助けを求める声
葵が雄太の教室の中まで来たのは今回が初めてだった。
突然の美少女の訪問、滞在にクラスメイトの視線は雄太と葵に自然と集中する。
このままじゃいけないと女子の何人かが杏を呼びに出ていった。
「今日、お弁当は?」
「す、すいません、忘れました」
雄太は椅子から立ち上がり深々と土下座する。
「ちょ、な、なんでそこまで謝るのよ! いいから座りなさい」
「はい……」
傍目から見れば女王様とその配下のようなやりとりだが、葵はいつものように呆れ、雄太は許しを得て気分が晴れた。
「ほら、これあげる、食べなさい」
葵は視線を逸らし、お弁当箱をそっと雄太に近づけた。
「先輩、これもしかして手作りですか?」
「悪い!」
「せんぱいの手づくり……僕なんかが食べていいんですか!」
「何こんなことで震えてるのよ?」
「嬉しくて……」
「っ?!」
「なんで今日は僕が作って来ないことがわかったんですか?」
「ゆ、ゆ……雄太のことなんてなんでもお見通しだからに決まってるでしょ」
葵は耳を真っ赤にして、普段なら喉に突っかかる言葉を吐き出した。
彼女は激しい運動をした後のように肩で息をする。
今できる精いっぱいの偽りのない自分でいようと心に決めていた。
たとえ素直じゃなくても、強がってもいい、恥ずかしくてもいい――
一緒の時間は大切にする。
杏がこのまま本当の彼女になったら――葵は困ると結論を出していた
「僕、何人にも見抜かれてしまうんですね……」
「いいから、早く食べなさい」
「は、はい……」
雄太がお弁当をあけると、卵焼きにウインナー、ほうれん草の胡麻和えなどが見栄え、ご飯の上には海苔で可愛いウサギが描かれている。
葵が一生懸命作った成果だった。
「うわー、僕が作ったのよりすごいです、これ」
「そ、そんなことないわよ」
「いただきます」
幸せな顔で雄太は食べ始め、葵はその様子をちらちらと伺う。
周りからは羨ましさや微笑ましさが入り混じった声が聞かれていた。
「お姉ちゃん! ここは1年生の教室だよ」
その光景を視界にとらえた杏は少し大股で雄太の傍へとやってくる。
「固いこと言わないの。雄太だって毎日私の教室に来てるし」
「……雄太君、カレーパンとコーヒー」
「おっ、ありがとう」
「……雄太君、そのお弁当……」
「葵先輩の手作りだ」
「……彼女はあたしなのに……」
「あらそうだった?」
むっとする杏の顔を見ながらも、雄太はお弁当を食べ終えカレーパンに手を付ける。
何度か食べているカレーパンだけど、雄太には何だかいつもよりもおいしく感じられた。
放課後を告げるチャイムが鳴ると、杏は雄太の袖を素早く掴んだ。
クラスの女子からのエールを受けると、雄太を引っ張っていく。
「雄太君、今日バイトってある?」
「いや、今日はないぞ」
「それじゃあさ」
階段を下りて、玄関で靴を履き替えていたときだった。
~♪~ と微かな音がし、杏にメールが届く。
雄太にはその内容は読めなかったが、彼女の表情が一気に冷え込んだことに気が付いた。
雄太と一緒にいるときの杏はこのところ太陽みたいな振る舞いだ。
それは彼が葵といるときとどこか似ていると感じていた。
「どうした?」
「うんうん……なんでもないよ」
内容を見られないよう、杏はさっとスマホをポケットにしまい込む。
掴んでいた雄太の袖からも手を離した。
わずかに体を震えていることを雄太が気づけたのは杏に意識が働いていたからだろう。
「ゆ、雄太」
大急ぎで階段を下りてきた葵が呼吸を整えながら二人の前に回り込んだ。
「せんぱい」
「しゅ、習慣を壊したくないから、一緒に帰るわ」
「はい……」
「なによ、もうちょっと大きなリアクションしないの?」
この場に葵が来てくれたことを雄太は心から感謝していた。
それは一緒にいたいという気持ちももちろんあるけど――
それよりも、おそらく大事で大切なことを、守るべきもののため。
「お姉ちゃん……しょうがないなあ、ちょっと用事が出来ちゃったから彼を貸してあげる」
それは杏の精いっぱいの演技だった。
今、自分に起きていることで2人に心配を掛けたくないから。
その思いが選択を狂わせ、余計に苦しむことをこの時の彼女は気づけない。
「待った!」
その判断は間違いだと雄太は、背を向けて走り去ろうとする杏の袖を掴んだ。
何かあるなら力になりたい、助けてあげたい、その思いが雄太を動かす。
「っ?!」
「葵先輩、今日は3人で帰りましょう」
「えっ……そうね。いいわよ」
葵は雄太の真意をなんとなく理解した。
どこか普段と違う妹の様子が気になったのは自分だけじゃないと少し安心でき、雄太のことをまた少し見直す。
だが、それだけではなく嫉妬もしてしまうが――
帰り道、雄太も葵もあえて自分たちからは杏に聞いたりはしなかった。
その代わりに、仕草や表情をいつも以上に観察し、必要以上に言葉だけはかけ、葵は手まで繋ぐ。
ここにいる。大丈夫だからと励まし、2人は周囲にも気を配り視界を広げる。
「お姉ちゃん、恥ずかしいよ……」
「私は恥ずかしくなんてないけど」
雄太はそれを羨ましく、微笑みながらも自分への怒りで両手を握りしめていた。
その日の夜、雄太はランニングへと出掛ける。
少し遠回りしながらも、葵のマンションまで走り、部屋の明かりがついていることを確認した。
結局、杏は何も言ってはくれていないし、帰宅後もメッセージなどは来ていない。
自分で処理できることや、雄太の思い過ごしならばいいが――
葵ならその後何か話を聞いたかもしれない。どちらかに自分から電話をしてみよう――
そう考え、マンションに背を向け額の汗をぬぐった時だった。
足音が聞こえ、がばっと背後から抱きしめられる。
少し力のないそのハグに、顔を押し付け、泣きだしてしまう少女。
その姿に雄太は領域外と思いながら、杏の手を握ってあげる。
しばらく女の子はそのまま泣き続け、雄太は落ち着くのを待ってあげた。
「雄太君……助けて!」
それは杏の心の底からの叫びだった。




