その8 『彼女の家に鳥がやってきた日』
5月19日 火曜日。
昨日は昼間まで雨降ったりしていたけれど、今日はどうやらその心配はなさそうです。
雲ひとつない、快晴。 むしろ暑いって。
学校が終わってすぐに教室を去る。
待ち合わせは15時半。
駅まで歩いて、電車の乗って、到着。
スムーズに行けば待ち合わせの10分前には到着する予定。
…あの悪夢を再現しちゃあいけないからね(土曜日のコト)。
日本に来て家族以外に知り合いがいなくて心細いんです、とか悩んでいるスフィーに平日だけどそんなの関係ないほど賑わっている街に一人で来いとか鬼か私、って思ったけど今更だよね。
んー、まぁ踏み出す勇気が必要なんだよ、うん。
それにスフィーが嫌がる様子見せなかったし、私は鬼じゃないんだよ、うん。
「ココが本日の目的地」
『何を買うの?』
会話については日曜日と同じような感じで。
実際は大げさな動作でのボディランゲージだっけ?まぁそれを加えながら日本語だったり英語だったりで話しています。
スフィーも簡単な日本語なら片言だけど話せるのでお互い英語と日本語が混じっている。
私の例の本効果と外人女性さんのスフィーという組み合わせは視線が辛かったりしますが、そこは我慢。
友人、というよりは協力者なんでその辺は堪えないとね。
で。
私とスフィーが来たのは駅にくっついている総合デパート。
地下と一階が食品で、その上は服・雑貨となる。 確か6階までだっけ?覚えてないや。
色々見て回りたかったけど私は学校帰りで休日ほどゆっくりできる時間がなかったし、
スフィーは家に帰って夕食などの家事がある。
ならまずお目当てのものを買ってから見て回ろう、と連れてきたのが今いるお店。
綺麗に展示されている商品。
それらを眺めながら、私は探していたの見つけた。
ガラス製の小物たち。
その専門店で、商品はガラス製の小物・お皿だけ。
指先ほどのサイズから手の平サイズの大きいのまで。
様々な動物や魚がいて、お皿も含めてインテリア用なモノで、実用性は無い。
見ているだけでも結構面白い、そんなお店だ。
「スフィー、今日はコレを買っていくんだよ」
小さくキラキラした透明な動物を見ていたスフィーを呼び、目的に指を差す。
『これは…鳥? なんで?』
数ある中なんで『鳥』なのか。
元々約束した時点では「初心者向けの日本語」とかそんな本を買っていって明らかに「日本語を習いたい」とアピールさせて家族と交流させて仲良くさせよう、そんな風に思っていたんだけど、昨日急遽変更。
「まぁこれ買ったら近くのカフェでも入って話すよ、ちゃんと」
『そう…コトリは私のために今日付き合ってもらっているだものね。
でも、どんな鳥がいいの?』
「スフィーと旦那さん、仲良し夫婦が良いな」
スフィーが真剣に選んでいるのを確認して、私はもう一つの目的に取り掛かった。
まぁ単純で、スフィーが選んだのを飾る台が欲しかったのだ。
その辺にポンって置くよりはせっかく夫婦で買うのだから一つの作品として見立てたかったのだ。
一応昨日の内に自宅でこのお店のサイトを探し、目星はつけてある。
円形で深さがやや浅めの器。
器がメインでないし、スフィーの選んだ鳥を消さないように無難に透明なのを選んでおく。
そしてまだ鳥探し中のスフィーに見つからないように、こっそりと会計を済ませてしまう。
スフィーのと一緒に袋に入れてもらうつもりなので、店員さんには包装を待ってもらう。
レジでスフィーを待とうと思っていたけれど、ふと横に包装時に使うのか机があった。
「まだ時間あるしな…」
お客さんが私とスフィーだけだったのでヒマそうな店員さんに声をかけて頭の中で思い描いていたのを話し、可能かどうか確認した。
必要な材料は運が良くお店にあったので、それを利用させてもらうことにする。
私が隣の机に中腰で作業をしていると選び終わったスフィーがやってきた。
『コトリ、この鳥に決めたわ』
スフィーが選んだのは黄色の尾が長めの鳥と、淡い青色の澄んだ鳥。
黄色の方が一回り小さい。
「スフィーが黄色で、旦那さんが青いのだよね?
旦那さんは会ったことないけど、黄色の鳥はスフィーに合っていると思うよ」
そこまで話したところでスフィーが私が机で作業しているモノが気になったらしく、
簡単なその作業に目的を言わずにじゃあやってみる?と場所を代わる。
…その間に、スフィーが選んだのを会計してしまう。
小物計三点、別にそれほどの出費でもないし元々私が払うつもりでいたのでさっさと済ませる。
「ありがとうございました!」
親切な店員さんの声を背中で受けながら勝手にお金を払った私に申し訳なさそうにしている
スフィーは大事そうに抱いている。
何って、さっき買ったもの。
早く家に帰って家族に見せたいかもしれないけれど、それじゃあ本来の目的が叶わないので。
駅内にある適当なカフェに入る。
新鮮な野菜やフルーツのジュースを売りとしている人気のお店で、お客さんは女性がホトンド。
仲間内のおしゃべりで夢中だから声も気にせず話すことも出来るし、机の上にモノを多少広げても文句は言われないだろう。
「さて、何でコレを今日は買いに来たのか?だっけ」
『そうそう。 確かに可愛いプレゼントだけど、そうじゃないのでしょう?』
「元々、どうやってスフィーが日本に、日本での生活に慣れるかが目的だからね」
買い物とその本来の目的が繋がらないのか、目をパチクリとしているスフィー。
反応が予想通りで思わず苦笑してしまう。
「・・まぁまぁ、色んなの見て回る時間がなくなっちゃうかもしれないけど、聞いてね?
スフィーにはまだやることがあるんだから 」
夕食は19時半。
これは我が小鳥遊家の平日の夕食時間。
どんなに早くおかずが出来ようがご飯の炊きあがりが19時半に設定してあるのでそれまでお預け。
壁に掛けられた時計を見てみると19時15分。
まだ時間があるな…。
『日記』でも書いてしまおうか。
駅で別れたスフィー。
私が言ったことを実行して成功してくれれば良いんだけど・・・まぁ主人公な君島トオルがいるんだ。
きっとスフィーが幸せになるようなルートをお膳立てしたんだから補正でもかかって上手くいくだろう。
…それでも一応不安だから「たぬき堂」に報告しに来てね、と約束したんだけど。
「小鳥ー!! ご飯だよー!」
「わかったー! …ま、何とかなるっしょ」
書こうと思ってたけど日付だけで放置。
あとは寝る前になるのかな。
『カフェで買ったものを出して、そこで作るつもりだったけど
お店で時間と運が良くて仕上げてしまう。 だけど説明の為にもそれを机の上に置く。
通常ならプチプチシートで一個ずつ包装してくれるんだけど、
お願いしてプラスチックのケースに入れてもらった。
ただしガラス製なので動かしてぶつかり、傷つけてしまったらどうしようもないので
その辺はちゃんと考えていて。
綿を手で裂いて空気を含めてから器に入れ、鳥2羽もそこに収められた。
ケースはちょうど器がきっちり入ったので固定は必要なし。 』
「こんなに上手くいくなんて、君島トオルのせい…?」
そんなわけないけど、この際はいっか。
私は続きを書く。
スタンドライトだけが日記を照らす。
『そもそもスフィーは弱いところを見せたがらない、そんな人なんだろう。
だからこそ日本に来て戸惑っているのにそれを見せないから旦那さんも仕事に行っちゃうし、
君島トオルも学校生活を満喫するのだろう。
今回のことでスフィーが一人頑張ってきたことを知ればいいと思う。』
あのカフェで言ったのはどうなるか、ではない。
私はこうしたら言いと思うよ、と提案してそのアイテムをあげただけなのだから。
「これを持って、君島トオルから『鳥』を受け取って」
息子と同じ学校に通っていることを伝えて、驚かせて。
「スフィー、家族なんだよ」
その息子が私の友人に想いを寄せているのを伝えて、驚かせて。
「大丈夫。 私が、じゃなくてスフィー頑張ってきたんでしょう?」
お見通しだ、と伝えて本当に驚かせて。
「日本では『母強し』…カカア天下な家が昔っからあるんだから」
そういって笑わせて。
「スフィーは『お母さん』なんだから」
その微笑は忘れられないものだと、私は思う。
「頑張って」
スフィーを見送り、反対方向に歩き出した私。
私はスフィーの家族ではないし、君島トオルともただの知り合いだし、ヒロインな有希ちゃんのお友達でしかない。
脇役かそれ以下でしかない私は「頑張れ」としか言えないし、これ以上のことは言わない。
今回はまぁ特別になるのだろう。
日記を閉じ、ボールペンを置く。
隣の部屋では両親が寝ているので小さな声で。
「頑張って。」
さて、おやすみなさいの時間だ。
この日、君島トオルは有希ちゃんに「何でダメなの?」と詰め寄り、「時間を頂戴」と微妙な空気に。 そんなお話は一文も書くつもりはありませんが。