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異世界編 その12 『旅の悩み』

ヴィフィールの里、2日目。

現実世界と同じ1~12表示の時計が使われている為時間に困ることは特に無い。

けれど起きる為の「目覚まし時計」に該当するのが見当たらなくて、意外にこれに困った。

まぁ異世界に来てから朝早く起きてしまうことがほとんどだったから寝坊とかはないんだけど、

早く起きすぎてしまうのも困ったもんだね。

寝室で眠るキツネさんを起こさないように声は出さずに。


時計の針が6時を指す頃、私は身支度も終えテーブルに紙を広げていた。

1度1階に降りて朝食の時間を聞きに行ったら7時からだそうで。

早起きだねぇと宿のエルフの女将さん笑われ、まぁコレでも飲んでなとハーブティーを

淹れて貰った。

私はその場で火傷しないように一口飲み、上品な香りとミント系が入っているのか喉が

スースーして朝の目覚めにぴったりだねという感想を伝えてからハーブティーを

溢さないように部屋に戻った。

なのでテーブルの上には紙がいっぱいにハーブティー1杯。


香りの強いソレは部屋中に匂いを撒き散らして。

不快ではないしむしろ爽快な気分にしてくれるから良いんだけど。


紙に綴られた『有効活用』やら『物語』は何度も読み返してしまって。

ヒマ過ぎて別の用紙にまとめ直そうかと思ったけど旅の最中に紙が足りなくなるのは困るし。

「……」

そこで目にしたのはベルトのポケットに入った『赤い本』。

この異世界の文字がわかってしまう私だけど表紙に書かれた文字は解読不可能で。

そんな本は触ると気味悪い感覚と共に体が痺れたりする…原因はわからないけど

「魔力拒絶症」は関係していると思う、多分。



異世界で発覚した私の体質は一定量以上の魔力を受け付けると身体に異常を来たすという

「魔力拒絶症」。

何もしない状態から体内への魔力供給というのは微々たるもので、魔術師が魔力を

補充する時は空の回路ラインに吸い寄せられるように自然と供給量が増えるもの、らしい。

通常の魔術師は自分の最大魔力量に達するとそれ以上魔力を受け付けなくて。

そんで一方の「魔力拒絶症」の場合、そもそもそんな便利な回路(ライン)という器官が存在しない。

貯蓄タンクがいっぱいになろうが肉体に異変が起きようが常に魔力を受給する。

つまり例え『赤い本』を手にしていない私も今現在絶賛魔力受給中、というわけ。


そういったことから考えられるのは『赤い本』に触れる時だけ魔力の受給量が多くなり、

許容範囲をオーバーしやすい状況になる。  つまり痺れた感覚やナカで蠢いた

アレは魔力の受給量が一気に増えたことが原因だろうか?

まぁそもそも異世界に来るまで魔法やら魔術、魔力なんて空想であったから『今まで使った

ことのない器官』を急激で多量の『魔力』をその『器官』にブチ込まれた…え、つまり…?


「倒れたり痺れたりはいきなりの魔力に『ビックリ』しちゃっただけで、貯蓄タンク

 満タンになったわけでない…?」


保有魔力量の平均なんて知らないから現在の私の魔力量も多いか少ないかも、自分の

貯蓄タンクの満タンがどれほどかわからない。

異世界初日でのヤンリさんの台詞を思い出す。

確か…『純粋魔力を貯蓄タンクとして持つ人間は色付き魔力持ちより遥かに多い魔力量を

持てる』だっけ?

キツネさん…思ってたより厄介なモノかもしれません。

いや、哀れみは勿論いりませんよ?




一人ぼっちの部屋でアレコレと考えて、時計を見る。

残念ながら朝食までまだ時間がある…どうしよっか。


やることやるべきことやらないといけないこと。

適当に思いついた中にあったそのキーワードに「あぁそういえば」と呟いた。

現実世界で習慣としていた『赤い本』への『日記』という書き込み。

痺れたり気持ち悪くなるから、あとキツネさんに迷惑をかけてしまうから。

そんなで遠ざけていた習慣。


けれど先程『器官』が『ビックリ』していた『だけ』である可能性も出てきたわけで。

ということは我慢さえ出来れば『日記』を書くことも可能である、ということで。

それほどの価値があるかはわからないけれど、書かないと『主人公』を返上できない。

だから書くしかない。



ベルトと特注のポケットを繋いでいるボタンを外し、皮の上から本を持つ。

『赤い本』に触れないようにテーブルの上へ。

そして別のポケットからいつものボールペンもテーブルの上へ。

パタン。

持ち上げられた袋から赤い本がテーブルに着地。

あまり大きい音を立てるとキツネさんが起きてしまうので最小限の高さから。

あ、でも朝食の時間には近づいているいるから別に起きても問題はないんだよね。



さてと。

やっちゃってみますか。



「で、どうだったのですかとは一応聞いておきましょうか」

「書けなくは無いけど、気持ち悪いです」

「…せめて対策くらい思い付いてから実行してください、小鳥さん」


収穫は「習慣」の再開と朝食を食べれないほどの「気持ち悪さ」でした。



そしてキツネさんの身支度を終える頃には何とか回復し、グーとなりそうなお腹を

抑え付けて本日の行動へ。


それは「エルフの巫女さん」とお話しすることなんだけど、まずは彼女のお祖父さん、つまり

この里の一番偉い長老さんに会いに行くことに。

これについてはキツネさんの決定でして。

というのも昨日のあのエンドレストークを強制終了させた後に私とキツネさんの任務について

説明して「取材」の許可を取ったのだそうだ。

何重要なことを副官のキツネさんがやってんだとかは言わない。っていうか言えないし。

許可を取らないで偶然巫女さんにインタビューしちゃったし。

そもそもエンドレストークから逃亡してますから、私。


で。

そんなアポ的なことを事前に済ましていたからかトントン拍子に進んでしまって。

「離れ」までの案内中でわかったことだけど「向こう」も私とキツネさんの訪問を

待ち望んでいたようで。

ほとんどを聞き流していたエンドレストークもそこそこで終わり、昼前と呼ぶにはやや早い

時間帯に「取材」を開始することになった。



「待っていたわ管理司書長さん」

「待たせてしまいましたか巫女さん」


「離れ」に入るなり顔見知りな挨拶を交わす私と巫女さんにこの「離れ」まで案内して

くれた給仕だと思う女性は首をかしげていたが巫女さんに「席を外して」と言われると

忠実にどっかに行った。

これで私とキツネさんと巫女さんだけになった。

巫女さんの視線がキツネさんへと。

どうやら「取材」には関係者以外立ち入り禁止なようで、給仕さんの次に退かされそうな

キツネさんを紹介する。

「あぁこの男性は私の副官のキツネさん」

「よろしくお願いします」

視線でキツネさんを審査をする巫女さん。

「わかったわ」

合格みたいだね。



昨夜話してくれた「物語」を掘り下げていく。

巫女さん視点でもなく勇者視点でもなく、ただそこにあった現実が頭の中で再生されるまで。

基本的に私は記憶する場合文字を文字としてというよりは一つの「写真」として記憶する。

その方が短期間でより多量な記憶が可能だからである。

今回の場合は巫女さんの「話」を頭の中で「文字」として展開してそれを紙に「写す」ことで

いくつかの「写真」に区切って覚えている。

まぁこれも後付みたいな記憶方法だから他人に説明しても「こんな感じ」としか言えない。

私と同等かそれ以上の「瞬間記憶力」がある人はその人だけの「こんな感じ」だろうし。



「魔物が襲ってきた時のことについて、出来る限りの範囲で構わないからお願いできる?」

「良いわよ。 …デスマウンテンの手前辺りだったわ、森の木々も大地と風の魔力を帯びている

 場所で大体昼過ぎだと思う。 そんな魔力を宿したトコロに住むことが出来るのは魔力を宿し

 それを行使できる「魔獣」に限る。 つまり、より強い魔物が住み着いているトコロまで私を

 加えた勇者一行はきていたの」

「ふむふむ」

「いきなりざわめいた森に反応したのはクローリスト様と飛行獣を操っていたケルヴィン様。

 とはいえ引き返すわけにもいかないし、そういったことで一々魔力を消費したくも無い。

 それにその場は木々が繁っていて飛行獣が降りれるトコロでもなかった。

 だからフランフォルグ様はケルヴィン様にこう言ったの。 『突っ切れ』と」


…大体の情景が「再生」できた。

いろいろと空白があるけどこの程度なら今後埋められるだろう。


「速度を上げた飛行獣の前に黒い影がいくつも現れたわ。

 運悪く飛行型の魔獣の縄張りが進行方向にあって、侵入者である私たちを襲ってきた。

 降りれる土地でないし旅に重要な脚でもある飛行獣に傷付けられるわけにもいかない。

 アイザワは勇者の剣を、カトリーヌ様は己の身長ほどの大剣を、ケルヴィン様は飛行獣の

 手綱を持ちながらも双剣の一つをいつでも持てるように。 フランフォルグ様は魔術師用

 の杖を…それぞれが戦闘に備えているのに私はただ震えていたわ」


巫女さんの話を聞きながら、昨夜の「物語」の編集を行う。

大体の流れはそもそもわかっているし、斜め後ろにいるキツネさんが大真面目に巫女さんの

話に聞き入っているから聞き逃した部分はキツネさんに聞けば良いだろう。


「飛行型魔獣」「強行突破」「巫女」


白紙に書かれたのはそれだけ。

勿論巫女さんが旅に加わるまでの話は別紙に書いてあるんだけど。

まぁそれはどうでもいいか。


「…何とかカトリーヌ様の魔術で着陸できたの。 けれどそれ以上の進行は断念せざるを

 得なくて、フランフォルグ様の水の魔術でフランフォルグ様とケルヴィン様のお二人は

 首都アズライトへ。残った私とアイザワとカトリーヌ様の三人は自力でのヴィフィールの

 里までの帰還が強制された」


ピク、とペンを持つ手が止まった。

「…」

書かれたキーワードの下に直線を一本紙の端から端まで。

『物語』を書く準備を終える。




…今回の旅において制限された荷物の中にちゃっかり「紅茶」グッズは収納されていて。

話し終えた巫女さんにキツネさんが「紅茶」を淹れる。

とはいっても水筒に入っている「紅茶」を注いでいるだけなんだけど。

目を閉じ「紅茶」の香りを楽しむ巫女さん。

そして一口。


「美味しいわね、とっても『満たして』くれるわ」





↓オマケ(巫女さんサイド)


その言葉が使えない。それはとてもココロが「悲しい」とナいていた。

けれど私にはその言葉を使う勇気も権利も無い。

理由なんて口にしたくないからただただ、私は唯一使える言葉を使うしかない。


別れを告げよう、とする。


けれど「悲しい」ココロがそんなのは許さないと言ってきた。

どうしよう。どうしよう。

お母様のリボンがヒラヒラと風に揺らされている。

揺れる先を見れば地平線に隠れた湖上の都のある方角。

つまりは里の門もその直線上にある。

きっとあと少し、いやもうすぐかもしれない。

だってアイザワ達がココにいる理由はないし、あるのは立ち去る理由のみ。


別れを告げよう、と思う。


思うだけに止めておこうか。

これ以上は私も『私』もナいてしまう。

滴は零れることはない。

だって、それは逃げたことになってしまうから。


別れを告げたい、と思う。


けれど私はこれ以上『私』に耐えられない。

目が熱く感じるのも身体が震えてしまうのも『私』の所為なのだろう。

だったら唯一使える言葉でオサラバしてしまえ。

そう囁く私がいる、事実。

それこそ逃げることになってしまうという『私』がいる。


私は別れを告げる、決心をする。


逃げとなってもいい。

けれどこれ以上『私』をナかせたくない。

彼女は大切に閉じ込めてしまう宝石箱に押し込んでしまおう。

宝石箱の中は永遠に綺麗なままなのだ。

例えその箱を持つ手が傷つこうが。


私は『私』に別れを告げる、と宣誓した。


ナきそうな彼女は受け入れるだけだった。

お休みを言う前にもう少しだけ目を開けていて、とお願いして。

風に身を任せれば温かな風は「大丈夫?」と心配してくれながらも私を空へ。


私は別れを告げる。


「さようなら」


臆病な私は宝石箱を後ろ手に隠しながら、そっとキミに囁いた。



      

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