異世界編 その5『急いで準備しましょ』
「勇者凱旋が2日後、とはね」
「それまで通常の仕事はほとんど停止状態、とはね」
お目当てのものを手に入れた後、馬車で仕事場のある王城まで向かった。
けれど城内はその勇者凱旋準備に追われていてバタバタしてて。
そしてその影響か仕事場に来たのに仕事がない、なんていう状態になってしまい、
昼時だしお昼食べながらどうしようか話そう、と共同食堂で現在食事中。
食事は見た目は現実世界とあまり変わらなくて、和食中華なしの洋食オンリーって感じ。
味はおいしいし、食材とか気にしてたらどうしようもないから無視。
蛇口を捻れば水が出る、そんな認識で良いでしょう、うん。
それはキツネさんも同じなのか、食べ物についてはあまり知識を有効活用しないし、
お互い「日替わり定食」を頼んでこれからどうしようかと話していた。
「というか、勇者の本ならその帰ってくる勇者に話を聞けば良いんじゃないの?」
通常の仕事がないとはいっても昨日ミレシアン様から命じられた任務がある。
することは、まぁあるのだ。
「それだけで済めばいいんですけどねぇ・・・確か司書長の仕事についてまとめた
書類があったのであとでそれを見てみましょう」
「何でそんなのがあるの?」
何故書類としてまとめる必要がある。
「元々私的部署だったのを直属ではありますが正式な部署として稼動する際、
それがどのような仕事をするのかを公表したそうです。
・・・まぁあんまり深く気にしたら負けですよ、小鳥さん」
「そうですか・・・」
セルフサービスのお茶は、見た目黒で味は玄米茶っぽかったです。
国家図書庫の中にある、司書長室。
ここが私の仕事場で、昨日目が覚めたのもこの部屋なのだ。
未分類の本や状態の悪い本は司書長室に置かれ、禁書指定の本はこの部屋からしか
いけない「封印書庫」に保管されている。
今はそこは関係ないから取り合えず説明だけ、ね。
欲しいのはキツネさんが言った「国家図書庫管理司書長」についてまとめた、という書類。
電子化というか電気というのがまったくないので残っているのは勿論紙媒体のみ。
「過去の、っていう一纏めにしたのは誰・・・!」
ヨイショ、と確認の終わった紙束を端にどける。
「コトリさんに決まっているでしょう・・・!」
新しい「過去の」書類の詰まった箱を持ってくるキツネさん。
二人してネットの検索機能の有り難さを知った。
「あった・・・!!」
そしてトレジャーハンターの喜びを知ったのは探し始めて3時間後でした。
キツネさんと並んで見つけた書類を読む。
読むにつれて段々と肉体労動でかいた汗が冷や汗に変じていくのを感じる。
「ねぇキツネさん、これってさ」
「えぇその通りだと思います」
「『国家図書庫に所蔵する書籍は王族の所有物であり・・・歴史を刻み、後世へと繋ぐ歴史そのものである』」
「小鳥さんが書くのは『勇者の軌跡』ですが・・・」
ミレシアン様、つまりは王族へ献上する書物でもある、と。
「つまりはさ、この国の歴史の一幕を書けってことじゃね?」
・・・昨日流し気味で聞いた任務、実はかなりの重要任務でした。
それから私は。
気付いてしまったからには知らんフリも出来なくて。
何せ王族、国妃ミレシアン様からの命令だし、いつ現実世界に戻れるかわからないし。
あと2時間ほどで終業時間だけどとにかく出来ることをしよう、とキツネさんと一緒に
聞き込みをすることにした。
運良く2日後に勇者凱旋なんでみんな勇者のことを話題にしているし、実際に会った人は
快く思い出を語ってくれたので司書長室にあった白紙の紙束を手にメモっていく。
「アイザワ ヨシノリ、黒髪に黒目、推定年齢12歳。 魔力属性は"光”と。」
話してもらったエピソードを元に、我が家まで馬車の中で勇者について現時点の情報で
簡単にまとめる。
「“光”だけ、というのは初めて聞きますね。 確か付加属性としてなら可能だとありましたが・・・」
メモ帳に記されたエピソードに視線を落としながらキツネさんと会話する。
「そこが勇者クオリティーってヤツじゃないの?」
「それもそうですね」
あとほかにも主人公特典とか召喚特典とかあるんだろーなー。
・・・羨ましくなんかないもん。
それからそれから。
「“起動”」
両手足の4つのリストバンド型魔術道具。
お店のおっちゃんがいうに4つで1式らしく、どれも同じ回路の為「身体能力強化」だけしか使えない。
感覚を掴むべく、談話室の一角で慎重に発動させる。
やはりリストバンドが熱く感じるだけで、とくに変化はない。
「よいしょ、と」
試しに外で適当に拾ってきた石を握ってみる。
バギッ。
強化された私の力に耐えられなかった石に罅が入る。
「やっぱすごいな魔術・・・“切断”」
床に石の破片が落ちてないか確かめながら一人呟いた。
あ、ちなみに“切断”ていうのは魔術スイッチのOFFの言葉。
まんまだなーとか言ったら「わかりやすくていいやねーの」とおっちゃんに言われのを思い出す。
拾える破片を回収し、外に捨ててこようと正面玄関のドアへ歩き出す。
ちなみに談話室にいないキツネさんは台所で紅茶でも用意しているのかもしれない。
昨日もココで紅茶とクッキーでお話ししてたしね。
そうしようとは決めていないけど話すことはたくさんあり過ぎるのだ、私だって手の中の破片を捨てたらまた談話室に戻ってこようと思ってるしね。
ガチャ。
「・・・あれ?」
ドアを開けると何故か門の前に馬がいて。
馬車は帰した筈だし・・・ていうか馬車だ、あれは。
これは馬だけ・・・目を凝らす・・・人発見。
我が家の前にいるのだろうから私、もしくはキツネさんに用なのだろう。
取り合えず手の平の破片をその辺に放って、馬の方に近づく。
街灯というのは一応あって、現実世界の電気ではなく古いガス式でもなく魔術が
用いられているらしい。
とはいえ習慣として夜に出歩くことはあまりないようなので、街灯はあまり強い明かりではない。
オマケに馬の影に人が入っているようなのでコチラから見えにくいのだ。
「どなた様? 用があるなら私が聞くけど?」
敷地内に留まって、思ってたよりも小柄な客に声をかける。
すると小柄な客・・・少年は私に気付くと慌てて頭を下げた。
・・・だからさ、私ってそんなに偉いのか。
「す、すみません! 夜分遅く伺いまして・・・実はミレシアン国妃様より「言伝」を頂戴しております」
やべぇ、もしかしてあの任務についてか。
何を言われるのかと、思わず顔が固まってしまう。
「で、どんなの?」
「あの、いえ・・・管理司書長殿に直接言うように言われてまして・・・」
「あー、それ私だから大丈夫」
ごめんよ雰囲気が庶民で。
「申し訳ございませんっ! ・・・言伝は『明日の9時、特別な必要物資があれば訪ねなさい』、以上です」
「他には?」
「いえ、これだけです」
「そっか。 じゃ、ちゃんと聞いたし、夜遅くにごくろーさんでした」
ふんわりした茶髪を揺らしながらペコリとお辞儀し、少年は馬に乗って住宅街の奥に行った。
・・・着ていたのも制服みたいな感じだったし、どっかの貴族の坊ちゃんかな。
明日のスケジュールに一つ書き込みがあったので、それを伝えるべく司書長補佐のキツネさんの元へと。
まぁ談話室にいれば会えるか。
で。
「明日の9時に、必要物資、ですか・・・」
時計の針が10時を回った頃。
異世界の豆知識を教えてもらってる途中に、そういえばと先程の言伝をキツネさんに伝えた。
2杯目は温かいミルクティーで。 クッキーはもうキツネさんが食べてしまった。
「何か変なズレじゃないですか? 私たちは勇者が帰って来たら色々聞いて書けばいいや
なんて思っていたのに、向こうはやけに慌てていません?」
「確かに・・・。」
このオルブライト王国の歴史を書くことになってその責任重大さに逃げたくもなったけれど。
私もキツネさんも引き受けることにして、今日は聞きこみもした。
「・・・小鳥さんは、歴史の教科書ってどんな風に書いたと思います?」
歴史ということで繋がったのか、キツネさんが聞いてくる。
「どうねぇ・・・色んな資料に何人もの専門家が検証して『正しい』ものを書いていく・・・?」
「私もそうなのかはわかりません・・・私たちの場合もっと原始的じゃないでしょうか?」
原始的・・・。
ミルクティーを一口。
「それは資料も何にもない状態での歴史・・・? それを綴る・・・?」
嫌な予感がしてきた。
「慌てている、が正確であるとしたら見えてきませんか? 『一番早く』に勇者の軌跡を発表したい、と」
「・・・なぁるほど」
勇者を召喚したオルブライト王国の王室から発行された、『勇者の旅路』。
国の歴史としての公式本。
「嫌な予感が当たりましたが・・・これはお城での聞き込みだけで済みませんね」
「えぇ色々と・・・。 コレが、私たちが異世界に飛ばされた『理由』かもしれませんね」
「ホント、平穏できませんねぇ・・・」
ウラムぞ、赤い本・・・。
カチャン。
飲み干したティーカップをテーブルに置く。
キツネさんも同じく空のティーカップを置く。
「取り合えず、絶対に必要な物だけを今晩中に準備しましょう」
「明日は準備だけで終わりそうですね」
聞き込みなんてしているヒマはなさそうだ。
だって、しょうがないじゃないか。
「旅なんですから。」
「えぇ旅になるんでしょうね」
こんな感じで小鳥とキツネさんの旅は始まる…とはいってもしばらくは
準備とかでまだ出発しませんが。 …だらだらと話を全部書いていくと
無駄に長くなるんでいくつかのシーンを摘まんだような書き方のため
わかりにくかったりすると思いますが、ご了承ください。