異世界編 その8『1日延びたらしい』
朝の霧はとっくに晴れ、陽射しは眩しい。
空は青く、風は優しい・・・そんな出発日和でしたが。
「1日延びたらしい、ですよ?」
「太陽が真上を通り過ぎた今更に言いますか」
「えぇ、言います」
「くきゅー?」
あ、最後の台詞はラバル(競り落とした飛行獣)です。
ヒルパキルス氏の思い出、私にとっては勇者アイザワ一行の貴重な情報を
聞き終えたのは太陽が真上になった頃だったと思う。
元々通常業務はお休みだったし本来なら今日は勇者凱旋でワタワタする予定。
けれどそれが明日に突然延期となったため何だかぽっかり空いてしまった休日みたいな。
まるで嵐の前の静けさと言ったのは誰だろう・・・まぁいいや。
インタビューの礼とついでのアドバイスをいくつか伝えてからキツネさんのいる
飛行獣用の小屋に向かうことにした。
そんでラバルの拘束装具を片付けているキツネさんと会うことになる。
「その様子だと早くに情報をゲットして『延期』の判断を下したようだね」
邪魔にならないようにやや離れたところからキツネさんとラバルを見つめる。
「えぇこの小屋には凱旋パレードに参加する騎獣がいましたからね。 伝達の
必要はあったんですよ。 それで小鳥さんの事です、色々聞き回っているうちに
時間がたって結局はコチラも延期だと思ったので」
小鳥さんの事です、とか他にも気になる箇所はあるが特に反論はしない。
だって全否定とかはできないだろうしね。
「その代わりにさ、イイ情報手に入れたんだから小言はナシだよ」
紅茶を淹れるのは考えてみれば久しぶり、というわけではない。
異世界に来て3日、いや4日か?
まぁそれまで現実世界では「たぬき堂」で毎日淹れてたのだ。
キツネさんがいなかったあの日もタヌキさまの前で紅茶を淹れたな・・・渋くなっちゃったけど。
なのでこの異世界で『紅茶』を淹れることになっても慌てる事はなかった。
むしろあぁこんな感じだ、とどこか充実した気分に浸りながらゆっくりと作業が出来た。
「はい、どーぞ」
現実世界の紅茶の淹れ方で『紅茶』を淹れたが・・・キツネさんは特に問題ないって言うし、
私はやり方しか教えてもらっていないからまぁそれなりの味しかそもそも出せない。
あと気分しかラクに出来ないのでその他への気を抜くと失敗してしまう。
・・・初めて淹れた『紅茶』は見た目が元々濃さが違うため判断できないけど香りからすれば
まぁ大丈夫、だと思う。
キツネさんに差し出した紅茶には勿論クッキーを盛った小皿が付いてて。
「・・・安定してきたみたいですね、小鳥さん」
完璧な合格ではないけれどまず1歩次2歩目、ってところでしょうか。
国家図書庫の司書長室でキツネさんにこの世界の紅茶を振舞って。
私はティータイムには同伴しないでお仕事・・・というよりは本日の聞き込みの成果を
忘れないように紙に書き込む。
学校の授業でもないし普段ならほとんど覚えていられるけどこの数日、異世界の知識が
大量に脳内に押し寄せてきて全てを覚えておくのは難しい。
優先とするならこの異世界の常識であるし、聞き込みの成果・情報というのは後々役に
立ちそうなんで紙に残しておくことにしたのだ。
「それで、誰から情報を仕入れたんです?」
ひたすら紙に文字(日本語)を書き続ける私にキツネさんが聞いてくる。
片方が作業に真剣で自分はティータイムをしているっていうのは何だか自然と申し訳ない
気持ちになってくるようで少しでもその空気を誤魔化そうとしている。たぶん。
まぁ別に私としても隠すことでもないし、会話をする余裕もあるんで別に良いんだけど。
「ヒルパキルス・J・ベイトソン、第一騎士団副団長さんです」
「・・・これまた凄いところに行き当たったもんですね」
キツネさんの反応も無理もない。
騎士団というのは魔術・武術両方を兼ね揃えた人しかなれなくて主に王族の護衛なんかを務める。 そんで第一騎士団というのは血筋が良い貴族が集められた…一番有名なエリート集団なのだから。
さらにいうのなら『ベイトソン』というのはオルブライト王国の宰相にして国王の家庭教師を務めていたアスキリア・J・ベイトソン氏の一族であることを示し、ヒルパキルスさんは宰相の1人息子さん。 とびっきりの大物なんだよね、実は。
「色々、ていうか単純に勇者の帰国凱旋一日延期の伝達というお使いを頼まれてね?
それで会った陸軍総司令官さんからご褒美的な感じで対談が成立しただけだったり」
もう少し詳しく言えばこの陸軍総司令官さんは第一騎士団団長さんと仲良しで、この団長さんを
通してヒルパキルスさんを紹介してもらいました。
なので第一騎士団団長さんにも会ってはいるんだけど・・・まぁこれはいいか。
「小鳥さんはホント無自覚な大物ですね」
「何言ってんの。 偶然だよ。 私は一般庶民まんまだって」
何故かキツネさんはため息をつく。
いまいち理解は出来ないが、ツッコムの疲れるし作業中だし先に進もう。
「今書いているのは個人の思い出で・・・対談でね、勇者一行にヒルパキルスさんの義理の
弟さんや面倒を見た子がいてね、勇者アイザワに関しては大分情報が集まっていたから
アイザワ以外のパーティーメンバーについて教えてもらってたんだよ」
「あぁ確かにそういえば勇者には何人か騎士団員がついていったらしいですね」
勇者アイザワについて聞き込んでいた時もそーゆー話は耳にしていた。
それにいくらなんでも異世界から召喚してはい魔王倒しに行け、なんて虫が良し過ぎるだろう。
補佐する道具なり旅に同行者をつけるのは当たり前だしね。
「で、オルブライト王国から勇者アイザワに同行したのは3人。
まず情報源のヒルパキルスさんの義理の弟さん ケルヴィン・J・ベイトソン。
『風』の属性持ちで、魔獣テイマーの資格を持っている。 双剣と弓を扱う。
次は家族同士で付き合いがあり幼い頃面倒を見た、というのは カトリーヌ・ヴィストリア。
勇者一行の唯一の女性で『大地』の属性持ちでバスターソードの使い手。
最後に皇子で提督官補佐官兼左翼魔術研究所所長の フランフォルグ・クローリスト。
『四大元素』である『火』・『水』・『風』・『大地』全てに適性を持つ魔術師。
さらには付加属性として『光』も使えるという・・・オルブライト王国一の魔術の使い手。
とまぁ、こんな感じですか」
キツネさんの感想は・・・
「何ですか、その豪華過ぎて強者の揃い同行者。
私だけじゃなくて国民にもよく知られている人だけじゃないですか」
とのことです。
どうもあんまりにもメンバーが凄過ぎてうまく感想をまとめられないみたいです。
紅茶を口にして誤魔化しているし。
「そしてちなみにこれはヒルパキルスさんから私が国家図書庫管理司書長であり『勇者
アイザワの旅路』を書くことを伝えたので教えてくれた極秘情報ですが…アジュラ
連合国から2名ほど途中追加したそうです」
名前やどんな人物かはわからないそうな。
「・・・よし、こんなもんか」
異世界らしい『火』の宝珠がはいったランプを使い、その仄かな温かみのある灯りで
これまでの聞き込みの成果をまとめた紙束を全て読み返していた。
キツネさんは奥の仮眠室で寝ている。
というのも出発を明日に延期したということはまた朝早く起きて準備しないといけない。
なら荷物はすでに持ち込んでいるのだから一晩だけ泊り込んでも問題ない。
それに国家図書庫には何故か仮眠室もあるから尚更それで良いじゃないか。
終業時刻になった頃話し合ってそう決め、食堂で夕食を済ませたらキツネさんは明日
早いからと早々に仮眠室で寝てしまった。
そして私はというと前文であった通り今までの情報を読み返していた。
私だってキツネさんよりは遅いものの霧が晴れた頃に出発で朝は早いのだ。
けれど異世界にきて数日の私は何もかも足りない。
キツネさんに知識を教えてもらっても色々自分で聞いて回っても、限りがある。
それに私は一度見たものや聞いたことを全て覚えていられるほど頭は良くない。
こうして何度も目を通すなり頭の中で繰り返すなりしないと、覚えていられない。
全てを頭の中に押さえ込むには、あまりにも足りない。
「・・・あぁ、いけないな」
無駄に考え込んでしまった。
思ってたよりも身体も頭も疲れているのかもしれないな…そう思ってランプにカバーを
被せ、司書長室にあるソファーに横になる。
革張りのフカフカなそれは丁度良い程度に身体が沈んで、硬いベットよりマシだ。
それに私の身長が小さいオカゲで体が収まるしね。…現在は、ね。
深い赤色のひざ掛けをお腹に掛け、眠気に身を任せよう。
ランプの光はカバーのオカゲで天井方面にしか光が向かわず、周囲を把握できるくらいの
光で私の睡眠欲を妨害しない。
仮眠程度の・・・まぁ2・3時間程度だろう。
それくらいなら宝珠も持つだろうし・・・眠い。
では明日の『出発』まで、お休みなさい・・・・・・。
↓オマケの勇者アイザワ一行サイド
自然に囲まれ、自然と共に生きることを生涯とするエルフの民。
カレらは総じて魔力が高く、精霊魔術を得意とする一族である。
「ふむ、自然と共に生きるというのは我々と同じだな」
獣人のヴィリア・ト・ティンガは木の上に建てられた小屋からエルフの里を見下ろし、
興味深く観察していた。
その横でエルフの作った魔術道具をいじくっていた半獣のフェオマギ・ルト・ピキアートはティンガの隣に行くと彼と同じように里を見下ろす。
「確かにね。 けれど彼らは人に近いくせに嫌う気があるようで…何もかも受け入れる僕たち
とはやはり違うよ」
獣人・半獣、さらには人間が集まって出来た「アジュラ連合国」。
各民族にそれぞれ異なる性質・掟がありながら一つの国という、寄せ集めと言われる我が国。
オルブライト王国で嫌われたバラド民族でさえ我が国は受け入れた。
ハハハと軽く笑い、ティンガは「そうだな」とそんなピキアートに肯定する。
「それは仕方ない。 エルフは最もヒトに近い種族なのだから。
ヒトと違う『獣』が混じることさえも受け入れた我らと同じになる事はない。
今も、これからも」
ティンガは己の腕を見る。
灰銀色の毛は全身を覆い、それを映す瞳は狼のように鋭い。
当たり前だ、自分はヒトである前に『獣』なのだから。
隣のピキアートはヒトの身で『獣』を受け入れナカに寄生させるという珍しい一族だ、
薄い水色の髪に白い肌にはよく見れば鱗がある。
いや正確に言うのなら鱗があるから肌が白く見えるのであろう。
彼を良く知るならばそう言ったほうが良いだろう。
「けれど共存はできるのでしょう? 貴方達なら」
オルブライト王国の第一騎士団員で勇者アイザワの同行者であるカトリーヌがそう
言ってピキアートとは反対のティンガの隣に立つ。
「何だ、聞いていたのか」
「ここは静かだからでしょうね。 下は騒がしいったらありゃしない・・・」
勇者パーティー内では一番熱く、積極的な行動派の彼女だがその反面冷静さも人一倍もつ
という人物だ。
呆れたように指を差した先を二人が見やれば勇者アイザワがエルフの少女に引っ張られて
どこかに連れ込まようとしている。
「ケルヴィンはどうした? アイザワと3人で行動していたのではなかったか?」
「あー、ケヴィー? アタシが小屋に戻るって言ったら『4人分の飲み物持ってくるよ』って
言ってたからすぐに来るんじゃない?」
「何で飲み物限定なんだ?」
下の騒ぎを観察するのをやめ、ティンガはカトリーヌの方に向く。
カトリーヌの方は勇者アイザワの護衛という一応の仕事意識からか対象を視界から外していないが。
「さぁね。 ケヴィーって天然な性格だから本当にそれで来る可能性もあるし予想外な行動も
するからわからないわ・・・そもそも夕食食べる為に降りたのに忘れているのかしら?」
アイザワのせいで喰いっぱぐれたのよねー。
「なら皆で降りてケルヴィンと合流してパーッと食事しませんか?」
再び魔術道具いじりに集中していたピキアートが顔を上げ、提案する。
「明日はオルブライト王国に出発、あの飛行魔獣の脚なら日中に到着するでしょうからこうして
仲間が集まれる夜というのは今日が最後だったりするでしょう?」
「あぁそういえばそうね」
「あまり実感はないんだがな。長老が『好きなだけ』と言ってたし…この際だ、クローリストも
攫って飲み比べといこうじゃないか」
乗る気になった仲間と共にピキアートは小屋を出てエルフの里に向かう。
「好きなだけ飲んで食べてパーッとしましょう。 …本当なら僕たちの方がうるさいくらい騒ぐ
べきなんですよ。 勇者パーティなんですから!」
「えぇ勇者パーティですもの!」
「おぉおぉイイねぇ! エルフのヤツら以上に盛り上がろうじゃねぇの!!」
「「おおぉー!!」」
そしてその後飲み物や食事といったあまりの荷物にワタワタしているケルヴィンを拾い、長老の話し相手をするクローリストを攫い、合計5人は里のど真ん中にある広場で『勇者パーティー』を始める。
……肝心の勇者アイザワは全員が酔っ払いと化した頃合に混ざるのだが…翌朝は死屍累々だったそうな。
…小鳥とキツネさんはおそらく次話で出発です。