小さな一手
娘の悲痛な叫び声が聞こえる中、夕方に水浴びをしてさっぱりしたセーラは、薄い毛布に見を包みスヤスヤと夢の中にいた。先行して寝ていた深夜の見張り番は、料理もなければ、くじ引きにも参加できずに、絶望していたが、セーラにはの知る由もない。
翌朝、裸の娘が呆然と青空を見上げる中、恐怖にひきつった顔の小隊の兵たちは、せっせと出発準備が整う。何故ならば、セーラの頭部にアホ毛が誕生していたのだ。クシで直しても直しても、ピョンッと跳ね上がる毛に、セーラは癇癪を起こしていた。
「セ、セーラ小隊長。出発の準備が全て整いました!!!」
ぶっ倒れそうな程に緊張したアモット分隊長が、セーラに報告する。昨日まで大盤振る舞いしていた天使の様なセーラの姿はそこにはなかった。ギロリとアモット分隊長を睨み「あっ? そうか…」と言い、腰にぶら下げていた剣を抜き、躊躇なくフェリの首を刎ねてしまった。
静まり返る野営地に、ドサッと、フェリの首と胴体が崩れ落ちる音だけが聞こえた。
「よし、出発だ」
まるで、お通夜の参列のように、淡々と歩く小隊に、セーラという少女の異端さが伝わった事件であるが、元・分隊の部下たちは…これで他の分隊の奴らも、セーラ小隊長の怖さがわかってくれるかなと、内心安心していたのだ。何故ならば、セーラ小隊長の怖さを知らずに、地雷を踏めば…小隊全員を殺しかねないのだから。
昼になると、セーラ小隊長のご機嫌は一変して、キャハハと笑顔が絶えなくなった。小隊の中に美容師を両親に持つ息子がいて、昼休みに恐る恐る…セーラ隊長のアホ毛を綺麗に整えたのだ。
「もっと早く直せよ」と、誰もが言いたいけど言えなかった。自分ならば、死地に足を踏み入れることができるか? 否。無理だと…誰もが、アホ毛を直した奴を尊敬した。
それから3日も歩き続け、森林を抜ける手前で、セーラは進軍を止める。「今日はここかな♪」と、今更可愛く言っても、皆引きつるばかりであるが、本日の野営が此処であるとは理解した。勿論、当人は怖がられていることなど、どうでも良いのだ。
「自然体でお願いします」と、アモット分隊長とバート分隊長に、アドバイスをする元・セーラ分隊の構成員。「わ、わかった…」と、完全に恐怖に支配された分隊長たち。
セーラが設置した天幕から出てきたのは、夕食前だった。フェリから奪った村の衣装を、自分サイズに裾直しし…着替えて出てきたのだ。
「まぁ、あいつの服だからな。見れば理解る奴には理解ってしまうだろうけど。という訳で、ちょっとナーブール村を偵察してくる。明日の夕方までには戻るから、想定外の事態には、アモット分隊長とバート分隊長で対応してくれ」
まるで散歩にでも行くように、テクテクとセーラ小隊長は、歩いていってしまった。
振り返るアモット分隊長とバート分隊長へ「諦めてくれ」と、元・セーラ分隊の構成員は首を横に振っていた。
仕方がなく、アモット分隊長とバート分隊長は、外から見えないように工夫しながら、野営の準備を始める。当然ながら火も使えないし、音を出すわけにもいかない。
小隊の構成員達は、セーラ小隊長の作った料理を思い出しながら、薄い塩味のパサパサ携帯食を頬張る。
しかし、この捨て駒の小隊が、今後の戦局を大きく動かす一手を打つとは、誰も想像していなかったのである。