異世界編 その9『入れ違いで良くね』
準備はすべて整った。
日の出前に大地を覆う霧はすでに晴れて、太陽の姿を目で捉えることが出来る。
ここオルブライト王国、というよりこの異世界は雨がものすごく少ないらしい。
大体年に2~4回ほどで必ず雨の降る前日は空が黒い雲で覆われる。
水に関しては「はじまりの河」のオカゲで困ることはないし、むしろ雨は降らなくてもいい。
なので雨具が発達するはずもなく水路や井戸などの技術が高い・・・話が違うか。
まぁ何が言いたいのかと言うと・・・この異世界は空が綺麗だ、ということ。
雲は小さいのが漂っていることは見かけるけれど、覆うのは年にほんの数回。
そのため朝目覚めて空を見るとほとんど遠く青い空が拝める。
今日も、出発日和です。
「またそんなこと言って・・・ピクニック気分な発言は控えてくださいよ」
すぐ真後ろからキツネさんの声が聞こえる。
振り返るとおそらくキツネさんの服が視界を埋めて自分の小ささに愕然とするからそのままで。
「わかってますよ。 けれど青空であるだけで気分がいいのは本当でしょう」
「それもそうなんですけどね」
なら、良いじゃないですか。
飛行獣であるラバルには人が乗る為の鞍や制御するための拘束具が装着され、両翼の下に
は旅に必要な道具や食料がまとめられた荷物がセットされていた。
これは通常の飛行獣に比べてカラダの大きいラバルだからこそ出来ることで、私が欲しがった
からだけでなくこの旅に打って付けだ、とキツネさんが判断して10万セルで落札したとか。
まぁそんな理由だからとかでなくラバルとこうして一緒にいられて頭の角が触れただけでお金
なんてどうでもいいんだけど。 時と場合によっては些細なことを気にする必要が無いのだ。
全ての準備を終えて、キツネさんがラバルに跨って最終確認をする。
空に飛んでからハプニングがあると対処が限られてしまう。
そのため念を入れての確認作業を見ながら、キツネさんの有効活用を思い返す。
騎獣や飛行獣といった魔獣を従え使役できる人のことを魔獣テイマーという。
キツネさんは元々このスキル持ちで騎獣騎士になりたくて軍人になったんだとか。
その辺はどうでもいいけど、ともかくキツネさんのそのスキルがあったためでラバルを
落札することにし、空路を選択することになったのだ。
あ、そうそう。 魔獣テイマーは馬などの動物も乗りこなせるって…これもどうでもいいか。
ついでに勇者アイザワ一行のケルヴィン・J・ベイトソンも同じスキルを持つ・・・一応ね。
有効活用終了。
どうやらキツネさんの最終確認が終ったようです。
「問題なしですか、キツネさん」
「えぇ日中の飛行は大丈夫でしょう」
手綱を緩め、ラバルのカラダを宥める様にポンポンと2回ほど叩くキツネさん。
すると羽を動かしてソワソワしていたラバルが大人しくなりその場に座り込む。
「それとラバルは手塩に掛けて育てられたけれど実態経験がない子です。
その辺はこの旅で経験を積んで成長してもらうしかないですし、悩むことではないでしょう。
まぁ現時点での問題はない、ということで」
「ピィー!!」
大丈夫!任せろ!と言うかのような元気な鳴き声で自信満々の様子をアピールするラバル。
うん、私にはそう聞こえたからそれでいいよ。
「さて、小鳥さん今じゃありませんか?」
キツネさんの背後には透き通った青空が見える。
「うんそうだね」
差し出された手を握り、力任せに強引に上げられ、納まる。
「よっ、と」
私の位置はキツネさんの前。
手綱を握る腕に包まれるような感じで。
「宜しいですか?」
すでにラバルは羽を広げ、風を起こす体勢でいる。
「うん。 キツネさんのタイミングで」
ゴーグルはまだ青をみていたいから、まだ。
「では・・・行きます!」
ふわっと体が重力を感じながらも浮き上がる、飛行機より不思議な感じ。
バサバサと音が聞こえるたびに青に近づいている気がする。
「小鳥さん」
思わず手を伸ばしそうになったけど、キツネさんの声に前を向く。
「よし、じゃあまずはエルフの“ヴィフィールの里”に向けて、出発!!」
「了解!」
途端に速く動く視界と前方からの風に、首にぶら下げていたゴーグルをかける。
大丈夫。 青空はちゃんと見えている。
高度も軌道も速度も安定し、相変わらずゴーグルを付けてないと風が強くて目を開けて
いられないがキツネさん曰くこの状態がラバルの負担が軽いし魔物も襲いにくいそうな。
あ、そうだ。
ただ乗っているだけの私はヒマだし、ここでファンタジーでお馴染みの「敵」についての
有効活用を披露することにしよう。
RPGなんかで出てくる「敵」。
この異世界では総称として「魔物」と呼ばれている。
魔物とは 「魔」に犯された「物」 から付けられたものである。
元々この異世界には存在し、己の縄張りの侵入者に対してのみ攻撃していた。
けれど近年人の生活範囲が広がるにつれて魔物は人を襲う数が増え、個体数も増えている。
前者に関してはまぁわかるが後者について説明が必要だろう。
コレに関してはオルブライト王国では「魔王」が関係しているという。
そもそも魔王の存在はオルブライト王国に存在する未来が記された「虚空の書」に
書かれており、魔物の数が増えたということは魔王が世界を滅ぼそうとすることで
ある、という。
そしてそれを阻止するためには異界からの光の心を持つ勇者を喚び出す必要がある。
魔術主義な傾向のあるオルブライト王国は未来より「虚空の書」に記された勇者召喚の
魔術陣といった魔術技術に興味があり研究の結果として魔術が一般的になったが、
記された通りの未来が訪れる。
そこで勇者召喚を「虚空の書」の指示通りに行って・・・になる。
なんか無駄なところも書いた気がするが話を戻そう。
「魔物」の「魔」とは属性で言えば「闇」になる。
なので前述に加えると 「闇」の「魔力」に犯された「物」 となる。
言葉としては前述だけど存在としてはコチラになる。
人が持つ得ることのない属性、「闇」は「物」から理性を奪い、「魔力」によって肉体を
強化されている。
そんな魔物を倒す為には魔術が有効と言われている。
ただ「闇」の対は「光」であり、これはこの異世界では稀少な属性なので人々は魔物本来の
属性の逆属性色を使って倒す。
魔物本来、というのはそのままで闇に犯される前に持っていた「物」本来の属性色のこと。
闇に犯された後でも属性色は残るしそれを使っての攻撃をしてくるので有効なのだ。
魔物に関してはこれくらいだろうか…あとはこれを退治する人の魔術についてこの際ついでに。
この異世界には「世界基盤」が不視覚に存在し、人は己の魔力でこの世界基盤との回路を
設立、形成し、「言霊」によって回路に注がれた魔力量と同等の現象が基盤より現実に
顕現される。 人によってはこの顕現は精霊によるとかいうけど、今は略。
わかりにくいシステムと思うのでキツネさんが話した例を復唱。
「水」属性の保有魔力量を100とし、10の魔力で基盤との回路を形成、
言霊で「一滴の水滴」と指定する。
→10の魔力を秘めた一滴の水滴が顕現される。
「水」属性の保有魔力量を100とし、10の魔力で基盤との回路を形成、
言霊で「前方視覚可能範囲を雨」と指定する。
→合計10の魔力分の無数の雨が前方の一範囲で顕現される。
・・・なんとなく、理解できたかな。
使い手は己の魔力量の把握を絶対とし、一発の威力か持続的な効果を求めるかは戦法次第。
こうなると魔術の発動にタイムロスが発生すると考えられるけど人は考えた。
補助とする道具に人口回路を刻み、特定の魔術を簡易に顕現できるようにしたのだ。
そしてオルブライト王国ではそれを自分の武器に刻み、武器による物理攻撃と魔術による
攻撃を同時に敵に与える、というカタチが軍人の間では一般的だ。
私が異世界初日で見た魔術は剣に炎を纏わせていたから、あれはメジャーな
魔術の使い方となる。
「……ふぅ」
キツネさんの有効利用が抜けてなくて良かった。
頭の中で一通り流して自分に合格を出す。
体内で溜めていた息を吐き出し、前を向くと一面森の地平線の奥に山らしき景色が。
一番高い山は「デスマウンテン」だというのできっと、あの今は小さい山でラスボス戦が
あったんだろうな。
「小鳥さん」
「ん?」
ラバルの飛行が安定してからお互い無言でいた私とキツネさん。
風が強くて声が聞こえにくいだろうかと話さなかったけど、こうして間近にいれば大丈夫らしい。
「思ってたよりもラバルの調子がイイですから夕暮れ辺りに第一目的地に到着しそうです」
「最初は森で一泊の予定がねぇ…ならそうしましょう。 ただ、無理はさせないようにね」
ちょっと背筋を伸ばして気持ちキツネさんに近づいて答える。
後ろから「了解」のあとに少し間を空けて、第二の質問が来た。
「本当にこんな擦れ違いで良いんですか?」
あぁ、そのこと。
本日は私とキツネさんの旅の出発であると同時に勇者アイザワが堂々の魔王討伐の
旅からの凱旋帰国の日。
確か帰国したばかりじゃ色々予定がぎっちりでインタビュー出来ないだろうから
その間ヒマだし…とか言って決めたんだっけ。
「何か困りそうなことでもあるの? キツネさん」
前を向いたまま質問。
「いえ…ただエルフの里という目的地は決まってましたし多数の方がご存知なのは
わかります。 けれどその先の詳しい立ち寄った場所があまりわからないでしょう?」
「あ。」
最終的な目的地「デスマウンテン」はわかるが、その他は?
途中仲間に加わったのは獣人と半獣・・・明らかにアジュラ連合国の者じゃないか。
エルフは他の種族と深い関わりを持ちにくい、というし・・・ということは。
「ま、まぁ行けば次がどこかわかるよ!! それを辿って行けばいいんだよ!!!」
絶対に後ろを振り返ってはいけない、意識してはいけない。
キツネさんのため息なんて(風が強くて)聞こえないんだから!
↓以下、オマケの勇者アイザワ一行サイド
水上の都『アズライト』。
オルブライト王国の首都は人口の湖に浮かんだ一つの島である。
ケルヴィンは沈みゆく夕日を眺めながらリラックスしていた。
王城のある一室であるココは誰かが一休みするためだけのところなのか小さいテーブルと
それを挟んで向かい合う椅子が2つだけ。
彼は自分が座る椅子を開放されている窓に向け、一人静かに夜を迎えようとしていた。
その動きは目で追うことはせず、ただぼんやりと地平線に沈んでいく太陽を見る。
「・・・そういえば何で地平線に近い太陽は大きいのだろう?」
頭上の太陽との距離と地平線の向こうの太陽との距離はどちらが遠いか近いかわからない。
解明する知識も技術も距離を測る術さえないからわからない。
とはいえ。
ただ単に勇者を召喚することが決定され自分がその従者と決まった時から先程まで。
こうして夕日をぼんやりと眺める時間も余裕もなかっただけで、別に答えなどどうでもいい。
椅子に座って、ただ夕日を静かに眺める。
己の体を地平線に隠し切るまで何分か。
今日もいつも通りの動きをし、己の使命を果たすまで何分か。
毎回己の軌跡を残すように空を赤く染めるのに気付けなかった。
ケルヴィンはただ静かに、見守った。
コンコン、
「あら、こんなトコロにいたのね」
「カトリーヌこそ、僕を探していたの?」
相手の返事も待たずにドアを開けた幼馴染で同じ従者だったカトリーヌからケルヴィンの方向は
逆光で本来なら眩しいさにまったく見えないはずだが、すでに半分以上の空は闇に染まっている。
「今日ぐらいゆっくりしなさい、って言われてね。 家までケヴィーと同じ馬車で良いでしょう?
だらかワザワザ探してあげたのよ」
「そっか」
椅子をもう一つのと向かい合うようにセッティングして、カトリーヌのいるドアへ歩くケルヴィン。
「でも義理兄さんといっしょになんだけど、それで良い? 待ち合わせしてるんだ」
元々義理の兄であるヒルパキルスから誘われていて養子である自分に断れるハズもなくて。
内心ため息をつく。だって。
「そ、そーなのっ!? あーぅー…じゃあ今日はお父様と帰るわ。
何だか家族とゆっくりするのは久しぶりだし、一族で凱旋の祝杯あげるようだしね」
ケルヴィンがまだ一般庶民のウッド性であった頃、軍人一族として有名なヴィストリア家の
カトリーヌと知り合い、その伝手で現在のベイトソン本家で義理の兄となったヒルパキルス
と出会った。
雲の上の人である彼には何かとお世話してくれて、そこにはカトリーヌも共にいた。
早い話、幼馴染のカトリーヌは結婚して子供もいるヒルパキルスに恋心を抱いている。
「向かいがその騒ぎじゃあ僕たちの方にまで飛び火してきそうだね」
誰にもそれは知られていないがケルヴィンの前だと気を抜いてしまうようだ。
「『勝敗の杯は皆で味わえ!』だもの、大戦時代の我が先祖の遺言が。 諦めなさい」
戦功によって貴族に昇格し、国王が『我が剣が見かけではないか』と洩してしまうほどの
偉大な先祖は彼女にとって信仰すべき存在なのかもしれない。
腰に手をあて胸を逸らすカトリーヌにとってその行動は自然なもの。
ケルヴィンは空いたスペースを通ってドアの外へ。
「カトリーヌはどうする? 馬車まで一緒に行く?」
「お父様まだ訓練場の方だし、拾ってから帰るからここでお別れね」
「悪いね、探してくれたのに」
「いいのよ別に。 私も一汗流していくわ」
「『酒は肉体を動かした後が上手い』だっけ、相変わらずのお父さんだね」
「今は陸軍総司令官なんてのやっているから腰と頭だけ疲れるって愚痴ってたわ」
それじゃあね、とカトリーヌは訓練場で暴れる父親を地面に転がす気なのだろう、腕を回して
軽く体を動かしながら歩いていった。
それを見送り、ケルヴィンは義理兄の方も仕事は終えただろうと待ち合わせの場所へと。
たまたま視界に窓の外の景色が目に入る。
そして周囲に誰もいないので思わず、言葉が声として出た。
「あぁ霧はもう、見慣れている」
日没時に世界を白くぼやかすソレはケルヴィンにとって見たくも無いけど馴染みすぎた
存在だった。
サブタイと本文に違和感ありまくりですが私の力不足故です…。
けれどサブタイは全て固定されているんでそのまま進みます。