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君の魔法をたべたい、は。  作者: 偽ゴーストライター本人
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第十一章

 世の中が本格的なお盆休みに突入すると、二人の住む街にはさらに多くの観光客が集まるようになった。この休みを利用して魔法ブームに参加しようとする人聞が多いようで、日本全国から魔法現象が発生した公園に観光客がやってくるようになった。おかげで露店で販売されている謎の名産品も飛ぶように売れているらしい。公園は連日のように人で溢れかえっており、あまりの人出の多さに公園周辺には多数の警察官が配置されるまでになっていた。

 お昼の県内ニュースは帰省ラッシュの情報よりも、公園からの中継に力を入れているようだった。ミランダはそんなテレビを見てげんなりしていた。まだ大地震から一ヶ月も経過していないのに、この人たちは何を考えているのだろう? と、やっぱりミランダは呆れていた。岳太は街が潤うことが復興の助けになるとか言っていたが、とにかくミランダ何かが違うような気がしていた。もっと他にやるべきことがあるのではないかと思ったし、この群衆の中にはよからぬ目的で魔法を探す人間もいるだろうし、岳太や青年が指摘したように外国のスパイや軍事関係者も紛れ込んでいるのかもしれない。ミランダはもう二度と公園には行くまいと決めていたし、なるべく街の中心部にも近づかないつもりだった。

 自宅リビングお昼ご飯を食べながら、ミランダはそんなことを考えていた。

「岳太・・・今頃、なにしてんだろうなあ」

 ミランダはわざと声に出してそう言ってみた。文句は口に出しほうがストレスにならないのだ。岳太は家族で県外にある祖父母の田舎に行ってしまった。今年の夏は父親の仕事の都合でどこにも行けないミランダとは境遇にだいぶ差があった。もし自分がニュージーランドに帰っていたら、今年はどんな夏休みになっていただろう? なんて考えるとミランダは相変わらず虚しくなる。おそらくミランダが予定通りに帰国していたら、ミランダが指輪の秘密に気付くことはなかっただろう。岳太が指輪の秘密に気付いたきっかけは、夏祭りコンサートでゲリラ豪雨に遭遇したからだった。その夏祭りに出かけるようになったのも岳太の友達がいたからで、もしミランダが帰国していたら夏祭りに出かけることもなかった。つまりミランダは平和な毎日を送ることができたのだ。ミランダが魔法の秘密を知ったことで得したことは何もかったし、間違いなく気苦労が増えただけだった。ミランダは訪れなかった平和な日々を想像しながら、こんな我が身を嘆くしかないのである。

 気付くとテレビはお昼のニュースワイドを放送していた。

 ミランダは食器の後片付けもそのままに、ぼんやりとテレビを見ていた。

 ニュースワイドでは弾道ミサイルの話題を取り上げていた。

  

    ★

  

 ミサイル発射の余波は世界中に広がっていた。

 まだ特定はされていなかったが、独裁国家の潜水艦が日本近海からミサイルを発射したものと思われた。もし自衛隊の潜水艦が日本海側に展開していれば、あるいは事前にアメリカが独裁国家の動きを察知していれば未然に防げていたかもしれないが、今回は全てが後手に回ってしまった。

 現在、自衛隊が太平洋沖に落下したミサイルの回収を急いでおり、その残骸からミサイルの生産国や発射国などが解析されることが待たれていた。

 そんな最中、新たな軍事情報が日本に飛び込んできた。アメリカの偵察衛星が捉えた情報によると、独裁国家で長距離弾道ミサイルが発射される兆候がみられたという。独裁国家は国連の安全保障理事会でミサイル開発や、それに伴うロケット発射実験なども禁止されたいた。しかし独裁国家はかねてから『我が国の宇宙開発を止める権利はどこの国にもない!』と公言し、人工衛星の打ち上げを隠れ蓑に事実上の長距離ミサイルの発射実験を行っていた。

 今回はそれが明らかになったことで周辺国の緊張は一段と高まっており、とりわけ日本では上空をミサイルが通過したばかりなので尚更大きな騒ぎになった。先日には『魔法現象の発生した街にミサイルを撃ち込む』という発言をした独裁国家なだけに、実際にその街の上空をミサイルが通過したこともあって日本国内には嫌なムードが漂い始めていた。

  

    ★

  

「どうせなら独裁国家も花火を打ち上げればいいのになあ」

 電話の向うの岳太にはなんの緊張感もないようだった。

「ミサイルなんか撃つよりも、そっちの方が楽しいと思わない?」

「楽しいとは思うけど・・・」

 ミランダはそう答えながらも岳太が浮かれていることに少しイライラしていた。

「・・・そんなに花火大会が楽しかったのかしら? 旅行を満喫しているのかしら? ・・・あたしにはなーんにも楽しいことがないっていうのに?」

 だからミランダも嫌味の一つも言ってやりたくなるのだ。そんな自分が大人げないことはわかっているが、岳太には嫌味を言われてもいい素質があると思っている。

 その日、夜になってから岳太からメールが届いた。メールには夜空いっぱいに広がる花火の写真が添付されていた。メールの文面からも岳太が舞い上がっている様子が伝わってきたので、ミランダはお盆休みを満喫している岳太が憎たらしくなったのだ。ミランダはお昼に見た独裁国家のニュースも気になっていたので、岳太の意見を聞くために電話をしたのだ。

「花火なんかじゃなくて、本当にミサイルが街に飛んできたらどうするのよ?」

「ミランダは心配しすぎだよ。そんなことをしたら独裁国家の立場がなくなるよ」

「でも実際にミサイルを日本の上空に飛ばしているし、魔法のことでも色々と文句を言っているみたいだし・・・」

「僕はただのパフォーマンスだと思うけどなあ・・・今までだって似たようなことをしてきたし、昔にも日本上空をミサイルが通過したことがあるよ?」

「うん・・・それもテレビで見たけれど・・・でも外国が経済制裁をしても言うことを聞かないから危険だって・・・」

「え~? ・・・どうしたの急に?」

 電話の向こうで岳太が驚きの声をあげている。

「・・・ミランダが国際情勢を語り出すなんて意外だな~」

「あんた絶対にあたしのことを馬鹿にしてるよね? 時々あたしのことを滅茶苦茶にやばい奴だとか思ってんじゃないの? ねえ? 絶対にそうだよね?」

「ちがうちがう・・・その逆その逆・・・なんか勉強熱心だなーって思ってさ」

「だって・・・自分が原因でミサイルが飛んできたら嫌じゃない・・・関係ない人まで巻きこんだりしたら・・・」

「そこまで気にする必要があるかな? ミランダはもっと無責任でいいと思うけどね」

 そんな岳太にミランダは小さく溜め息を落とした。

「・・・あたしは岳太のそういう図太いところが裏やましいよ」

「僕もこういう自分を頼もしいと思うよ」

「・・・なんで岳太のところじゃなくて、あたしのところに指輪がきちゃったかなあ・・・絶対にミスチョイスよね」

「なんか贅沢な悩みだね・・・僕はミランダが羨ましいけどさ」

 電話の向こうの岳太の機嫌がよさそうな声を聞きながら、ミランダは自分と岳太との性格の違いは致命的だなあ・・・なんて思っていた。

 

    ★

 

 国際テロ組織から世界に向けてネット動画が公開された。

 それは直接、魔法には関係する話ではなかったが、日本には少なからず影響を与えそうだった。

 国際テロ組織が実行支配している地域には百万人以上の人間が住んでいた。テロ組織は内戦や政情不安の地域に勢力を拡大し、広大な土地と多くの人聞を支配するまでに肥大した。その地域では農業をする人がいたり商売をする人がいたり行政を司る人がいたり、その大部分はもともとその地域に住んでいる人間だった。そんな人々の現状を取材するために、その地域には世界中からジャーナリストが訪れていた。地域の特殊性を考えると内部に入り込むのは危険だったが、ジャーナリスト達は支配地域の悲惨な現状を世界に発信すべく果敢にもそこに飛び込んだという。

 しかしそんな彼らがテロ組織の標的にされた。一部の者はテロ組織に誘拐され、所属する国や団体に多額の身代金を要求されたり、または他国に拘束されたテロ組織のメンバーとの身柄交換の材料に使われた。また他のある者は今後の交渉カードとして組織に監禁され、劣悪な環境下で必要最低限の水や食料しか与えられなかった。

 そこでテロ組織が動画を公開した。

 それは非常にショッキングな内容だった。おそらくその中の数人が、交渉カードとして不要になったのだろう。彼らはテロ組織の名の下で処刑された。

 公開された残虐な動画に世界中が驚愕した。そして世界中がテロ組織を激しく非難した。しかしその非難もテロ組織にはダメージを与えなかった。いくら世界中のメディアが組織の残虐非道な手口を糾弾しようとも、彼らの主義主張が変わらなかったし、メディアが騒げば騒ぐほどテロ組織の悪名が世界に轟くことになった。

 

    ★

 

「あたし、ああいう連中は絶対に許せない!」

 電話の向うのミランダの声は怒りに満ちていた。

「やっていることが野蛮だし、言っていることも滅茶苦茶だし・・・もう最低最悪だわ!」

 正義の人・ミランダが言うことはもっともだったし岳太もその考えには同意できた。

「でも・・・それを僕に言われても」

 相変わらず岳太は田舎でまったりとお盆休みを過ごしていた。とてもミランダのように熱く正義を語るテンションではない。

 夜になって昼間に撮影した写真をミランダにメールで送っていたら、なぜかミランダから電話がかかってきた。そしてミランダの熱い正義の主張を聞かされることになった。

 岳太は結構、本気で思っていることがある。

「もしかしたら、なんだけど・・・ミランダなら指輪でテロ指揮をやっつけられるんじゃないかな?」

「そういうの、やめてくれる?」

 ミランダは怒りのスイッチが入ったままらしく、岳太の冗談を全く受け付けてくれなかった。

「あたしは暴力が嫌いなのよ」

「・・・・うん」

 ここで岳太も「どこが?」とは聞かない。

「あたしは午後のニュースワイドを見て、テロ組織のやり方が頭にきて・・・この怒りを誰かにぶつけずにはいられないのよっ」

「・・・そう」

 自分の怒りを誰かにぶつける行為も暴力的な気がしたが、もちろん岳太はそんなことは口にしない。

「それにしても・・・ミランダは急にそういうニュースに興味を持つようになったね」

 岳太は素直に感心していた。独裁国家のミサイル報道や今までの魔法騒動の影響もあるかもしれないが、ミランダは以前より視野が広くなったような気がする。

「あ、僕はミランダを馬鹿にしてるわけじゃなおからね」

「・・・宿題が全部終わっちゃったのよ」

「・・・は?」

「もう・・・することがないから・・・テレビを見るしかないのよっ」

 電話の向うのミランダはやっぱり怒っていた。

「そんな暇人のあたしに・・・これ見よがしに花火大会の写真やら、牧場に行った写真やら、湖でボートに乗った写真やら・・・岳太は鬼よ! 鬼なのよっ! この鬼畜生!」

「・・・・・」

 岳太には全くそんな意識はなかったのだが、ミランダがそう言っているのだからその通りなのだろう。

「鬼となってしまった僕は・・・この先、どのように生きればよいのでしょう・・・?」

「も~、知らない! ・・・とにかくあたしの夏休みを返してよ~!」

 ミランダが遠くの街で遠吠えをしていた。

 さすがに岳太もこれにはなんの対処もできなかった。おそらくミランダが帰国していればこんな夏休みを過ごさなくてもよかったのだろう。だからといって岳太が自分とミランダとを同じように考えて「じゃ、どこかに遊びに行けば?」なんてことを軽々しく言えなかった。その言葉がミランダを傷つけることを岳太も今なら理解できる。ミランダの父親が忙しいのはミランダのせいではないし、ミランダに友達が少ないのもミランダが悪いわけではない。以前の岳太はミランダに対する配慮がだいぶ欠けていたが、今の岳太なら多少の気配りはできるようになっていた。

 とりあえず岳太は自分のことを率直に話した。

「・・・僕は久しぶりの旅行だったから、自然とテンションが上がったんだよね」

「え? ・・・久しぶり? ・・・あ」

 電話の向こうで一瞬ミランダが息を呑んだ。

「春まで入院していたからさ・・・つい自慢したくなっちゃったんだろうなあ」

「ううん・・・あたしこそ・・・ごめん」

 ミランダは岳太の事情をすぐに察したようだった。岳太はミランダのこういうところを素直に尊敬している。読みすぎじゃないか? と、たまに思うこともあるのだが、それでもミランダは空気を読んだり他人の気持ちを察したりするのが得意だった。

 きっと電話の向うでミランダは恐縮しているんだろうなあ・・・なんてことを岳太は考えていた。

 

    ★


 国際テロ組織が日本について言及した。

 それは組織を支持する人間に宛てたメッセージとしてHPに掲載され、同様の呼び掛けをする動画もネットで公開された。その内容は今回も常軌を逸していて、組織に忠誠を誓う者は独自でテロ攻撃を実行することや、その攻撃目標としては他の宗教・西洋文化に汚染された者たち・組織に敵対する国家やその中枢機関などを挙げていた。それらの国の人間を誘拐・拘束した場合には多額の身代金を要求することも併せて指示し、もし要求に従わない場合は見せしめのために処刑することや、その映像をネットに公開することまで命令していた。

 そして、その攻撃対象となる国の名に『JAPAN』があった。さらに日本に対しては他国とは別の文言も追加されており、そこには『日本人を誘拐した場合には、必ず日本政府に魔法技術の提供を要求すること。たとえ千人の日本人を殺害してでも、一人の魔法使いを確保すべし』と付け加えられていた。

 

    ★

 

 岳太は田舎でこのニュースを知って不安になった。

 もちろん日本がテロ組織の標的にされたことも、日本人が誘拐される可能性があることも不安だったが、一番の不安はミランダのメンタルの問題だった。このニュースを知ったミランダがどういう反応をするのか、これが原因で魔法アレルギーを発症しないかが不安だった。

 とりあえず岳太は今までのように田舎での楽しいひとコマをミランダに送ってみた。写真をメールで送信してから一分ほど経過する。いつもならこのタイミングで電話がかかってくるのだが、今夜はそれがなかった。

「・・・・・・」

 もしかしたらミランダは電話の傍にいないのかもしれないし、少し早いが就寝しているかもしれない。

 だから岳太は嫌がらせで、さらに大量のメールを送ってみた。せっかくなのでお気に入りの写真をチョイスした。

 そんな写真を十枚くらい送ったところで、ようやくミランダから電話がきた。

「あ、ごめん・・・寝てた?」

 とりあえず謝っておこうと、岳太が開口一番でそう言った。

 電話のミランダはラジオ体操で調子が悪い時よりも、さらに低いテンションの声だった

「・・・起き・・・てた」

「ごめん、ごめん・・・ちょっとした悪ふざけだったんだけど・・・怒った?」

「・・・・・・」

「・・・ミランダ?」

「・・・・・・」

「えーと・・・怒ってる・・・のかな? ・・・僕は電話を切った方がいいのでしょうか・・・?」

「大丈夫・・・首、横・・・ってない」

「?」

「気分・・・こんで・・・だけ・・・じょう、ぶ」

 岳太が見えい電話の向こうでは、ミランダは岳太の問いかけに首を横に振っており『怒っていない』の反応を示していた。

「声・・・出す・・・を忘れ、た」

 それくらいミランダの調子は悪いらしい。

 岳太は自分の嫌な予感が、一番悪い形で的中したことを悟っていた。

「ミランダ・・・今日のテロ組織のニュースを見た・・・んだよね?」

「・・・・・・」

「・・・ミランダ?」

「首・・・縦、に・・・った」

「・・・・ミランダ~?」

 これは相当に重症らしい。

 ミランダは電話で言葉を失念するくらいにメンタルが弱っている。やはり自分の魔法が原因で、日本人が犠牲になることを恐れているようだ。それにミランダは不安や責任を感じて、精神的にダメージを受けている。この状況では岳太がどれだけ『気にする必要はないよ』と言ってもなんの慰めにもならないだろう。このニュースを知ったミランダが猛り狂うくらいなら、岳太もまだ安心だったのだが・・・やはりミランダには今回のニュースはショックが強すぎたのだ。

 ミランダは岳太が思うよりも、実はもっと繊細だったのだ。

「え~と・・・僕、明日の午後にはそっちに帰るからさ・・・そしたらミランダの家で相談しようよ?」

「・・・・・・」

「今のは・・・首を縦に振ったんだよね?」

「・・・ん」

「じゃ・・・とりあえず・・・気をしっかり持とうね?」

 そう言いながら岳太は、これからは自分が覚悟を決めなければならないと思っていた。

  

    ★


「それを私にどうしろと?」

 イギリスと日本との時差がどのくらいあるのかは知らなかったが、とりあえず岳太は青年にメールを送った。岳太から連絡をとるのは初めてだったが、他に相談できる人聞もいなかったので『相談したいことがあります。時間がある時に電話を下さい』とSOSを発信した。すると青年は律儀な性格のようで、ものの五分と待たずに電話がきた。

 そこで岳太は青年にミランダの状況を説明したのだった。

「僕にもどうすればいいのかわかりません」

 だから青年に知恵を借りようと思ったのである。

「でも・・・記者さんなら、テロ組織を壊滅させることもできますよね?」

「・・・君は怖いことを考えるなあ」

 遠くイギリスの地にいるであろう青年は、日本にいる小学生の提案に肝を冷やしていた。

「私にそんな大それたことはできないよ

「いいえ、できます。もし僕が人の心を自由に操ることができるなら・・・それなら・・・やってやれないことはないと思います」

「いや・・・ほんとに・・・君って凄いよね」

 青年はそう言って楽しそうに笑い声を出していた。

「そうだね・・・たぶん私にもできるだろうね・・・ただ非常に危険な仕事だし、私にはなんのメリットもない」

「世界を救うヒーローになれます・・・そういうのに憧れたりしませんか?」

「私は世界を救うヒーローにも、もちろん世界征服にも興味はないんだけどなあ・・・」

 青年は困ったように「うーん」と唸った。それから岳太を諭すような口調で言った。

「たとえそれが悪であってもも・・・もちろん正義であっても・・・一つの組織や国を消し去ってしまうことは、未来の歴史に大きな影響を与えることになるんだよね」

 青年はそう前置きした後で「そういうのは私の流儀じゃないな」と結んだ。

 それから青年は厳しめの口調で岳太に言った。

「それに・・・魔法を使えばなんでも願いが叶うという発想は、とても危険なことなんだよ?」

「・・・・・・」

 岳太も自分の言っていることが乱暴な話なのは百も承知だった。だからそれ以上のことは何も言えなかった。

「それでも・・・もう少しマイルドな方法でも・・・なにかいいアイデアはありませんか?」

「一番いいのは彼女の精神力を鍛えることなんだろうけど・・・これは一朝一夕ではどうにもならないからね」

 おそらく青年の言う通りなのだろう。

 岳太もそのことは充分に理解していた。

 結局、これはミランダの内面の問題であり、周りの人間がどうにかできる話ではない。

 しかしそれでも岳太はそんなミランダの力になりたかった。

「もし・・・本当に日本人がテロ組織に誘拐されて・・・」

 岳太はその時のことを真剣に考えて置かなければならない。

「・・・それで本当に、テロ組織から魔法を要求されることになって・・・」

 今までにも魔法を要求してくる相手は存在した。最近の独裁国家がそうだったし、以前にもアジア諸国がそれで日本叩きをした。

 しかしテロ組織からの要求は、単なるパフォーマンスでは片づけられない事情がある。

「・・・その日本人に、もし万が一のことがあったら・・・」

 岳太もそんな事態は想像したくなかったが、テロ組織には過去にそれを実行した経緯がある。再び同じような事件が、今度は日本人で行われる可能性があるのだ。そしてその映像が公開されれば世界中の人聞がその行為を知ることになる。もし自分のせいでそんな残虐行為が行われたことを知ったなら・・・ミランダは自分を責めずにはいられないだろう。

 岳太はそんなミランダの弱さが心配なのだ。

「・・・ミランダの心は、壊れてしまうかもしれない・・・」

 ミランダはそういう女の子だった。

 だから岳太はミランダを助けたかった。

 おそらく魔法絡みの事件はこれからも続くだろう。ミランダはその度に心を痛めることになるのかもしれない。それで問題が解決するわけでもないのに、ミランダはそれでも誰かのために思い悩むのだろう。しかしミランダだって、いつまでも弱いままではいられない。いつかは強い心を持たなければならないのだ。

 せめてそれまでは岳太がミランダの支えになるつもりだ。

 自分にはその責任があると思っている。

 しばしの沈黙の後、そんな岳太の心情を察したらしい青年が静かに口を開いた。

「ま・・・なんというか、さ」

 青年は岳太に慰め言葉をかけた。

「君も大変だね」

 短い言葉だったが、そこには青年の真心もこもっていた。

 そして青年は自分の持っている人生哲学なのか、それともただの人生経験なのかを口にした。

「でも、それは・・・君が男の子なのだから仕方がないよね?」

 青年はその言葉を岳太に言っているようでもあり、自分自身に言っているようでもあった。青年にも岳太のような少年時代があったのかもしれない。 

 岳太は電話の向うで青年がニヤニヤ笑っているような気がして仕方がなかった。

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