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異世界編 その17 『アジュラ:首都コルトベヲラント』

アジュラ連合国 首都コルトベヲラント。

各々の民族を尊ぶ彼らが手を取り合い、アジュラという1つの国として形成している。

そんな彼らを象徴となるここはオルブライト王国の首都アズライトとは全てにおいて異なり各民族の代表が集い、国として動かす発信源の『揺るぎなき巨塔エラグラレ・トドヴァール』という突き抜けた大きい塔を中心に広がる街である。


「小鳥さん、お茶が入りましたよ」

「わかった」


異国の地。

どこかで見たような表現が当てはまる街並みである窓の外は2・3階ほどの建物だけで、例外なのは中心にある大きい塔だけ。

キツネさんが事前に晒してくれた有効活用通りの光景だけれど私には美味しい「紅茶」の香りよりも、今はコッチの方が心が惹かれた。


コトン、という背後の音はきっとキツネさんがテーブルに「紅茶」を置いて

くれたんだろう。

それは暗に「早く飲まないと冷めちゃうぞ」という小言でもある。

私よりもはるかに大人なハズのキツネさんのそんな行動に思わず口の端が

緩むけれど、堪える。

そして気が付けばあっというまに景色から「紅茶」の方に関心が向いていて、

余計に緩んでしまうが更に堪える。

別にコレといった理由も無いんだけれどね。

だけど1度堪えてしまったのでそれは突き通さなければ。

窓の外よりも口元の筋肉を意識せざるを得なくて背後のことなど頭に全く無かった。

そんな時だった。


「小鳥さん」


真後ろからの呼びかけだった。

思わず身体がビクッとしてしまって返事をすることも振り向くことも咄嗟に出来なかった。

だから考えるしかない。

このまま背を向けたまま返事をするべきなのか。

振り向いていつものように「何キツネさん」と返事をするべきなのか。

前者はそっけないように感じる上にキツネさんが淹れた「紅茶」をいらないと言っているようだし。 後者は緩んだ口元を聞かれるだろう、で答えればキツネさんは拗ねてしまうかもしれないし。

まぁどっちにしたって。

そんな諦めモードな自分がホレ、さっさと動けと急かしてくる。

確かにそうだ。こんなウジウジ考えるのだって結局は時間を使っているのだから

怪しまれる。

だからといってどちらにすべきなのかどうすべきなのか…「小鳥さん?」

「な、何キツネさん?!」

いつまでも返事もせず何も反応しなかった私に再度呼びかけが。

しかも今度は疑問符付きだ…思わず振り向いたものの声は上擦っているし、絶対に怪しまれる。

俯いていた顔をゆっくり上げて気になるキツネさんを見てみると、

「そんなに異世界風景が好きですか…ですが一旦コチラにいらしてください。

 明日のお話をしましょう」

やれやれといった感じに自分の座る席には「クッキー」が既にセッティングしてある。

いつの間に。


「りょーかい、です」

何だかイイ感じに肩の力が抜け、いつも通りの自然な動作で席に着くことが出来た。

まだ熱めの「紅茶」がそこにあった。

いつもの風景がそこに。



『アイザワ達の旅を本に、だったか。 でもアジュラ以前は俺たちも詳しくは

 知らないのさ』

『あ、でも兄さん。 確かギルドの討伐任務でポイントの荒稼ぎしてたって

 言ってなかった?』

『何勇者のクセにそんなコトやってんですか…』

『まぁその辺はフランフォルグ様に聞くと良いさ。 なら『ギルドセンター』に行ってみたら

 どうだい?』

『支部とはまた違うの?』

『んー支部は依頼を受け、報告する場所。 センターは依頼をお願いする場所って

 感じだな。センターで登録してあるハンターのこれまで達成した任務とか見れる

 からアイザワ達のも見れるはずなのさ』

『ふぅーん』



「……というわけでまずは『ギルドセンター』なるトコロを訪ねるっと」

「私もそこにいたんで説明はいらないんですけどね?」

「自分に対しての確認ってことにしといてください。 あと他に行きたい場所とか

 ありますか?」

そう聞くとキツネさんが口に出したのは食料品といった消耗品がほとんどの買出し。

本当は地元オリジナルのクッキーを探したいってところでしょうが。

そんな本音は置いといて買出しはココを出発する前に時間を見ながら、ということに決定。

何だかあっけなく明日の行動が決まってしまって「話し合い」なんてことにしなくてもよかったんじゃないかなーとか思うけど…終わったことを後悔してもしょうがないか。

カチャン。

「ま、ここまでくるのに疲れましたし…明日まで各自自由に過ごすことにしましょう」


というわけで。

そう話を変えるのもついさっきしたばかりだけれども頭がクリアに働かない為仕方ない。

私は話し合いの後ラバルの様子を見に行くというキツネさんを見送り、早々に

自分の寝室へ。

今回の宿は1つに部屋に寝室が2つあり、要するに旅をする主従関係にある人向けなので主人用と従者用の寝室があるわけだ。ちなみに私がいるのは主人用。だって私が一応上司ですし。

あと今回はキツネさんに「ゆっくり休んでください」と言われたので素直に頷いたのだ。


ボフッとソファーとはまた違ったフカフカなベットに倒れた。

窓の外を見てみれば日没後の霧が晴れたばかりでまだ寝る時間としては早い。

それに防寒のマントは着たままベルトには本が繋がったままだ。

寝るのならせめて上の2つは脱ぎたいところだけど…その前に夕飯どうしよう。

宿代には食事代込みでこの建物の隣にある食堂でバイキング形式だそうだ。

何でも色んな種族がいて食事にも色んな制限やら好みがあるのでだったら自分で食べたい物食べてよ、な感じらしい。 あ、これ宿のおっちゃんからの情報だったりします。

「…何で皆私に有効活用を披露したがるかな…」

独り言。

何にも反応が返ってこない独り言。

そりゃあ当たり前だ、だってこの部屋には私しかいないんだから。

「……」

だから余計にそんな有効活用を見せびらかしてきたりラバルの背中に乗って飛んで

いたり、先日の戦闘だったりのシーンが脳裏に私の意向を無視して映し出され、流されていく。 一番強烈に一番大きく映ったのは裂けたような口に私の足が入り込んで…噛まれていくシーン。 

あの後こっそり自分の足を見てみたが特に傷もなく勿論出血もなく無傷。

戦闘終了後、あの魔物の群れを一掃した風が収まったのを確認してから地面に

降りた私。 そんな私を一見したキツネさんは「無事のようで何よりです」と

いつもの笑顔でそう言ってくれたのだ。

結局その後はラバルを休め、私とキツネさん2人で明け方まで起きていたんだ

けど…まぁその話はいいか。

あの時は視覚からの強烈な画のオカゲで他の感覚は麻痺したかのように働いて

いなくて。 本当に魔物の歯が私に触れたのかどうか、判断できないのだ。

確かに傷は一切ない、痛みもない。

けれど煙のようなあの魔物にそんな現実的なダメージが可能なのか。

そう思ってしまうと不安が押し寄せてくる。不安に引き寄せられて恐怖も押し寄せてくる。


気が付くと寝っ転がっていたはずが丸まるように足を腕で抱いて体育座りをしていた。

体がわずかだけど震えている。

どこか自分の事なのに他人のような視点を持つも、依然として頭の中は色々

ごちゃごちゃだった。

これまでのことこれからのこと。

それらが一気に今、頭の中で混在しているのだ、多分。

ごちゃごちゃする頭はそれ以上のことを何も考えさせてくれなくて顔を埋めたままだったけれど、いい加減何か行動したくなった。

寒さに凍えるような震え方をする体は動けないわけではないようなので取り合えず、

本という重石が付いたベルトを外すことにした。

いやだって動くにしても絶対に邪魔になるだろうし。まずは、ね。


冒険者用の特注で作られたベルトは頑丈に出来ていて、震えた指じゃ大変

だったりする。

中々上手くいかないのでボタンで留められた本の入ったポケットから外すことに。

外した「収集の本コレクターズブック」をベットサイドの棚に置き、もう1つの本へ。

そして震える指で何とか外したその時だった。


「やべっ…!」


震えた指が皮製のポケットからチラリと見える『本』に触れた。

その途端、バチッと強い静電気のような音を発するがそれは外面だけでナカでは

駆け巡っていた。

ソトからナカへ。

電流が流れるようなでもなく鳥肌が立つような寒気でもなく、「気持ち悪い」と感じるモノが私を意思を無視してモゾモゾとすごい勢いで流れてきた。

出口というか行き先が私でしかないモノの流れは容赦なくて、ソレが全身が行き亘る頃には私は意識を放棄していた。






次の日の昼ごろ。

雨知らずなのは世界共通のためアジュラ連合国にいたって晴天なのは

相変わらずだった。

ただ砂漠地帯が国土にあるためか幾分か空気が乾燥している…感じがした。


ココでちょっと振り返って朝。

昨日予定した通り『ギルドセンター』なるものへ行き、身分証明書を提示してから勇者アイザワがリーダーとなる『光聖騎士団ナイト・サラパテトリア』の任務履歴を見ることが出来た。

コピー機がないのでベルトから白紙を数枚出してキツネさんと2人で

その履歴を書き写つす。

日付などを見てみると明らかにある短期間に集中していて、1日に10件以上討伐任務をクリアしていたり…これって環境破壊になるんじゃないか。口にはしないけど。

そして最後の討伐任務。ランクはSSS。

ギルドの任務の危険度を示すランクはE→D→C→B→A→S→SS→SSSとなって

おりまた登録してあるハンターの強さも同じ様にランク付けしてある。

履歴、というよりは簡易報告書が任務順にまとめられているだけで一覧というわけでは

ないのだがどういうわけかその最後のSSSランク任務報告書にはそのランクと任務完了報告受領というハンコしか押されていない…怪しい。怪し過ぎる。

全て写し終わった後、キツネさんとも話してみたら「魔王討伐任務」ではないか、

とのことだ。

…まぁそれなら最高ランクなのも頷けるけどさ、元々勇者の目的ってソレなんだから。

けれど何故それを非公開なのか。

魔王倒す為の勇者なんだからその結果を隠す必要はないし、第一それをアピールするため私とキツネさんが旅にまで出ているわけだし。

「…結局、後々会う予定の皇子様やミレシアン様に聞けってことですか」

「そうですね。 私たちで話しても正解は出ませんよ」

本日の予定、終了。大体昼前だったと思う。



そんなんで謎を解明するつもりがさらに謎を呼んだ結果となったけれど、その前に

解決しなければならない問題が発生した。

ぶっちゃけて言うと、小鳥遊たかなし 小鳥ことり 迷子になりました。


乾いた空気に間抜けな「え、マジで?」という私の呟きが響いたのが今から約1時間ほど前。 昼食を適当な食堂で済まし、商店街ぽいトコロをぶらりと歩いていた時まで私の隣にキツネさんがいたのは覚えている。目に付くお店なんかをネタにどーでもいいコトを話していた。

で、気が付いたら1人で歩いていたのだ。

先程の呟きの前にどーでもいいことを呟いていた…一体私はどれだけ独り言を呟いていたんだろう。

慌てて辺りを見渡しても見当たらない。

半獣や獣人が混じっているので人間なら数が少ない分見つけやすいはずなのに。

いやコレ迷子ってかはぐれた…ってそれが迷子じゃね?

軽くパニクりながらウロウロを30分。

それからは何度もお店の前を通る私に声をかけてくれたおっちゃん(半獣:ヤギの角)のご好意で落ち着くまで店内で休ませてもらった。


…と、以上が本日のこれまでである。


現在キツネさん探しは置いといて、1人観光を決行中の私。

というのも先程の親切なおっちゃんに『宿が決まっていんのかぃ?なら時間になったら

ソコに帰って、それまでココを観光してみたらどうかねぇ?』と近辺で絶対に迷わない

観光名所を教えてもらったのでならそうしようか、とあっさり。

だって迷子で不安になるよりソッチの方が気楽で確実だし。

実際今の私は散策気分で、もしキツネさんを見かけたら「あ、そこにいたんだ」程度で

済ませられる自信がある。


さて。

親切なおっちゃんの店で買った一口サイズの飴がたくさん入った袋を手に

目指すは『揺るぎなき巨塔エラグラレ・トドヴァール』。

街で一番大きくてどこからでも見えるので目指すのなら迷うことはなく、更にソコを

起点にいくつもの大通りがあるので宿への帰り道もわかりやすいだろう、とのこと。

ただし『揺るぎなき巨塔』は中を見学することは出来ないので外から見るしかないんだけど。

「まさか1人で異世界街を観光するとはね…」

まだ少し距離があるがそれでもその名の通り大き過ぎる塔はあと10分も歩けば

到着できるだろう。


段々塔に近づくにつれて店の種類が変わってきた。ついでにヒトの数も増えている。

この異世界に「観光」という言葉が存在しているのだから私みたいな観光客がほとんどかもしれない。

それに観光名所でもあるようだし、ココ。

ただツアーという団体観光はないようで個人や仲間内で立ち寄った、という感じが多いみたい。


そんな風に見渡してみればと色んなヒトがいる、と実感した。

それは少数民族が集まって出来たお国柄なのか何故被らないんだろうと思うほど

様々なヒトが歩いている。

ふとキツネさんの有効活用を思い出した。


アジュラ連合国というのは人種で言うと大まかに3つに分かれる。

『獣人』は『獣』が人体化したヒト。

『半獣』は『人間』と『獣』が融合したヒト。

残りの1つは『人間』。

完璧に理解するには『獣』についての概念やら歴史やらを知らないといけないし、

すっごくややこしかったりするので流石にソコまでの有効活用は遠慮した。

まぁ大事なのは己の部族のみだそうで人種についてはそれほど細かく気にしないそうだ。 けれど『半獣』より『獣人』の方がレアというか雰囲気的に上らしいので間違えると失礼になるらしい。

で、『獣人』と『半獣』の見分け方が一応ある。

『獣人』の見た目は二足歩行する動物で、『半獣』は人の肌の部分がある。

ただポテとテマの『ユラ族』は見た目まるっきり兎型の『獣人』という例外もあったりする。 まぁそれは少数になるみたいだけど。


「っと、まぁこの辺まで来たらイイか」


気が付くと巨塔までの距離が大分縮んでいた。

これ以上近づくと見上げる角度がきつくて首を痛めそうと判断した私はガリガリと

小さくなった飴を噛み砕きながら周囲を見渡した。

やはり観光名所であるからお土産屋さんが多く、パッと見てお目当てのものがありそうな適当な一軒に入る。


「いらっしゃいお嬢ちゃん。 何をお探しかな?」

店に入るなり声をかけてきた暇そうなおっちゃん。

頭にねじったタオルを巻き柴犬のようなクリーム色の毛の獣人。 

入るなり話しかけてきたりその見た目からも「せっかち」と判断した。

ま、ヒトは良さそうだけど…。

「『揺るぎなき巨塔』の絵が描いてあるしおりってないかな?」

簡単に持ち運べるお土産といえばこれくらいしか思いつかなかった。

まだ旅の途中であるし、荷物を多くするわけにはいかないのだ。

おっちゃんは「んー」と唸るように考えてからゴソゴソと探し始めた。

「『しおり』、ねぇ…他国、いやオルブライト王国の品かねェ?」

「そ、そういうのっていうわけでもないんだけど…本とかにここまで読みましたよーって

 いう目印な紙端って感じかなー」

「おーそれならソレに使えそうなのがあったな。 ちょっと待ちな」

焦った。

店の奥に消えたおっちゃんに頷き返しながら内心冷や汗が。

いや…そっか、しおりはこの世界になかったのか。

考えてみればそうだ。 本はまだ一般庶民層に絵本などといったカタチで普及して

いなく、学術書とか専門書や国政の書類といった『残すべき記録』でしか使われていなかった。

私が国家図書庫管理司書長なんていう紙に埋もれた職だから勘違いしていた。


ドキドキしている心臓を押さえながら店の商品を眺めていると奥からおっちゃんが

小さい箱を抱いて戻ってきた。

「いやぁ待たせた。 お嬢ちゃんが探していた『しおり』ってこんなので良いのかな?」

目の前にポンと置かれた箱を覗くと薄い木の板や金属板、紙の束がいくつも入っていた。

「手にとっても大丈夫?」

「おゥ大丈夫さ。 ただインクが付いているのもあるから気をつけな」

なるべく汚れていない綺麗なモノをいくつか取り出してみる。

するとドレも『揺るぎ泣き巨塔』が忠実に描かれており、金属板は彫られていた。

街並みから見上げるようなアングル、街の上から高さが水平になるようなアングル、『揺るぎなき巨塔』のみで周囲を装飾されたモノもあった。

私はそれらの中から1つの薄い金属板を取り出し光に透かした。

職人の手で彫られたであろう穴から光が漏れ、まるで『揺るぎなき巨塔』に後光…いや朝日が差しているようで幻想的だった。

「それが気に入ったようだねェ」

ハッとするとニヤついたおっちゃんが。

よこしな、と手を出してきたので素直に見とれていた金属板を渡す。

しばらく私と同じように透かしたりルーペみたいなのでじっくり見たりした後、ため息を付いた。

「はァこりゃ『カレリ・マド・ピターチェ』の結晶板か…お嬢ちゃん目がイイねェ。 

 稀代の細工師の作品を見抜くなんざ並の鑑定士でも難しいのに」

「んーその評価は嬉しいけど、そんなモノならしおりに使うのもったいないんじゃ

 ないかな?」

確かに一番綺麗と思ったのはその結晶板とやらだけど、紙一枚の絵にしたって

充分なのだ。 けれどおっちゃんは首を横に振る。

「確かに値段がちィと高くなるかもしれないがこの結晶板はさっきお嬢ちゃんの見方で

 楽しむモンだ。 それを見抜いたお嬢ちゃんに持つ資格があるさ」

布で汚れなどを拭き取られホラ、と私の手の中に幻想的な画の結晶板が。

「持っていきな。 それで色んなアジュラのカオを見ると良い、それこそが作り手の

 願いのハズだ」




再び道を歩く。

今度は『揺るぎなき巨塔』に向かってではなくその近くにあるらしい

休憩所みたいな広場だ。 

地元のヒトだけが使うような小さな広場みたいだがそこに『揺るぎなき巨塔』をゆっくり眺められるベンチがあるらしい。 小さくて見つかりにくくても行き方さえ知っていれば迷うことはない、と広場を教えてくれた先程の獣人のおっちゃんは力説した。

…何か迷ったことあるけど!な必死にも見えたのでどうしようかなーとは思ったが

迷ったら諦めればいいやと開き直ってこうして広場に向かっている途中、ふとそういえば

と足を止めて呟いた。

「って私今迷子じゃなかったっけ?」


教えてもらった行き方通り進めば問題なく到着した。

何で初めての人間でも辿り着ける説明が出来るのにあんなに必死だったんだろう。

まぁいいや。

「折角の光景を楽しまなきゃ」

人工的に植えられた林の中にあったその小さな広場は道から見えにくくさらに屋根などなくただベンチが円型に設置されているだけなのだ。

一応道として石が点々と埋められていたがほとんど草木で隠れてしまって意味を

なくしている。 そんな中、というのは少々変かもしれないがそれはあった。


『揺るぎない巨塔』に背を向けて10歩。

次にクルリと反転。

更に首を斜め45度ほど上へ。

そしてその視界には『画』があった。


『俺たちアジュラの民にとってあの巨塔は特別過ぎるんだ。 巨塔以外の建物が

 こんなに低いのは法律に規制されている訳でもその技術がない訳じゃない。

 自主的に建てないのさ。  結局…突出した高さといいその名といい象徴にも

 規則ルールにもなったが孤高の存在。

 アジュラは集合体だ、それが『ひとつ』と表現されちゃあ昔を知っているヤツらに

 してみれば気が気でない…想像できないだろうがそんなモノなのさ。 色々あるんだ』

広場への案内の最後、獣人のおっちゃんは説明の時よりも真剣な顔で語ってくれた。

『あの広場はねェ、そんな間違いを気付かしてくれるトコロなんだ。

 行ってみな、きっとイイと思えるモノが見えるハズさ』 


アジュラのヒトでもなくオルブライト王国のヒトでもない。

この世界にとって異世界人である私は爪先程度の知識でかろうじてやっていけている。

けれど。

そんな私でも確かに『イイ』と思えた『画』があった。




ただ純粋に見とれていたその時。

私しかいなかった小さな広場に複数の集団が賑やかにやってきたのを

気付けないでいた。

気付いたのは私を現実に引き戻した一言。


「あれ? ニオイが付いているな」


キツネさんでも今日親切にしてもらったおっちゃんでも広場ココまでの道を説明してくれた

おっちゃんでもないその声。 

たった一言だったが力強さが感じられる声音にその発信源に振り向くと。

「は?…いや…え?何事?」

狼のような鋭い目つきの6人の獣人が小鳥わたしを見つめていた。





おまけ↓

オルブライト王国首都アズライト 王城内のとある一室


三ヶ国の幹部クラス以上の重要人たちばかりが集って行われる食事会の開催が

決まってからアイザワは旅のパーティーのメンバーだったフランフォルグ皇子と

騎士のケルヴィンに各国の歴史から招待客についての勉強会レクチャーが帰還して

からの日常と化していた。


そして今日も勉強会が行われる予定の王城内のとある一室に向かうと

教師その2のケルヴィンがすでに準備を始めていた。

「あれ?今日ってフランが先生じゃなかったっけ?」

自分の記憶を確かめながらそう問うとケルヴィンはアイザワに目を合わさずに言った。

「正直に言うと逃げてきたんです。 この部屋なら“あの人ら”は入れないでしょうから」

「そ、そうか!」

上手い返答が思いつかないまま定位置となるイスに座るアイザワ。

そしてすぐに淹れたての紅茶が彼の目の前に置かれた。

その一連の動作は教師と生徒としてはありえないが、元々一緒に旅した仲間で勇者と従者なのだから。


ポットに手を添えたままどこか遠くを見つめているケルヴィンに「S属性ないし俺はノーマル!」とかつて主張していたアイザワは慌ててパニックなままの頭で弾き出した台詞を言う。

「き、今日はケルヴィンがいるってコトはフランはこ、来ないんだな!」

自覚ナシで爆弾がセットされた。準備は完了。

心の中で密かに「でもMだよね?」と確認はしていないがそうだろうと決め付けている

ケルヴィンは苦笑。

確かにアイザワにとってフランフォルグは魔術の先生という優しい言葉なんかではなく最初から鬼教官であり、それは魔術だけでなく普段から全てにおいてそう評価している。ソレに対してケルヴィンには頼りになるお兄さんと落ち込んでいるなら励ましたいと気遣う辺りまるっきり正反対である。

「何もそんなに必死にならなくても良いじゃないか」

ケルヴィンはこっそりと爆弾の導火線を確保。タイミングを計らう。

「アイザワがそんな器用なことできないのは知っているし」

クスクスと笑うケルヴィンにアイザワは照れているのだろう、少し斜め下を向いて

俯いている。

「まー器用じゃないってのは認めるけどさー」

器用でないのを認めるのと不器用であるのを認めるのは同意義のようでそうではないらしい。 心なしか発言に力が込められているようにケルヴィンには感じられた。

だがしかし、そんなほっこりするようなシーンとは裏腹に導火線に火を付けた。

勿論、躊躇なく。


「ちなみに今アイザワの後ろにいるフランフォルグ様(上司)に現状報告を求められると

 思うけど…私(部下)は正直に包み隠さず言いますからね?」

「oh…」




「―――ふむ、今日はここまでにしといてやろう」

その言葉、待ってました!と言わんばかりに机にダレるアイザワ。

全てにおいて優秀なフランフォルグは教師としても優秀だった。とても優秀だった。

きっとアイザワが現実世界で通っている中学校には勝てる教師などいないだろう。

もしかしたら進学校と呼ばれるトコを目指す子が通う塾の講師以上かもしれない。

まぁ塾行ったことないしイメージだけなんだけど。


ダレているアイザワを完全に無視して片づけをするフランフォルグにケルヴィン。

ケルヴィンは引火したことを悪びれる様子は一切なく今は新しく淹れ直した紅茶を鼻歌

交じりに用意している。

あの時、このヤロウ…と恨めしい思念を飛ばす前に鬼の怒気が部屋を充満した為

アイザワには普段より3割増?いやいや5割増でしょう(アイザワ視点)な鬼教師

パーセンテージで行われた本日の勉強会。その感想を聞くと、

数々の修羅場を潜り抜けてきたケルヴィンは「いつものことじゃないか」

その以上の場を無敗を誇るフランフォルグからは「このバカザワが」



…ともかくこうして勉強会が終わり、いつもの雑談会がその場で行われた。

話題は旅の思い出話から始まり時折フランフォルグの一人旅時代やケルヴィンの

苦労話が混じったりもしたが、和気藹々という表現が今度こそ終始当てはまる。


紅茶を2回ほどおかわりもしてそろそろ日が落ちるし雑談会も閉会に近づいた頃。

そういえば、と持っていたティーカップを下ろしてフランフォルグが口を開く。

「アジュラ商連を通してポテとテマから食事会の返事が来たぞ」

ポテとテマといえばアイザワにとって非戦闘員だとしても大事な仲間であるのは

譲れなく自分が現実世界に帰る前に会いたかった半獣達である。

「どうだった?」

「そう急かすな。 …2人とも『喜んで!』とただ一言だ」

つまりもう一度会える!その事実だけでも両手を挙げて喜べるアイザワは流石にそう素直に表現するのは恥ずかしいので1人ガッツポーズを小さく。2人が見ているのは同じなのに。


ケルヴィンはそんなアイザワを視界から外してフランフォルグの方を向いて。

「しかしその返事だと我々と一緒なのかアジュラ商連の代表としてなのか

 わかりませんね」

フランフォルグはそんなアイザワを視界から外してケルヴィンの方を向いて。

「どう扱うかは我々に一任する気だな。 しかも連絡を取ろうにもアチコチ

 移動しているから難しいし」

「僕としては『仲間』として迎え入れたいんですけどね」

お茶請けとしいて用意されたマフィンは王族専属の料理師によるもので騎士である

ケルヴィンでもこうした場でなければ食べれない一品だ。

甘党ではないフランフォルグのためなので甘さは控えめだがそれでも充分に美味しい。

「…実はその辺が曖昧なのは『国家図書庫管理司書長』が不在のせいらしい」

「王城七不思議のウチ4つを占める『管理司書長』、ですか」

確か義理兄が会ったとか言ってたな、とおぼろげな記憶を掘り返すケルヴィン。

首をかしげる彼にさらに話を進めるフランフォルグ。事情がわからないのだろうと判断したらしい。

「その『歴史』を決める人物がな、今俺たちの旅路を纏める為に旅に出ているんだと。

 俺はソッチについてはほとんど母上に任せているから詳細は把握していないんだ

 が…」

一旦紅茶で口を潤し、話を続ける。

「ソイツがポテとテマを俺たちの『仲間』として扱うのか『アジュラ商連の派遣隊』として

 扱うのかによってコッチはそれに従うしかないのだ」

「王族が一部門の長の決定に従うのですか…」

政治軍事全てにおいて最高位に存在する王族、ましてフランフォルグがいう母上とは

国妃だ。エリートでもある第一騎士団であるケルヴィンでさえ雲の上と感じる人達が

従わなければならない、という事実に驚くのは無理もない。

「『歴史』と食い違いが発生するのは喜ばしくないだろう? しかも食事会と

 銘打った『三ヶ国共同友好宣言』だ、些細なコトさえも気にするのは仕方ない」

気に喰わない、そんな表情をしながらも仕方ないと言うフランフォルグ。

ケルヴィンは自分が口を出してどうにかなる話でもないしこれ以上その話題をするとさらに機嫌が悪くなるのは分かりきっていたのでアイザワと違って器用に話を変える。

「そういえばこの間騎士団で―――…」


こうしてとある王城の一室で

紅茶と甘さ控えめのマフィンを囲み、穏やかな一時が過ぎていく。




オマケのオマケ

一方文章での表現でも忘れ去られていたアイザワ。

実は「おい」とか「無視するな」とか発言していたが同席者2名によってフィルターが

かけられいないことにされていたアイザワ(勇者)。

シカト、というスタイルでたっぷりと羞恥心を味わいふてくされた彼はお茶請けに用意されていたマフィンをヤケ食いしていた。 …後に喉に詰まらせたり1人で全部食べてしまって密かに気に入っていたフランフォルグに怒られたりするのは……また別の話。




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