異世界編 その13 『旅の悩み+』
集中している時間というのは実際の時間とズレがあるようで。
「取材」を終えて気を抜いた途端に朝食抜きのお腹が「グゥー」と鳴ってしまい、
クスクスと笑う巫女さんに誘われてお昼ご飯を一緒にすることに。
時刻は既に「1」を過ぎていた。
昼食中も勇者アイザワとの旅のアレコレも勿論あるがどうやら巫女さんはその役目に
反して研究者でもあるらしく、エルフの精霊魔術や魔術技術といったエルフ固有の
「術」を専門用語を混ぜ、解説し楽しく過ごした。
そしてその話の1つ。 オルブライトの魔術騎士の中でも第一騎士団といったトップ
クラスの人たちには個人用武器の所有が許され、個々に合わせてハンドメイドの魔術
装飾が施された武器はこのエルフの里、ヴィフィールの里で全て造られる。
その話をした途端キツネさんが喰い付き、それを巫女さんが釣り上げる。
ま、何というかつまり…昼食後の予定が決まりましたって感じだ。
「…このようにして宝珠に…」
「…ですがそれだと…」
「…それは確かに効率が…」
場所を「離れ」の2階に移して何やら色んな物があちこちに無造作に置かれている
部屋…「研究室」にお邪魔した。
建物の2階は区切りなどなく、2階は研究室の1室だった。
部屋に入るなりキツネさんと巫女さんは「お話し」に夢中になって勝手にその辺の
椅子に座った私なんて気付いてもいないだろう。
キツネさんは「有効活用」という無駄に多い知識があるためああいう風に専門用語の
入った会話が出来ているけど、私は出来ん。
だってこの世界の常識を覚えるのに手一杯だしね。
「ふぅ…」
話に参加できない私は取り合えず椅子に座って一息つく。
そして白熱した議論を展開している2人を見て、視線を逸らした。
いやだってとてもじゃないが割り込めないどころか聞いているのも無理っつーか。
となるとすることのない私は暇で。
暇つぶしになるかな、とポケットからこれまでの成果を取り出して読み返すことに。
旅の前にも読んだし今朝も一通り読んでいる。
今回はそれに「取材」での「成果」も加えて、読む。
…。
で、どうしよう。
読み終えたのに終っていないとは、これどういうことだ。
陽射しの様子が変わったことから時間はそれなりに進んでいるらしい。
っていうか進んでいるのに続いていることに驚きだよね、キツネさんと巫女さんの議論会。
もう「会」付けちゃうよ、ほんと。
座り続けていたため身体が固まっていて、首や腕、腰と大げさに動かしてバキバキ
言わせながら解した。
固まっていた身体が解れてその爽快感に身を任せたかったけれど、
「小鳥さん」
いつの間にかキツネさんと巫女さんの視線が向けられていることに気が付いて、慌てて
姿勢を正す。 あれ?私って上司じゃなかったっけ?そんな疑問を持つことも出来ずに。
「な、何ですかキツネさん」
「ちょっとその魔術道具を起動させてくれませんか?」
「別にいいですけど…『起動』」
両手足首4つで1組のリストバンド型魔術道具は軽い熱を持つ。
視線が私にではなく魔術道具だとわかって注意が向けやすいように両腕を前に突き出す。
「……」
「……」
そのままじーっと見つめてくる視線と両腕を突き出す私。
どちらがより耐えられるか勝負と勝手に決めてプルプルと絶えながら次を待つ。
何秒たったか何分たったかカウントして無いのでまるっきりわからないけどもう無理!と
思った時、巫女さんが口を開く。
「改良したい」
巫女さんなのにマッドサイエントな雰囲気丸出しで私の魔術道具を取り上げるキツネさんを
連れて移動、といっても研究室内を移動しただけなので座っている私からやや離れた程度。
けれど何をしているかは私からは2人の身体が壁となって隠れてしまっている為わからない。
結局、私はせっかく解した身体をまた固まらせることになった。
あ、魔術道具は使用者の身体から離れると強制的に『切断』される。
「これで完ぺきだと思いますわ!」
特に見た目変化なしのリストバンド型魔術道具を頭上に掲げる巫女さん。
ふふふと怪しい笑みが零れている彼女に招かれて近づくと、「さぁ使ってごらん!」と言わん
ばかりにキラキラした目で押し付けられた。
逃れることが出来ないのはわかりきっているため大人しくリストバンドを装着する。
そして『起動』。
「お?」
熱くなるのは変わらないけれど、リストバンドだけだったそれが身体全体がポカポカしてきて。
とはいっても体内だけがアツい感じで、それだけが感覚的に違った。
「ふふふ…」
怪しい笑みが口の端から漏れている巫女さん。
せっかくのかわいらしい容姿がもったいないです。
「どうやらその魔術道具は大分初期の身体サポート用みたいね。
素材自体は一級品だけど刻むべき回路が粗くて美しくないからこの私が!
エルフ特有の優雅で繊細な魔術装飾を施しましたからこれでもう旧型と言わせませんわ!!」
どんどん加速的にアツくなっていく巫女さんに内心引きながら聞く体制を維持する。
だって聞かなかったら倍速になるからそこは守らないと。
「魔力の流動率を上げましたから発動時間の短縮に効果は3段階と切り替えが可能!
管理司書長さんはまだ魔力の効率について認識していないようなので切り替えは難しいで
しょうが…使っていくうちに感覚は掴めていくでしょう!えぇそうでしょうとも!!」
何だかバカにされているというかそうじゃないだろうけどイラッというかチクッという感じ。
「更に魔力保有量が半端ないという色なしということで新機能追加!!
『装填』と『噴出』は通常の色持ちでしたら滅多に使えないモノですが
管理司書長さんならそうそう倒れることはないでしょう!!
さてこちらの『装填と…」
新機能について語りだした巫女さん。
その横でウンウンと頷きながら巫女さんの語りを聞くキツネさん。
まぁ私も聞いているけど途中途中にいらない台詞(自慢的な言葉)があるのでまとめるとこうなる。
新機能は簡単に言えば純粋魔力をぶっ放して「跳躍」なんかが出来るらしい。
『装填』は純粋魔力を体内から引き出してリストバンド型魔術道具に溜め込む。
『噴出』は溜め込んだ純粋魔力を一気に放出。
どんな場面で役に立つかはよくわかりませんがこのような機能らしい。
一応暴走気味な巫女さんにその辺の質問を投げかけてみると、
「魔物は確かに闇でありそれに対しては光が一番。それがなければ魔物本来の逆属性、と
いうのが一般ですが純粋魔力というのはどの属性にも属さない魔力ですわね。
単なる魔力だってぶつけられればそれ相応のダメージを受ける筈。
つまり管理司書長さんはどの魔物に対して均等にダメージが与えられるわけですわ!!
それにっ! 身体能力向上効果がどれほどかわかっていないのに勘だけで無茶というか
無謀というか無鉄砲というか!!それを躊躇もなしに実践してしまうのですからこれくらいの
保険は付けといて損は無いでしょう!!!」
「…!」
「…」
あ、やべって言葉が出そうになったけど堪える。
巫女さんの無鉄砲な実践ってやっぱ昨夜のことだよね?
「ま、いけるかー」で走り幅跳びモドキをしたあの時ですよね?
そんなこんなで騒がしかった「離れ」から宿に戻ったのは日が沈んだ後だった。
出来れば日が沈む前に宿に戻りたかったけれどまず第1の刺客が巫女さん。
言葉巧みにキツネさんの興味を誘ってそのまま夕食まで連れ込まれそうになったけれど
赤い本を掲げて正気に戻し、阻止。
そして本殿に行けば待ち構える第2の刺客、エルフの長老さん。
巧みじゃないけど相変わらずのエンドレスで脚を宿へ向けられない私たちをそのまま
食卓へ誘ってきたけれど強引に割り込んで任務を理由にお暇させていただいた。
「おーお帰りなさいな客人」
豪気な性格っぽい女将さんの声が何とも身に沁みた。
宿で夕食をとって部屋に入ると思わず「ほっ」と息を吐いた。
時間を見れば長針が8時なので「取材」の復習も今後の日程を今晩中に決められるな。
そう思ってキツネさんを見てみるとお湯を貰ってきたのだろう、左手を高く上げ低い位置に
ある右手が持つポット内の茶葉を躍らせていた。
近くに保温の水筒が無いことから食後の「紅茶」らしい。
蒸らして注がれるには何分か掛かるのでそれまでにテーブルを占領しようと木製の
イスに座る。 ベルトから『赤い本』の入ったポケットと『物語』が綴られた紙が
入ったポケット2つをテーブルに。
本日から「習慣」を再開するつもりだ。
書くのは勿論巫女さんの取材だけど今後の予定とかも書いておこうとか思ったので1つの
ポケットはテーブルの端に。
紙が詰められたポケットから中身を取り出す。
『成果」』の紙も混じっている為日本語だったりこちらの言葉だったり。
書いている文字もそうだけど内容も見せられないソレは今後取り扱いに気を遣わないと。
勇者と同じ世界からやってきましたーって言えるわけもないし信じてもらえないだろうしね。
っていうか極秘任務でも無いけどあまり他人に見せびらかす様なモノでもないから。
はぁーめんどー。
と思いながらも『取材』の紙に目を通す。
コチラの異世界の文字で書かれた『物語』。
出来事からして巫女さんは良くも悪くも経験したようで。
歴史としてみるとただ単に汚点になりかねないけど…勇者アイザワと騎士カトリーヌには
この辺を聞いておかないと。
結局は旅をした彼ら中心に書くことになるんだから。
紙の余白にメモとして書いておく。
「小鳥さん」
顔を上げるとティーカップ2つを手にしたキツネさんが。
「どうもです」
テーブルの上の紙を適当に纏め、空いたスペースにティーカップが置かれる。
そして1度テーブルを離れたキツネさんはクッキーの入った袋を手にして私の対面に座った。
湯気がハッキリと見える「紅茶」は火傷をしそうなのでお互い手付かずのまま。
「紅茶」を口にしないまではクッキーがお預けなのかそちらにも手を付けていないようで。
じゃあ何しているんだろうと対面のキツネさんを見る。
目が合った。
「小鳥さん」
美声とかそういう判断は苦手なのでよくわからないけど、とてもよく聞こえた。
2度目のソレは特に耳だけじゃなくて身体にも響いたのでコチラも瞳を合わせる。
「…」
「…」
どちらも逸らすことなく瞳が向き合う。
「あまり、無茶をなさらないで下さい…」
「うん、わかった」
細められた目が何を示しているのかは考えないことにした。
そしてそんな私の態度を見たキツネさんはティーカップを鼻に近づけて「紅茶」の香りを
楽しむように閉じてしまった。
私も湯気が大分落ち着いた「紅茶」で喉を潤わせようと現実世界よりやや色の
濃いソレを一口。
カチャン。
1つは静かに、1つは故意に鳴らした音を合図にして空気を変える。
「さてと。 今夜中に明日からの旅の予定を決めちゃいましょうか」
次はオルブライト王国首都アズライト。その次は…?
↓オマケ(現在・勇者アイザワサイド)
「ねぇアイザワ」
王城らしい華やかな装飾の廊下。
固めの皮で作られた靴でも床に敷かれたカーペットのクッション性が感じられてそれにかけ
られた金貨の枚数を想像しようとしたところを聞き慣れている声に呼び止められた。
振り返ってみると今日は訓練でもあるのだろうか簡易的な防具を身につけたカトリーヌがいた。
「あれ? 今日は騎士団で訓練参加なのか?」
疑問に思ったことを素直に訊ねる。
すると「自主練習よ」とたった一言で回答してくれた彼女は己の用件を切り出す。
「アンタの見送りの食事会のことなんだけどさ」
「あぁアジュラとケヲスからもお偉いさんが参加するってフランから聞いてるぞ?」
旅の途中で寄った2カ国とこのオルブライト王国が一箇所に集うのは領土を巡った『戦争』
以降とかで『他国…とくにケヲスに鼻で笑われてみろ、いくら魔王を倒した勇者とはいえ
この俺がKILLぞ』とかぶっちゃけ脅されたばっかりだ。これ、昨日の話。
「まぁケヲスの方はドラゴンの被害とかあったけれど『世界の危機を未然に防いだ』からとか
色んな理由があったりするんだけどね。
…おそらく集ったのを良い機会だとかで他にもやらかしそうよ」
「フランか」
「えぇフランフォルグ様とかミレシアン国妃様とか。 悪乗りして国王陛下、かな」
「「…」」
二人並んで廊下を無言で歩く。
その脳裏には鬼教官が。高笑いをバックにした国妃様が。守るべき上司の顔が。
コホン。
「食事会にさ、エルフの風の巫女を招待するのかどうか聞こうと思って」
「あ、そうか、それか!」
咳払い1つでなかったことにしたカトリーヌ。
アイザワを態々探したのもそれを聞きに来たのだろう。
話に出た少女を思い出す。
明るく好奇心旺盛。
初対面で名前を名乗ったら『不思議と変な名前ね』とニコッと言われて内心ショックを受けた。
わがままが許される立場だったみたいだけど自分で出来ることは自分で。
そう言って1人健気にエルフの里を実らせていった風に愛される少女。
「そっかぁ…でも来てくれるかな?」
何度も『しょうがない』と言ったが塞ぎこむ少女は風に閉じこもってしまった。
それでもなんとかこじ開けて『呼んで』あげると涙を堪えながら『ごめんなさい』と一言呟いた。
「来る来ないはあの子が決めること。 アイザワが呼びたいのなら招待状を送る、それだけよ」
「んー送って当日来なかったら俺、アッチに帰りにくくなっちゃうじゃんか…」
「安心しなさい、帰還日については確定済みだから」
「うわ、鬼…」
ギロリと睨まれて肩を竦める。
そんな反省した様子の無いアイザワにはぁとため息をこぼすカトリーヌ。
「その様子なら一応『声』だけでもかけた方が良いようね」
「仲間だからな。 来なくても仲間だったんだ」
「もう…仲間なんだからそんなに不安がらないの、少年」
「がーっ、また『少年』って!っておい!」
「カーペットの金額を正解の導き出せない頭で考えるほどあたしは暇じゃないのよー」
ヒラヒラと手を振りながらカトリーヌは丁度分かれ道にいたことを良いことにそこにタタタッと
駆け込む。
アイザワはそんなところまで観察されていたことに気が付いて恥ずかしさのあまり頭を抱えた。