咽をはく

「言葉が偉そうだな。敬語でしゃべれ!わかったか」

声に抑揚がない。感情がないことに、平山は恐怖を覚えた。

「趙欣はもういない」

平山の思考が追いつかない。

痛みで理解できなくなっている。

「趙欣はもういない?何を言っている。それに趙欣の護衛を追ってきた奴らもいたはずだ」

平山は髪を引っ張られて上を向く。

そこにはお面があった。

キツネのお面を被った人がいた。

「もう一度言う。敬語でしゃべれ」

「・・・はい」

平山は素直に応じた。

「趙欣の護衛と言っていたのがハトポッポだ。知っているだろう?」

平山は答える。

「はい。畑さんを殺した組織です。なんで?私が?」

「それはこっちには関係ない。奴らを捕まえて拷問したらハトポッポと名乗った」

「どういうことですか?」

平山の思考がまったく追いつかない。


キツネ面を被った人が答える。

「私は趙欣を殺した。東方は趙欣が必要なくなった。それで趙欣に関わりがある人物を我々は消している。おまえも対象になっていた。我々がおまえを拘束しようとしたら、あの4人がいたわけだ」

平山は説明を聞いても理解できない。


両頬の痛みが少しずつ引き、じんじんとした感覚が残っている。

脂汗が体中から出てきている。

「それで、私は・・・拘束されているということですか?」

「そうゆうことだ」

キツネ面を被った人が強烈なライトを平山の顔から遠ざけた。

平山は少しずつ視界が広がるのを感じた。


倒れていた男はいなくなっていた。


下にあったレールを目で無意識に追っていた。

レールは2メートルくらいありその先には椅子があった。

椅子には白いマネキンが座らされていて両腕が開かれていた。そのマネキンに両腕の部分と足の部分に長い針のようなものが刺さっている。


胴体には短くて太い針のようなものが刺さっている。木材や鉄板で補強されてるのようだ。


キツネのお面を被っている人は、黒いパーカーにジーパンを着ている。男だ。声の感じからまだ若いという印象だ。

周りを見ると、床のところどころにスポットライトが置かれている。


それがなければ真っ暗な空間になるだろう。

風でスポットライトの光が揺れないということは、おそらく密閉された空間なのだとわかる。


床はコンクリートだ。

その上に透明なシートが敷かれている。養生シートか。養生シートは平山の椅子からレールの先にある椅子のあたりまで続いていた。


キツネのお面の男が感情のない声で言う。

「趙欣とお前はどれくらいの頻度で会っていた?」

口の中に鉄の味がしている平山は答える。

「最初の頃はよく会っていました。泉水政権の時に初めて会いました」

「どんな話をしてきたかをすべて話せ。畑に関することもだ」

平山の目は恐怖に怯えていないと、名取は見て取った。

(なかなか腹が据わっている)


平山は話し始める。

「私はその時は泉水政権の経済特別大臣に任命されていました。私が泉水さんに言われたことは銀行が融資をした多くの中小企業が融資を返済できずになっていたのをどうにかして欲しいという事でした。

そのことを当時の大蔵省の事務次官だった畑さんとやりとりすることが畑さんとの出会いでした。

大蔵省の畑さんは、国の資本を入れて立て直す事を嫌がりました。

私もそれには賛成していました。

資本を入れるには中小企業が必ず利益がでなければなりません。多くの中小企業だと一気に利益がでる水準にもっていくために何兆円使うか?1回で済むのか?回数もわかりません。

そこで私が提案したのが中小企業を不良債権と認定して廃業させる事でした。

畑さんは喜んで同意しました。

さらに畑さんからの国の税についての収入と支出についてもっと政府がだすお金の支出がわかる方法がないか?と聞かれました」

平山は一呼吸置く。

口の中が渇いている。

脂汗は引いたが、この空間は蒸し暑い。

汗が滲んでいるのがわかる。


「そこで提案したのがプライマリーバランスです。

これは政府がだす国債だけに注目します。集めた税金だけでは足りない場合は国債で埋めるというものでこの呼び方を赤字国債といいます。

プライマリーバランスは当時は世界中で取り入れてました。赤字国債をだすのを少なくして、集めた税金だけでやりくりしようというものです。

これにより国は必要以上に国債をださないで済むので国際的な信用力は高まるメリットはあります。

しかしデメリットもあるわけです…

プライマリーバランスは単年度で計算すると国が使えるお金が極端に少なくなります」

キツネ面の男が後ろを向いて歩きだす。

「ちょっと待っていろ」

数歩歩いただけで姿が見えなくなる。

この廃工場には、片隅にかつて休憩所として使われてた小部屋がある。

窓があるが、それを黒いカーテンで名取達は覆っていた。

この小部屋に、羽鳥、堀北、五十嵐、久保田、白石は待機していた。

平山は気づいてないが、平山の右斜にカメラが置いてありり平山を映していた。

それを各個人がスマホで観ていた。


名取は小部屋に入るとキツネのお面を外す。

小部屋の中にもスポットライトがあるがつけていない。

5個の小さな光が5人の顔を浮かび上がらせている。

右手を顔には近づけて人さし指を口の近くにもっていく。シーの合図だ。5人は黙ったまま名取をみる。


白石の前にコンビニで買ったお菓子や水やお茶がいくつもある。名取は水をとり飲む。滲んだ汗を白石がハンカチで拭ってくれた。

小声で名取は言う。

「水を持っていきます。平山に少し飲ませます。長くなりそうなので」

その言葉に5人は少し驚く。

「アメとムチですよ」

名取はそう言って水を持って小部屋を出ていく。


平山は2メートル先にあるイスに置いてあるマネキンを何の感情もなく見ていた。

喉の渇きがさらに強くなっている。


暗闇からキツネのお面の男が現れた。

右手に500ミリの水のペットボトルを持っている。

平山に近づき、ペットボトルの口を開ける。

「少し上を向いて口を開けろ」

言われたままに従う。

冷たい水が口の中に広がる。

鉄の味が残っているが、水が喉を通る感触に、なんともいえない安堵感が心に広がった。


キツネのお面の男はペットボトルの蓋をして、少し離れた。

「話を続けろ」

平山は少し落ち着きを取り戻して話始める。

「畑さんはプライマリーバランスの単年度でのやり方にしようと言ってきました。私はそれには反対しました。

何故なら、成長分野への投資額が圧倒的に少なくなるからです。バブルが崩壊して、お金の回り方が鈍くなっているのに成長分野にお金を回さないのは、日本を成長を止めることになります。

畑さんは、単年度に反対する私の説得のために新たな人を紹介してきました。

それが趙欣でした」

平山は喉の渇きがなくなり、さっきより流暢に話している。

名取はお面の下で納得していた。

「それで?」

「趙欣さんは非常に話しやすい方でした。プライマリーバランスの単年度を反対しているのを最初は肯定してプライベートまで付き合うようになりました。

そして、あの夜に私は趙欣さんの策に嵌められました。

趙欣さんとバーで飲む約束をしたんです。

しかし、約束の時間になって趙欣さんは来なかった。

趙欣さんの代理ということできた人が若い女性でした。

ハニートラップでした。

ベッドでの裸の写真を撮られました。

趙欣さんはこういいました」

平山は急に力をなくしたような感じになって言葉を続ける。

「平山さん、この写真を世にだしたらどうなるか?わかりますよね?あなたは今が大事な時です。プライマリーバランスは単年度にしましょう。そうすればあなたの悲願だった郵政民営化を私たちが影から全力でサポートします」



平山は早口になり続ける。

「郵政民営化は今ではやらなかったほうが良かったと言う者も多くでてきた。しかし郵政をあのまま国の元においていたら、地方サービスのために黒字化が困難になることはわかっていた。

民間にして競争原理をいれてくことで、郵政にある巨大な資金を回すことが目的だった。

しかしいざ民間にしたら、経営も知らない奴ばかりが上のポストに就き、次から次へと変わる。責任の所在を曖昧にして場当たり的な発想で資金を使うという事態になった。私は何度となくアドバイスをしたつもりだが、彼らにしたら、民間になって競争は望んでいなかった。私の意見は聞くことさえなかった・・・」


さらに平山は続ける。

「派遣分野を広げたのは私と言われるが違う。リーマンショックがあって、日本の年功序列の弊害に一番困っていたのは大手企業だった。それに付け込んだのが畑だった。派遣は人件費ではなく経費として処理してよいという案をだしたのだ。大手企業群は喜んでその案に飛び乗った。畑は民間企業がバブルのような好景気になるのが許せなかった。民間企業がバブルのようになると官僚が再びバカにされるのが嫌だったのだ。

そんなくだらないことのために、、、


そして、超氷河期世代という言葉ができて、少子化高齢化に日本は苦しむことになった。

私がしたかったことは雇用の流動化だ。


経営者が簡単に労働者の首を切れるという代わりに、労働者も簡単に会社を選べるというシステムを作りたかった。労働者が高いスキルをもち経営的な目線で会社をみることができれば成長スピードは加速する。

労働者のスキルが上がれば利益も上がる。


労働者にとっては常に学び続けなければならないが学んだ事がきちんと評価されるシステムが作りたかった・・・しかし中途半端に派遣法が作られ、大手企業群と財務省と政治家は派遣法を変えることなく突き進んだ」


平山は大きく息を吸うと下を向いた。


「それならば私もそれで稼ぐだけだと思った。だから派遣会社の顧問になって儲けた。儲けることの何がいけないのだ・・・」

平山は下を向いたままだ。

名取は平山に近づいて平山の顔を上げた。

平山の目には涙があった。

その目の奥にある気持ちはわからない。


名取は何の感情もなく平山に言う。

「よくわかった。それで趙欣がいなくなった、畑もいなくなった。おまえはどうする?」

平山は力なく答える。

「畑のシステムを継承した木下の側でやることはもうないです。ハトポッポというやつらが畑を殺してメッセージを残した。あのメッセージはすべての計画が誰かによって筒抜けにされていたということです。

そしてハトポッポもあなたが殺した。

畑の最終目的は外国人に選挙権を与えること。そのためにあったのがプライマリーバランス単年度黒字化で国が成長分野への投資できなくさせる。

派遣法で雇用を不安定にして子供を産みにくくする。


・・・そして消費税。


消費税は大手企業が喜んで賛成した。大手企業には消費税分が還付されるシステムで中小企業は排除される。


大手企業に入れる優秀な者だけが残ればいいということです。

もうすべての駒は配置されている。あなた方の目的は知らないが、私に何を望んでいますか?」


平山はレールの先の椅子にあるマネキンを見る。

おそらくあの椅子が近づいてくるのだろう。

ゆっくりと近づいて最初に両腕と両足に小さな針が刺さる。それが少しづつ貫通して、最後には胴体の短い針が上半身の臓器すべてにくい込んで死ぬのだろう。


・・・憎しみのこもった椅子だ・・・

仕方がないか、、、


名取は感情のない声で言う。

「われわれの資金援助をして欲しい。毎月300万。3年間」

「断ったら?あのマネキンに貫かれるのですか?」

名取は少し間とり、何も言わずに後ろを向いて歩きだす。

名取は片隅の休憩所に入るとキツネのお面を脱いだ。

大量の汗がにじんでいる。


5人は名取を囲む。

「どうするんですか?名取さん」

小声で久保田が言う。

名取は羽鳥と堀北と加藤の方に顔を向ける。

「予定を変更しました。平山の話を聞いて資金提供させる方が良いと思ったんですが3人が決めてください。平山の話はすべて聞きましたよね」

羽鳥と堀北と加藤が顔を見合わせる。

視線を合わせるがすぐに外した。


3人とも気持ちの整理ができなくなっていると名取は感じた。

名取は3人に顔を近づける。

「私は平山に資金提供させることが最高の復讐の形と思いました。しかし3人は平山のせいで人生が確実に狂った世代です。表にしか出てこなかった平山の政策の本当の狙いがわかったとしても3人の時間と受けた屈辱は消えません。殺すならさっさとしましょう。今回は畑の時と違ってすべて回収しないといけないですから」

羽鳥が堀北と加藤に向かって言う。

「堀北さん、加藤さん、平山を殺すのはやめましょう」

堀北と加藤が少し驚く。羽鳥が言い出しっぺになることはほとんどないからだ。

羽鳥は続ける。

「テレビに出ている時のような横柄なものいいだったら、こんな気持ちにはならなかったんですが・・・」

堀北が羽鳥のほうを向いた。意外な言葉だったからだ

「ほんとうはわかっていた、殺したところで失った時間

も自信も戻らないことは・・・」

堀北は静かに頷く。

加藤は納得してない感じて羽鳥を見ている。

羽鳥は続ける。

「畑の監禁の時に、名取さんは言いました。監禁した相手への暴力と殺しは私が一人でやります。あなた方はこれ以上心に負の置物を置かないで下さいと」

羽鳥は名取のほうを向いて目でお礼をした。

「その時に思いました。名取さんの覚悟と恨みの深さを・・・

畑を椅子に拘束して五寸釘を足の甲に打ちつけるのを何の躊躇なくしてました。殺したいという思いと実際に殺すということは、そこに高い壁があると思います。

名取さんは高い壁をもう超えてしまうぐらいの事を畑にされたのだと気づきました」

堀北は頷く、加藤はなんともいえない表情で羽鳥を見ている。

「菅原さんには私の判断と言ってくれてかまいません」

加藤が我慢できなくなったように言い出す。

「羽鳥さん。本当にいいんですか?」

羽鳥は頷く。

「名取さんが何の躊躇いもなく往復ビンタを平山にした時にスーとしましたから、なんかうまく言えませんが・・・・」

羽鳥はうつ向いてしまった。


それを見て堀北が言う。

「加藤さん、平山の金で若い時にできなかったことをしませんか?当初の予定とは違いますが名取さんの案にのってみるのも悪くないです」


堀北は少し間おいて、さらに続ける。

「テレビでまた偉そうなコメントしたら、今度こそ終わらせればいいんだから」

加藤が驚く。

羽鳥が顔をあげて名取に向かって言う。

「次に平山を拘束したい気持ちになった時は・・・

その時は私が殺ります。名取さんの手は汚させない」

名取はなんともいえない表情で羽鳥を見た。


視線を合わせた2人にしかわからない会話をしているようだ。


名取は視線を外して言う。

「決まりましたね!」

少しだけ嬉しそうな声色になったように感じた。

白石、五十嵐、久保田も静かに頷く。


白石は右手のこぶしを握った。「我慢している」と名取は気づいたが何も言わずキツネのお面を被り小部屋を出ていく。


加藤が羽鳥に言う。

「納得はできませんが……まあ、それでいきましょう。私らの年でまだ揉めてもしょうがないし、畑を殺った後にこんな事を言うのも変ですが今回は名取さんの手も汚れない」

5人はスマホを取りだして平山が映っている画像を再び見始める。

少しだけ嬉しそうな声色になったように感じた。


名取は小部屋出て平山の方へ歩きだす。

思考を巡らす。

(畑から聞け出せたのは「日本人選別計画書」の案は趙欣からだったということ。畑はその計画書通りに進めて行った。畑は立法府に関わる政治家の根本には村山を置いて法案進めた。畑が木下に引き継がせていることもわかった。木下が趙欣の存在すら知らない事も。平山、白石、先崎を使い、マスコミよるミスリードの強化、帰化した東方人の議員を増やした。

東方が日本を植民地するために趙欣が動いていたということだ。平山にも確認する。ほんとうに趙欣だけなのか?を)


平山は足音が近づくたびに震えだしているのに気づた。

両頬の痛みは和らいでいる。


さっきは達観した感じで向こう側の椅子を見ていたが、本能が命の危険を察知して、頭の冷静さとは正反対の動きを体がしている。

名取は平山が震えているのに気づくが気づないふりをして平山に言う。

「平山さん。毎月300万、3年間お願いします。やり方はあなたをこのあと気絶させて、テレビ局付近で解放します。スーツの裏ポケットに送金のやり方を書いた手紙を入れておくので確認して下さい」

「わかりました」

平山は力なく言う。

名取が続ける。

「平山さんが東方で関わったのは趙欣の組織だけですか?」

「そうです」

「東方の他の人のやりとりはない」

平山はキツネ面の男に言う。

「ほんとうだ・・・この状況で嘘をいっても何も得はない。それに趙欣はあなたが殺した。東方の新しい考えで私はこれから動けばいいんですよね?」

「そうゆうことだ」

名取はキツネ面の奥で納得した。

(趙欣のグループは組織化されているはず。畑の死にたいして平山には接触がなかったということは平山も知らない奴が日本の立法府、司法、裁判官にいるのかも知れない、、、)

名取は平山に顔を近づけて言う。

「それでは2メートル先の椅子をよく見るんだ」

平山は素直に応じる。名取はジーパンの右ポケットにあるスイッチを押す。

椅子が動き始める。

「え!」

平山が驚く。

小部屋にいる5人も驚いて顔を見合わせた。


椅子が近づいてくる。

「金は払うと言いました。なぜ?なぜ?」

強烈な恐怖が心に広がる。

椅子のスピードが上がるのがわかり、平山はさらに恐怖に飲まれていく。

「お願いです。殺さないで!」

体全体に体験したことのない恐怖が広がる。

次の瞬間、首の後ろに激しい痛みを感じて、平山は気絶した。



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