第一章 ハトポッポ
すべての始まりは点に過ぎない。
大人になってその言葉はごく当たり前に使われている。
しかし、ほんとうの意味を知らない。
日常の隙間に、誰にも気づかれないように
小さな点を散りばめていく。
その点が広がりだした時。
多くの人がその点の意味を理解する。
その時にはもう遅い。
今、日本は点が広がりだしている。
その点は何か?
多くの日本人が気づき始めた。
もう遅い。
点は線になりやがて面になる…
私がこの「日本人選別計画」の計画内容を知ったのは26歳の時。
今から22年前のことだ。
財務省に入って5年が過ぎた、梅雨の終わりかけた7月。
霞が関の庁舎には湿気を含んだ重たい空気が淀んでいた。
午後3時。通常業務で国会議員の質問主意書への回答を作成していた時、内線電話が鳴った。
「木下君、今すぐ事務次官室へ」
受話器の向こうの声は秘書官のもの。
抑揚のない事務的な声だったが、その裏に緊張が潜んでいるのを感じた。
官僚組織は絶対的な縦社会だ。
上の言うことは絶対。
理由を問うことは許されない。
命令に従うことだけが求められる。
どんな間違いをしていても、我々はミスを認めてはならない――入省してから徹底的に教え込まれたルールだ。
最初の半年は毎日のように叱責された。
「曖昧に答えろ」
「断定するな」
「すべての可能性を残せ」
正義感や理想を語る同期は次々と地方へ飛ばされ、残ったのは組織に順応できた者だけだった。
私はただ、財務省の通例通りのやり方を徹底的に覚えた。
答弁書の書き方、予算要求の技術、政治家への根回し。
それが評価されたのかはわからない。
だが、入省5年目の若造が事務次官から直接呼び出されることなど通常ありえない。
――その日のことは今でも鮮明に覚えている。
廊下を歩きながら、私は必死で記憶を辿った。
何かミスをしただろうか。
誰かの気に障ることを言っただろうか。シャツの下で背中に冷たい汗が滲んだ。
その時の事務次官は畑重俊、48歳。
東大法学部卒。入省時の成績はナンバー5。
トップではない。通常、トップ3以外が事務次官になることはない。
だが畑は、政治家との折衝、他省庁との調整、マスコミ対応――コミュニケーション能力が群を抜いていた。
「能力は普通。コミュニケーションだけで事務次官になった男」
そう陰で言われていたが、本人の前で口にする者はいない。
事務次官は絶対的な権力者なのだ。
事務次官室の前に着いた時、秘書官は私を中に通さなかった。
「こちらへ」
普段使わない薄暗い通路を指差す。
足音だけが響く。
50メートルほど歩くと、見たことのないエレベーターがあった。
ボタンは一つだけ。上下の表示もない。
「ここからは一人で」
秘書官はそう言うと去っていった。
私は一人、エレベーターの前に立った。
心臓の鼓動が耳に響く。ドアが勝手に開き、乗り込むと閉まった。
上か下かもわからないまま、時間の感覚が曖昧になる。30秒か、2分か。
やがてドアが開いた。
そこは見たことのない空間だった。
コンクリートの壁、むき出しの配管、冷たい蛍光灯。
財務省の通常の建物とは明らかに違う。
20メートルほど進むと、重厚な扉。横には三つ並んだカードリーダー。
一枚の真っ白なカードが置かれていた。触ると少しざらついた感触。
一つ目にかざす――「ピッ」
二つ目――「ピーッ」
三つ目――「ピーーーッ」
重い音を立てて扉が開いた。
部屋は20畳ほど。
窓はなく、防音材で覆われた壁。
中央に重厚な木のテーブルと革張りの椅子。
奥には金庫のような扉。
畑はすでにそこにいた。
「座ってください、木下君」
指示された椅子に座る。革が軋む音。
「緊張していますね」
畑が微笑んだ。だが目は笑っていなかった。
「お酒は飲めますか?」
唐突な質問だった。
「はい、ビールが好きです」
今思えば幼稚な返答だが、あの状況で素直に答えたことは評価していいだろう。
「はは、ここにはビールはないんですよ。せっかくだからブランデーでもどうですか?」
畑は機嫌が良さそうに見えた。
「ぜひ、お願いいたします」
官僚組織は縦社会だ。イエス以外の返答はない。
畑はキャビネットから琥珀色の液体の瓶を取り出した。
高級なものだとすぐにわかった。
氷を入れる音が静かな部屋に響く。
グラスに半分まで注がれたブランデーが私の前に置かれた。
「どうぞ」
「いただきます」
一口飲む。喉が焼けるようだった。
強いアルコールが食道を通り、胃に落ちていく。
目が潤み、咳き込みそうになるのを必死で堪えた。
畑は満足そうに頷いた。
私はグラスを傾け続け、飲み干すしかないと直感した。
グラスが空になった。
畑はさらに満足そうな顔をして話し始めた。
「今日、君を呼び出したのは、特別な話をしたかったからです」
声が低くなる。
「もうわかっていると思いますが、こんなところまで連れてこられて、政治家のくだらない答弁書を作ることにはならないと感じていますよね?」
「もちろんです」
「今から話すことは、財務省の中では誰も知りません」
畑はまっすぐに私の目を見た。感情のない目で。
いつの間にか畑は青い紙を手にしていた。
「読んでくれるかな?」
「はい」
私はその紙を手に取った。
――そこには、日本人を「選別された人」と「区別される人」に分ける計画が、断定的な言葉で記されていた。
中間層は20年後に半分へ。
貧困層は30年後に3倍へ。
資産格差は40年後に100倍を超える。
そして最後にこう書かれていた。
「この計画は某国との合意に基づく」
私は目を離せなかった。
文字が踊っているように見えた。
「木下君には、これからこの計画の仲間になってもらいます。他にも多くの人がこの計画のために動いていますが、それが誰なのか?を木下君が知る必要はないです」
畑が肩に手を置いた。
「喜んでください。あなたの人生は保証されます」
完璧な笑顔だった。
政治家に向ける笑顔。
マスコミに向ける笑顔。
そして選ばれた仲間に向ける笑顔。
私は精いっぱいの笑顔で応えた。
だが、その笑顔の裏で、何かが崩れていくのを感じていた。
自分の中にあった正義感、理想、疑問――すべてが音を立てて瓦解していく。
その瞬間から、私は「計画」の一員になった。
畑の言葉に逆らうことはできなかった。
官僚組織の縦社会では、選ばれることは栄誉であり、拒絶は即ち破滅を意味する。
あれから22年。
私はこの計画書の通りに、計画を進めてきた。
畑から受け継いだ人脈をさらに広げ、政治家、官僚、財界人、メディア関係者――あらゆる「選別された人」たちとの関係を構築した。
いつの間にか、私は畑のようになっていた。
いや、畑以上の冷酷さで、この計画を邁進してきた。
27歳の時に感じた、あの崩れていく感覚はもうない。
今の私は、計画を実行する機械だ。感情は邪魔だ。迷いは不要だ。
私は今、事務次官だ。
あの秘密の部屋へ続く三つのカードリーダー。あの真っ白なセキュリティカード。
今は私が持っている。
この部屋の存在をしっているのは私だけになった。
計画は、順調に進んでいる。
今、日本人差別だとSNSを通じて騒ぎ出している人たちがいる。日本人ファーストといって躍進した政党も出てきた。
日本人の味方をする外国人のコメントもSNSで見かけるようになった。
愚かだと思う。
多くの日本人は知らない。
それすらも、計画通りだということを。
反発が起きることは、最初から織り込み済みだ。
むしろ、そういった動きがあることで、「民主主義が機能している」という錯覚を与えることができる。
ガス抜きだ。
本当の権力構造は、彼らが騒ぐ場所よりもずっと深いところにある。
ここまで完璧だった計画に、私が初めて不安を覚えたのは、1週間前のことだ。
畑の突然の行方不明。
事務次官を退官して10年。
畑は政府系シンクタンクの理事長として、悠々自適の生活を送っていたはずだった。
だが、1週間前突然、姿を消した。
警察に通報されたのは、家族からだ。
「買い物にいってくる」とでて行ってたが夜になっても帰ってこず、何度携帯を鳴らしても連絡が取れないという内容だった。
そして、10日後。
鬼怒川の廃虚ホテル群。
かつては栄えた温泉街の、今は誰も訪れない廃墟。
その中の一つのホテルの元スイートルームで、畑は見つかった。
椅子に裸で座らされ、赤い太い糸で手足が拘束されていた。
両足には、数十本の5寸釘が打ち込まれていた。
餓死していた。
報告を受けた時、私は執務室にいた。
電話口の警察関係者の声は、震えていた。
「事務次官、これは......ただの殺人ではありません」
私は、黙って聞いていた。
「現場に、メッセージが残されていました」
その畑が座っていた椅子の下に、ジップロックで封がされているA4用紙の紙が一枚、置かれていたということだ。
紙の左上に、鳩のマークがついていた。
シンプルな、黒い線で描かれた鳩。
そして、その紙に書かれていた内容が、私を不安にさせたのだ。
親愛なるあなたたちへ
計画を知ったのは10年前
あなたたちは
自分たちの保身のためだけに
この国を売りましたね
我々の組織名は
ハトポッポ
ぜひ覚えておいてください
私はその報告を聞いて心臓の鼓動が早くなるのがわかった。
10年前。
ちょうど、畑が事務次官を退任して、私にすべての権限が委譲した年だ。
ハトポッポ。
この組織名を、私は聞いたことがなかった。
公安にも、警察にも、どの情報機関にも、この名前はなかった。
だが、彼らは計画を知っている。
そして、畑を拷問した。
5寸釘。赤い糸。餓死。
すべてに、メッセージがある。
私は、初めて恐怖を感じた。
22年間、計画を進めてきて、初めて。
この完璧な計画に、ほころびが生まれた。




