異世界編 その16 『アジュラ:入国』
そこに踏み入れたのはすでに閉門ギリギリといった時間だった。
身分証明とかに時間が掛かったとかじゃなくて、私とキツネさんのは国妃である
ミレシアン様から頂戴したものだし、そのオカゲでほとんど荷物検査ナシで
スルーできたし。
とはいってもそこからはそれ以上の特別もなく、他の人たち同様にアジュラ連合国まで
始まりの河にかかった橋を歩く。
これは緊急の伝達の走行獣でない限り橋の上は歩くというルールがあるのだ。
まぁ急ぎの旅とはいってもいつでも走らなきゃいけないわけでもないしルールでも
あるからラバル含めて2人と1匹でのんびりと周りの景色を見つつ散歩気分で。
ザッザッザッ
足音が石を蹴るような硬い音から下へと吸い込まれるような沈む音に変わった。
「アジュラ連合国、入国ってね」
「クアァ!」
公園とかの砂場みたいな感触の地面。
オルブライト王国のように一面森ではなく所々に固まって生えて、その木々は葉が
少なくてこの異世界では初めて見る植物。
現実世界、日本ではお目にかかれない光景が地平線の果てまで続いていた。
「異世界風景堪能しているところ悪いですが国境付近に町がないようですし、人が
住んでいる町なり村まで急ぎましょう」
いつ間にか足を止めていたキツネさんはラバルに乗せている荷物からラバルの
拘束具を取り出すと慣れた手つきで準備を始めていた。
「この辺ハウスはないの?」
ハウスとはこういった旅人や冒険者用の小屋で、非常食や水といった物が常備してあり誰もが無料で使用・宿泊できる場所のこと。 あ、やっぱりこれも(キツネさんの)有効活用だったりします。
「ありますよ、このまま南方向に歩いて30分の場所に。 ただ空路で真っ直ぐ首都に
向かうとなると南西方向に飛ぶことになるのでそちらのルート下にはハウスが
ないんですよ」
「…つまりハウスという選択肢はすでにないんですね?」
「そういうことです。 大体ハウスだからって魔物に襲われないという確証もないですし」
上司に何も言わずに勝手に決めないで下さいよ。
…とは声に出して言えない。
だってラバル操っているのキツネさんだし事前に話を聞いていた私だってそう判断するだろうし。
それにキツネさんがそう判断したのなら私が決めたより安心する。
私の勘よりキツネさんの有効利用からの方がイイに決まっているから。
「日が沈むまでに時間があります。 それまで進みましょう、小鳥さん」
気休め程度になるかと思って淹れた「紅茶」。
正確には淹れてもらったんだけど。
まぁそんなことは「紅茶」が目の前にあるという現実の前には些細なことで「どうでもいい」と鼻で笑われてもしょうがないことだから頭の中にやらずにその辺に放っておく。
「…バラド民族つうーのはさ、元々の『魔法』っていう高等秘術を扱っていた一族だった
のさ。だけど今はその『奇跡』より『技術』が一般化して、オルブライトの国民からは
嫌われた」
「何で?」
「ちょっと例えが悪過ぎるが…ある一人を殺そうとする『奇跡』を起こすために
その1人分の血を捧げてようやく発現するかもしれない『奇跡』。
それが『魔法』なのさ。
殺せるかもしれない『魔術』に発現さえすれば絶対に殺せる『魔法』…三カ国戦争
時代終結頃、『魔術』がオルブライト国民の8割は使えるモノだと判明したら
『魔法』は禁忌とされ忌み嫌われたのさ。ケヲスはそもそも『魔法』に反対してたし
オルブライトからは追い出された、なら残るはアジュラしかない」
「アジュラは反対しなかったの?」
「反対も賛成もしないさ。 来るもの拒まず、ってスタンスだしな。
で、バラド民族は他民族と触れ合わないようにひっそりと勝手にアジュラに
住み着いたのさ」
「ふぅん」
折角淹れてもらった「紅茶」が冷め切らないうちに、と一口。
うん…相変わらず上手いなぁ、キツネさん。
「ここまで説明すれば良いだろう…バラド民族に何があったのか、話しても良いのさね」
中途半端に砂漠化した大地の上を飛ぶ。
何となく評価が下がっているのは気のせいではなくて、細かすぎる砂がゴーグルを
しなければ目に入るしきっと髪の毛には砂が絡んでいるだろう。
慌てて大きめのタオルを取り出してガードしたので今は防いでいるがそれでも顔は
出さないと息が出来ないし、そこに砂が当たって痛い。
「…小鳥さん」
「何ですか?」
口の中に砂が入らないように俯き、手の甲でガードしながら。
「思ってたよりも風が強くてラバルのスピードが出せませんし視界の範囲内に村なども
ないですから」
その言葉はやっぱり、と思うものだった。
「野宿する場所を探しましょう」
キツネさんに「紅茶」のおかわりをせがむ。
すると「しょうがないですねぇ」と苦笑されつつ2杯目の「紅茶」が。
何故苦笑なのかは私のを淹れた後ポテとテマのも淹れ直していたので聞けなかった。
「さて、と。 元々俺たちはオルブライト王国からアジュラに帰る途中、偶然「運び屋」を
探していたアイザワ達に雇われてコルトベヲラントに行ったのさ。
で、一旦はそこで別れたんだが最高議会のお達しがきてな、アイザワ達とアジュラの
調査員2人をバラド民族まで…拉致事件が解決するまで従うことになったんだ」
「キミたちが指名されたのって顔見知りだから?」
「それもあるだろうさ、フランフォルグ様のご指名だったようだし。
あと俺がアジュラ商連の特別配達人であるっつーのも理由の1つだな」
「特別配達人?」
「まぁ国が認めた配達人で、機密文書の配達も請け負ったりするんだ」
「エリートってヤツですか。 ん?弟のテマは同じじゃないの?」
「テマは見習い、それも走行獣トレーナーのな。 俺はテマが1人前になるまでの
教官として一般配達任務をしながらアチコチ行って色々教えていたのさ。
だから手が空いてた、と言われればそうもなるのかねぇ」
勇者一行をまとめるとこうなる。
光属性の勇者アイザワ。
騎士団員の従者2名。
四大属性持ちの皇子。
半獣で御者2名。
アジュラ連合国から派遣2名。
計8名って…多くね?まぁRPGゲームとかあんまりしないからわからないんだけど。
「バラド民族の集落がある『黒き渓谷』に到着した俺らは荷車が大きい
こともあって派遣の1人と俺ら3人は待機、他の人らが集落の様子を見に行ったのさ。
まぁそのあと色々起きるんだが…まず最初に言っちまおうか」
ポテ・ユラは私の目をしっかりとみつめて。
「バラド民族は1人を除いて殺されてたのさ」
本日の夕食は日持ちする硬いパンに温かいスープ。デザートにドライフルーツ。
これでお腹いっぱいになるのかと言われると意外になる。
まず硬いパンはそれを食べようと何回も噛むのでそれだけで満腹中枢が刺激される。
一応スープにつけてやらかくしようとはしているけどそれでも硬いのだ。美味しいけど。
ドライフルーツは疲れた顎を癒してくれた。通常のフルーツより顎使うけど。
そして食後には保温加工された水筒に入れられた「紅茶」。
「現在地はわかった?」
一足早く夕食を食べ終えたキツネさんは地図を広げ指から糸を垂らしたり空を見上げたりしている。
どうやら現在地と街、もしくは首都までどれくらいかを調べているんだそうな。
地図や空へと忙しいキツネさんは一旦私の方を向いて、
「天候や風向きが悪くなければ明日首都コルトベヲラントに到着できるかもしれません」
と結果を伝えてくれた。
「ま、ルート外れないように進めば着くもんでしょ。 ラバルもウトウトしているみたい
だし、キツネさんも明日に備えてもう休んだら?」
「…そうさせてもらいましょうかね」
やはり自分が見張りを、と言い返さないで素直に頷いたところをみるとそれなりに疲れているようで。 一方私はといえば風や砂やらを堪えて座っていただけで、その前は話を聞いていただけで…うん、平気。
規則的なような不規則のような焚き火の揺れを見つめたり。
冷えてきた気温に手を擦り合わせてみたり。
空一面天の川のような細かい星が散らばってる空を眺めたり。
キツネさんとラバルが寝ている中、私はそんなで時間を潰していた。
とはいえ眠くなってはいないが好い加減ヒマだ。
というわけで今朝書いた「物語」でも読もうかと行動する。
今まで読まなかったのは読んでいるのに集中してしまうと周りが全く見えなく
なってしまうからだ。 見張りというのに周りが見れていないのは駄目なのは
わかるがそれだとヒマで眠くなるし。
寝ているところをキツネさんに見つかるのと物語を読んでゆっくりしているのを見つかるの、どっちがマシか。
そりゃあ後者でしょう。
なのでベルトのポケットから取り出そうとすると…
…――…――…
パチパチとなる焚き火が異質なような空気。
何だろう…頭に引っかかるし肌が寒気では無いナニかを感じている。
「キツネさん!ラバル!」
自分で答えを出すより声を出して状況を伝える。
キツネさんは素早く立ち上がると私と同じように周囲を警戒する。
何ですか?と聞かれないということは異質な空気を察したのだろう。
ラバルはそのキツネさんの指示をじっと待っている。
「魔物…しかも群れときましたか」
小さな独り言だったが静か過ぎるためハッキリと聞こえた。
…――…――…
異質な空気の原因、魔物の群れは私たちとの距離を動かしていないようだ。
けれど近づくのを止めて留まっているということは私たちが気が付いたことに気が
付いていてコチラを窺っているのだ。 つまり、諦めていない。
警戒しつつキツネさんの傍に移動する。
「逃げ切るのって可能だったりしますか?」
「…何もしないで逃げるだけというのは難しいでしょう。 ここはコチラから仕掛けて
怯んだ隙に逃げた方がいいです」
私たちは別に冒険者でもハンターでもない。
だから戦わなければならない理由もないし逃げてはいけない理由も無い。
迷わず逃げることを選択したことに何ら思わない。
その決定に従って細かいことを簡潔に聞き、無言で頷いた。
そして動き出す。
「ラバル! 空で待機していなさい!!」
「クァアッ!」
大きな羽が羽ばたき、空へ。
それと同時にキツネさんが前方へ、魔物の群れがいるところへ突っ込む。
「起動!」
何匹いるだろう。
黒い毛なのか煙なのかよくわからない四足で犬みたいな魔物は獲物が向かって
きたことで一旦後ろに体重を寄せたがそれをバネにしてキツネさんに襲い掛かる。
焚き火という小さい光と細かい天の川というライトのオカゲでカレらの瞳が光り、
襲い掛かったのは5、6匹だろうと判断する。
ザワザワと感じた異質はそれ以上と感覚的に掴んだ為、おそらく残りが私にくる。
昼間でも無いのに目が限界に開いているのがわかる。
指先までの感覚を意識できるくせに身体は無意識にキツネさんの後を追っていた。
初めての『戦闘』という行為に興奮しているのだろうか、恐怖するのではなく。
残り、の8匹が私の前方に来た。
視界の端でキツネさんがナイフにしては刀身がやや眺めの武器に風を絡めカマイタチのような風を飛ばしたり触れた魔物を複雑な風でまるで鋸の様な傷をつけたり、とファンタジーな戦闘を行っていた。
私にはとてもじゃないがそんなファンタジーは無理。
「「 !!」」
前にいた2匹の魔物が同時に私に襲い掛かる。
攻撃をする手段がまともに無いのなら避けるだけ。
魔術道具で強化された脚で地面を蹴り、そのままに勢いで前方宙返りだっけ?で
避け着地する前に「装填」する。
体の中で何かがズルズルと引っ張られる感じが気持ち悪いがそんなことは言ってられない。
まず着地したのは右足。
後ろに去った2匹とは別の4匹が左右から私を挟むようにきたので右足を軸に反転、その勢いのまま左足で蹴り払う。
「噴出!」
純粋魔力というオマケつきで。
バァアアン!と何かが破裂する音が響く。
私の脚が魔物に触れた瞬間、当たった箇所がまるで風船が割れたように弾けた。
声には出さなかったけれど私だってびっくりだ。
頭部をなくした魔物は私を挟もうとしていた2匹を巻き込んで地面に転がり、目の前で
仲間を倒された1匹は怯んで襲い掛かるのを止めた。
思わぬ効果と勢いでバランスを崩した私は再度「装填」しながら順々に飛び込んでくる
2匹を空いている手を使いながら避け、バランスを直す。
1匹消えて2匹遅れて1匹戦闘意欲無し、4匹が2度目の襲撃を仕掛ける。
群れという集団を形成しているということは個人での戦闘力は低いのだろう。
さっきから2匹以上で攻撃してきているし、間違っていないはず。
だったらそんなことをしても無駄。集団の意味をぶち壊して怯ませた隙に逃げるが
一番。
「噴出!!」
ギリギリまで距離を縮め、避けきれないところまできてから両手を前に突き出し、
ソコに溜め込まれた純粋魔力を放出する。
不安だったのは放出が全方位になってしまうことだったけれど頭の仲でイメージした
通り前方に収束されて発射された。
ただ収束率が高かったのか攻撃範囲が狭かった為、当たったのは4匹中2匹。
けれど上半身、右半身が煙が強風で消え去るように掻き消えて行動不能になったのは成功といえる。
そしてこちらの予想通り動ける残りの4匹と様子見の1匹は私を警戒してすぐに
襲い掛かることはなかった。
「…ラバル!」
今が逃げるチャンス!
キツネさんは私にこう言った。
『隙を見てラバルと逃げなさい。その瞬間私が広範囲の魔術で一掃、までは
約束できませんが必ず、追い払います』
なら最初から私はラバルに乗って飛んでいればいいじゃないか、と思うが荷物を乗せるための装具しか付けていないラバルにスキルの無い私が乗るなんて出来っこない。
それにキツネさんだってこっちの世界では軍人だったりするが現実世界の日本の
人間だ。
私と違って「魔術」が使えるようだが、本来そういったヒトではないのだ。
なら、なら…変に一秒一秒の時間が長く感じる中考えるが答えは1つしかない。
あの頷きは、嘘ではない。
なら…私はラバルと共に逃げる。
そしてせめて、キツネさんの「邪魔」にならないようにキツネさんの「助け」になるように。
砂地である地面を強化された脚でドンッと思いっきり蹴る。上へ跳ぶ。
行き先を見れば私の呼びかけにラバルはすでに私の指先の直線上で
待機してくれていた。
上へ上へ!早く早く!
「「「 ッ!!!」」」
足下ではナニかの叫び声が聞こえた。そんなのはどうでも良いから届いて欲しい。
あとラバルの脚まで50cm程度の時、寒気がした。
気温とかではない、これは何かの直感的な…指先から爪先へと視線を動かす。
「っ!」
声は出なかった。
けれど「恐怖」を明確に感じた身体は固く重くて、空中で一瞬止まる。
あとは降下しかない。
思わず手を引っ込めてしまう。
私は見てしまった。
黒い煙のような影のような魔物が1匹私の脚に喰らいつこうとしているのを。
何もかも黒い体から口の部分が大きく裂け、パクンと収まるくらいな大きさで。
「生きる」ためでなく「狩る」ために使役されてきたであろう牙は私の視線を独占する。
あと少しで届かないソノ距離は私の降下ですぐ埋まってしまう。
身体が落ちる。
あぁ感覚は無いが視覚的にはすでに裂けた「口」の中に脚が入り込んでいる。
ゆっくりと「口」が閉じられる。
涙が出そうになる。
けれどそれは出来ない。
嫌だ嫌だ嫌だ。
ナニが嫌だって?
決まっている!
こんなファンタジーな魔物になんか喰われて堪るか!
キツネさんの「邪魔」なんかになってやるか!!
「…っ! ば、噴出!!」
引き攣る喉を無理やり発したのは1つの固定始原言語。
残っていたありったけの純粋魔力を何のイメージも制御もなしにぶつける。
身体の中の見えない器官がガリガリと削られているような音がしたけれど、ちゃんと
発動した一応魔術になるソレは再度私を空へ飛ばし、魔物は内側から破裂するように
ハラハラと散った。
私はそれをじっくりと見届けることなく手の先にあったラバルの足にしがみ付いた。
「ラバル! もっと上に!」
「クアァ!」
そうしてラバルと私が空へと逃げたすぐ後、下からゴオォォオオ!と目も開けていられない風が地面を這う。
咄嗟に顔を埋めて耐える。
たった数秒ほどだろうか、風が収まったようなのでそっと目を開けた。
キツネさんがただ1人、ポツンと立っていた。
…初めての戦闘シーン。こんな感じでいいかわかりませんがイメージ的には
背景と同化してそうな味方の脇役による戦闘です。勿論メインはキツネさんです。