その5 『彼女がヒロインと気付いた日』上
その5は上・中・下の三つです。
5月16日土曜日。
炎天下、ではないものの太陽の陽射しが強く眩しい天気。
まぁ要するに「良い天気」なんです。
私は姉御で友人の漆原 有希ちゃんの要請通り買い物に付き合う事に。
何故「姉御」に「要請」なのかというのはその通りで事実なのだからともかく。
現在10時35分。
「やばい・・・」
ポケットから懐中時計を出して確認しても時計の針は戻りもしないしそんなホラーいらないし。
視線を慌てて左に流すが来そうにも無い。
何が来ないって、電車です。
傍から見れば私は「かなり急いでいる少女」に見えるだろう。ってかそうだし。
急いでいる理由を言えばこうだ・・・昨夜有希ちゃんから電話があり、この電話は自宅用の電話だ。
実を言うと私は携帯電話を持っていないのだ。
かなりの少数派になるが理由と話がズレるので置いといて。
電話の用件は明日、時間的には今日の待ち合わせについてだった。
待ち合わせ場所は電車で15分ほどの都心街。
最寄り駅が一緒ならそこで待ち合わせしたらいいじゃないと思うがその駅で突っ立っていたらあの君島トオルに見つかりかねないと有希ちゃんが言い張り、買い物をするその都心街の駅前の噴水で。ということになったのだ。
ちなみに時間は10時30分。
『ドアが閉まります、ご注意ください。 ドアが---』
もうここまで説明したらお分かりいただけただろう、そして説明したら挙動不審が収まった自分。良かった。
幾分か冷静になった頭でさらに現状を説明させてもらう。
現在10時39分発の電車の乗り、15分の苦行を味わっているところです。
最短でも10時54分に到着予定。
携帯電話を持たない私には有希ちゃんと連絡を取る術がない。
・・・最低昼飯をおごる覚悟を持たないと。
遅れたのは寝坊でもない、ただ準備に戸惑っていたのだ。
いつも通りに寝たはいいが準備を一切せず、当日バタバタとしていたところにイスの足に躓いて派手に転倒。 あまりの痛さに転げ回っていたら兄が登場、散らかった部屋を一緒に片付けてくれていたのを母親に観察され、父親は時間がないというのにしっかりした朝食を作ってくれそれを食べるしかなく・・・前準備がこれほど大事と思ったことはありません。えぇ、本当に。
『次は××駅ー、お降りの方はお出口変わりまして---』
うぅ・・・到着したは良いけどはたしてどんな修羅(有希ちゃん)がいるのやら・・・。
乗客の半分は降りるので私も胃を軽く押さえながら流れに従って出口に向かう。
有希ちゃんとの待ち合わせの噴水は東口だった気がしたな・・・頭上の案内に従って早足で進む。
走りたいがこれ以上目立つのはイヤだし(カバンを覗いたらあの赤い本があった。何故だ。)、とはいえ遅刻確定なので急ぐしかないので早足。
でも競歩だと変人に見られるのであくまで徒歩でしかないんだけど。
10時56分。
階段を上がりきって噴水が視界に入り、友人(修羅)がいるだろうと駆け足にしようとしたら・・・。
「・・・・・・」
何だろう、アレ。
今まで散々現状の説明をしてきたが、アレは説明して欲しい。
人だかり、というのか。
噴水を囲む様に何やら2周のリングが出来ている。
生憎身長155cmの私では外周しか見れずリングの核が全く見えない。
というか一周目のリングが密度高過ぎる。
え? もしかして・・・。
展開が見えすぎな気もしなくもないが無視して2周目(野次馬)の人、私と同様噴水を待ち合わせにしているような20代前半の私服女性に声をかける。
「あの、すみません・・・」
物凄いスピードでメールを打っていた指を止めてコチラを向く見知らぬ女性。
「何かトンデもな事でもあったんでしょうか? この騒ぎ・・・」
「あぁ、ただのナンパよ。 もしくはキャバの勧誘だと思うけど」
ナンパ・・・・・・キャバ勧誘・・・・・・。
「有希ちゃん・・・。」
予想してた展開過ぎるけどそれにしても・・・ごめんなさい。マジに。
声をかけた女性は私がこの騒ぎで待ち合わせ相手に会えないから困っていると思ったのか、親切に「どんな子と待ち合わせしているの?」と話しかけてきた。
言えない・・・あのリングの核が待ち合わせ相手なんて。
「いえ、もう少し自分で探します。 ありがとうございました」
丁重にお礼とお断りをしてからその場を少し離れて駅に戻り、出口付近の柱に背中を預けた。
「ふぅ・・・どうしよう」
どこをどうしたらあんなリングが形成できるのかは全くの謎だが、今の私に核(有希ちゃん)を取り出す方法がない。
携帯電話が無いから連絡は取れないし・・・あそこに突っ込んで行くのはムリだ。っていうかイヤだ。
あーどうしよう・・・こういう時ってさ、颯爽と割り入って困り果てている少女の手を掴んでこれまた颯爽と去るのが典型じゃないだろうか。
まぁ有希ちゃん強いから自分で強行突破できるかもしれないけどさ・・・。
私の力じゃあ再度言うけどムリ。
だからといってこのまま見てるだけっていうのも精神的なダメージ(良心への)がじわじわとくるので何かしら方法がないかと辺りを見回す。
えーと。
野次馬に参加しているのは言わば「エキストラ」だからダメだし、大人の男性に「助けてください」と縋るか・・・いや見ず知らずの人間に言われれば即お断りだろう。
こういう時役に立つのって事情を察してくれる知り合いの男性・・・そこで思いついたのは「キツネさん」。(嫌そうなカオをしている)
そうとなれば藁にも縋る気持ちで駅構内に向けて走る。 目指すは公衆電話!だって携帯ないから!!
「たぬき堂」の電話番号も公衆電話の場所も記憶力はまぁまぁ良い方なので覚えている。
ただキツネさんが来てくれても最低15分以上かかるけどね!
けれど行動しないよりはマシ!ということで本気で走る私を人が避け、自然に道が出来るため最速で辿り着けそうと喜んでいるとこれまたトンデもな出来事が。
「君島トオルッ!!!」
ほら、これこそ「ラブコメ」な典型じゃありません?
巻き込まれなくて良かった、とその笑顔が語ってくれる。(脳内キツネさん)
えぇ、まさにその通りですね! でもコイツ(赤い本)には感謝しません!!
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気が付き次第修正は各話施しています。
8/1(日) 誤字修正