表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

その9 『彼とお茶会をした日』

5月20日 水曜日。

何とまぁ『例の赤い本』を手にいれてから一週間がたった。

…おかげさまで面倒な日常です。


昨日はスフィーの約束があって下校は有希ちゃんに断りを朝の内にしといた。

登校時は少なくとも表面的にはいつもの有希ちゃんだったし、一昨日に比べたら

良いだろうと思っていたけど…本日は装う気力もないらしい。


姉御な有希ちゃんらしくない、沈んだ状態の有希ちゃん。


禁句を言わない方が良いとか話しかけない方が良いとか、そんなではなく。

話しかけれない、のだ。

だから一緒に登校していても横に歩いているだけな感じだし、「おはよう」の挨拶だけだ、

言葉を交わしたの。


何が原因か、といえば即答で「君島トオル」なのだが…そんなヤツと今お茶会していたり。


時間はすこし遡って。

通学において家からの最寄り駅として使うこの駅は改札が2つある。

北口と南口。 

私と有希ちゃんや君島トオルが使うのは専ら北口で、その改札を出てから東西に分かれるのだ。

なので東口を使う有希ちゃんと君島トオルと西口を使う私は同じ改札(北口)、というわけだ。


電車を降りて北口に向かう私。

今日は「たぬき堂」は定休日だし、久しぶりにゆっくりとした時間が過ごせるしゆっくりとネットかな、いや昼寝なんて贅沢でいいかも…そんな風に心を躍らせていたのに。

改札が見えてきたところで見えてきてしまったのは「君島トオル」。

何故そこにいる、何故そこに立っている。

そう考えると答えはすぐに出てきた。

あぁ、私を待っているんだな、と。



HRが終わって放課後。

いつもなら私がいる1-Eの教室に有希ちゃんが迎えに来てさぁ帰ろう、になるんだけど来ない。

HRが終わって10分ほどたっているからどの教室もHRが終わっているハズで。

おかしいな、と思い私は有希ちゃんの1-Bの教室に向かうことにした。

1-Bへの廊下の途中、1-Aクラスの知人に会ったので有希ちゃんについて聞いてみると

「体調不調」を理由に帰らせた、とのこと。

…あぁ、あまりの有希ちゃんらしさじゃないから周囲がそうさせたのだな。

納得はできた。

知人に礼を言ってから一人で帰ることに。



君島トオルは主人公スキルで目立っているんだけど、生憎私も「例の本」のオカゲ(せい)で

人目が刺さる。 無視して帰ろうとしたんだけど、というかしてたんだけどお約束な感じで

捕まり、近くのファーストフード店に連行された。


君島トオルは自分が誘った(私的:強制連行)のだから私の分まで出す姿勢でいたが

レジが2台空いているのを良いことにもう一つのレジに入り、自分の分だけをさっさと注文する。

フィレオフィッシュバーガー、ホットコーヒー、ホットアップルパイ。

会計を済ませ、互いにトレイとバックを持ちながら二階へと。


駅を見下ろせるカウンター席に並んで座る。

特に前置きも無く私から切り出す。

「で、有希ちゃんの何を聞きたいの?」

私と君島トオルは別に遠慮でも気を遣うでもない。 

そもそも共通の「知り合い」がいて、私たちはそこからのただの「知り合い」なのだから。

バーガーをパクリ。

モグモグ。

もうどのファーストフードかは分かったと思うけど書かない。何となく。

「僕は…小学校3年生から最近まで向こうにいたのは知っているね?

 聞きたいのはその間に特別な出来事があったのか、ということなんだ」


普通のハンバーガーも好きだけど、だったらチーズがあった方がいいな。

まぁ今はフライ魚にタルタルですが。 これが一番好き。チーズもあるし。

私はモグモグと。

君島トオルはポテトを摘みながら。

「私は小学校が違うし、中学はクラスが違った。 仲良くなったのは正直いって

 高校入ってからなんだよね。 それで何が聞きたいの?」

直接ではないが君島トオルの質問には答えられない、という。


有希ちゃんが「恋愛事NO」な理由の一部なら知っている。

だけどそれは彼女から「誰にも言わないで」と言われているのでヤツには言えない。

つまり、私は有希ちゃんのコトを話さないでアドバイスしなければならないのか。 

メンドイ。


「知らない、というんだね?」

私の言葉の意味をちゃんと読み取ってはいる。 けれど何でわからないのか。

「知ってても口止めされてなくてもどんなことがあろうと私は君島トオルには話さない。

 そもそも有希ちゃんが周囲を困惑されるほどマイッている原因が君島トオルだし、

 何故そんな人間に話さなくてはならないの? というかそもそも私との間に信頼関係の

 カケラも無いのに「まるで僕を信用して話してくれる」ような口調でこられても

 何お前、な感じなワケですよ、君島トオル」


絶句、という感じな君島トオルを他所に私はモグモグ、ゴクン。

青い包み紙を畳む。


「そうか…それもそうか」

納得してもらって何よりです。

でも、と君島トオルは続けた。


「僕が有希、いや有希ちゃんと呼んでいた頃、有希ちゃんは泣き虫でね、

 その頃を思い出せばいつも泣き顔だった、それほど彼女の涙は見ていた。  

 そんな有希ちゃんが今では涙を見せたことのない、そんな女性だった。 

 一番最初に困惑したのは僕だったね」

「…何その情報、初めて聞いたし」


「ちょっと待って」

一旦話を中断させる。


スティック砂糖2本、ガムシロ1個、コーヒーミルク1個。

本当はコーヒーミルク2個使いたかったけど人目があったから我慢。

軽く混ぜて、一口。

やっぱりキツネさんが淹れてくれるいつものコーヒーとは違ってコッチの方が苦い。 

当たり前か。


「そんで有希ちゃんと『仲良く』したい、ってこと?」

お次はホットアップルパイ。

久々なので楽しみ。

「僕は泣き虫な有希ちゃんしか知っていようとしていないのかもしれない。

 けれど僕にとって『漆原有希』は『有希ちゃん』でしかない。

 彼女が笑顔でいてほしいというのは間違っているかな?」


何お前。

その言葉は出来立てのホットアップルパイに消された。

一口目が熱すぎて単純に言葉が出せなかったのだ。

しかし美味い。うん。


「…間違っちゃいないね。だから私から君島トオル、アンタに言えることは簡単。

 『利用』すればイイってこと」

「それは…」


話しが通じないか分からないか、いやわかろうとしていないのか。

スフィーみたいに天然にキョトンとしてくれたら癒されるのに。

あぁでも君島トオルは似合わないか。ならいいや。


「まぁ遠慮する必要もないし言うけどさ。

 君島トオルは過去の有希ちゃんと同じように今の有希ちゃんと『仲良く』したい?

 フザけた事言ってる自覚がある? そーしたから有希ちゃんは困っているんだよ。

 過去と今、確かに有希ちゃんは変わった、過去を知る君島トオルからすれば。

 でもさ、じゃあ君島トオルは『あの頃』となーんにも変わんない、そう断言できるの?」


今日のお茶会の自分はやけに饒舌だな、そんな感想。

ホットアップルパイが半分をきった。 中身が零れない様に食べる。

パクン。


「…」

「『違う』んだよ、何もかも。 小学校から中学、高校。

 学び舎が変われば自分も変わる、細かく言えば私とこうして「お茶会」する前としている

 今では何かしら『違う』んだよ」

「そんなこと…」

「否定は断る。言い訳も押しつけも受け付けない。

 でもって繰り返すよ。 『利用すればイイ』ってこと」


空になったハコを潰す。

温くなったコーヒー…底に砂糖があるかどうか確認しながら飲む。


「……」

考え込んでしまった君島トオルを他所に、私はコーヒー攻略に取り掛かる。

幸い砂糖は溶けきっていたようでマイペースに飲むだけなんだけど。

『違う』のならば『同じ』ではない。

それはただの模倣に過ぎない。 

歪んだ模倣が歪みを生み出すことに何も感じない。 だってそうじゃない。


最後の一滴まで。

そこまでの根性は見せなかったが取り合えず飲み干す。

では。

「ご馳走様でした」


トレイを持って立つ。

「え?」


ゴミ箱は一階への階段の手前にあるので、バックも忘れずに持つ。


「…そう暗く考えることもないと思うけどね。

 何で有希ちゃんがちゃーんと落ち込んでいるか、考えればわかるじゃん」


だって。

有希ちゃん、良い子だから。


そう言い残して私は去る。

君島トオルの戸惑いの叫びのオカゲで目立つことなくお店を出ることに成功した。




『5月20日 水曜日。 晴れ時々曇り。

 何だかこの本を手に入れてしまった一週間前と同じような気もしなくもないが、

 気のせいにしておく。   』

夕食後、私は自室で日記を書き始めた。

今日書くのは君島トオルとのお茶会。 

あれは相談というよりはそんな程度に留めておいた方がいいと思う。

そこでの会話と、君島トオルへの愚痴をツラツラと書く。

最後に『有希ちゃんがいつもの有希ちゃんに復活しますように。』

そう締め切った。


携帯を持っていない私が連絡を取る場合、家の固定電話を使う。

リビングに電話はあるんだが、この時間家族がいるので会話が丸聞こえだ。

なので両親の部屋にある子機を使うことにした。

ただしこの子機、声が聞こえにくかったり電池が少なかったりするんで不便なのだ。


そこでお呪い程度に「例の赤い本」を持ってきて。

それを抱きながら電話することにした。


「夜分遅くに失礼します。  

 同じ高校の小鳥遊と申しますが、有希さんをお願いできますか?」


本当に、お呪い程度なんだけどね。




11/8/18編集しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ