異世界編 その4『準備しましょ』
寝てばっかりいたせいか、日が昇り始める時間に自然と目が覚めてしまった。
まぁ仕方ないよね。
寝たと思ったら異世界で目が覚めちゃうし昼間に。そんでもってその一時間後には
己の『魔力拒絶症』なんていうファンタジーな体質で倒れるし。
異世界という現実に打ち拉がれながら就寝。
寝て起きてを何回だ? 3回か・・・そんなんだから起きちゃうのも2度目の仕方ない。
部屋を出て人の気配が全く感じられないからキツネさんはまだ起きていないのだろう。
1階の昨夜にも使っていた談話室に入る。
小さな木製のテーブルにいかにもフカフカそうなソファーと同じ絵柄のデザインの椅子。
テーブルにはキツネさんが抱いていたクッキーが入っていた器が。
中には1個も残っていないけど。
そしてそんなキツネさんが座っていた場所に布の袋がポツンとあった。
「忘れたのかな・・・」
袋を手に取り、どうせすぐあとに会うことになるだろうから忘れないように、と
それを持ち歩くことにする。
初めての我が家を探検気分で散歩することに。
いつまで異世界かわからないが、ここは自分の家。
しかも一般庶民ではなく、貴族とはいかないけれど結構立派な建物なのだ。
ちょっとくらいイイ気分を味わってもいいじゃないか。
食事をする部屋、台所、シャワーだけの風呂場。
客間らしき部屋は2つあった。 そんなに偉い役職なのか・・・?
2階は今後の楽しみにしといて。
外に出てみよう。
起きた時、窓の外は霧が濃かったので少し時間を空けたのだ。
広くは無いけれど、家庭菜園ぐらいは余裕で出来るよね、そんなサイズ。
現実世界の両親なら頑張って季節の花や木を植えるだろうけど、生憎私は
あまりそういった趣味を持たない。 異世界の私もそうだったのか不快にならない
程度の草だけで、でもってそれが靴越しでも優しい感触で。
「流石私。」
取り合えず、褒めといた。
周囲の家がちょっとぼんやりなくらい、霧は薄くなってきている。
やはり、というか貴族なのだろうか・・・どの建物も『屋敷』で、
遠目から見ても『金持ちの家』ばっかり。
庭の方も広く、霧で見えないがきっと手入れが施してあるんだろう。
そうなると王族直属部門とかいいながらの私の洋館はショぼいのか?
まぁ住んでいるの2人だし、住むところに見栄を張る性格でもないから何と
言われようがこれで良いんだろう。
家の裏側に辿り着く。
正面玄関から正反対のそこは裏口のドアとブランコがあった。
「何故にブランコだ、自分」
今度は疑問を投げつける。
返事が返ってくるはずも無いので異質の存在に近づいてみた。
正面玄関は垣根がまばらで覗こうと思えば丸見えな、そんな感じ。
だから他の屋敷も見えたんだけど。
今いる裏庭、と呼ぶとして、は隙間なく垣根が植えられて高さは2階にまで届く。
なので場違いなブランコが裏庭に入らない限り他から目撃されることはない。
ギィ・・・
所々サビ付いているのが見えるが状態に問題はなく、座ってみると私の体重で少し揺れた。
ブランコ、とはいっても現実世界でよく公園でみる鎖と木の板のではなくて。
向かい合わせの椅子に楕円形の囲い。 鉄製だろうか・・・わかんないけど。
まぁ自分で漕ぐタイプではなく、後ろから押してもらって遊ぶような…小学生が
ハッスルするモノではなく、幼児が親に押してもらってキャッキャいう遊具だ。
1回立ち上がって本気で漕いでみようかと思ったけど、隠しているのだ。
おそらく異世界の私が大事にしている、もしくは思い出の品かもしれない。
そんなことを考えながら体重を移動してゆったりとした揺れを維持し、楽しむ。
まさか高校一年生にもなって1人ブランコで安らぐとは・・・。
何となく恥ずかしくなったのでキツネさんの忘れ物である袋の中を見てみる。
コロン。
まず出てきたのはお気に入りのボールペン。
「と、いうことは・・・やっぱり」
出てきたのは絶対に元凶であろう『赤い本』。
この本が私とキツネさんを異世界に召喚したとかそんな事は二人とも考えていない。
だって見た目も中もそんな要素ないしね。
けれど本を手にしてからの出来事を考えるとコレしか有り得ない、ということだ。
そういえばキツネさんはもう起きただろうか・・・時計が無いので時間がわからない。
「まぁ、いっか」
昨日は書かずに寝てしまったのだ。
日付はわからないけれど、書くこと・・・書きたいことは山ほどある。
そしていつも通り『赤い本』を開こうと手が触れた瞬間。
「―――っ!!!」
指先から背筋に向けてビリビリと痺れ、本を投げ捨てると同時に痺れてる背中を
ブランコの背もたれ部分に強打した。
痛みの方を堪えて、痺れが走った指先を見る。
指先から肘まで、明らかに震えている。
正直、ヤバくね?
そう思ったけれど痺れと痛みのせいでしばらくは体がまともに動きそうも無くて。
けれど耐えながらブランコに揺られるのをどうにかしようと何故だか思い、
揺れているにも関わらず無理をしてブランコから、落ちた。
「だよねー。」
動きそうにもないにも関わらず無理に動かしたんだから。
これって無謀や無茶の範囲に入るかなーとか意識飛ぶ寸前じゃね?な思考を
客観視しつつ、異世界の私が庭に草を生やしたまんまで良かったと思った。
ブランコから落ちたけれどこれといった怪我もなくて。
まぁ背中強打してるし痺れてるしムキズとは言い難いんだけど。
落ちた状態のうつ伏せから仰向けに体を動かす。
何とか動いてくれた体にお礼を言いつつ、空を見上げた。
「・・・」
『赤い本』の効果で異世界に来ちゃって魔術なんていうファンタジーがあるけれど
私の体質『魔力拒絶症』のオカゲで魔術は使えない。
そんな状態の私に帰還する勇者の旅路を本に纏めろ、という。
未だに薄っすらと霧ががっている空。
霧を通した朝日は気持ちよくて優しかったけれど・・・
「何してんですか、小鳥さん」
主人公ではない私に、異世界はキツイようです。
「・・・キツネさん、ヘルプ」
何とか我が家に戻れた後。
談話室のソファーで濡らしたタオルを額に乗せて寝っ転がっていると痺れの方は
抜けてきて、強打した背中が痛むだけだった。
きっと痣になるんだろうなコレ・・・。
「本当に大丈夫ですか?」
裏庭に放り捨てた『赤い本』はキツネさんに持ってもらっている。
2階の自室にいたキツネさんは朝の空気を入れようと窓を開けたらブランコの
軋んだ音が聞こえ、下を覗いてみると仰向けに倒れた私がいたそうな。
経緯を話し、ボールペンだけ受け取って本はさっきも書いたけどキツネさんが持ってる。
「あとは背中が痛いだけだからね・・・」
「昨日みたいに気持ち悪くなったりとかはしなかったんですね?」
「そうそう。 ビリリッて痺れただけで」
「・・・具合が悪くなったらすぐに言ってくださいよ」
「もう倒れたくないですしねー」
ひょい、と額のタオルが取られる。
「倒れる前に自主報告してください」
頑張ります、と言っといた。
昨日、ヤンリさんに教えてもらったケヲスの商店はこの洋館から歩いて40分程度の
城下街にあるらしい。 地図を見てみると大通りに店があるわけではないので、
ちょっと中に入って見つけ出さないといけない、というのがキツネさんの見解。
なので歩いていこうと思ってたのだがそこに私の状態だ。
馬車を呼んで、大通りまでだけど乗りましょう。
目をしっかり合わせられて言われちゃあ流石に断り難いし、断る理由も思い浮かばない。
「まさか馬車に乗るなんて思わなかったよ」
現実世界では見かけないし、旅行中に行ったレジャー施設の乗馬体験も拒否してたし。
テレビで見る馬の回数の方が圧倒的に多かった。
「私はコトリさんにお使いを頼まれまして一度。 なるべくゆっくりと走ってもらって周囲の
景色に馴染めるよう努力しました。 勿論、街の地図をちゃんと見ながらですけどね」
ホント、大変だったんだねキツネさん・・・。
大通りの一角に馬車を止めておく場所があって。
念のため帰りも馬車を使うことになり、そこで待機してもらうことになった。
心配し過ぎだとは思ったが昨日今日と倒れてたり倒れてたり・・・。 うん、しょうがない。
「なーんか、RPGにある商店街な感じですね」
「大通りから少し中に入ってしまえば屋台街ですからねぇ」
その通り。
大通りに面したお店は何と言うか格式が高いというか・・・まぁ高級店な香りが満点で。
さらに石畳の道で雰囲気倍増で庶民な私には居辛い。
ヤンリさんの地図を見ながら小道に入った時の「おかえり」な雰囲気は嘘じゃないと思う。
何かの串焼きのお店の隣には女性用のアクセサリーを売っているお店があったり。
賑やかでいて色んなのがごっちゃな屋台街は馬車なんか通らず皆歩きだ。
「小鳥さん、もう少し先で右ですね」
「目移りしないでちゃんとついていくから大丈夫だって」
興味がそそられるのがチラホラあるけどさ。
「で、ここがご紹介されたお店ですか」
「ケヲスの商店って言ってたけど『ケヲス』って文字ないよ?」
「ケヲスは国名ですからね、おそらくケヲスの人がやっているお店なんでしょう」
「ま、入ってみますか」
「入りましょうか」
屋台街をちょっと通り抜けると、噴水がある広場があった。
そこはこの辺に暮らす人たちの溜まり場なのか随分とのんびりした空気の場所で。
個人的に一緒にそこでまったりしてみたかったけれど、用事があるから仕方ない。
さらにそこを過ぎると住居や住居兼お店が連なる地域になる。
紹介されたお店はその中にあった。
「いらっしゃーい」
背の低いおっちゃんの陽気な声が出迎えてくれた。
店内を見渡してみると用途不明の機械のパーツが1個ずつ展示してあったり、
まとめてハコに入れられていたり。
値段表示は"セル”。 確かこのオルブライト王国の単位だったかな・・・。
「ご主人、実は知人に紹介されてきたのですが・・・。」
店内と探索中の私の視界の端で、キツネさんが用事を済ませようとしていた。
・・・お世話好きの部下に手を焼かせる上司、そんな図が浮かんできたので慌てて
キツネさんの隣に移動した。
私が『魔力拒絶症』であり、純粋魔力で使うことの出来る魔術道具があるかどうかなどを訊ねるキツネさん。 …だよな、魔術が使えるから知識もあるだろうし昨日の説明で
理解していた気持ちでいたがきっとキツネさんの方が私より理解しているのだろう。
まぁここはお任せしましょう。
そんで。
「小鳥さん、コレをはめてみてください」
渡されたのはちょっと硬い材質のリストバンド。
2つあるということは両手だろうから、左右の手首にそれをつける。
軽く腕を動かすとズレないし、サイズは問題ないようだ。
「・・・何も効果ないけれど?」
不思議がる私にお店のおっちゃんが欠けた前歯を見せながら言った。
「そりゃー回路を起動してないからな。 お嬢ちゃん、"起動”っていってみーな」
「"起動”?」
その言葉を発した途端、見た目には何も変化が無いけれどあった。
リストバンドが熱くはないが熱を持ち、先程よりも軽く感じるのだ。
「すごいですね、ワン・ワード・キーですか」
「起動するのに自分の魔力が必要だが、威力を上げるには周囲の魔力でもだいじょーぶだ。
お嬢ちゃん、ちょーいとコレ、殴ってみぃ?」
ポイ、と投げられたのは布製のボールだろうか。
ちょうど顔の高さに来たソレを「殴る」という行動はいわば防衛本能で。
思わず力を込めて殴りかかる。
ドゴォオ!!
「それは力が強く出来たりする、つーのを実演してもらおーかと思ったんけどなぁー」
「充分過ぎる実演で、当たったらタダじゃすみませんよ、コレ」
「ハハハー。 窓ができてしもーたわー」
「・・・。」
初めての魔術に恐怖を感じました。